完結まで毎日投稿です。
「と、言うわけでやって参りました新潟~」
何が、というわけ、なんだろうか。本当にこの芦毛のちびっ子先輩は苦手だ。サイドテールをいじりながらひとり思う。
のほほんとベンチに座り、残っていた駅弁をまだパクついている。それ何個目よ、明日レースじゃなかったっけ?ツッコミたいのはやまやまだけど、今は先輩と冷戦状態だ。結果ふぅん、と興味なさげに視線を向けたあとは同級生のセミロングの青鹿毛へと話を振る。
「今日は荷物少ないじゃん?」
「あ、だって先輩が走るんだったら、ほぼほぼトレーナーさん任せでもいいかなって。それに多分、先輩はマイル今回だけみたいなこと言ってたし」
走る時は裸眼だが、普段は度の強めのメガネをしている彼女は尻尾を揺らし耳をピコピコさせてケラケラと笑う。
たしかに彼女も新入生3人のうち2人は長距離志望だし、残りの1人と先輩も、本来は短距離寄りだ。マイルから中距離で走るのはあたしだけ。だからって用がなくても趣味のようにやってるウマ娘のデータ入力をあからさまにサボるのはどうかと思う。やっぱりちょっと、依怙贔屓されてると思ってるよね、同志だよね。
「あー、まぁ、先輩だし?」
よく分からない感じの否定的ニュアンスでそう返す。あのレースの後のもやもやで最近は練習にも身が入らないし、あと情緒不安定にキレ散らかしてた先輩にはまだムカついてるし、ちょっとだけだけど。
あとはトレーナーさんもかな、割と放ったらかしだよね、怪我とか無いようには見てくれるけど、なんだろう、ウマ娘任せの方針、とか言ってさ。
「それにね、今回はただ、アイツを見てろって、あなたや後輩たちと一緒に」
「へ?」
見てろってなんだろう。申し訳ないけど次の先輩のレースはそこまで重要なものとも思えなかった。まぁ、上手く行けば次に函館?辺りを狙うのかなーって感じではあるけど。
駆け引きとかの参考にってことかな、でも今回ほぼ直線勝負じゃなかったっけ、というか、ホント最近トレーナーは言葉足らずだよ。
「あー、ほら、宿に先乗りするぞ。荷物置いたら軽く体動かすからなー」
こっちのモヤモヤは放ったらかしのトレーナーの声が聞こえて全員整列する。この辺りの規律だけはなぁなぁのほかのチームよりいいんじゃ…て、先輩、新入生にお弁当取られたって騒がないで、お願いだから威厳見せてよ。
でも、あれだな、短距離志望のあの娘、恐れ知らずだな…。あたしが1年の時なんて3年に絡もうなんて考えもしなかったよ。
「わーたーしーのおべーんとーっっ」
「先輩もう4個目でしょ、オカズ1個くらいいーじゃないですかー、ねーっ」
「それ最後まで、とってたのーにー、ひどーっ」
同レベルか、頭痛がしてきた。
◇
わたしは走るのが好きだ。いつからなんてウマ娘だから、きっと産まれた時からだろう。薄く光るキラキラに囲まれていつだって走ってた。そのキラキラが普通は見えないものだって知ったのはほんの2年と少し前だ。こんな光る世界、みんな見えてて、だから走りたいんだろう、ってくらい当たり前だった、学園に入るまでは。
「柔軟だけはキッチリやっとけよ、ああ、あと上着はまだ着ておけ?」
面倒見のいいトレーナーさんの声が聞こえる。動く時、暑がって直ぐ上着を脱ぐクセを軽く咎められた。ここはレース前の控え室、実はこの人は共犯者だ。
わたしの見える景色が普通じゃないこと、彼だけはそれを知っている。そして仕事のちょっとした裏技として使ってしまっている。トレーナーはキラキラしたウマ娘をスカウトして育てたいし、わたしはそんなキラキラに囲まれて走れたら幸せだ。
たぶん、それはズルいことだろうし、バレたらただ事じゃ済まないだろうけど、彼だって半信半疑で私が指した娘をスカウトしたんだし、グレーってことにして貰えたらいいな。わたしは真っ黒だけど。
だけど、それくらい、眩し過ぎるキラキラに囲まれ続けた結果、ようやく開放されたタイミングで半狂乱で走ってぶっ倒れたのを回収してくれた彼への恩返しのつもりだからあまり責めないで欲しいかな。
「ん、それじゃ、いってくるー」
壁の時計を見て普段通りの間延びした声を作って準備運動を切り上げる。我ながらのんびりと間の抜けた声だとは思うけど、もう辞められないクセみたいなものだ。それにトレーナーさんは苦笑いで頭にポンと手を乗せてくる。
「あまり気負うなよ、自分を追い込むのはアイツら譲りか?…走り切って帰ってこい。」
伊達に2年越えて山あり谷ありの付き合いじゃないとばかり、わたしの気持ちをわたし以上に推し量っての言葉だ。
そう、わたしは自分を追い込んでいる。それはレースだけじゃなくて、この居場所のことも。『結局走る事でしか伝え合えない』ってかつて赤毛の先輩が言ってたっけ。それはあなたが口下手なんじゃ、と思ってた時期がありました。ごめんなさい、わたしもどうやらそっちのようです。
「ん…はぁ…い」
ひとしきり頭を撫でてくれた後で背中をトンっと軽く押してくれるトレーナー。そんな彼には一応ありのままを伝えていた。
レース後疲労困憊だろうに感情的に責め立ててしまった後輩もリハビリ明けのレースが近い後輩も、まだ先輩たちのレースを生で見たことない新加入の後輩たちまで。チーム全員にわたしの走りをみて貰いたいってG1でも重賞ですらないのにチーム全員参加で観戦だ。多分それでしか分かって貰えないと思うし、伝える事がわたしには出来ない。
「あ、やっほー」
地下通路からパドックへ抜けると着くと見知った顔がちらほらと居る。この時期まで走り続けると流石に顔馴染みも増えてくる。オープン以上重賞未満、といった面々だ。自分のため、あるいは他の誰かのため、想いを乗せて走ろうとする皆はいい輝きを放っている。
そんな中で漂う様に走っているのは幸せだった。キラキラに囲まれて星屑の様に運ばれる。わたしにしか見えない世界、私だけの世界。
だけど、それだけじゃダメだって、知った、教えられた。去った先輩たちから受け継いだ輝きを、決して諦めない、勝利だけを貪欲に求める煌めきを、今日、見て欲しいと望んだ後輩たち、それにトレーナーさん、観客にさえ、届けたい。
ゲートに入り目を閉じる。小柄なわたしの前傾姿勢はあまりに極端で蹴散らされそうな程だ。だけど、飛び出し1番全速力で駆け抜けよう。
そう決意して、金属音と共に扉が開く。踏み出す一歩を、いつもより強く、駆け出そうと。
……そして足を滑らせ盛大に出遅れた。