イマドキ魔王は苦悩する 作:だいふく。
俺の名前は「佐々木 悠」というだが、誠に勝手ながら愚痴らせてもらう。
いつからだろう。
正確な歴史は分からないが、突如として、この世界にモンスターが現れるようになった。最初は海外のニュースで「正体不明の獣が出た」とか「軍が出動した」とか、そんな他人事みたいな見出しで流れていたはずなのに——気づけば日本でも当たり前のように出るようになっていた。
とくに日本はモンスター大国と呼ばれるほど、その出現頻度が高い。
駅前のスクリーンに「本日の出現情報」みたいなものが流れる時代だ。天気予報の横に“危険度”が並ぶ。週末のイベント告知の下に「当該地区での出現履歴あり。十分注意」と当たり前のように書かれている。
正直たまったもんじゃないが、これは今に始まったことではないし、どうしようもない現実として既に受け入れている。
怖いとか怖くないとかより、慣れが先に立つ。自販機の前で小銭を探しながら「最近この辺、出たらしいぞ」なんて会話が聞こえるくらいだ。異常が日常に溶け込むってのは、そういうことらしい。
それに、人類の対抗手段もある。『異能者』と呼ばれる者たちの存在だ。
何の因果か、モンスターの発生情報が出始めたのと同時期に、特異な能力に目覚める人達が現れた。神が戦えと言っているように。
モンスターの出現率が高いという危機感ゆえだろうか、世界的に見ても日本は異能者に関する法整備や教育体制が進んでいる。
異能者達によって組織された「異能防衛機関」によりモンスターは迅速に対応される。救助、特殊装備、ドローンによる監視、避難誘導のアナウンス——現場が発生してからの“流れ”が、もはや一つのシステムとして出来上がっている。
とはいえ、未だにその被害は決して小さくない。
出現地点が悪ければ、到着までの数分で街が壊れる。家族が離れ離れになる。誰かが瓦礫の下敷きになる。
「機関が来るまで逃げて」って言われても、逃げられない人間は必ず出る。だからニュースはなくならないし、献花台も増える。
余談だけど、異能に目覚める時期は十代が最も多いそうだ。なぜかは分からないけど。
進路希望のアンケートみたいに、「異能者候補」なんて項目が普通にある。体育の授業で“異能適性検査”が混ざる学校もあるらしい。俺の通う高校はそこまでじゃないが、同級生の何人かは「俺、ワンチャンあると思う」みたいに軽口を叩く。……その軽さが逆に怖い。
……話を戻そう。俺が今日愚痴りたいのはこの異能に関してだ。ぶっちゃけてしまえば、俺は異能者だ。
異能というのは、こことは異なる別世界で死んだ者たちの魂が宿ることによりもたらされるらしいんだが、これは正しいと断言できる。
なぜなら——俺の中に“宿っている”奴が、普通に喋りかけてくるからだ。
強力な異能を持つ人ほど、能力を使うとき人格が変わるという話もよく聞く。
普段は穏やかな人が、戦闘になると別人のように冷酷になる。言葉遣いが古風になる。妙に攻撃的になる。
そういうのは“魂の影響”として説明される。本人の意志じゃなく、宿った何かが表に出てくるんだと。
ただ──俺の場合は何もかもが異常なのだ。
『フハハハハッ!! ついにきたぞこの時が!! ユウ!! さっそと我に代わるのだ!!』
いま目の前で、半透明の骸骨が笑っている。
しかも普通に見えてるし、なんなら話しかけてくる。視界の端にいるとかじゃない。真正面で、堂々と、俺の生活圏に居座っている。
魔王を自称するコイツの名は『メルギドス』。
角の生えた骸骨であり、金の装飾が施された禍々しいローブを身に纏っている。背後には意味ありげな黒い靄が揺れていて、時々、赤い火花みたいなものが散る。——意味が分からん。
どう考えても人間じゃないし、どう考えても目立つ。なのに、他人には見えないらしい。俺だけがこの地獄を共有している。
世界征服をしようとか、お前には見所があるとか、頭のおかしなことを四六時中俺に囁いてくるうるさい奴だ。授業中でも、帰り道でも、風呂でさえも、俺はコイツと一緒にいる。
とはいえ——こいつが俺に敵意を向けているかと言われると、そうでもない。
妙に距離が近くて、妙に楽しそうで、妙に“俺を守る側”に立っている。友好関係、と言っていい。多分。
だから余計に面倒なんだ。悪意がないのに、言動が最悪。止めにくい。
十二のときに何の脈絡もなくコイツがやってきて、既に三年くらいの付き合いだが、俺は誰にもこのことを打ち明けていない。
なぜか? 分かるだろう。あまりにも痛々しいからだ。メルギドスの言動全てが厨二病のそれであり、黒歴史を量産すること間違いなしだからだ。
そういう理由により、異能に覚醒した者は国への報告義務があるのだが、俺は今まで隠して通している。
——本当は、いつかバレるのは分かってる。
検査もあるし、事故もあるし、異能ってのは隠し切れるほど都合よくはない。ただ、俺は先延ばしにしてきた。今日じゃない。明日でもない。できれば一生来ないでくれ。そう願い続けてきた。
──だが、今俺は異能を使わなければならない状況に立たされている。
「きゃあああああああッ!!」
「誰か助けて!! ママが瓦礫に挟まっちゃって動けないの!! 誰かお願い!!」
「防衛隊をッ!! 防衛隊を呼んでくれッ!!」
耳を刺す悲鳴。ガラスが割れる乾いた音。どこかで警報が鳴り続けている。
通りは人で埋まり、押し合い、転び、誰かの靴が踏まれる音がやけに生々しい。空気は埃っぽくて、喉が痛い。
そして、遠くから地面を叩く重い振動が近づいてくる。
大量のモンスターが同時多発的に出現し暴走する現象──『スタンピード』。
凄まじい速度でこちらに向かってくる巨大な蜥蜴のようなモンスター。体表は石みたいに硬そうで、背中の棘が街灯の光を鈍く弾く。口を開くたび、腐った肉のような臭気が風に乗ってくる。
街は混乱を極め、人々は立ち止まっている俺の傍を我先にと逃げ出す。
肩がぶつかる。肘が当たる。誰かが「邪魔!」と怒鳴る。怒鳴る余裕があるなら走れよ、と言いたいが、言っている場合じゃない。
正直、人助けなんてよく分からない。
そもそも俺が異能を使ったところで勝てる保証がどこにある。他人の命よりも自分の命の方がはるかに大事だ。格好つけるつもりもない。俺は善人じゃない。怖いものは怖い。死にたくない。
それでも──
「どけっ!! おいガキ!!」
「……ひっく」
「お前のママはどこにいんだよ!!」
家族なら話が別だ。
俺の目に映る妹の姿。反抗期なのか最近は素行が悪く、不良のような格好をするし、口喧嘩することも少なくない。それでも、この世でたった一人しかいない俺の妹だ。
その妹が、瓦礫の前で泣きそうな顔をしながら、必死に誰かを助けようとしている。こんな状況で、異能者でもないのに人助けしようとしている。
一度決めたことは何があっても曲げない頑固な奴だとは思っていたが、ここまで芯が通った奴だったんだな。
俺とは大違いで……本当に強い。
俺は妹を守るように前に立った。
必死だからか、俺に全く気づいていない。それでいい。気づかなくていい。
モンスターの群れはもう近い。
逃げ遅れた人間の匂いを嗅ぎ取ったみたいに、舌なめずりをする音が混じる。
異能防衛機関が来るまで——間に合うか? 分からない。間に合わなかったら、ここで終わる。
胸の奥が冷える。
「メルギドス。あのモンスター、いけるよな?」
『愚問。我から見れば、あの程度羽虫に同じよ』
実の所、俺は異能を使ったことがほぼない。
こいつがやってきた当初、試しに一度だけ“発動”してみたことがある。胸の奥に熱が集まり、空気が歪み、火花みたいなものが散った。
──そして、ゆっくり沈んでいった。
取られる、というより俺が“譲る”感覚だ。発動すると、俺の意識は残ってるのに、身体の主導権だけがなくなる。見ている。聞いている。感じている。なのに止められない。
高笑い。偉そうな口調。意味不明な台詞。
声も顔も俺のままだから、周りから見れば「佐々木悠が突然イタい奴になった」だけ。恥ずかしすぎる。
そんな拷問、二度とごめんだ。
だから俺は、異能を使わないという選択をした。使わないと決めた。……が、もうそんなこと言っていられない。
妹が命の危機に瀕しているのだから。
「……じゃあ、頼む」
瞬間、ほんの僅かな浮遊感。
世界が薄紙一枚ぶん遠のく。指先から力が抜け落ち、意識がゆっくりと沈んでいく。
だが、完全に無くなるわけじゃない。目は開いたまま、耳も聞こえていて、心臓の音までやたら大きい。
メルギドスの姿が重なり——そして。
「フフフ……フハハハハハッ!! この時を待ち侘びたぞッ!! ──頭が高いな、ひれ伏せ人間共!!」
(やめろやめろやめろ! やめてくれええええッ!!)
俺の魂の叫びは、当然誰にも届かない。
届くのは、勝手に吐き出した痛々しい台詞だけ──。
§
モンスターがすぐそこまで迫っている。
命の危機だ。逃げなくてはならない。
そんなことはこの場にいる誰もが理解していた。
「──頭が高いな、ひれ伏せ人間共!!」
見た目で言えばなんてことはない。
どこからか現れた学生服の普通の青年が、高笑いと共に言い放った戯言のはず──だった
理屈じゃない。肌で感じ取ってしまったのだ。
モンスターを目の前にした時に感じる生物としての圧倒的な格の違いを、この平凡そうな青年から感じる。体中の血液が逆流するほどの恐怖。
理性でどれだけ否定しようとも、本能に抗うことはできない。膝が笑い、歯が鳴る。息が浅くなり、視界が狭くなっていく。
そしてそれは、人間だけじゃなかった。
迫っていた巨大な蜥蜴の群れが、ぴたりと止まる。
先頭の個体が、低く唸り、次の瞬間——後ずさった。背中の棘が逆立ち、尾が地面を叩く。
逃げる。逃げたい。だが群れが邪魔で下がれない。
獣の目が、明確に“怯え”を映していた。
「ん? ああ、そう騒ぐなユウ。分かっている。──人間共、逃げてよいぞ」
誰一人として動かなかった。否、動けないのだ。
逃げていいと言われても、体が言うことを聞かない。恐怖が鎖みたいに手足に絡みついている。
「なんだ、逃げないのか? ならばそこで見ているがいいッ!! 魔王たるこの我の力をなッ!!」
見ていろと言われた。ならば頭を下げていてはダメなのか。この青年の気分を害さない選択をしなくては。そんな発想が一瞬で浮かぶほど、場の支配は完成していた。
「グルガアアアアアアアアアアアッ!!!」
巨大なモンスターの群れが、怯えながらもなお突進をやめきれず、地面を踏み鳴らす。
それに対し青年はゆっくりと左手を向け──
「──『ヘルフレイム』」
ポツリと呟く。
瞬間、地獄の業火が吹き荒れた。
黒々とした炎が風を裂き、熱が遅れて爆ぜ、世界の色が一瞬だけ“燃える色”に塗り替わる。
叫び声すら飲み込み、ただ、焼け落ちる音だけが残った。