貞操観念逆転世界でオタクくんから愛される感じのTS転生Vtuber   作:たぶんあり

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第2話

 朝の光が、薄手のカーテンを通して部屋に差し込んでいる。

 私はベッドの中で目を覚まし、枕元のスマホに手を伸ばした。

 画面には、昨晩の配信の視聴回数とチャンネル登録者数が表示されている。

 前回から、また少し増えていた。

 

(……じわじわ、だけど)

 

 急激な伸びではない。

 でも確実に誰かに届いているのが分かり、その実感が、胸の奥をくすぐった。

 ベッドから這い出し、洗面所へ向かう。

 鏡に映る自分の顔は、前世の感覚からすれば驚くほど整っている。

 いや、整いすぎている。

 目元は涼やかで、鼻筋は通り、唇の形も美しい。

 けれど、この顔を見るたびに、どこか他人を見ているような違和感が拭えない。

 

「……おはよう、天城はるか」

 

 鏡の中の自分に向かって、小さく呟く。

 返事はない、当たり前だ。

 歯を磨き、顔を洗い、髪をざっと整える。

 今日は大学の講義がある日だった。

 リビングに戻り、簡単な朝食を用意する。

 トーストとコーヒー。

 前世と変わらない、シンプルな朝の儀式。

 ただ、テレビをつければ、やはりこの世界の「当たり前」が流れ込んでくる。

 

『――では次のニュースです。人気男性アイドルグループ「Lumière」のメンバー、桜庭蓮さんが、深夜のコンビニで女性ファンと私的に接触していたとの報道が……』

 

 画面には、困惑した表情の若い男性が映し出されている。

 キャスターの女性は、厳しい口調でこう続けた。

 

『ファンとの距離感を誤ったこの行為は、アイドルとしての「清純さ」を損なうものとして、事務所も対応に追われているようです』

 

 私はトーストを齧りながら、画面を眺めた。

 この世界において、男性アイドルやVtuberは「純潔」を求められる。

 恋愛はもちろん、女性と親しげに話すことすら、時には「裏切り」と見なされる。

 逆に、女性Vtuberには「リーダーシップ」などが求められ、視聴者との距離感は比較的寛容だ。

 

(……面倒な世界だな、本当に)

 

 コーヒーを飲み干し、カップをシンクに置く。

 時計を見れば、家を出るまであと三十分ほどあった。

 大学までは電車で二十分ほど。

 私はいつものように、トートバッグにノートパソコンと筆記用具を詰め込み、玄関へ向かった。

 靴を履き、ドアを開けると、廊下の向こうから声がかかる。

 

「あ、おはよう、天城さん」

 

 振り向けば、隣室に住む同級生の姿があった。

 名前は、確か篠宮ユウ。

 経済学部の二年生で、私と同じ学年だ。

 肩まで伸ばした柔らかな茶髪と、穏やかな笑みが印象的な、この世界で言うところの「男らしい」容姿をした男子学生だった。

 

「おはよう、篠宮くん」

 

 私は軽く会釈を返す。

 彼は少し頬を染めながら、こちらに歩み寄ってきた。

 

「あの、もしよかったら……今日、一緒に大学行かない? ちょうど同じ方向だし」

 

 その言葉遣いは、どこか遠慮がちで、控えめだ。

 前世の感覚で言えば、女性が男性に対してこう話しかけるような、そんな感じだった。

 でも、この世界ではむしろ男性が女性に対して、こうして「お願い」するのが自然なのだ。

 

「ああ、うん。別にいいけど」

 

 私は肩をすくめて答えた。

 篠宮くんは、ぱっと表情を明るくする。

 

「本当? ありがとう! じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ準備するから」

 

 そう言って、彼は自室へ駆け戻っていく。

 私はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。

 

(……この世界の男って、本当にこんな感じなんだよな)

 

 篠宮くんは、別に特別な存在ではない。

 この世界の「普通の男性」は、こうして女性に対して遠慮がちで、控えめで、どこか「守ってあげたくなる」空気を纏っている。

 前世の感覚からすれば、まるで立場が逆転しているようで、いまだに戸惑うことが多い。

 

 数分後、篠宮くんが戻ってきた。

 彼はショルダーバッグを肩にかけ、少し息を切らしながら笑う。

 

「お待たせ。じゃあ、行こうか」

「うん」

 

 私たちは並んで、アパートの階段を降りた。

 朝の空気は爽やかで、近くの公園からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 篠宮くんは、時折こちらをちらりと見ながら、話しかけてくる。

 

「あのさ、天城さんって、いつも一人で行動してるよね」

「……まあ、そうかな」

「友達、少ないの?」

 

 その問いに、私は少し考えた。

 友達、か。

 前世では、会社の同僚や学生時代の友人がいた。

 でも、この世界に来てからは、正直なところ「友達」と呼べる存在はほとんどいない。

 いや、正確に言えば、作る気が起きなかった。

 

「別に、少なくはないと思うけど」

 

 曖昧に答えると、篠宮くんは少し困ったような顔をした。

「そっか……でも、なんか天城さんって、他の女子と違うっていうか。なんだろう、あんまり『グイグイ』来ないっていうか」

「グイグイ?」

「うん。ほら、他の女子って、もっとこう……リーダーシップがあるっていうか、自信満々っていうか。でも、天城さんはそういうのないよね。だから、なんか話しやすいっていうか……あ、ごめん、変なこと言ってる?」

 

 彼は慌てたように言葉を濁す。

 私は少し笑って、首を横に振った。

 

「いや、別に。そう見えるなら、そうなんだろうね」

「……うん。でも、それが悪いとかじゃなくて。むしろ、なんか……いいなって思う」

 

 篠宮くんは、少し照れたように視線を逸らした。

 私は内心で小さく苦笑する。

 

(まあ、ある意味で的を射ている?)

 

 駅に着くと、改札を抜けてホームへ向かう。

 平日の朝、通勤通学ラッシュの時間帯だ。

 ホームには、スーツ姿の女性たちが颯爽と歩き、その横で男性たちが慎ましく道を譲る光景が広がっている。

 そして、ホームの端には「男性専用車両」の案内が掲げられていた。

 

「じゃあ、僕はあっちだから」

 

 篠宮くんは、男性専用車両の方向を指さす。

 私は頷いて、手を振った。

 

「うん。また後で」

「うん。じゃあね、天城さん」

 

 彼は小さく手を振り返し、人混みの中へ消えていく。

 私は一般車両へ乗り込み、つり革に掴まった。

 車内は、女性たちの会話で賑やかだ。

 

「ねえ、昨日のドラマ見た? 主人公の女社長、めちゃくちゃカッコよかったよね」

「分かる! あの決断力とか、リーダーシップとか、憧れるわ」

「で、彼氏役の男の子も可愛かったよね。あの控えめな感じとか、守ってあげたくなる」

「うんうん。ああいう男らしさ、いいよね」

 

 私は、その会話を聞き流しながら、窓の外を眺めた。

 流れていく景色の中に、この世界の「当たり前」が映り込んでいる。

 

(……まだ、慣れないな)

 

 大学に着くと、キャンパスはすでに学生たちで賑わっていた。

 私は講義棟へ向かい、いつもの席に座る。

 周囲には、グループで固まって談笑する女子学生たちの姿があった。

 

「おはよう、天城さん」

 

 隣の席に座ったのは、同じゼミに所属する藤崎さんだ。

 ショートカットの髪と、きりっとした目元が印象的な、いわゆる「女らしい」タイプの女性だった。

 

「おはよう、藤崎さん」

「ねえ、昨日の配信見た? 月夜ナノっていう女性Vtuber」

 

 その名前に、私の心臓が小さく跳ねる。

 表情を変えないように努めながら、私は答えた。

 

「……ああ、聞いたことはあるけど」

「あれ、すごくない? 他の女性ライバーと全然違うの。なんていうか、言葉で表現するのが難しいんだけど。とにかくめちゃくちゃ癒やされるのよ」

 

 藤崎さんは、目を輝かせながら話し続ける。

 

「私、最近仕事の面接とかで『もっと女らしく、自信を持って』って言われること多くてさ。でも、ナノさんの配信聞いてると、『無理しなくていいんだ』って思えるの。不思議だよね」

「……そっか」

「天城さんも、一度見てみたら? 絶対ハマると思うよ」

 

 私は曖昧に笑って、ノートを開いた。

 藤崎さんは、それ以上追求せずに、自分のスマホを眺め始める。

 

(……バレてないよな、多分)

 

 配信では演技をして声を変えているし、話し方も普段とは違う。

 とはいえこの世界では女性Vtuberの数自体が少ない。注目されやすい分、慎重にならざるを得なかった。

 

 講義が始まり、教授の声が教室に響く。

 私はノートにペンを走らせながら、頭の片隅で次の配信のことを考えていた。

 

(……次は、何を話そうか)

 

 この世界の女性たちが抱える「重圧」。

 それを、少しでも軽くできるような言葉を。

 前世の感覚を持つ私だからこそ、伝えられることがあるはずだ。

 

(この世界は、観念が逆転している以上に、それに固執している人が多い)

 

 無論それは一概に間違っているとは言えないけど。

 とはいえ、生きづらい。

 生きるのが辛いって思う人がいるくらいなのは、ぶっちゃけ病的だと思う。

 

 ……講義が終わり、キャンパスを後にする。

 帰り道。

 コンビニに立ち寄り、夕食の材料を買い込んだ。

 レジに並ぶと、前に立っていた男子学生が、店員の女性に笑顔で話しかけられている。

 

「ありがとうございます。またのご来店、お待ちしてますね」

 

 その口調は、どこか母親が子供に話しかけるような、優しく包み込むような響きがあった。

 男子学生は、少し照れたように会釈を返し、店を出ていく。

 

(……こういうのも、この世界の『普通』なんだよな)

 

 私は会計を済ませ、袋を抱えてアパートへ戻った。

 部屋に入り、荷物を置く。

 窓の外は、すでに夕暮れの色に染まり始めていた。

 夕食を済ませ、シャワーを浴びる。

 湯気の中で、私は今日一日を振り返った。

 篠宮くん、藤崎さん、そして街で見かけた無数の「この世界の人々」。

 彼らにとって、この世界は「当たり前」だ。

 でも、私にとっては、まだどこか「異世界」のままだった。

 

(……でも、まあ)

 

 バスタオルで髪を拭きながら、私は鏡の中の自分を見つめる。

 天城はるか。

 月夜ナノ。

 二つの名前を持つ私は、この世界で少しずつ、自分の居場所を見つけ始めている。

 

「……よし」

 

 小さく呟き、私はクローゼットへ向かった。

 防音室代わりの小部屋に、配信機材が静かに待っている。

 今夜も、また誰かを少しだけ楽にできるように。

 そう願いながら、私はヘッドセットを手に取った。

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