「だってさ、あんな綺麗だったらほっとく方が無理じゃない」と犯人は申しており   作:迷水路

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月相

 私はね、彼のルビ色の瞳より先に真っ赤に濡れた白髪の方を目にしたんだ。

 うん、そう。切っ掛けはね、あの日なんだ。本当に偶然なんだけど。偶々あの通りに用があって、正確にはギルドに用があって。受付の人と二三連絡事項を伝えて、いいクエストないかななんてクエストボードを眺めていたら、外からいきなり悲鳴がしてさ。それもすぐそばからしたもんだから、なんだろうと、自然とそっちに視線が向いてね。

 そうしたら、彼が入ってきたんだ。

 頭から血で満杯になったバケツをひっくり返したかのような。まぁ、事実それに近しいことが原因だったらしいけど。兎に角、全身血で真っ赤っ赤なのにその当人だけが気にしていない。分かり易いぐらい、自分がどうなっているのか気にならないほど違うことに頭が夢中だった。しかもその理由が一目惚れの初恋だっていうんだから。素直ていうか馬鹿正直というか、今時珍しいを通り越して絶滅危惧種なぐらいに純情な子だなって想ったのを覚えているよ。

 

 うん?そこから後を付けたのかだって?

 いいや、あの時はそこまで彼に入れ込んでなかったさ。

 

 彼が本格的に私のお気に入りになったのは18階層の神災、『漆黒』のゴライアスを倒したあの姿を見てからだよ。あの戦いで彼が見せた英雄としての資質。未だ幼くとも確かな輝きを放つ、あぁ、戦闘能力という意味じゃないよ。そんな単純な話じゃないってことは――わざわざ貴女に説明しなくてもよかったね。

 

 あぁ、うん、続きだね。

 

 漆黒のゴライアスと戦っている際に彼が見せた輝きにときめいてね「あぁ、彼の行く末を特等席で見届ける」そう決心していたんだ。

 そう覚悟をして、先行きが楽しみになった矢先だよ。

 あの一件が起きたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりベル・クラネルに彼女を、あの女神(アルテミス)を殺させるとそういうことかい?」

 

 私の一言は周り全員からの視線を一身に集めるに足るものだった。

 全員の視線に共通している害意とはいかずとも、刺々しい敵意が刺さる。元々アウェーだったこともあるけど言い方が直線的過ぎると。同族、人間、小人、神。それぞれからの視線による圧が、言外に私にこれ以上の発言を咎めてくる。

 残念ながらそんなものは私相手に何ら強制力なんて働かないけどね。

 それに私なんかに意識を割ける余裕ある状況じゃない。

 

 怪物の咆哮が轟く。

 

 あの漆黒の蠍が腸に捕らえた女神と同一の存在を本能的に気づいたのだろうか。そして、その存在と結びついている「矢」が自身を死へと陥れられる凶器であるということにも。

 なら急いだ方が良さそうだ。

 もう既に怪物の手に墜ちた月の弓に矢はつがえている。

 刻一刻と地上で、神界最強の一矢が解き放たれる瞬間を迎えようとしている。それは即ち下界の終わり、黒き竜の終末が動き出すことなく終焉の時が訪れる。

 つまりそれは世界まるごとのデッドエンド、そんなバッドエンドは心から願い下げだ。

 

「先に失礼するよ」

 

 一言だけ簡素に断りを入れて合わせていた歩幅を変える。止めてくる言葉が相手の喉を通るよりも前に私はさっさと駆け出した。

 目指すは勿論、選ばれた英雄(ベル・クラネル)囚われの女神(アルテミス)、そして元凶たる怪物(アンタレス)がいる決戦の地。

 

 出来るだけ急ぎ、急行しようとする足とは裏腹に。

 私の意識は酷く静かにこの後どうするかを思案していた。

 

 着いてからどうするか、そこで実は私は迷っている。

 神々が用意した苦肉の策――神をも殺せる神創武器「オリオンの矢」でアルテミスごと蠍を消滅させる。女神の完全消滅を以てこの一連の騒動の幕を下ろす、そんな顛末に向けてただ黙って従事するのか。

 それとも、私の第一魔法で違う結末へと塗り替えるか。いや、塗り替えるは大袈裟だ。できるのは精々が少しだけの、神が敷いたレールを逸らすだけの悪足掻き。それに魔法の対象となるのが女神、下界に降りて全知零能になっているとはいえ相手は超越存在(デウスデア)だ。下界の子供たちの一人に過ぎない私の魔法なんて、彼らからしたら可愛らしいおもちゃに過ぎない。成功率なんて考えるだけ無駄でしかない。

 二者択一のようで、実質一択。 

 ただどうするにしても、アンタレスは討たなければならない。

 そして、古代の怪物をベル・クラネルたった一人が相手どるには荷が重すぎる。 

 

 彼が死んでしまったら本当にこの危機をひっくり返す手段がなくなる。そんな最悪な事態だけは何が何でも防がなくちゃいけない。

 いくら考えようと結論がでない私の脳内を置いてけぼりに、私の脚はより一層早く、考える時間を自ら削ることになろうとお構いなく、今すぐに現場に辿り着こうと更に力強く地面を蹴った。

 

 耳を劈く咆哮で空気が震える。

 その発生源がもう目の前に――

 

 

「約束……したんだ……守るって!」

 

 

 声が、聞こえた。

 理不尽に爪を突き立てるような、張りつめた声で少年が走る。犠牲を強いる「矢」を投げ捨て、未熟な刃を握り締めて漆黒の怪物を斬りつける。我武者羅に何度も。ただ、傷つけたそばから治っていっている。圧倒的な自己再生能力。

 いくら眼前の現実を突き放しても容易く追いつかれてしまう、打つ手がなくどうすればいいのか分からず。そびえ立つ現実の前で少年の手はどうしても止まってしまう。

 ――僕はこの時に自身の役割を悟った。

 

「神に下界の神秘が通用するとはとても思えないけどね」

 

 口にする言葉は自身の行いを否定するものなのに、私の心から迷いが晴れてとても清々しい。

 大仕事に取り掛かる前にとりあえず、サクッと目の前の怪物を打ち倒そう。

 

「【円卓に集え、楽園の守護者たちよ】」

 

 光剣が私を囲う。

 詠唱で形作られた輝く十三の剣は、唯一の標的へと剣先を向けて一斉に襲わせる。舞うように縦横無尽に空を翔け、微かな光としか捉えない軌跡を刻んで、十三の剣は諦めきれない少年の路を開く。

 振りかざした鋏は根本から斬り落とし。

 振り回そうとした尾を切り刻み。

 邪魔立てする剣に苛立ちの咆哮をあげようとした口へと殺到させて塞ぐ。

 ささやかな援護に彼から感謝の目線が送られてくるけど、それはまだ早いというものだ。

 おっと、後方から足音が。彼らも追い付いてきたなら前線は任せられる。

 この先の大仕事その心構えを固めよう。

 

 事態は進む。

 風のような同族が、空を翔ける人間が。

 火を想わせる鍛冶師が、魔剣を撃ち出す小人が。

 彼らによって一筋の行路が開かれる。

 女神に背中を押されて、少年が「矢」を握って再び走り出す。堕ちた月の矢が少年を狙い澄まし、少年と女神の矢が真っ向から押し返す。女神を封じた牢獄の水晶が砕かれ、少年がナイフを振りかざした。

 

 

 ――さぁ、運命よ。どうか幸運を呼び寄せてくれたまえ。

 

 

「【未成の生命よ、禁忌の殻よ。今日この日、我が身は天の法典に背く】」

 

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