星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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結章4話 星屑の円環(上)

 

寒風が身を刺す。それは熱した肌に触れ、汗が蒸発して湯気となる。響く芝を踏み締める轟音。駆けるは2200メートル。競るのは引き締まった肢体を体操着に押し込めた15人のウマ娘。

 

一斉のスタートから向かう登り坂でバラけ、徐々に縦長に隊列が変わっていく。その先頭より4バ身ほど離れた番手争いの渦中の彼女は思う。

 

『パイセンの言う通り…っと、マジで競ってきやがるなって…な、パネぇ』

 

息を整えながら長い登りの曲線を越えてチラチラと並ぶ黒鹿毛のウマ娘とさらにその後方から機を伺う芦毛へと視線だけを動かす。牽制で進路を僅かに動かしても変わらずの追尾に無駄に体力を削らされるだけかとペースを戻す。

 

常はハナを奪って逃げ切れるまで駆けるのが本領。しかしトレーナーからは一息で抜けると確信できる距離で我慢しろ、と自重を念押されていた。『走りたい相手』を待て、と。彼女の待ち人たる栗毛は4度目のカーブまではいつも通りの後方待機。そして2度目の坂の手前辺りから進軍を開始するはずだ。その時を待ちながら追う背中を睨みつけながらひたすらに脚を回す。

 

 

 

 

『嫌な予感がするんだよね。逃げの娘はもちろん強者なんだけどさ。』

 

レース前のミーティングで小柄芦毛なトレーナーが顎に手を当てて目を閉じながらそう告げる。レースのイメージ、を思い浮かべている時の仕草だ。今回のレースの大本命、一等星所属、GⅠレースの経験もある逃げウマ娘。その彼女を差し置いて気になる存在がいくつか居ると言いだしたトレーナーの言葉の続きを待つ。

 

本人曰く、現役の時出来てたら良かったんだけどねー、とにかく逃げだけが持ち味だったから、考えちゃうとその時点で惨敗確定だったんだよね、と身につまされる自虐ネタを軽くブチ込まれた後、目の前の机に置かれた出走表に指を滑らせていく。

 

『地方からのこの娘、先行に張り付いて勝負をしかけるパターンが何度かあるみたいだし、後は海外組のこの娘かな…追い込み通り越しての捲りはメンドクサイから』

 

最後の最後に飛んで来られると意識を持ってかれちゃうんだよね、ま、わたしの場合はだけど。とまたも自虐含めた経験談を語ってくれる。実際に走ってきた経験からくる言葉は、ウマ娘トレーナーの優位点だ。しかし脚質や距離適性が離れる程に参考度は低くなってしまう。

 

その点、駆ける大柄黒鹿毛の彼女にとっては距離適性は外しつつも脚質の面でほぼハマっており、故障明けの大一番でもほぼほぼ想定通りにレースを進められている。本来の予定を前倒しに挑むG IIレースではあったが、得意のハナを譲り番手から虎視眈々と仕掛け時を狙う。競るのは後ろから上がってくる彼女が並んだその瞬間。

 

最後の坂で後続と一気に距離が詰まり視界の端に流れる栗色の髪が映る。焦がれていた脚音が耳を打つ。

 

「やっと、来た。って、ね」

 

背後から迫るその姿が並ぶのを感じ全身の毛が逆立つ気がした。

 

 

 

 

 

 

なんで、何で、ナンデ、ナンデヨー。

 

 

目をグルグルさせながら足を回す。スタートから自分の後方にピッタリとつけていた海外勢のウマ娘。

 

低めの赤毛ツインテールをなびかせて駆けるその足音が煽るように響く中、予定通りにコーナーを過ぎた辺りからジワジワと寄せて突き上げられて予定よりも早くスパートを切らされ、坂の手前で目指してた黒鹿毛大柄の彼女へと追いついてしまう。

 

背後から迫る不協和音の足音にペースは乱されて顎が上がる。背後から迫る圧から逃れようと本能が理性よりも早く脚を回してしまう。

 

 

キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイヨー。

 

 

耳を打つ響きに動悸が上がり吐き気が込み上げる。限界までは余力があるにしても、ほぼほぼの全力疾走で耐える事は困難だ。

 

だから逃げる。とにかく、不快で不安にさせる足音から。

 

だが、ピッタリと背後についたそれは逃がしてくれない。その結果が目の前に迫る腐れ縁の少しだけ大きな背中だ。

 

出会いはありがちな入学直後の模擬レース。同期の中でいち早く身体の出来ていた彼女はほぼほぼ無敗。翻り中団から下の着順を繰り返す自分に何故か絡んできたのが馴れ初めだ。

 

彼女が早々にチームを決めて新バ戦を通過してG IIIまで脚を進める頃になっても、チームもなかなか決まらず、未勝利戦で足掻く自分に何故か絡んでくる。

 

曰く、マジじゃないっしょ

 

曰く、そんなもんじゃないっしょ

 

勝手に人を値踏みして毎度煽る様に言ってくる。

未勝利戦を何とか抜け出し残り少なくなったプレオープンでまたも停滞してる時でも、学園で顔を合わせる度に何度も。

 

そんなに言うなら併せでもなんでも仕掛けてくればいいのに、お互いマジなのはレースだけとかなんとか。

コロコロと所属チームを変えて出るレースもどこか手当り次第な感じで、それでも顔を合わせたら無駄に煽ってくる。

 

だったら

 

だったら、本気見せつけて、煽り返してやる

 

息を入れて目指していた背中に完全に並ぶ。バタついていた足並みは理想のそれに戻り、視線は僅か先のゴールだけに向ける。全身に燐光を纏い踏み締める一歩が力強さを増す。産まれたての領域が広がり始め、僅かに前に出たその瞬間に爆光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

マジか、マジか、マジかぁっ。

 

並んだ栗毛が全身を仄かに煌めかせ進軍を続ける。横目で見えた表情は前だけを見てこちらを一顧だにしていない。

 

今まで何度も、夢に出る程まで渇望したこの瞬間。幼少期、相手は覚えてないだろうが連戦連勝の天狗の鼻をへし折ってくれた栗毛のウマ娘。

 

まさかの同い年、まさかの同級生になるなんて。子ども時代の遊びのレースの真似事での結果だと言うのに、魚の小骨の様に脳裏に残る姿。

 

淡い光に包まれた様な背中が見えた刹那、今まで以上に身体を倒し大きく一歩を踏み出す。何十回何百回と見返したレース。その最終盤に幾度か見せた走り。体躯の小さな彼女では支えきれなかった出力を、自分なら再現出来る。

 

響く重低音、輝く爆光。隣から置い抜こうとする淡い光も背後から鳴る不協和音も塗りつぶし、前へ前へと進む。並んでいた黒鹿毛は落ちて、背後に居た芦毛が光を割いて上がってくるがまだ届かない。前にいた一等星の背中さえもう僅かで。

 

『抜ける』前に誰も居ない景色に変わろうとしたその刹那、雷鳴が響いた。

 

 

 

 

 

「巫山戯ないでよっっっ!」

 

今の今まで先頭を進んでいた逃げウマ娘が捉えられ沈む寸前に呻くように喘ぐ。

 

一歩一歩が光を生み出すような背後からの猛追、やがて並び背が見えそうな瞬間に全身の細胞が蠢動する。

 

入学テストでは優を貰い、模擬レースでも上々。大所帯とは言えG Iウマ娘も所属するチームから声をかけられ白亜の住人となった彼女。その後も難なくデビューを飾り順調過ぎた一年。

 

だが幾つかのレースを落とした今は一軍ではなく遊軍トレーナー預かりになり、「勝てそう」な重賞を中心にスケジュールを組まれる日々。

 

後がない、居るだけなら許しては貰えるかもしれない。与えられたレースで「それなり」の結果を出せば卒業まではなんとか過ごせるかもしれない。

 

だけど、そうじゃない、今、目の前で名前も知らなかった大柄のウマ娘が背中を見せ、僅かの差で栗毛が光を纏いながら追走する。更には見たこともない不快な脚音の赤毛のツインテールにまで差され、挙句地方枠の芦毛娘まで飛び込んでくる。

 

「やめてよ、ここは、私たちの、場所っ!」

 

勝てない日々が奪った彼女の場所。「選ばれなかった連中」に好き勝手される訳にはいかない。自分は、自分は一等星所属の、ウマ娘だ。ならばその意味を意義を曇らせてはいけない。

 

踏み出す脚に力が戻る。憧れたかつてのG Iウマ娘が如く覇気を呼び起こす。紫電の光が彼女の脚を彩る。

 

 

 

 

 

 

5人のウマ娘達が、絡み合うような輝きに包まれたまま、ほぼ同時にゴール板の前を駆け抜ける。

 

長い沈黙の後、電光掲示板には無情に着順が示されていく。

 

僅かの差がそこに示されるが駆け終えたウマ娘達は誰1人勝鬨も上げず、荒い息のまま、睨み合う。

 

「春に、また、闘れるわよね?」

 

身体の部位の差で1番上にゼッケン番号が照らされてる彼女が隣の大柄黒毛に問う。奇跡のような一瞬が、遠く昔のウマ娘の様な紫電を纏った刹那が無ければ沈み貶められていたのが分かっているからか、笑顔は無い。

 

「あー?どっかなーパイセンに聞かないとわかんないねー。ま、どっちかと言うと結構満足したし?あ、そもそも3000越えは走れないし?」

 

腰に手を当てて仁王立ちで答える。芝を踏みしめる脚は脹脛も膝も太腿も重く鈍い痛みを発している。『コレをあの身体でって、マジハンパ無いわ、イカついわ()()()()()…』内心そんな事を思いつつもおくびにもださず、満足げな様子で膝に手をついてまだ息が整わない隣の栗毛を見下ろす。

 

「あーもう、なんなのよ、勝てなかったじゃないっ。最後意味わかんないし、聞いてないしっ。次のレースは教えてよ、絶対合わせて、絶対見下ろしてやるからっ」

 

縺れた最後、自分の中で産声を上げた領域を何重にも書き換えられた衝撃からガツガツガツガツつま先で芝を掻き続ける。そして恨めしそうに優越感に溢れた視線を向ける大柄黒毛を涙目で見上げる。

 

「ジャパンのウマ娘は凄いネ、コーチから聞いてた通りダヨ。ん?日本語ダイジョーブ?久々の芝だったけどいいレースだったネ」

 

赤毛のツインテールはすっかり息を整えて、まだどこか余力のあるような仕草で駆け抜けたターフを見回し、流暢な日本語で戦友達に感謝を示す。

 

「お手合わせありがとうございましたっ。まだまだ研鑽が足りませんっ。次もお会いできたらよろしくお願いしますっ」

 

礼儀正しく頭を下げて全員に握手を求める芦毛。終盤に彗星の様に飛び込んできたキレた末脚。次は自分が前に立つ事を疑わない眼差しで今日の勝者を見据える。

 

 

 

 

 

 

上位5者が健闘を称えあっている一方、ウマ娘たちの帰りを待つスタンド下の通路の中では剣呑な雰囲気に包まれていた。

 

 





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