星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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『罪とは、自らに対して課す罰のことである』

――ヘンリー・デイヴィッド・ソロー



3章7話 墓守3

 

トレセン学園内某所にて。

 

 

吐く息が白い。メンテナンスは行き届いているが、設備そのものは幾らか古ぼけたウッドチップのコースを駆ける。爪先から伝わる衝撃に更に姿勢を前に倒して加速を試みる。

 

真横で併走していた栗毛のポニーテールもこちらの変化に気づきスパートの体勢に移る。舞う枯葉を追い越して、やがてストップウオッチ片手にゴール係を務めてくれている先輩の前を競り合いながら駆け抜ける。

 

「オッケー、今日イチだよ」

 

脚元に転がる小さなホワイトボードにタイムが僅かに書き直される。次に走る2人からタオルとベンチウォーマーを受け取って、その声に振り返る。

 

「ありがとうございますっ」

 

伝う汗を拭いながら、軽く手や脚を振るように揺らし、クールダウンを図る。書き直された数字を睨んでから、スタートの合図と共に駆けていく同級生の背中を見送る。

まだ、足りない。レースでしか出せないタイムが有るのは分かってる。だけど割り引いても足りない。これじゃまた掲示板止まりがいいとこだ。

 

「もう少し、早くスパートかけてみる?」

 

併走してくれたポニーテールが言ってくれる。彼女は同級生だが、プレオープンに挑戦中だ。同条件で駆けるとなるとどうしてもわたしの方があと1歩及ばない。

 

これがオープンウマ娘になれるかなれないかの差なのかな、そう思わないでもない。そんな彼女はレース明け休養後の感覚を戻す為の調整をわたしとの併走に充ててくれている。

 

「ん、かな、余裕そうだし」

 

憎まれ口めいて恨めしげな目でみて、ケラっと笑う。負けたくはない、けど、併せて貰ってるのはこっちだし、と少し複雑な気持ちにもなる。

 

「そーでもないよ?結構いっぱいいっぱいだし。でも、ま、わたしが抜けるまでずっと併走付き合ってくれたし?お返しお返し」

 

そう、1ヶ月前までは共に未勝利娘だった。入れ違いでコースを走っている同級生もそう。栗毛のポニーテールだけがひと足早く上のステージで駆けている。ふぅ、とため息をついて晴れあがった午後の空を見上げる。

 

『俺と一緒にGⅠを目指さないか?』

 

甘美な誘いをくれた前のトレーナーの言葉が不意に思い出された。わたしは何度か行われた模擬レースでそこそこ上位を獲り続けていた。それでもなかなかスカウトの声掛かりがなかった。そんな中でやっと才能を認めてくれるトレーナーが来てくれた、とか当時は思ったものだった。

 

だが違った。後で知った事だが、その言葉はそのトレーナーにとって常套の口説き文句に過ぎなかった。同じ言葉で他にも何人かがチームメイトになっていた。そんな中でメイクデビューで4着、その後の未勝利戦で3度立て続けに掲示板落ちを経験してドン底メンタルの時に、一方的に契約解除の用紙が寮に送り付けられてきた。

 

当時学園にも行かず部屋に引きこもりとなっていたわたしは思考停止したまま、書類を受け取り署名して同室の娘に預けた。自分は見込みが無かったんだ、って突き付けられて三日三晩は泣いて過ごした。飲みも食いもしなかったらしいわたしは、やがて同室の娘と寮長によって病院に押し込められることになった。

 

病院に収容されて1週間、ようやく少し落ち着き、流動食以外も口にできるようになった。そして何度かかかりつけ医として紹介された白衣のウマ娘とも話をするようになって頭の整理がようやくつき始めた頃、更に見たくも無いものを、見せられた。

 

『そ、そんなっ、やっと、勝てたのにっ』

 

診察室から病室に戻る途中、通り抜けるだけの外科の病棟。そのやや暗めの照明に照らされた通路で、右脚がギプスで固定され松葉杖をついたウマ娘が、スーツ姿の男性に声を荒らげている。

トレーナーと思われるその男性は自分の担当バに向けるものでないだろう冷たい目をしていた。

 

『ケガはどうしようもないよ。残念だけど…』

 

見覚えのある封筒が、ウマ娘に押し付けられる。走れないウマ娘には興味が無い、とでも言いたい位に冷淡に言葉を連ねていく。

 

『次のレースの目処も立たないんじゃ、どうしようもないだろう?レースに出れないのにチームの枠を使っても他のメンバーにも良くないし』

 

『え…っ、だって、これから、だって、言ってくれたのにっ、治すよ、また、走れるようになるって先生も言ってくれたし、だからっ』

 

すがりついて松葉杖が床に落ちて転がる。耳障りな音が思い切り響く。それ以上に涙混じりの声が鼓膜に刺さる。耳を塞ぎたいのに、目を逸らしたいのに何も出来ない。

立ち尽くすわたしに気づくことも無く、やがて壁にウマ娘を押し付けるようにして引き剥がすと男はもう無言で出口へと足を向ける。

 

『っあ、…待ってください…待って…』

 

松葉杖を拾い壁面に凭れさせたのは最後の優しさなのか、罪悪感なのか分からないけれど。

床に崩れ落ちたウマ娘は封筒を抱きしめたまま嗚咽を漏らし、やがて通りすがりの看護師に拾われてどこかへ、恐らく病室へと連れられていった。

 

一向に勝ち上がる気配のないわたしに契約解除届けを送り付けてきた元トレーナーも大概だが、今のも酷い。何かもう少しやり方は無いのだろうかとも思う。

でも、ある意味正直なのかもしれない、とも落ち着いて考えられるようになり始めていたわたしは思った。トレーナーたちも趣味やもの好きでトレーナーをしている訳ではない。わたしたちがレースで勝ち負けを競い合う様に、トレーナーは契約した担当ウマ娘の勝ち星や順位、出走レースなどで評価をされる、らしい。

 

勝てない娘に労力を過剰に注いだり、怪我で走れないメンバーを長く残せば、どちらも人数あたりの勝ち星は下がる。つまりどっちもトレーナーとしての評価を下げてしまう事に恐らくは繋がるのだろう。これは白衣のウマ娘からの受け売りでホントかどうかは分からないけれど。

 

不幸比べではないけれど、わたしは走ることは出来る。今すぐにでも。そう気づいたから、こうやって駆ける事を続けている。

 

「ぼーっとして、大丈夫?」

 

ポニーテールが肩を叩いてくる。少し、思い出し過ぎていた様で、走り終えた2人もドリンクを飲みながらこちらを見ている。

一方でスタート役を延々続けていた先輩がようやく柔軟を始めていた。足に不安がある、んだっけ…。自己紹介の時にあっけらかんと前のトレーナーとの馴れ初めと破局を教えてくれた青鹿毛の先輩がニカッと笑う。

 

「走るか?」

 

勿論、と返事をしてポニーテールも誘う。羽織ってたベンチウォーマーをドリンクを手にしたままの2人に預け、コースの中に入っていく。

 

随分メンバーも減ってしまったなぁ、と総勢5人の自分のチームを振り返る。加入した時は二桁越えの大所帯だった。それが時間が経つにつれ1人減り2人減りと櫛の歯の様に減り今では半分だ。

このチームではトレーナーとは本当に契約だけの間柄。日々の練習場所はメールでの指示のみ。レースへの出走希望やその他問い合わせも全てメッセージだけのやり取りで済ませてしまう。

こちらの希望は指導以外ほぼ全て叶えてくれるし、トレーナー側からの契約の解除もただ一つの条件以外は発生しない。

それは、レースで受け取る賞金のウマ娘の取り分からさらに半額を納める事だ。この事象が発生した時に拒否をすればその場で契約解除となる。

 

幸いというか、未勝利戦で足掻き続けている自分は全くもってトレーナーの懐に貢献していない。一度気になってチームの小屋を契約時以来で訪れてみたが、天皇賞か何かを視聴していたらしいトレーナーから、迷惑だ二度と来るな、と手酷く追い払われた。次に見た時には盛り塩までされていたから、余程に近寄られたくないのだろう。思い出すと少し悲しくはなる。

 

スタートの構えから一気に加速する先輩を追いかけ脚を回す。離れる背中、流石オープン戦で入着経験があるだけのことはある。それでもレース自体にいつ戻れるのか決まってないそうだ。

 

それだけでも自分は恵まれてる。甘く夢を見ていた入学時の幻想は尽く潰えて、残されたのは辛うじての走ろうという気力と、今のところ故障の気配のない2本の脚だけ。

 

方々のトレーナーにアタックして一刀両断に断られ続けた時に、入学時からの面倒を見てくれていた教官からどうしてもと言うのなら、と深夜のメールで教えられたこのチーム。

 

やがて自分の心がもう一度折れた時、それは少しでも後の時がいいけど、今は分からないけれど。それまでに出来れば一つか二つでいいから勝ちを上げてトレーナーに一言、伝えられたらいいな。

 

あの黒髪のフチなし眼鏡が似合うつり目で細身の女性に。貴女のウマ娘が勝ちましたよ、って。

 

 

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