数千回目のループに疲れたので休暇をもらったら、何故かみんなの様子がおかしくなりました   作:ド級のリトライ

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約束

 

 

 

 

 

 「ククッ、クククッ……さぁ、答えを聞きましょう。もしイエスならば、こちらにサインを」

 

 閑静なオフィスの一室に、静寂さとは無縁な怪物が私の前に書類を出す。

 

 あぁ、これで何度目だろうか。入学当初からずっと勧誘を受けては無視して、それをずっと繰り返してきた。

 目の前にいる怪異の名前は黒服。いや、名前ではなく、私がそう呼称している人間だ。2年前から、コイツの組織に所属する代わりに、アビドスが背負う借金の大半を肩代わりしてくれる契約を持ち掛けられていた。

 正直、破格の条件と言ってもいい内容だ。私ひとり学校を辞めれば、今のアビドスの借金の大半がなくなるのだから。

 

 だけど────

 

 「何度も言った筈だよ、断るって」

 

 私がいなくなった後のアビドス高校は、きっと崩壊してしまう。少なくとも、()()()()。だから、私があの子たちの前から消えるのだけは避けないと。

 それに、このまま消えたら、私は……

 

 「…………ふむ、やはりそう答えると思っていました。しかし、本当によろしいのですか?」

 

 これまでの単純な煽りとは違う、明確な意図を持った含みある問い。

 これ以上コイツに喋らせてはダメだと脳が訴えかけるも、私はそれを無視せざるを得なかった。

 

 「随分と追い詰められているようですねぇ。これまで1人でアビドスを背負われてきたのだから当然だ。しかし、最近になって、少し変化がありましたか?」

 「ッ、お前に何が分かるのさ」

 「えぇ、えぇ、分かりますとも。あなたのその(表情)を見れば」

 

 丁寧に手鏡を渡し、私に自身の顔を見るように促す。

 そこに映った顔は────

 

 「かつてのあなたは使命感に燃える戦乙女そのものでした。前アビドス生徒会長の失踪後も自身を奮い立たせ、彼女の意志を引き継ぎ、ネフティスの御令嬢と狼の神と共に、アビドスを守るために再起しました。しかし、今のあなたはまるで………()()()()()()()()()()()()()()

 「…………」

 「クックック、沈黙は肯定と捉えますよ」

 

 非常に不愉快で、隠す気のない悪意に溢れた嗤い声が、この狭いオフィスに木霊する。

 

 「私は知りたいのですよ、小鳥遊ホシノさん。あなたの変化、その背景について。単純な知的好奇心です」

 「………さぁ、知らないよ、そんなこと」

 「そうですかそうですか。なら、この話はここで打ち切りということで。………嗚呼ですが、最後にお尋ねしたいことが1つ」

 

 ……分からない。コイツに関してはいつも分からないことだらけだが、今日は一段と分からない。全く行動が読めない。何を聞く気なのかも、全く見当が────

 

 

 

 

 

 「────輪廻カイト。この名前に聞き覚えはありませんか?」

 

 

 

 

 

 ────────輪廻、カイト……?

 

 

 「おや、おやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおやおや。著しく呼吸が乱れておりますねぇ。脂汗も凄まじい。どうやら、ひどく動揺されているようですが?」

 「なっ、なにが……っ」

 

 精一杯の虚勢もまるで意味をなさない。初めてコイツの前で仮面が外れる音がした。

 

 「私の監視網はキヴォトスの至る所にあります。そして、先生がキヴォトスに赴任して以来、彼女の動向を監視するべく、より一点的となりました。が、ここで思わぬ収穫があったのです」

 

 黒服が何が言いたいのかまるで理解できない。ただ、その弾んだ声から、コイツの心は愉悦に塗れているというのは何となく分かった。

 

 「あなたや他のアビドスの生徒たちのように、とある時期を境に()()()を訴える生徒が増えるようになりました。個人差はあれど、誰もが普遍的だった日常に()()()を持ち始めているのです」

 

 違和感。その言葉を聞いて、以前のシロコちゃんの話を思い出す。

 何か劇的に変わったわけじゃない。ただ、足りない。漠然と寂寥感を感じる。ずっとやってきたルーティンが突然出来なくなるような気持ち悪さ。それが私の──私たちが感じる違和感だ。

 

 「私としては、あなたの変化の背景に、その違和感───否、()()()()()()が関係しているのではないかと考察しているのですが、如何でしょう」

 「記、憶……?」

 

 パラパラ、と。少しずつ鱗が剥がれていく。剥がれてはならない何かが、少しずつ。

 

 聞く価値のない妄言───そう言えたらどれだけ良かったか。

 

 「私には資格がないのか、それとも適性でなかったのか定かではありませんが、かつての記憶は思い出せませんでした。しかし、あなた(生徒)なら?」

 

 今まで朧げだった(記憶)が晴れていく。

 徐々に、徐々に、徐々に。底なし沼に引き摺り込まれるかの如く、視界が暗転した─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶の中にいるその子は、笑顔が素敵な子だった。

 

 誰よりも強くなって誰かを守りたいと願う、ひたむきで真っ直ぐな子だった。

 

 困っている人がいたらすぐに走り出してしまうような子だった。

 

 見たことない、聞いたこともないような男の子───なのに、私はこの子を知っている。知っているんだ。

 

 そして────

 

 

 

 

 

 『何度も生きて、何度も死んで。生きて、死んで、生きて、死んで、生きて、死んで。その繰り返し。そして、その度にみんな僕のことを忘れる』

 

 

 『最初はへっちゃらだったんです。だって、世界の運命を変えることに比べたら些細なことだと、自分自身に酔って(言い聞かせて)いましたし、何より死んだみんなともう一度会えたから』

 

 

 『でも、何度も繰り返していくにつれ、()()()()()()を覚えるようになったんです』

 

 

 『どれだけ頑張っても、運命を変えられない。どれだけ頑張っても、みんなは覚えていない。みんなと過ごした思い出が、見た光景が、抱いた感情が、この世界で僕しか覚えていない。それが、こんなにも辛いことだなんて思いもしませんでした』

 

 

 『……辛い、辛いんですっ。繰り返していく度に、徐々に自分を騙せなくなっている。僕は……一体何度繰り返せばいいのか……っ』

 

 

 『こんな思いをするぐらいなら、いっそひと思いに、完全に()()()()()()───』

 

 

 衝動的に、彼の頭を自身の胸に引き寄せ、抱いた。今にも消えてしまいそうな彼を、強く、決して離さないように。

 私には彼の苦しみは理解できない。だけど、それでも───

 

 

 『………私にもあるよ。死んでしまいたいって、心の底から願ったことが。カイトとは少し事情が違うけど、それでもその気持ちだけは理解できる』

 

 

 『でも、シロコちゃんやノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、そしてカイト。みんなと出会えて、私は救われたんだ』

 

 

 『きっとカイトも、“生きていて良かった”って、そう思える日がくるから』

 

 

 『だから────どうか、生きることを諦めないで』

 

 

 彼は私の胸元で泣いている。

 まるで子供のように泣きじゃくる姿を見て、僅かな充足感と、胸いっぱいに広がる愛おしさが、私の心を満たした。

 

 似た者同士……とはとても言えない。私なんかと比べて、この子は何度も苦しみ抜いてきたのだから。

 でも、彼の気持ちを分かってあげられるのは私だけ。彼の気持ちを否定ではなく肯定してあげられるのも私だけ。そして───彼の生きる未来に灯火を与えられるのは私だけ。

 

 だから、私は約束をしたんだ。安直で、ありきたりで、あまりにも自己満足な約束を─────

 

 

 

 

 

 『大丈夫、私は絶対に忘れない。何度繰り返しても、必ずあなたを憶えているから』

 

 

 

 

 

 彼の笑顔を見て、私の言葉は間違いではなかったんだと、あの時は本気でそう思えて─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『()()()()()()()。小鳥遊ホシノだよ〜、よろしくね〜』

 

 

 『───────────────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────嗚呼、そっか。そういうことだったんだ。私の言葉は救いなんかじゃなかった。私は彼に対して()()()()()を吐いたんだ。

 

 「あなたはその記憶に導かれ、新たな信条が付け足されたのではないのですか?()()()()()()()()()を清算するように、アビドスを守ることで()()()()()()()をしている………ようにも見えましたが、これはあくまで第三者の憶測に過ぎませんので、忘れてもらって構いません」

 

 黒服が何を言っているのか分からない。脳が拒絶している。今はただ、あの子のことだけを考えていた。

 謝りたかった。無神経に、適当に、楽観視した言葉を吐いてしまったことを。

 今の今まで、彼の存在を忘れていた私が会える資格なんてないことは分かっている。きっと、私の顔すら見たくないと思っているに違いない。

 でも、私はどうしてもあの子に……

 

 「────会いたいですか?彼に」

 「ッ」

 

 悪魔の手が差し出される。

 

 「何の巡り合わせか、私は彼と接点があります。今回は休暇だと仰っていましたが、数分程度であれば時間を取って頂けるかもしれませんねぇ」

 

 ヤツの言葉が蝮のように、蜷局を巻いて私の身体に巻き付いてくる。

 

 「無論、借金は私共が大半を背負います。ただ、そこにオプションとして、あなたのお望みであろう彼との再会の場を設けて上げることもできますが……如何いたしましょう?」

 

 その言葉は、今の私にはあまりに甘美な毒で。

 ヤツの提案を振り払えるほどの力は、もう残されていなかった。

 




「はい、もしもし───って黒服さんかい。今?支度の最中なんだけど。え?面白いもん見れるから指定した場所まで来いって?そりゃアンタ…………面白そうだし行くしかないな!」(好奇心の塊)
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