星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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3章9話 名残月の相承

 

秋風が吹く10月半ば、よく晴れた日曜日。遠出をするにはちょうどいい気候。そんなお出かけ日和の中、午前中は丸々ミーティングに当てて、午後すぐに軽食を口にした後でレース場へ向かう。

 

出走までは随分時間がある様に思えてたけど、実際は着替えやらメイクやらで残り時間はジリジリと削られていく。

 

案内された控え室で一人ぼんやりとしていると不意に扉を叩く音がする。トレーナーや同級生が来るには早すぎるし誰だろうかと返事だけをすれば、2人連れのウマ娘が着付けとメイクの担当だと名乗り入室してくる。

着替えを手伝うため、あるいはメイクを施すためだけの人たちなんて初めて見た。この年になって人前で肌着一枚になるのはいかに女性相手とはいえ恥ずかしい。だけど向こうはそれが仕事だし、そもそも一人でカッチリ着こなせる訳でもないので言われるがままに制服を脱いで衣装に袖を通し、ベルトを締めてもらって整えてもらう。

 

あとは椅子に座り鏡の前でマネキンの様にじっとしているだけで出来上がりだった。支度が一段落すると彼女たちは一礼して部屋から去っていき、ようやっと一息つく。

 

時計を見れば1時間も経っていない。手馴れた様子に初めての衣装の筈が滞る事もなく着付けてくれたその手際に感心していると部屋の扉がノックされる。

 

「着替え終わってるよ?」

 

今度こそトレーナーか同級生か。レース前に居てくれるのは大体どちらか、むしろ両方が望ましいけど仲良く揃って来られるのはモヤモヤするから順番に来て欲しい。

願いが叶ったのか、入ってきたのは眼鏡をかけた黒鹿毛の同級生で見事に着せられた勝負服に感嘆の声をあげる。

 

「一度見せてもらったけど、やっぱりプロの着付けだと3割増しね」

 

衣装が届いて暫く後で寮でこっそりと試着して見せた時の事を思い出したかうんうんと頷いて衣装姿で椅子に座ったままのこちらを見ている。

 

「でも、メイクはもうちょっと濃ゆい方がいいかもね?」

 

「えぇ、もう十分じゃない?」

 

言葉に手鏡で目元に引かれたラインを確かめる。紫色に目元を強調するそれは普段の自分じゃ絶対使わない色合い、しかも太くくっきりとしている。

そんなあたしの隣まで寄ってくると、直ぐにテーブルの上のメイク道具を手にして微調整をし始める。強く言い返さないうちに外側に赤が追加され、さらに下まぶたにまでペンシルが伸びてきて涙ぶくろが追加されていく。

 

「いや、なんだか、キメ過ぎじゃない?」

 

「その衣装着て言う?」

 

メガネの奥の目が呆れた色になりながら頬にチークを差して出来上がり、と言ってくれる同級生。

 

そりゃまあ、晴れ舞台だし、綺麗にはして出たいけどやり過ぎじゃないかな、これ。鏡に映る見慣れないあたしが首を傾げる。その間にもメイク用のエプロンが取り払われて勝負服が顕になる。

 

袖が裾広がりで首元の開いた群青色のワンピース、広がった袖には銀糸で星座が刺繍されている。その上から真っ黒なジレ。

足回りのスカートの部分は透かしで花が浮かんでいて、丈は膝より結構上、真っ黒なタイツには風をイメージした紋様が薄青地で踊っている。デザイン画を提出しておいてなんだけれど随分と派手な仕上がりで出来上がってきた。

 

「や、まぁ、勝負服だし」

 

「じゃあ勝負しなさいよ、色々と」

 

「えええぇ…」

 

冗談めかして笑う同級生に言葉に詰まり、変な声が出た。色々って何よ、色々…いろいろ、イロイロ、あるけど、さ。不貞腐れた顔を作って見上げる。目が合うとプッと吹き出し、口許を抑える仕草にこちらも直ぐにしかめっ面が崩れる。

 

そうだ今度、流星群の日に校舎の屋上で天体観測をしよっか、そんな普段の会話が交わされ、レース前の控え室には不似合いな笑い声が部屋を包んでいるその時、扉を3度ノックする音がして、ゆっくり開く。

 

「お邪魔しまーす、と…緊張とか、大丈夫みたいね?」

 

3年生の小柄芦毛の先輩とその半歩後ろに付き添いの様にトレーナーが入ってくる。制服姿に手提げの紙袋を持っている。一方のトレーナーはビシッとスーツで身分を示す襟章が部屋の明かりを反射している。相変わらず格好良い。

 

「トレーナーさんとは十分打ち合わせたとは思うんだけどー…これ、わたしなりに今日のまとめたから、よかったらね」

 

そこそこの文字量のA4紙1枚を手渡してくる先輩。出走メンバーと脚質、予想される位置どり展開など、把握してる内容だけれどトレーナーとのまとめ事とは幾らか相違している。

 

なるほど、先輩の中では逃げウマ娘の方が気になるのか…。追い込みというかほぼ捲りと言っていいあたしの脚だと逃げはもうどうしようもないからあまり見てなかったんだよね。…違うな、この名前、あまり見たくないから意識から外してた。4月末に心折られたあの逃げウマ娘だもの。

 

「見習いの見習い程度だから相違点だけ気にする位でいい。普段通り走れ、いつも通りに周りの事は捨ててな」

 

トレーナーがそう言いながら、同級生に向かって手招きをしている。尻尾をピョコピョコ振りながら向う背中に、羨ましいなぁ、とかレース前だと言うのに愚にもつかない事を思ってしまう。

 

「ねぇ、ちょっとー。緊張感、無さすぎじゃないー?」

 

「え、あ、そ、そうです?」

 

扉が閉まる音と先輩の声に我に返る。トレーナーと同級生は丁度控え室を出たらしい。そして目の前には3年生の先輩ひとり。責めるような言葉と半目の様子に慌てて返事を返す。それに呆れたように溜息をついて先輩が言葉を続ける。

 

「…これで『しょうがない』なんて言って帰ってきたら、尻尾蹴り上げるからね?」

 

低い作ってない声にビクッと肩が震える。目の前の表情から嘘偽りなく蹴るつもりなのが伝わる。いやいやそれ体罰でしょ。暴力反対。

 

「言われたく無さそうだから、言ってあげる。今から貴女が走るのはGⅠレース。貴女が3位だった紫苑と翌週のローズステークスから上位5名、それに樫の木から直行が逃げウマ娘含めて3人。それ以外もGⅠウマ娘が、ティアラ路線の一等星所属が冠を得ようと犇めき争うレース」

 

目を背けてた現実を無表情で淡々と告げてくる。分かってる、知ってる。重いレースだってことは。だから意識して外してたのに。全然、考えてなかったのに。

 

秋華のしの字も思わないようにしてたのに。

 

ほら、足が震えてきた、手だって怪しい。ポッと出の自分じゃ相手にならないかもしれない。また、スタート数秒で惨殺されて終わりかもしれない。

視界がボヤける。恐い、怖い、コワイ。なんで先輩、レース前にそんな事言うの。震え始めた体を両手で抱きしめて、上目遣いで睨みつける。

 

「そう、それでいいの。わたし達からしたらとんでもないレース、走るんだから…だからね」

 

涙目のあたしにふんわりと笑う先輩。紙袋から真っ黒な小箱を取り出して開き差し出してくる。中には真っ黒な少し大ぶりのチョーカータイ。垂れの部分に十字星が一つ煌めいている。

 

「これ…は?」

 

「そんなレースだから…ね、わたしたちも一緒に走るよ」

 

タイが入っていた小箱には小さな紙が一緒に入っていた。

見れば最上段に、アウロ…なんだろうか掠れて読みにくい。それから顔も知らない名前が少しだけ続いて…ノブレスグロリア、赤毛の大先輩だ。そのすぐ下には目の前の小柄芦毛の先輩の名前であるスーペルノヴァ。

皆違う筆跡で文字の残り具合も違う。ただの紙切れのはずが何より重く感じる。分かるのはこのチョーカータイを纏って駆けたってこと。つまり、今のあたしと同じようにGIに挑んだウマ娘だってこと。

 

「怖くて怯えてもいいの。当たり前だよGⅠだもの。だけど一人で走るんじゃないから、貴女の精一杯を見せて?」

 

指に絡める様に箱の中身を取り出して、流れるようにあたしの首元に巻き付ける。全く違うデザインなのに、不思議と勝負服に馴染む。タイに手を触れて目を閉じる。ゆっくりと震えが収まっていく。

 

「…先輩も、怖かった?」

 

「かなり、ね…まさかGⅠ走るなんて思いもしてなかったし…でも、着けて走れることの方が、嬉しかったかな、わたしは」

 

無遠慮に尋ねても、笑みを浮かべたままで答えてくれる先輩。そっか、先輩だってそうだよね。いつだって何考えてるか分からなテンションでレースを楽しんでるのが殆どみたいに見えてたけど、多分前々走の時みたいなのが素なんだろう。張り詰め過ぎで先輩自体が怖すぎたけど。

 

「ありがとう、ございます」

 

目を開いて真っ直ぐに先輩を見る。青色の瞳には頼りない後輩が映ってるんだろうか。レースへの怖さは抜けないけど、それ以上に託された想いを自覚させられる。

どうにか覚悟は出来そうだ。あたしだけじゃない、先輩も更にその先輩たちだって挑んで来たのだから。流石にここで日和ったりは情けなさすぎる。

 

 

 

 

 

 

「『無事に帰ってこい』、とそれから『勝負服、よく似合ってるぞ』ね、伝言。」

 

目つきの変わった後輩に、スマホに飛んできたトレーナーさんからの言葉を伝える。ちょっと言い過ぎたかと思ったけれど、腹は括れたかな。

少し真面目に話しちゃったから声の調子がおかしいな。

でもま、いっか、後は任せたし託したし。もう走ることのないだろうわたしが出来ることはここまでかな。後は精一杯を魅せてよね、後輩。





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