星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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結章4話 星屑の円環(下)

 

「ご無沙汰してます。トレーナーさん。見ました?ウチの子のっ。直近で最速ですっ」

 

少しボリュームのある黒髪をゆるっとしたお下げで止めたウマ娘が手元のメモを示しながらスーツ姿の男に詰め寄る。その途端に反対側から鋭く声が飛ぶ。

 

「センコウハナビでしたか?同門でも少し気安いんじゃありません?一応貴女も一廉のトレーナーでしょう?」

 

ジャージ姿の尾花栗毛が目を細めて、スーツの男の腕を取りながら苦言を呈す。しかしその目はヒラヒラと示されたメモ紙の数字を追っている。

 

「あ、はいっ。大先輩っ。でもでも嬉しいじゃないですか、中央でも羽ばたけるって」

 

悪びれた様子もなく、手元の紙切れを振り回してさりげなく場所を譲る気配を見せない。そこにコツコツと苛立ったヒールを打ち付ける音が通路に響く。

 

「折角のところ申し訳ないけど、私たちに時間を貰えない?」

 

銀フレームが怜悧な印象のスーツ姿の青鹿毛ウマ娘が口を挟む。影に隠れようとした同じくスーツ姿の黒鹿毛をサイドテールにしているウマ娘を押し出しながら。

 

「っと、あ、ひ、お久しぶり、かな…ちょっと寄り道がてら来たんだけど…」

 

「ウィンドウィナーにコノハマイチル、素直にドバイに行けばいいでしょ?なんでわざわざ当てに寄り道なんてして、しかも芝で走らせるとかちゃんと本人は同意してるんでしょうね?」

 

尾花栗毛がピシリと人差し指で示して牽制する。永住権を得たアメリカの学園でそれなりのボジションに着いている2人が揃って帰国していたのを事前に察知して、かつ彼女達の目的地まで言い当てての物言いだ。

 

この間スーツの男は苦笑いを浮かべたまま、もはや秘書であり助手であり職の伴走者であり伴侶でもある尾花栗毛のサブトレーナの言に任せたままだ。そんな彼の元に、真っ黒なスリーピースの芦毛のウマ娘が歩み寄る。小柄な彼女が胸を張り見上げてくる。胸元には蹄鉄の徽章と共に銀の十字架が鈍く輝いている。

 

「…あのチームを継いだか」

 

「…思ってた席は埋まってたから、ね。そういうのは教えて貰えると、ちょっと助かったんだけどなー。ていうか、やっぱり知り合い?」

 

チラリと年上の尾花栗毛のウマ娘に視線を向けた後、少し疑問に思っていた事を尋ねる。自分にチームを丸投げした後は何かコソコソと活動はじめた黒髪、リムレス眼鏡の女性トレーナー。サブトレーナーとして拾われた時や折に触れ、なにか関わりがある様な素振りを漏らしていたからだ。

 

「同期、だな。もう少なくはなってしまったが…直接話したことは殆ど無いが」

 

互いに人伝の噂話には事欠かない立場からか、面識が殆どなくとも人物像は知れる。ただ若干の悪意含みではあるが。だがそれとは少し違う何かがあるのか、好意的な表情を浮かべるトレーナー。

 

「そっか。ま、あの人もあの人だから…同期なら納得かな、難しいよね、トレーナーってさ」

 

ウマ娘の駆けたい想いを最大限に尊重する。ある意味の綺麗事を汚れ仕事の様に請け負っていた。卒業した者、あるいは志半ばで折れた者にも職を斡旋し、徴収していた『賞金額の半額』に利子を付けて突き返す彼女の、誰からも顧みられない奉仕。

そして、同じ言葉を用いながら、目の前の男からかつて自分が浴びせられた子どもじみた熱量と毒を思い出し苦く笑う。

 

「所詮『ウマ狂い』だからな、俺も、アイツも、トレーナーなんてみんなそんなもんだ」

 

達観した様に言う彼に、芦毛のウマ娘はため息を漏らす。

 

「それで、そんな『ウマ狂い』のトレーナーに朗報。1人、スカウトしてみない?」

 

胸元から紙を取り出すとそこには学園の様式に則ったウマ娘のプロフィール。

 

「スクール時代の教え子でね。ちょっと夢見がちな娘だけど…素質は保証するよ。それに、中距離マイルの適正に捲り脚質…好きでしょ、そういうの」

 

ひらりと差し出す用紙を受け取ったトレーナーが一瞥すると畳み胸元にしまう。脚質や適正距離に関わらず燻るウマ娘を拾い上げる彼ではあったが、結果を見れば得意、というか好みは一目瞭然であった。

初めてのウマ娘であり隣で微妙そうな表情を浮かべているアウロラブリンガー。中東での教え子のレース前にわざわざ寄り道をしてきたウィンドウィナー。そして最近エース格になった途端にヨーロッパに飛び出したウマ娘も。結局一等星に疵を遺したのはそういうのウマ娘たちだった。

 

「ああ、まぁ考えておくが…いいのか?」

 

言わば自分の直弟子だろう、と一定の配慮を見せれば、目の前の小柄芦毛のウマ娘トレーナーはいつかのレース前のような表情を浮かべうっすらと笑う。

 

「夢見がちな娘って言ったでしょ?現実を教えてあげるから、私が。私たちが…貴方の前に立ち塞がってあげる」

 

好戦的な笑みを浮かべ目を逸らすことを許さない響きが、通路に響く。それを皮切りに3人のスーツ姿のウマ娘たちが「ウチの娘こそが」と内輪揉めをはじめる。

 

百歩譲ってノヴァの所はいい。預かる娘の事もあるし。だがウィナーとチルの所は黒船来航を何度もされるのは枕を高くして眠れそうにない。センに至っては地方の頭を取って向かってくるって事だろうが。

 

姦しく気づけば自分たちが育てたウマ娘たちの自慢合戦になり始めた様子に、わざとらしく溜息をついて視線を集める。思うところがなくも無いが、今日の様なレースが、再会があるならそれもまたトレーナー冥利に尽きるものだ。

 

「いいさ、また纏めてかかってきな、どうせ俺が総取りだしな」

 

不敵に笑い、隣のアウロラから順に視線を巡らせ教え子5人の顔を見る。

 

「だってお前らは全員、『俺のウマ娘』だからな」

 

静まり返る通路、ひと足早く我に返った一人が叫ぶ。

 

「この、ウマ誑しがっっ」

 

そして黄金色の尻尾が尻を叩く鈍い音が響いた。

 

 

 

 

 

 

掲示板入りを果たした5人のウマ娘たちが互いに手を繋ぎ、観客席へと頭を下げる。暫し健闘を称えあった後、まだ熱気冷めやらぬスタンドに向けての一礼。

 

稀に見る熱戦はその場に居た者だけでなく、例えばテレビ越しに声援を送っていたウマ娘親子や配送の途中のカーラジオでの実況に思わず車を止めてスマホで映像を確かめたウマ娘。あるいは医療施設でリハビリに励む患者と共に観戦したウマ娘。そして新たな相剋の芽吹を感じインタビューのアポを取ろうとする物書きウマ娘など、界隈では暫く旬の話題となるだろう。

 

ウマ娘たちが去り、熱気渦巻くスタンドからも観客たちが引いていくその中、観客席の最上段、大きなガラス窓で区切られた特別室から情景を見下ろす影が2つ。

 

「…共鳴レゾナンスか、あの男の望み通りじゃないか、ねぇ」

 

駆けるウマ娘たちが限界のその向こうに至る時に開かれるとされる『領域』。それが産声を上げた瞬間に立ち会うだけでなく、同じく駆けるウマ娘達へと伝播し、覚醒させていく奇跡とも言える一幕。

 

単純な能力だけでなく情念こそがその引き金と、本能的に察しているどこかの『ウマ狂い』は恐らく、満足を通り越した境地に達してそうだ。もっとも、その後に地獄絵図なのは自業自得だろうが。

 

「随分と楽しそう、ですね?」

 

深緑をベースとした勝負服に身を包んだ栗毛を頭頂部で一つ結わえにしたウマ娘が、まだガラス窓の向こうを見たまま、珍しく口角を上げている黒髪の女性に声をかける。

 

「そうか…?しかし、秋になるか? 連中は随分と手強そうだぞ?」

 

試着という名目で本来よりもひと足早く衣装に身を包んだウマ娘に、どこか煽る口調で返す。

 

「誰であれ…盾を獲って、貴女に引導を…渡します」

 

やはり楽しそうじゃないですか、と滅多にない軽口に少し目を細めながら、改めて約束事を繰り返す。『もう恨んだりなんかしていない、むしろ感謝している。だからこそ…』自分を学園に送る時に告げられた母の言葉に込められた願い。

 

「ああ、その日が来る事を、私も望んでいるよ。プロミスドランド」

 

振り返り、深緑の勝負服のウマ娘に、かつての教え子の面影を見ながら黒髪の女性は最後となるであろう教え子の名を呼ぶ。かつての約束を、今度は果たしてみせると心に誓いながら。

 

 

 

 

日本トレーニングセンター学園、略してトレセン学園、それは優秀なウマ娘が集い、切磋琢磨し頂点を目指す学び舎。

 

毎世代綺羅星の如き才能が現れ、世を熱狂させ、あるいは消沈させる、中高一貫、総生徒数2000余人というマンモス校である。

 

ウマ娘を巡る因果はここに回帰する。光と闇の交差するその因果を、影日向となるトレーナーと共に、限られた時間を駆け抜ける。

 

一等星と呼ばれるエリートたち、二等星と自らを定義づけながらも牙を研ぐ者。あるいはそれさえも叶わない零れ落ちた星屑たちでさえも。

 

それが我々を熱狂させ、そして語り継がれていくのだ。

 

 

 

 

 

星屑たちの円環 -モブトレとモブウマ娘の話- 完

 





ここまでお読み頂きありがとうございました。

明日はお礼を兼ねまして登場人物紹介を軽くです。
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