魔王を倒した勇者ですが、魔王の娘に殺される約束をしています 作:侶逆 ばあ
1-1 雪の中
「うー……さむいっ!」
くしゅん、と可愛らしいくしゃみをひとつ。アルマは首をすくめて、羽織った外套の襟に顎をうずめるようにして言った。
あたりには雪が降りしきり、地面に厚く積もっている。
「なあ、まだ着かないのか?今朝の話だと今日中には着くのだろう?」
「そのはずなんだけど……おかしいな。この辺りまで来れば、大きな街道に出るはずなんだけど……」
「お前の記憶違いじゃないのか?」
「いや、地図にちゃんと書かれてるし、読み違えてるなんて事も無い……はず」
それを聞いて、アルマは本日三度目の溜息を漏らす。右を見ても雪、左を見ても雪。どこもかしこも変わらない、真っ白い地面が広がるばかり。
どうやら、二人は完全に迷ってしまったようだった。
「もういい、その地図貸せ!我が見る!」
「うわっ!ちょっと、落ち着いてよ」
「む、むむ……」
ばっ、とルーカスの手から地図を奪い取ったアルマは、形の良い眉に皺を寄せるようにして地図をじっと見つめた。
「……よし!あっちだな!」
「……君、本当に読めてるのかい?」
呆れたように言うルーカスに、しかしアルマは答えずにずんずん先へ進む。
果たして、辿り着いた場所は。
「……君、
「な、何を言う!読めるとも!」
「じゃあこの結果は何だい?」
「そ、それは……その……!」
二人の目の前には切り立った崖と、視界いっぱいに広がる鈍色の海。いくらなんでもここが目的地、なんて事は無い。
もごもごと言葉に詰まっていたアルマは、やがて思い付いたように言った。
「そ、そうだ!その地図が間違っておったのだ!」
「この地図に従って、僕は魔王城まで来れたんだけど?」
「そ、それは偶然だ!たまたまお前の選んだ道と地図が合致した、それだけだ!」
「無茶苦茶だなぁ……」
はあ、とため息をひとつ。この旅の途中で分かったことだが、アルマは魔王の娘という割に――むしろ魔王の娘だからこそなのか――とにかく見栄っ張りというか、強がりなところがある。
子供らしいと言えば微笑ましくもあるが、まあ、ともかく。今はそれどころではない。
「どうする、人里すら見当たらないなら、早めに引き返して魔王城からやり直すか……?」
とは言っても、ここからまた迷わずに魔王城まで行けるとは限らない。もとより行き倒れる心配はしていないが、迷いに迷って、目的地に着くのが数年後、なんて事だけは避けたい。
そうしてルーカスとアルマがうんうん唸っていると。
「おーい、そこのお二人さーん!あんた達、こんなとこで何してるんだー!?」
張り上げられた声に振り向くと、少し遠くに一つの人影があった。それは手を振りながらこちらに近付いてくるようで、ルーカスはわずかに身じろぎする。
「……ふむ、敵意は感じられんな。おそらくはただの村人か何かだろう」
そんなルーカスの様子を見て、アルマが小さく呟いた。
「……驚いたな。この距離でそんな事が分かるのか?」
「魔王の娘を舐めるな。我の角は特別製でな、他者の感情を読めるのだ」
「へえ、そりゃすごい。もしかして僕のも読めるのかい?」
「お前のは無理だ。読もうとしても、何だか靄がかかったようになって良くわからん」
なんて、二人が言い合っていると。
その声の主はいよいよ姿がはっきり見えるところまで近付いてきていた。
防寒具に身を包んだ、体格のいい金髪の男。歳の頃はルーカスよりもいくらか上のように見える。
「あんたら旅人か?こんな小さい子連れて、こんな何も無いところに何の用で?」
「ええ。
「あー……ニックスか。なんだ、急ぎの用か?」
「?ええ、出来るだけ早く着きたいのですが……」
ルーカスがそう言うと、金髪の男は歯切れ悪そうに答えた。
「気の毒だが、あそこはダメだ――ここ数日ずっと、凍りついちまってるんだからな」
***
「――ま、何も無い家だが。ゆっくり寛いでくれ」
ルーカスとアルマは金髪の男――カイアスと名乗った――に招かれ、彼の家にいた。声を掛けられた崖からは程近い村にあるそれは都会で流行りのレンガ造りとは真反対の古そうな木造で、しかし一人では持て余しそうなくらい広さのある家だった。
入って左手は台所、右手には別の部屋へ通じるだろうドアが二つ並び、部屋の奥には大きな暖炉が燃え盛っていた。
カイアスとルーカスは上着を脱いだが、アルマは外套のフードを目深に被ったままいそいそと暖炉に近付き、そこにしゃがみこんで動かない。
「?お嬢ちゃん、どうしてフードを脱がないんだい?もう寒くないだろ?」
訝しげにカイアスが尋ねたが、それにはルーカスが代わりに答えた。
「ああ、妹は幼い頃に頭に大きな怪我を負ってしまいまして。それ以来、フードを被って隠していないと人前に出られないのです」
二人で歩いている途中に考えた嘘だ。いくらなんでも、頭に角が生えたままでは町に入っていく事もできない。それに旅の途中で行商人なんかに出逢う事もあるかもしれないのだから、角を隠す方便を考えたのだ。
ルーカスの言葉を肯定するようにアルマが首だけで振り向き、そして小さく頷く。どうやら何があっても暖炉の前から動かないと決めたらしい。
「おお、そりゃあ悪かった……って、あんたら兄妹だったのか」
「ええ、まあ。こっちには、親族を頼りに」
「ほー……まあいいや。とにかく、その辺座っとけ」
ありがとうございます、と勧められるまま椅子に座り。そして、肝心の疑問を投げかけた。
「それで、聞きたいのですが。ニックスが凍りついた、とは?」
ニックスは魔王討伐の旅の途中にも立ち寄った街である。確かに訪れたのは少し前の話ではあるが、その時は何の異変も無かったはずである。
「……ああ。あれはちょうど二週間前だったかな。ニックスの市場へ野菜を売りに行った奴らが帰ってこないってんで、村の何人かで探しに行ったんだ」
言いながらカイアスは台所へ歩み寄り、お湯を沸かし始めた。
「そんでニックスへ行ってみれば、街灯から人、建物――とにかく全部が凍りついちまってるんだ。ついこないだ王都から魔術師が来て診てもらったんだが、そいつらにも意味が分からないらしい」
「……呪いか何か、なんですか?」
「さあ。とにかく気味が悪いってんで誰も近付きたがらねえし、魔術師どもは氷をちょっとだけ取ってすぐに帰っちまったからな……っと、ほれ。茶でも飲んで暖まれ」
そう言ってカイアスはルーカスの前と、暖炉の前からテコでも動かなさそうなアルマの傍にコップを置いた。
「ああ、これはご親切にどうも……それで、ここからニックスへはどれくらいかかるんですか?」
「なんだ?あんたら、今の話を聞いてもまだ行く気なのか?」
「ええ。とりあえず一度、見るだけ見ておきたいので……」
「……まあ止めはしねえけどよ。晴れてれば歩いて片道一日はかからないくらいだな。今みたいな雪なら、まあもう少しかかると見ていい」
言いながら、窓の外へ目を向ける。外はいつの間にか雪の勢いが激しくなっていて、吹雪一歩手前、といった具合である。
「とりあえず、この雪が収まるまではウチに泊まっていくといい。様子を見にいくのはそれからでも遅くはねえだろ?」
***
「なあ、アルマ。彼の――カイアスさんの言う事、本当だったかい?」
その夜。
カイアスの厚意に甘える形で泊まることにした二人は、今は物置になっているという部屋――入り口から見えた扉のうち、奥側の方だ――で横になっていた。
「ああ。あやつから害意や悪意は感じ取れんかった……というより、お前も元から疑っていなかっただろうに」
「いやいや。念の為、だよ。カイアスさんに僕達を騙す理由なんてないし、そんな悪い人には見えないけれど、それでもね」
「まったく、もう寝るぞ……ふわぁ、我は疲れた……」
隣では魔王の娘が威厳もへったくれも無い大あくびをしている。
それを横目で見ながら、ルーカスは思考をまとめる為にゆるゆると一人言のように続ける。
「ニックスは元から雪の多い地域だ。大雪に閉ざされて近付けない、くらいまでは想像していたが……凍りついた?どうして?」
「うるさい……寝れないだろうが……」
「二週間前。建物まで凍っているということは、生物に指向した呪いではない。ニックスは小さい街という訳でも無いのに、それを丸ごと飲み込める程の規模。候補は絞られる」
「われは……ねたいんだ……たのむからしずかに……」
半分夢の中へ入り込んでいるお子さまの抗議の声など、既にルーカスには聞こえていない。
「魔術痕跡はあるのか、人の手によるものか魔王軍残党のものか……まあ、ともかく。現地に行って見てみなきゃ分からない事だらけだ……アルマ、聞いてるかい?」
「…………」
「アルマ?」
ルーカスが上体を起こして見てみれば、アルマは既にすうすうと可愛らしい寝息を立てて眠りに落ちていた。
その寝顔を見て。そこだけ見れば、まるで年相応の幼子のようで――小さく微笑んで。
「おやすみ、アルマ」
やがて自分を殺す者と共に、ルーカスは穏やかな眠りに落ちていった。
***
その晩。ルーカスは久しぶりに夢を見た。
かつて、四人と共に旅をしていた頃の夢。
わたしが行けば皆が助かるのでしょう?なら、そうするわ。
氷のような彼女はそう言って、共に旅をしてくれた。
そうやって、その魂を捨てさせた。
彼女が何を求めていたのかすら、知らなかったくせに。