星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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3章6話 初霜月の緘黙

 

穏やかな午後の日差し。肌に当たる風は少し冷たさを帯びていて駆けたばかりの体を冷ましてくれる。

 

通常のグラウンドに併設されたおよそ1000メートル、釣り針型の坂路をもう何度登っただろうか。ゴール地点で計測をしてくれているのは小柄芦毛の先輩。

 

ちょいちょいミスをしてくれるが、走り終わりの目印と大体のタイムが分かればいいって言う仕事は果たしてくれている。

 

用意されていたドリンクを飲んで喉を潤し、バインダーに書かれた数字を覗き込んだ後、少しだけズレた眼鏡を直しながらゆっくりと下りスタート地点へと戻っていく。

途中、週末レース予定の同級生が、サイドテールを揺らしながらゆっくりめのペースで駆け上がっていくのとすれ違う。

 

「ほどほどにしときなさいよ?」

 

「分かってる。でも走ってないと、落ち着かなくて」

 

声が後ろになびいて行くのを聞きながら、しょうがないなぁと振り返り背中を見送る。トレーナーさんが加減してくれてるだろうけど、あと数日でレースだから心配にはなる。

ま、気持ちは分からなくもないけど、と向き直りスタート地点へと戻る歩みを続ける。

 

自分だけがGⅠを走ると思ってたら、いきなり先輩が割り込みの先陣を切ったのだから。発覚したのはおよそ3週間前の練習の始まる直前、チーム全員の名前と出走予定が書かれているホワイトボード。不意に先輩が書き込んでトレーナーさんと二人してニタニタと笑っていたのはかなりの意地の悪さだった。

 

ただ、出走決定以降ずっとカチコチで不調気味だった同級生は、どういうこと、って怒り半分戸惑い半分でその時は騒いでいたものの肩の力が少し抜けた様で、調子は上向きになったようだ。

それは先輩が激戦の末惜しくも2着で駆け抜けた後も変わらず、北海道の後の時みたいに変な凹み方もしてないみたいだし、結果オーライなのだろう、多分、きっと。

 

既にプレオープンを掲示板入りで終えた後輩2人が延々と柔軟を繰り返している傍らに立って、週末に挑む青鹿毛のもう1人の1年生となにやら話し込んでいたトレーナーさんが戻ってきたわたしに気づき声をかけてくれる。

 

「脚の具合はどうだ?」

 

「あと2回くらいなら…少し休めてからにしますけど」

 

また何か怪しいオマジナイでも教えてたんじゃないでしょうね、と目で牽制しながらも、具合自体は正直に答える。

 

自覚症状としては妙な重さも感じないし、駆けている時も違和感は無いように思える。練習量も1年前とほぼ同じ程度まではこなせているし、自主トレ厳禁、毎週通院の約束もきっちり守っている。

 

それでも不意に激しく痛むのではないかというのは頭のどこかに引っかかっていて、強く踏み出してスパートを切れる自信はあまりないのだけれど。

 

「あと1回、だな。お前が走るのを止めないと、どうにも止めそうにない奴が居るからな」

 

膝周りに視線を向けられながらの言葉に何となくこそばゆくなり頷きだけを返して、後輩たちに混じって柔軟体操に入る。

 

すれ違いざまの浮ついた声を思い出す。何、落ち着かないって、わたしが走ってるから?それはそれで嬉しいけれど、こっちは恐々にデッドラインを探りながらの練習だったりするので変にやる気を出されても困ってしまう。

 

「そういう事なら…」

 

「でだ、坂路併走、やれるか?」

 

「はい?」

 

いや、このトレーナーさん、わたしを殺る気なんだろうか。突っ立てた1年生の青鹿毛が目の色を変えて屈伸を始めてるし、同級生は坂を降りてくる気配がない。これはゴール地点で待ち構えてる流れっぽいな、と諦め顔でトレーナーさんを軽く睨む。

 

「やれません、なんて言えない流れでしょ、これ。やりますけど、何かあったら責任取ってくださいね?」

 

自分での軽めのマッサージの後でザリっとつま先で地面を掻きながら答える。狙いは何となくわかる。この後輩は最後に根性で伸びる娘だ。

となれば前半から少し飛ばし気味で残させないのが吉かな?先輩の意地も見せなきゃだし、ゴールで待っているであろう同級生と3年の先輩にも変な所は見せられないし。否が応でも全力の1歩手前までは出さなきゃならない。

 

「今週はレースまで走り納めです。よろしくお願いしますっ」

 

多分全力疾走の許可が出てるのだろう。勢いよく頭を下げてくれば本当に逃げ場がない。やれやれと癖になりつつある溜息をつくと、銀フレームの眼鏡を外しトレーナーさんに渡す。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

おう、とだけの軽い返事。トレーナーさんのウマ娘に相応しい所を魅せてあげましょうか。グッと踏み込み、振り下ろされる手の動きに合わせてスタートを切る。

 

併走?そうじゃない、付いてきなさい。それがわたしの、わたしたちの流儀。未来のオープン、そして重賞ウマ娘を目指すなら、それなりの根性見せなさいな。

 

思考がレース寄りになり脚にも今まで以上に力が入る。隣が居ると加減が苦手になる。ペースが上がりながら延々続く上り坂に入っていく。

 

「勝つ…勝つ…」

 

小さく呪文のように唇から漏れる言葉が耳に届く。初めて勝ったレースと同じ作戦で本気で挑んできてる1年生に、こちらも戦意が上がる。

 

登りながらの緩いカーブ、体を傾けながら半バの差をつけて抜ける。この娘ホントに、トレーナーさんが3番目に走らせるのも納得なくらいによく食い付いてくる。でも貴女と互角って訳にはわたしはいかないの。

 

グンッと体を沈めゴールまでの直線で更に加速を試みる。久方ぶりの全力全開、傷める前に見ていた景色。後輩を引き離しながら目印の先輩と同級生の前を駆け抜ける。

 

「へぇ、調子よさそうじゃない?」

 

ストップウォッチ片手の先輩は携帯でトレーナーさんと連絡を取り合ってたらしい。止まった数字を見ながら声をかけてきてくれる。

その間に青鹿毛の後輩もゴール地点に辿り着く。スピーカーモードの先輩の携帯から、一番聞きたい声が聞こえる。

 

曰く十分にクールダウンしてからゆっくり歩いて戻ってこい、と。明らかにこうなる結果を予測してた言葉に、少しだけムッとしてしまう。

 

「さすがだよね、あたしも週末頑張んなきゃ」

 

サイドテールを揺らして同級生がタオルとドリンクを差し出してくる。

約束した入学して直ぐの模擬レース以来の本気の勝負、それを本当に楽しみにしてくれている。と同時に笑顔の裏に自分が挑む週末のレースへの闘志が見え隠れしている。

 

GⅠ出走となってビクついていたのが嘘のよう。トレーナーさんにあそこまで言われてもまだビビるんだから。ホント、いつもこうなら心配要らないんだけどな。

 

わたしが出した答えを、受け止められるのか、受け継いでくれるのか。屈託のない笑顔を向けてくれる同級生に、私は少しの後ろめたさを感じながら笑顔を見せて言葉を返す。

 

「年明け、覚悟しててよ?」

 

想いを込めた言葉、その半分以上は多分伝わらないのだろうけど。でもいいか、多分その時はわたしはもう居ないのだろうから。

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