星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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1章5話 早月の柳都 後編

 

新潟、谷川岳ステークス。5月の初旬、黄金週間中に開催されることの多いこのレースは楕円形のコースを半周と少し、1600メートルの大半を直線に費やしている。

そのため、どちらかといえば最高速度自慢のウマ娘たちが好んで選ぶレースでもあった。加速自慢の先輩が取るべきは先頭奪取、速攻高速レースへの展開だろう。

最高速度が速いってことは一定の加速時間が必要なはず。そこを掛からせてペースを乱して思うようにさせずに、あとは運を天に逃げるのみ。大体聞いていたのはこんな作戦、だったはず、だったはずだけど。

 

「うわっ、ちゃー」

 

ゴール前の直線に陣取って、見えないスタート地点の様子をタブレットで見ていたあたしは声を上げた。明らかに、やっちゃった、だ。ゲートが開いて横一線に飛び出すウマ娘、その後一拍置いて右左にヨレた後、立て直し前傾姿勢で加速していく先輩の、これ以上ないくらい完璧な出遅れに天を仰ぐ。

 

「カラ回っちゃったかな」

 

「多分1歩目で滑りましたね」

 

ふっと口にした言葉に、冷静な同級生がメガネのツルに触れながら言葉を返してくる。ていうか、これ、どーすんの、新入生も見てるんだけど、生で。

 

「あー、こりゃスタート練習からやり直しだな…休み明け、一緒にさせるからな?」

 

トレーナーは呆れたように言いながら、それでも目は真剣に、体勢を立て直し、軌道修正に入る先輩の映像を見ていた。

 

一方で新人3人娘は完全にフリーズしている。

 

「こんな、大丈夫なんです…?」

 

「これ、先輩、キッつ…」

 

癖の強い栗毛の娘毛先に触れながら、青鹿毛のセミロングは唇に指を触れさせ、各々、誰に言うでもなく不安げに口にしている。ゆるふわにおさげをしてる黒毛の娘は大きなを目零れそうなくらいに見開いている。

 

その間にも映像は最後尾を離れ中団、先頭へと移っていく。

 

「起こったことは取り戻せない。用意していた作戦も役に立たなくなった時、どうするか、よく、見ておくんだ」

 

流石にこれは想定外だがな、とトレーナーは呟いた後、傍の新入生三人娘と、離れて画面を食い入るように見ている2人組に告げる。

 

大昔ならこの状況で「キラキラ綺麗だったー」とかケロっと言って最後尾で鑑賞モードに入っていたところだが、そんな事はもうしないだろう。

画面からは見切れてしまった小柄芦毛のウマ娘、普段の前傾姿勢が更に低くなるのを見えもしないのに感じていた。

 

 

 

 

やらかした。まさかの1歩目で滑るなんて。瞬間、頭の中真っ白になりながら、本能は転倒を防ぐために次の踏み出しで身体を起こし、左右に揺れるように動いて衝撃を打ち消す。

前の背中は結構遠い、キラキラッと揺れるような蒼色の光はわたし好みだ。

 

「あぁ、囲まれて、走ったなら気持ちいいだろうなぁ」

 

言葉にはならず思考が蠢きだす。追いかける背中、蒼、赤、翠、色とりどりで明るさもまちまちだ。

 

「ホント、綺麗…だけど、それだけじゃ、満足出来ないんだ、わたし」

 

踏み込みの1歩が強くなる、前傾姿勢が更に倒れる。脚の動きがなければ倒れてしまいそうな程に。腕の動きもより身体に添うように、全てのエネルギーを前にだけ振り向ける。

 

「見せる、よ…今のわたしの精一杯をっ…」

 

最初からスパート全開、元からの作戦の応用だ。初めのカーブまでの数十秒、わたしの全力の加速なら一気に詰めれる。

後はコーナーで脚を溜めて、遠心力で外に抜けての再加速、スタミナが足りるかどうかは埒外だ。

考えてた全部が吹き飛んだなら、あとはシンプル。

『乗るか反るかなら、乗るのが上等、やるだけやってダメならあとは『全部トレーナーのせい』だからな』出走予想のあと苦笑いでレース申請書を書いていたトレーナーの前で、堂々と言い放った負けず嫌いで格上勝負ばかり繰り返してた赤毛先輩の言葉が思い出される。

結局、ひとつも勝つことは無かったけど、覚悟と根性はあなたから貰いました。

 

「じゃ、今回も、全部トレーナーのせい、で」

 

蒼い光は追い抜いた。まさかって顔がチラっと見えたがまだまだここから、コーナーを抜けたところから、再加速の全力前進だ。精一杯、やってやる。キラキラの星々の、その先にまで届いてみせる。

どこまででも、星の先まで加速するんだ。脚だけがひたすらに前を目指す。残りの直線、どこまで加速できるか、やれるとこまでやってやる。

 

 

 

 

先頭集団が曲線を描き抜け出てくる。と、その後方から何かがすっ飛ぶ様に外周側へと現れる。

 

「ぇ、ええっ、先輩っ?」

 

直角にでも曲がったのか大外に姿を見せた芦毛小柄なその姿は、曲がりきり加速へと向かい始めた縦長から再び1団に戻りつつある集団のその末尾へと一気に距離を詰める。前のめり、殆ど転んでるんじゃないかって体勢で、ただひたすらに速度を上げて追い抜き始める。

 

「なんで、あんな、ウソでしょ…」

 

あたしなら諦めてた、そんな思いから言葉が口から零れる。コーナーを抜け出て姿を見せたその瞬間から、目が離せない。出遅れて、思い切り差をつけられて。

この時期のこのレースだと、どれだけ優位に進められたか、あるいはどれだけ失敗したか、が差に繋がる、地力の差なんてそれで覆る位に拮抗した、悪く言えばどんぐりの背比べの面々だ。

そんな中での出遅れてなんて、失敗中の大失敗だ。なのに、1歩も退いてない、むしろ前のめり、盤面全部をひっくり返そうとする勢いで駆けている。

 

「あぁ、やっぱり、先輩だ…」

 

呆れたような、それでいて羨望混じりの声が唇から漏れる。横のメガネウマ娘がクスリと笑う。

情緒不安定気味にキレ散らかされても、その後冷戦状態になっても、この先輩を嫌いになれないのは、この姿を知ってしまってるから。普段のボケっぷりとか嘘でしょ、あざと可愛いフリでしょ、ホントは先輩の先輩が戻ってくる前にトレーナーの事、盗っちゃおっとか、黒いコト考えてるんでしょ、とか山ほどアレコレ言ってやりたい。だけど、そんなことより何より、先輩の、この走りに、あたしは…。

 

 

 

 

真っ白だ、目の前全部。なんかチカチカ光ってる。それをただ横から通り過ぎる。肺が痛い、もう息をしてるのかも分からない、だけど、まだ、いける、まだ、走れる。頭の中で歯車が噛み合いを探す様な音がしている。幻聴かな、でも、まだ、もう1段、なにかある、気がする。

前が最後の一人になって、その光に手を伸ばそうとした瞬間、わたしの足はゴール板の前を駆け抜けて、意識は瞬時に暗転した。

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