「あぁう、また、ダメだった…」
荒い呼吸、震える足、手を膝について電光掲示板を見る。そこに私の胸に張り付いたゼッケンの数字は無い。諸行無常に10番目だ。
3回目の未勝利戦、トレーナーさんに無理を言って予定を繰り上げて走ってみたものの結果は惨敗に終わってしまった。
観客も少なく、仮設ステージの様な場所でのウイニングライブが終わり、合同の控え室で汗を流し着替えた後で今日観戦してくれたチームの面々と合流する。トレーナーさんに同級生の3人、それに芦毛小柄な3年の先輩。残りの2年のお二人は自主トレということで不在だ。
「お疲れ、先ずは怪我なく走り切れたな」
「お疲れ、さま、です」
トレーナーの労いの次に、同級生が癖毛の先を触りながら言葉をかけてくる。彼女は三度目の正直だった。わたしは二度あることは三度ある。幼馴染で走るのがとにかく好きな三人娘、だったのになぁ、現実は無情で否応なく優劣をつけてくる。
「今日はやっぱり本調子じゃなかったんじゃないかな、脚重たいって言ってたし、最後バテちゃってたし、だよね、ね?」
一抜けした黒髪のふわふわおさげ娘がかける言葉を選ぶ様に言ってくる。ユラユラ揺れる尻尾に、すごく気遣ってくれてるのがわかる。なんかちょっと情けないな、多少の不調でも、未勝利戦くらい勝てないと、この先なんて考えられないって思うけど、大丈夫かなわたし。
「もう少し短い距離の方が向いてるんじゃないかなー、ねぇ、どうかなぁ?」
わりと無神経気味に間伸びした声で言ってくるのは小柄で芦毛の先輩。とんでもな走りをする人だから、当てにはならないけど、確かにちょっと考えてもいいかもしれない。これでも中学の時は持久走得意だったんだけどなぁ。
「今回は繰り上げたせいもあって息が上がり始めるのが早かったからな。ま、どうしてもスタミナが付きにくいなら、本人次第だが選択肢としては無くはない、かな?」
乗っかる様にトレーナーさんも言ってくる。うん、遠回しに中距離とか勧められてるのかな、でも先輩ウマ娘の言葉に乗っかるトレーナーってどうなんだろ、大丈夫なのかなってちょっと心配。
でも同期の幼馴染2人は1つ前に歩みを進めてるし、怪我の無いようにだけはしっかりと見てはくれているし。まぁ、今もベンチに座ったわたしの脚に触れて腫れ具合とか診てくれてる訳だけど。
「かなり疲労が溜まってるぞ、暫くは走るのも控えた方がいいかもしれん。念の為、明日は朝から病院な」
え、そんなに、と同級生2人の顔が青ざめる。それに対してトレーナーさんは苦い笑いを見せ、足りてなかった言葉を付け足すように言う。
「そんな深刻な物じゃない、だが解すだけじゃ足りないようだからな。その道のプロに任せた方が早いんだよ、こういうのは」
「うちのトレーナー、心配性だから、おかげでわたしも1ヶ月走れなかったしー、ね」
「お前は当然だ。実際2週間は歩くことさえ覚束なかっただろうが」
振り返りざまに小柄芦毛の先輩の額へとチョップを繰り出すトレーナー。ピョンと尻尾が跳ねて、ウマ耳がてろんと垂れる。構って貰えてご機嫌なこの先輩のとんでもな走り、体ごとゴールをきったあのレースの代償は一旦の予定の全キャンセルと丸々ひと月の療養だった。
いっこ上の先輩から聞いた話だと3週間目くらいにはもう元気に歩けるまでの回復をしてたそうだが、甘えてベッドに篭ってたとかなんとか。
「わかりました、明日、朝から。…その後、部室、ですよね」
自分の脚から離れてしまったトレーナーさんを見上げながら、病院にスマホで予約を入れる。こらで午前中の予定は確定だ。
ついで午後からの予定を確認するようにため息と共に尋ねる。わたしはこの感想戦が苦手だった。何を考えていたのか、どうしてそう動いたのか、映像を見ながら自分で自分を解説させられる。トレーナーさんはポイントを指定して時折コメントは挟むものの基本的にはチームメート同士でああでもない、こうでもないと、自分たちなりの最適解を探し合う。
そして自分たちなりに出した『こうしたらよかったんじゃないか』にたどり着いても、必ずしも勝つ事とイコールじゃないことも。
「そうだな、それと今後のスケジュールの確認、全体で見直そうか、今月後半は合宿もあるしな。気にするな、4回しくじった奴がそこに居る。」
立ち上がり膝をはたくと車の鍵を取り出しクルクルと指で回しながら先輩を顎で示しながらトレーナーさんはそう言った。合宿、そっか8月は夏休み、晩夏から始まる重賞戦線に向けての飛躍の時だ。
どうやらわたしは未勝利戦突破に向けての夏になりそうで、最初に描いてた夢や希望と180度違う様相で、ふぅ、とどうしても溜息が出てしまう。
「合宿、たのしみーだなぁ」
「ああ、お目付け役が来るからな、特にお前は覚悟しとけよ?」
「ひぅぁ」
能天気に伸びをしながら送迎用の車に向かう背中を追う先輩に、振り返って意地悪くニッコリ笑ったトレーナー。途端に涙目で怯えた声を上げる様子に、チーム内じゃ天衣無縫に好き放題、と言ってもトレーナーさんを独占したがったり2年の先輩と嫌味言いあったりする位であまり実害はないのだが、の先輩を2度見する。
「え、と、あの、えーと…」
「2人とも、だ、半年振りくらいか」
「ぁぅあ、はぅぅぅ…」
声を掛けようとしてみた所にトレーナーさんからの追撃。完全にカタカタ震えてる先輩の様子になんだか自分が考え込んでた事がバ鹿らしくなってくる。
訳が分からないよ、といった顔の同級生と同じ表情になって一緒に車の後部座席に乗り込んでヨタヨタと助手席に収まる先輩を待つ。
ゆっくりと動き出した車、心地よい揺れがレース疲れの身体を眠りに誘う。
頭を抱えて『先輩が来る、来る、シメられる』と繰り返して目が死んでる助手席の様子がバックミラーに映る。両脇に挟んでくれてる同級生はどちらも肩枕どうぞどうぞと、差し出してくれる。運転しているトレーナーさんは、その全てが満足な様で笑顔でハンドルをきっている。なかなか混沌とした状況だ。だけど、この空気、嫌いじゃない。
我儘言いたい放題だけどレースに関しては一生懸命な3年の先輩。悩み事多そうであんまり構ってくれない2年の2人。幼馴染でいつでも背中押してくれて甘えさせてくれる同級生2人。
そんな不揃いなわたしたちを引っ張ってくれるトレーナーさん。
疲労感と温もりの中、瞼が落ちて体が右か左かに揺れて同級生の肩に寄りかかる。
わたしのささやかな夢。
叶えられたらな…違う、叶えたいな。
そんなことを思いながら意識は眠りに奪われた。