星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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3章10話 時雨月の落涙

 

緑のターフに足を踏み入れて改めて周りを見回す。色とりどりの鮮やかな勝負服に身を包んだウマ娘たちが思い思いに最後の調整を行っている。

 

軽く走る者、芝の状態をつぶさに見る者、あるいは単純な柔軟体操に充ててしまっていたり、腕組みをして周りを睥睨していたり。

そんな中でゆっくりと歩いて芝を踏みしめる。

 

昨日の後輩のレース。強い、というのは多分こういうのなんだろうな、といった好位追走。王道の先行逃げ切りを見せた後輩は、結果は悔しいものになったが大器を感じさせるものだった。

 

翻って自分はレースになると周りのウマ娘が気になりすぎて集中出来ずグダグダになりやすいし、並ばれるとついつい競り合ってしまいペースが行方不明がちな同級生とも比べても、なんとも頼もしいレースをしていた。それは多分気質というか才能なんだろう。正直に羨ましいと思う。

 

だけども、今日ここに、勝負服を纏って挑むのは他の誰でもない自分だ。羨んでる暇なんてない。

 

いくら走っても自信なんて持てない。それでも、と、先輩直々に着けて貰ったチョーカータイに触れながら思う。精一杯って先輩がよく使う言葉だけれど、ここに立ってるだけで結構いっぱいいっぱいだったりする。

 

「『いつも通り』、『周りを捨てて』」

 

トレーナーからの言葉を復唱する。それだけで少し動悸が落ち着く。秋のGⅠ、秋華賞。ティアラ三冠路線の最終戦。

意識をしてしまえばまだブルってしまいそうになる。先輩から珍しく喝を入れられたのにな、苦笑いが零れた時にファンファーレが聞こえる。脚をゲートへと向けながら手拍子が収まるのを待つ。

 

係のウマ娘に促されて奇数番からゲートに収まっていく今日の走者たち。4枠8番、真ん中のに収まり、前傾姿勢を取りながらその時を待つ。

 

耳障りな金属音と共に視界が開ける。同時に逃げ、先行組の背中が見える。スタートからの一気の加速、こちらも駆けているはずなのにあっという間に向こうの背中が手のひらサイズになるまで差が広がる。

 

「っ…」

 

一瞬半年前の事が脳裏を過ぎり、脚が緩みそうになる。ダメだ、ダメ、尻尾を蹴りあげられる。同時に冷たい目の先輩が思い浮かび、踏みしめる力を込め直す。

 

今はいい、スタートダッシュじゃ後輩とだって五分五分の自分だ、今更ここで凹むとこじゃない。

 

脚を回して坂を登りきりカーブを越えて前を向く。徐々に加速しながら近づく集団の後方、進路をやや外寄りに変えていく。

 

「えっ…」

 

いつも通りのコース取りで足音を響かせ加速を続け様とした時に、目の前で徐々に壁が形成されていく。差しと前に残れなかった先行のウマ娘達が下り坂から入るカーブの前で外まで広がっていく。

 

示し合わせた訳ではないのだろうけれど、後方から飛んでくるのが分かっていれば、その場で連帯する様に進路を塞いで自らの勝機に繋げるのは当然だ。

 

頭では理解した。過去の走りを完全に研究されている。なら、どうする。どうすればいい。大外の更に外へと向かいきる前に最後方に食いつかされる。それはつまりバ群の尻尾になってしまうということ。

 

スタミナが削れるのを承知で足音を大きくして突き上げを試みるが動揺されることも無く第4コーナーに入っていく。やむなく前を走る娘の背後に入り、スパートでバラけるのを待つ。こちらのスピードは上がりきっていない。

 

直線に入り、差しウマ娘たちが更なる加速を始めて先頭を追う。スパートで出来た隙間を狙うが間を抜く前に背中が離れていく。

 

ああ、やっぱりダメか。ここからスパートに入ってもあたしじゃ多分届かない。焦りと共に無理矢理アゲていた気分が垂直に落ちる。

 

身の程知らずだよね、あたしなんか、GⅠなんて、こんな勝負服まで着れたし、いっか、思い出作り、何度も走る事なんて無いし。ひょっとしなくても最初で最後かも知れないし。追いかけようと思いながらも脚が緩む。

 

でも、でも…。

 

「でもっ…それでもっ…」

 

前を向く。ゴール前の坂に差し掛かる。首元で揺れる黒のチョーカータイ。あたしだけなら、あたしごときで構わない。

 

だけど既に走り終えた先輩たちの想いまで、しょうがない、で済ませられない。尻尾を蹴りあげられるとか、情緒不安定にキレ散らかされるとかも御免だけど、それ以上に、あたしがあたしを許せない。

 

踏み締める脚に力を込める。ここからスパートを切る。残るは最後の上り坂。幸か不幸か脚は残ってる。

 

全力で、全身全霊で駆け昇る。筋肉が軋む、十分な加速のないままのラストスパート。ひとつ、ふたつ、最後尾から背中を抜いていく。

坂が終わる。残るは僅か。大勢は決している、

 

それでも、間に合わなくても。

 

ゴール板の前を駆け抜ける。酸欠気味の頭はもやがかかったみたいで周りの歓声も耳鳴りに聞こえる。

習慣で掲示板を振り返る。当然、そこに自分の数字は無い。

 

負けるのが怖かった。自分の全力が通用しない事を知るのが怖かった。

どうせあたしなんて、そんな言葉で誤魔化してた。冷めた振りをして目を背けてた。

最後の最後に振り絞ったって、こんな結果しか出せなくって、情けなくって。

 

だけど、でも、悔しい、悔しいよ。

 

1着で駆け抜けた娘とお義理のように握手をした後、控え室へと続く地下道へ向かう。部屋の前、待ち受けていた姿、耳慣れた声は惨敗に終わった結果を問うことも無くただ労ってくれる。

 

先輩が、同級生が、後輩たちが出迎えてくれる。今自分はどんな顔をしているのだろう。格好つけなきゃ、今までみたいに、あっさりと、何でもなかったみたいに…なんて、もう、出来っこない。肩が震え目の前が滲む。

 

「トレーナー…」

 

「お疲れ様、最後よく走ったな」

 

優しげな声がとどめだった。あたしの涙腺は崩壊し、地下道に声が残響する。

 

「悔しい、悔しいよ。負けちゃった、よ、トレーナーぁっ。」

 

思い切り胸に飛び込む。そのままギュッと強く抱きしめて大声で泣き叫ぶ。周りに誰が居ようが関係ない。あたしはトレーナーのウマ娘だ。わんわんと声を上げて涙と鼻水でトレーナーのスーツとシャツに染みを作る。その最中、不意に背中からも柔らかく包まれる。

 

「今は…ライブまではその特等席貸してあげる。今日は精一杯、見せてくれたから、ね、ウィンドウィナー」

 

背後から抱きかかり、名前を呼んで髪を撫でてくれる小柄芦毛の先輩。続いて同級生や後輩たちも体を押し付けて抱えようとしてくる。

口々にあたしの名前を呼んで、小さな子どもの様にグズり続けてるのを宥めるように。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。それも人前で、ヒトに抱きついて。それに皆に囲まれて包まれて。

 

 

 

やがて少し落ち着いて、それでもまだトレーナーにくっついたままで体温と心音に夢見心地になっていたところで引き剥がされる。

 

「はい、時間切れー。超特急でライブの支度しないと」

 

「突っ立っててください。皆で着せ替えしますから」

 

普段は絶対見ない連携で先輩と同級生に控え室に引き込まれる。泣き腫らした目を抑えるためだろう冷えたタオルが視界を覆う。と、同時に勝負服が引っ張られ剥かれていく。

 

ちょっと待って、これはなんだか、とても恥ずかしい。何か大事なものを失くしてしまいそうな気がする。

 

ひとしきり気持ちを吐き出した後で抗う気力を無くしていたあたしは、されるがままにひん剥かれてライブ用の衣装へと着せ替えられていく。その間ずっと視界は塞がれたまま。

 

カッコ悪いとこ、見せちゃったな。先輩にも後輩にも、それに同級生にも。後で呆れられちゃうよね…。

 

でもさ。

 

『次』は特等席、貸してあげるって、あたしが言う番にするから。

 





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