貞操観念逆転世界でオタクくんから愛される感じのTS転生Vtuber   作:たぶんあり

3 / 3
第3話

 部屋の明かりを落とし、私は防音室代わりのクローゼットに身を滑り込ませた。

 狭い空間に機材の発する微かな電子音だけが響いている。

 ヘッドセットを装着し、マイクの位置を調整する。指先に伝わる冷たい金属の感触が、スイッチを入れるように意識を研ぎ澄ませた。

 配信ソフトを立ち上げ、モニターに映る自分のアバターを確認する。

 月夜ナノ。

 薄紫のショートヘアに、どこか儚げな雰囲気を纏った少女の姿。

 この姿を借りて、私は今夜も誰かの重荷を少しだけ軽くする。

 深呼吸をひとつ。

 配信開始ボタンをクリックした。

 

「──こんばんは」

 

 モニターの端に表示される視聴者数が、じわじわと増えていく。

 二百、三百、五百。

 チャンネル登録者数は三千人を超えたばかりだが、確実に誰かが私の声を待っている。

 チャット欄に、ぽつりぽつりとコメントが流れ始めた。

 

『ナノさん、待ってました』

『今日も仕事で疲れた……癒やされに来ました』

『声聞けただけでホッとする』

 

 私は小さく笑みを浮かべた。

 もちろん、視聴者には見えない。見えるのはアバターの穏やかな表情だけだ。

 

「お疲れ様。無理して起きてる人、多いんじゃないかな」

 

 意識的に、声のトーンを落ち着かせる。

 前世で培った、誰かと深夜まで語り合うときの、あの温度感。

 この世界の「女らしい」配信者のように、元気よく鼓舞するのではなく。

 この世界の「男らしい」配信者のように、甘えた声で庇護欲を煽るのでもなく。

 ただ、隣にいる誰かに話しかけるように。

 

「今日はね、リクエストがあったから。少しだけ、私の話をしようかなって思ってる」

 

 チャット欄が、わずかに活発になる。

 

『ナノさんの話!?』

『珍しい……いつも聞き役なのに』

『嬉しい、聞きたいです』

 

 私は、マイクの前で少し姿勢を正した。

 

「私、配信を始める前は……正直、毎日が息苦しかったんだ」

 

 言葉を選びながら、ゆっくりと紡ぐ。

 もちろん、前世のことをそのまま話すわけにはいかない。

 でも、この世界で「天城はるか」として生きてきた一年間の実感は、嘘ではなかった。

 

「周りからは『もっとしっかりしなきゃ』『女なんだから、リードしなきゃ』って言われて。でも、私はそういうの、あんまり得意じゃなくて」

 

 画面の向こうで、誰かが息を呑む気配がした。

 

『分かる……』

『私も同じです』

『それ、すごく分かる』

 

 コメントの数が増えていく。

 私は、その一つ一つに目を通しながら、続けた。

 

「『女らしく』って言葉が、重かった。責任感を持って、決断力を持って、周りを引っ張って。それが当たり前だって、みんな言うけど……私には、その『当たり前』が、どうしても重くて」

 

 クローゼットの中の、密閉された空気が肌に纏わりつく。

 でも、不思議と息苦しさは感じなかった。

 

「だから、逃げるように配信を始めた。ここでなら、無理しなくていいかなって。『女らしく』しなくても、誰かの役に立てるかなって」

 

 チャット欄に、長文のコメントが流れる。

 

『ナノさん、ありがとう。私も毎日『女なんだからもっと自信を持て』って言われて辛かった。でも、ナノさんの配信聞いてると、無理しなくていいんだって思える』

『私、就活で『女性らしいリーダーシップを発揮して』って何度も言われて、内定もらえなくて。でも、ナノさんみたいな在り方もあるんだって知れて、救われました』

 

 画面を見つめながら、私は小さく息を吐いた。

 

「……ありがとう。そう言ってもらえると、私も救われる」

 

 本心だった。

 この世界に来て、天城はるかとして生きて、月夜ナノとして配信をして。

 私自身も、誰かに救われている。

 

「でもね、別に『女らしさ』を否定したいわけじゃないんだ」

 

 言葉を慎重に選ぶ。

 この世界の価値観を真っ向から否定すれば、炎上は避けられない。

 それに私がやりたいのは革命ではなく、ただ少しの「余白」を作ることだけだ。

 

「リーダーシップを持って、周りを引っ張れる女性は、本当にカッコいいと思う。尊敬する」

 

 チャット欄が少しざわついた。

 

『それはそう』

『無理してやってるから、自然にやってる人は素直に凄いと思う』

『でも』

 でも、と続ける。

 

「でも、それが『全員に求められるもの』かって言われたら……それは、ちょっと違うんじゃないかなって」

 

 チャット欄が、一瞬静まり返る。

 数秒の沈黙の後、コメントが堰を切ったように溢れ出した。

 

『そうなんですよね……』

『それ、ずっと思ってた』

『言葉にしてくれてありがとう』

『ナノさん、本当に分かってくれる』

 

 私は、モニターに映るコメントの波を眺めながら、小さく笑った。

 

「人には、向き不向きがある。得意不得意がある。それは、性別とは関係ない。ただ、その人が『その人』だから、ってだけで」

 

 一呼吸置き、続ける。

 

「だから、ここでは無理しなくていい。『女らしく』なくても、『男らしく』なくても、ただの『あなた』でいてほしい」

 

 その言葉を口にした瞬間、チャット欄に一つのコメントが流れた。

 

『ナノさん、質問いいですか? ナノさんは、恋愛とかしたことあります?』

 

 私の指先が、一瞬だけ止まる。

 恋愛。

 この世界において、女性がリードし、男性が従う。

 それが「当たり前」の恋愛。

 

「……恋愛、か」

 

 私は少し考えるように間を置いた。

 

「正直に言うと、私はあんまり恋愛に積極的じゃないかな。この世界だと、女性が『リードする』のが普通だけど……私には、それがどうもピンと来なくて」

 

 チャット欄にコメントが並ぶ。

 

『分かります』

『正直、どうやってリードするのが正解か分からない』

『怖がられたらどうしようって、怖い』

『デートのプラン考えるの、いつも疲れる』

 

 私は、小さく笑った。

 

「みんな、大変なんだね。私も、もしかしたら将来そういう場面が来るのかもしれないけど……その時は、お互いが無理しない関係がいいなって思う」

 

 言葉を紡ぎながら、私は自分でも驚いていた。

 この世界の価値観に、完全に染まっていないからこそ言える言葉。

 でも、それが誰かの心に届いている。

 

「恋愛も、仕事も、人間関係も。全部、『こうあるべき』って型にはめられると、苦しくなる。だから、少しくらいはみ出してもいいんじゃないかな」

 

 チャット欄に、長文のコメントが流れる。

 

『ナノさん、本当にありがとう。私、ずっと『女なんだから、もっと積極的に男性をリードしなきゃ』って思ってて。でも、それが辛くて恋愛できなかった。でも、ナノさんの言葉聞いて、少し楽になりました』

 

 私は、そのコメントを声に出して読み上げた。

 

「……うん。楽になってくれたなら、嬉しい」

 

 微笑みながら、少し戯けた口調で言う。

 

「あ、でも好きな人が出来たら多少は頑張った方が良い、かも? 男女関係なしに、好きな人を幸せにしたい、してあげたいって気持ちは大切だと思うから」

 

『それはそう』

『笑』

 

 ふと、時計を見れば、配信開始から一時間が経過していた。

 視聴者数は、七百人を超えている。

 

「さて。そろそろ、時間かな」

 

 私は、ゆっくりと配信を終える準備を始めた。

 

「今日も、来てくれてありがとう。無理しないで、ゆっくり休んでね」

 

 チャット欄に、別れを惜しむコメントが流れる。

 

『ナノさん、また明日』

『おやすみなさい』

『ありがとう、ナノさん』

 

 私は、小さく微笑んだ。

 

「うん。おやすみ」

 

 配信終了ボタンをクリックする。

 画面が暗転し、クローゼットの中に静寂が戻ってきた。

 ヘッドセットを外し、私は大きく息を吐いた。

 汗が、首筋を伝う。

 狭い空間に熱気がこもり、Tシャツが肌に張り付いている。

 

「……ふぅ」

 

 椅子に深く沈み込み、天井を見上げた。

 この世界で、月夜ナノとして配信をする意味。

 それは、前世の「俺」が持っていた感覚を、誰かに届けることだ。

 

(……でも、これって正しいのかな)

 

 ふと、疑問が頭をよぎる。

 この世界の価値観を、少しずつ揺るがしているのかもしれない。

 それは、傲慢なのかもしれない。

 でも、画面の向こうで「救われた」と言ってくれる誰かがいる。

 それだけは、確かだった。

 クローゼットの扉を開け、私は外の空気を吸い込んだ。

 部屋の窓からは、夜の街が見える。

 この世界の「当たり前」が動き続けている街。

 

「……よし」

 

 小さく呟き、私はベッドへ向かった。

 明日も、大学がある。

 天城はるかとして、この世界を生きる日常が、また始まる。

 でも今夜は、月夜ナノとして、誰かの夜を少しだけ温められた。

 それだけで、十分だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

努力は決して裏切らない(Vの皮を被っても)(作者:とんたん)(オリジナル現代/コメディ)

 ▼ 俺スゲェ系転生特典をゲットした、主人公は漫画家となり、おおよそ10年掛けて一つの作品を完結させた。▼ 一時の休み、ふと動画配信サイトを覗くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。▼ 何と、知り合いがVtuberが凸待ち配信をしていた。しかも、アポ無しで。▼ 見かねた、私が連絡を取ると、思いもつかない展開が待っていた。


総合評価:447/評価:8.08/連載:3話/更新日時:2026年01月23日(金) 09:25 小説情報

TS美少女聖職者英霊(作者:うぉん)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

TS転生して、銀髪蒼眼美少女に生まれ変わったと思ったら、宗教の偉い人が英霊として復活できる世界だった。▼せっかくなら英霊になりたいと思って、無事英霊になったけど、めちゃくちゃ貧しい寒村で生きることになった。▼こんな生活するとは思っていなかった!だから、コネや能力を駆使して、どうにかこの村を発展させよう。


総合評価:885/評価:8.37/連載:2話/更新日時:2026年03月10日(火) 10:11 小説情報

転生してイージーモード!(作者:ハニラビ)(オリジナル現代/日常)

普通に生きて普通に死んだ男がチートを得て現代日本にTS転生したお話。作者はバカだからよぉ、難しい話は無しにしねーか?(ただのバカ)


総合評価:2872/評価:8.61/連載:15話/更新日時:2026年05月24日(日) 18:02 小説情報

英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした(作者:TSメス堕ちいいよね…)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

かつて勇者に討たれた魔王軍幹部。▼転生したら聖女になっていた。▼しかもコンビを組むのは、自分を殺した勇者アルフレッド。▼彼は知らない。▼隣で微笑む聖女が昔、自分に「おのれぇ!」とか叫んでいた魔族だということを。▼バレたら終わり。▼だがなぜか勇者からの好感度は上昇中。▼――待て。なんでだ。▼元ラスボス系幹部が、必死に聖女を演じながら世界を救う(?)話。


総合評価:422/評価:7.78/連載:6話/更新日時:2026年03月08日(日) 02:36 小説情報

夭折した天才漫画家だけど、転生したらTS美少女だったから勝手に続き描く(作者:匿名TS美少女)(オリジナル現代/日常)

夭折した天才漫画家が転生して続きを書く話。


総合評価:2782/評価:7.37/未完:17話/更新日時:2026年03月03日(火) 12:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>