星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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結章2話 花残月の回生(上)

 

昏れなずむ白亜の建物の屋上。まだ少し冷える風が髪を揺らす。その縁に設置された鉄柵に肘をもたれさせ地上へと視線を向ける。

 

その先では薄紫の制服姿の少女たちが校舎から去っていく。真っ直ぐに校門へと向かう者、あるいは広い通りに設けられたベンチで数人集まり談笑する者。そして、揃いのジャージ姿となってグラウンドやトレーニング施設へと向かう者たち。

 

よくある放課後。ただ彼女たちは押し並べて見目麗しく、そして頭頂からは2本のウマ耳が屹立しており、臀部からは尻尾が生えている。日本ウマ娘トレーニングセンター学園。それがこの場所の名前。総生徒数は2,000弱と言われ、国民的スポーツ・エンターテイメント、トゥインクルシリーズの出走バたちでもある。

 

「帰って、きちゃったな」

 

眼下に広がる学園風景に、懐かしそうに、そして少し苦そうに言葉を溢す。風に流れる尾花栗毛を撫でつけながら、身にまとう濃紺色のパンツスーツ姿の彼女。『帰ってきた』の言葉が示す様に彼女の頭頂にも少し小ぶりなウマ耳が、さざめき程度に聞こえる生徒たちの声を捉え、髪と同じ色の尻尾がゆらゆらと小刻みに動いている。

 

色素の薄めな黄昏色の目が細められ、かつての自分の姿を思い出す。ありふれた学園生活。入学と共に教官により指導を受け模擬レース、選抜レースを走り、そこそこの結果を出して大所帯のチームに声を掛けられた。

 

そのチームは『距離適性』に重きを置き、各学年数名を当てはめてチームを作っていた。各個人の成績もG Iウマ娘が複数人在籍するなど優秀だったが、何より時折り開催される学内のチーム対抗戦で無類の強さを誇っていた。指導体制も多くのウマ娘たちを預かるチームらしくサブトレーナー5名と言う陣容だ。

 

いわゆる一等星、強豪チームである。白亜の校舎棟の中にあるチーム部屋には幾つもレイやトロフィーのレプリカが飾られ、歴代のエース格の写真が誇らしげに飾られている。長年の歴史を感じさせるチームだった。

 

しかし、順調にメイクデビューを飾り、オープンで勝ち負けを幾つかの後、重大な問題が発生した。彼女がチームから割り当てられたのは2,000メートル未満のマイル。初年にジュベナイルフィリーズ、2年目に三額冠を狙う路線。それは彼女が想い描いていた未来とは異なるものだった。憧れた姉と慕うウマ娘が挑み弾き返された壁。皐月、東京優駿、菊花の三冠に挑むために、彼女は学園の門を叩いたのだから。

 

勿論、距離適性をはじめとしたスタミナやパワー、あるいはスピード、加速力といった能力的な伸び代を含めた観点からの指導者たちの言葉は説得力があった。だが、彼女は従えなかった。とは言え面と向かって歯向かう勇気もなく、与えられた練習メニューを勝手に加算減算してやる気のない事をアピールし続ける、という子どもじみたやり方で。

 

結果、そこそこ優秀、将来有望と目されていた彼女は1ヶ月もすればチームを乱す問題児と認定され、巡回サブトレーナーとしてチーム内の雑用と各距離に分かれた分隊を繋ぐ任を任されていた男に預けられる事になった。大所帯となっているこのチームでは、サブトレーナーたちに経験を積ませるため年ごとの輪番制で各距離を担当し、浮いた1人が書類仕事などの実務や何らかのトラブルが起こった時の対応を引き受ける体制となっていたのだ。

 

それが出逢いだった。若いと言えどサブトレーナー歴3年になっていた彼は前年に中距離を見ていた事もあり、彼女にとってその情報は一縷の望みとなった。とは言え彼が彼女の想いを汲む事などなく、あくまでチーム方針通りに額冠路線に進ませる為のトレーニングが続いた。あの日までは。

 

 

 

 

 

 

『俺の、ウマ娘になれ』

 

唐突に、三女神の像前の広場で告げられた言葉はそれまでの学園生活を一変させた。常時空調の効いた校舎棟の一室から、家庭用のエアコンが設置されただけのプレハブ小屋。

練習場所の確保もトレーナーの運次第で練習パターンを幾つか想定してその日ごとにメニューが変わる目まぐるしさ。今までの環境がいかに恵まれていて、他のウマ娘たちから羨まれていたのかを、単に上澄みの一等星チームに所属していたという事以上に思い知った。

 

それでも楽しかった。走るために門をくぐった、走りたいレースに向けて、ひとつひとつ課題を見つけ、こなしていく。

時には失敗もあり、不慣れな中途独立の新米トレーナーと共に右往左往することもあった。それら全てが、今となってはいい思い出だ。

 

三冠を一つも獲れなかった事以外は。

 

結局準備不足となってしまった皐月、序盤の好走から距離の不安を露呈させた東京優駿。

それらを覆さんと挑んだ菊花では最終直線での追い比べの末4着入線。引き換えに重篤では無かったが故障を抱え、年内は全休となってしまった。

 

丁度この頃に、口さがないネット界隈から自分たちへの口撃が目につく様になった。良きにつけ悪しきにつけ批判や愚痴めいたものが交わされることぐらいは理解していた。だが、目に見える表層で騒がれれば、気持ちが乱されるのもやむを得なかった。

 

独立したてのトレーナーが『三冠路線に出走させた』という実績作りのために、現実を分かっていないウマ娘を利用した。この様な言説がまことしやかに語られていた。

額冠路線であればより多くの実りをもたらしたであろうクラシック期をトレーナーの箔付けのために、向き不向きを考慮することもなく走らされた悲劇のウマ娘。彼女に対して同情的で、それ以上にトレーナーに対しては攻撃的な論調。

 

ほんの少しでも彼女を知ってさえいれば、思いつきもしないような批判は、クラシック期直前に元居たチームから離れたことを事さらに槍玉にあげていた。

おそらくは私怨、なのだろう。期待していたウマ娘が路線を変えた上に碌に結果も出せなかったのが許せなかった、と。ただ、個人が不満を垂れ流してるだけであれば良かったのだが、曲がりなりにもWEBメディアに記事として載せられたことが目に触れるきっかけとなった。

 

『結果が全てです。それ以上、言う事はありません』

 

しかも問い合わせを受けたトレーナーの木で鼻を括ったような対応はもはや燃料を投下しているとしか思えなかった。たとえ、その数時間前に土下座で彼女に冠一つも獲らせることができなかった事を詫びていたとしても。

 

彼は夢を叶えてくれた。三冠レースを走ると言う夢。そして気づく。彼女は三冠レースを走ろうとしていて、彼は三冠レースで勝とうとしていた。

それは不幸なすれ違いだった。望んでいたレースを走れるということで一つの満足を得てしまっていては、勝ちたいと想う気持ちを振り絞るウマ娘に敵うはずもない。

望むレースに出る道を作ってくれた彼の想いに応えられていなかった。額を地べたに擦り付けるトレーナーを見て、彼女は思い至った。

 

わたしは、彼のウマ娘、では無かったのだ。

 





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