星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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きっと、一番幸福だった。そんな記憶の断片。



Appendix2 月不見月の独尊

 

甲高い金属音が通路に響く。ブーツの底にあつらえられた蹄鉄が鳴らす音色。頭頂からウマ耳を生やす煌びやかな衣装の娘たちからの視線を感じながらその真ん中で歩みを進める。

 

編み上げのブーツは走る事を冒涜する様な厚底。黒のタイツに包まれた脚は蝶の模様の入り、太腿でガーターベルトへと繋がる。黒の短めなのにフレアなスカートには白のレースが過剰なまでにフリルとして装飾されている。

身を包むのはビスチェと呼ぶに相応しいこれも漆黒の革のもの。腹部は編み上げと共にいくつもの十字架がデザインされている。首元には大ぶりのチョーカータイ。銀糸で十字の星が刺繍されたそれが歩みと共に揺れる。

 

「…まぶしっ」

 

通路から姿を見せた彼女の姿にスタンドが大きく揺れるほどに騒めく。当の本人は風に金の髪を揺らしながら五月晴れの陽光に目を細める。少しつり目気味の琥珀色の瞳が辺りを見回し、そして見つける。

 

視線の先には年若いスーツ姿の男。ジャケットには鈍色の蹄鉄の紀章が光る。ピシッとネクタイを締めたその姿に、控え室で見たヨレた姿を思い出す。

 

『わたしのトレーナーなんだからしっかりしてよね?あとそれと…今日勝ったら、前に約束した…』

 

ネクタイを直しながら至近距離で伝えた事を思い出し、少し赤面する。我ながらよく言えた。多分もう今日しかチャンスは無かったのだから。

 

適正距離であるマイルだけに注力して臨んだ4年目。ほんの1ヶ月前には遂に阪神での勝ちをもぎ取った。そこから転戦しての東京。周りの目は明らかに変わった。

 

不遇の三冠路線を歩まされた遅れてきたマイルの新星。そんな世評はどうでもよかった。ただ、彼女が実績を積み上げた事がトレーナーへの風当たりを逆に強め、その反面学園内での評価が上がってしまったのは、全くの誤算と言えた。

 

そう、間もなくトレーナーは、彼は、自分だけのトレーナーではなくなる。彼女が勝ち星を重ねれば重ねる程に、学園側からは複数のウマ娘の育成に携わるようにトレーナーへと要請が強まったのだ。彼への評価が、学園内とはいえ高まるのは喜ばしい。だがもたらされた結果は、違うそうじゃない、と叫びたいほどだ。

 

「だから、絶対に…勝つんだから」

 

このレースの結果に関わらず、トレーナーはおそらくスカウトを行うだろう。半ば強制されたものと言っても、5月を過ぎ6月に掛かろうかという時期まで所属の無いウマ娘たちを彼が見捨てておけるとは思えない。

 

周りを威圧するように脚を何度か踏み鳴らした後は、鉄の籠へと足を向ける。普段からキツめの印象を与えがちなその表情が一層険しくなる。阪神での1着で手に入れた某ブランド物の調理器具で作る彼との夕食の献立を考えながら。

 

「やっぱりハンバーグ?それよりオムレツ…かな」

 

意外に子供舌なトレーナーの好みを考えながら、体は前傾姿勢をとる。弾く音ともにゲートが開けば、わざと1拍出遅れてのスタート。馬群の最後尾で共に駆けるウマ娘たちの心臓を圧迫するような脚音を響かせる。

 

「ソースの手作りは、難易度高いし…」

 

体を傾げて曲線を描く。視線はスローペース展開でそこまで離されていない先頭を睨みつけながら、作ったら何でも美味しいと言ってはくれるんだろうけど、と彼に提供する初めての食事だけに手の込んだ物は避けるべきかと思案する。

 

「うん、人参ハンバーグに、しよう」

 

学園内の食堂の定番メニューを手作りする。それが1番らしいかな、と決定を下した時には最後のカーブが終わり直線へと体が向き直る。時速70キロ近くの限界速度で目の前の17人のウマ娘たちの位置関係を一瞬で把握していく。

 

 

 

「それじゃ、獲るから…待っててね」

 

ここまで離されずの最後尾を保ち、遠心力で大回りで抜けた先には背中の無い直線が広がる。

踏み込む脚に一層の力を込めれば爆発的な加速が生まれる。全身から燐光を発して周りの視界を奪う暗闇を幻出させる。

 

東京競バ場から午後の太陽が消えた。

 

尾花栗毛の金糸の髪が夜空に揺れる夜幕のようにたなびく。夜明け前の幻想を引き金に、およそ30秒余りの大蹂躙が始まる。周囲に産まれる領域を全て塗りつぶし、やがて昇る朝日がごとき爆光で灼き尽くす。『曙を齎す者(アウロラブリンガー)』。彼女が十全にその名を発揮すれば全ては路傍の石と化す。

 

穿たれた光と化した彼女が1人、また1人と競り合うこともなく先行する娘たちを抜き去り、背中を見せつける。

 

「…っ、はぁ、っ。これで…合鍵ゲット、だから、ね」

 

ゴール板を駆け抜けた後、息を整える間もなく最前列のトレーナーの目の前に向かいくるりと右回り一回転。後塵となったウマ娘たちは、悪夢でも見せられたかのように顔色を悪くして、こちらに寄ってくる気配も無い。

 

そんなことはどうでもいい、と、トレーナーに約束していた今日の勝利のご褒美の強奪を宣言する。レースを惚け顔で見ていた彼はこくこくと機械仕掛けの何かのように頷いて、ポケットからキーホルダーを取り出すと、真新しい1本を彼女に投げ寄越す。

 

なんだ、ちゃんと用意してくれてたじゃない。満面の笑みを浮かべたわたしは高らかに宣言する。

 

「わたしは『あなたのウマ娘』だからねっ」

 

 

 

 





お付き合い頂きありがとうございました。

これにて当面は最後となります。
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