有馬かなは告らせたい~3期からの再スタート~   作:ルオン

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本小説は独自解釈や原作再構成を含んでいます。


1話 半年間の空白

 

 

 今日もメムのご飯の誘いを断ってしまった。

 私のせいで最近はB小町の空気悪いから、3人の仲を取り持ってくれている。私たちが高校に通ってる時間も、B小町ちゃんねるのことまでやってくれてる。

 

 煌びやかな街は全て通り越して、夕食を買う気にもなれず、すぐにマンションまで戻ってきてしまった。

 

 このマンションはオートロックでセキュリティも万全だ。

 おかげで知人すら許可がないと、この部屋には来れない。

 

 ただいまも、おかえりも、必要がない。

 

 1人だけど、とても安全な場所だ。

 誰にも見られず、1人でいられる場所だ。

 

 整えた髪も、トレードマークの帽子も、高級ブランド物のポーチも、何もかもこの部屋では見られない。芸能人だろうが、アイドルだろうが、元天才子役だろうが、普通の一般人のように自堕落に過ごしてもいい。

 

 部屋の明かりはつけていない。

 今は締め切ったカーテン越しに、街灯が照らすくらいがちょうどいい。

 

 静かだ。

 スマホの通知音すらない。

 

 役者として、アイドルとして、体型維持は必須とはいえ、体力勝負でもあるから。

 ちゃんとバランスよく食べて、ちゃんと朝からトレーニングして、我ながらスポーツ選手な生活のようだ。

 

 でも最近、食欲がない。

 

 

 こういう夜は、考えないようにしていたことが、勝手に浮かんでくる。

 

 

「……笑いなさいよ」

 

 アイツでもいいし、黒川あかねでもいい。

 もう誰でもいいから考えてみてほしい。

 

 まったく、何がリーダーだ。何がセンターだ。

 

 B小町のことを1番に考えてくれて仕切っているのはメムだ。

 1番アイドルを本気でがんばっているのはルビーだ。

 

 今の私の必要性なんて、あいつらよりはマシな歌唱力だけ。

 

 スケジュールも、送り迎えも、テレビの企画も、苺プロの社長であるミヤコさんが中心になってやってくれてる。

 明日が踊ってみたの撮影、明後日の午前はぴえヨンコラボ、午後はプロゲーマーとコラボ生放送、週末は北海道でライブだ。その全部を決めてくれてる。全部言われた通りでいい。

 

 なんとまあ、楽なことなんでしょうね。

 ちょっと前までは、プロデューサーとかに、何度もへこへこ頭を下げてたってのに。

 

「……子役の頃から、なーんも成長してないわね」

 

 いつのまにか、私ももう高3だ。

 だから芸能科でも、ちらほら見かけてる。

 

 あぁもうあの子たちは一般人に戻るんだなぁって思う。

 

 逃げだと思うかしら?

 いや、それも選択だと思う。

 

 羨ましい。

 私は過去の栄光に、ルビーとメムが作る輝きに、しがみついてるだけだ。

 

 黒川あかねなんて、映画の主演女優してるらしいわよね。

 代表作は『東京ブレイド』で上書きして、どこでこんなにも差がついたんでしょうね。

 

 ぜひとも、一緒に愚痴を言いたいものだわ。

 

「……はぁ」

 

 それはもう大きな、ため息がこぼれた。

 

 アイツも『東京ブレイド』であんなに、それこそ倒れるまで、がんばってたのにね。

 地道にがんばるしかないタイプらしい。ネットテレビのレギュラー、ドラマの脇役、ファッション誌のモデルなどなど。

 それは本当にアイツがやりたいことなのかしらね。

 

「……幼なじみ、か」

 

 今日の動画撮影で、私とルビーが幼い頃に1度会った話をした。

 私にとっては、アイツもそうだ。

 

 

 こっちが年上で、役者として何年も先輩だってのに、ホントに小さい頃から失礼だった。

 

 

 私は、アイツのことが嫌いだった。

 最初は、間違いなくだ。

 

 ぽっと出の子役で、1歳も年下で、なのに負けた。

 

 あのときの悔しさは、今でもはっきり思い出せる。自分が積み上げてきたものを、軽々と飛び越えられた気がする。

 

 1番最初はアイツで、次は黒川あかねで、今はルビーかしらね。

 

 『天才』って物語とかだと、『努力家』に負ける役回りよね。詳しくは知らないけど、ドラゴンボールがそんな話なんでしょ。私がベジータで、あいつらが悟空とか?

 

 いや、そんなんじゃない。『天才子役』が『本物の天才』に負けてる。芸能界はそういう場所だ。なんとまあ私は、あの子たちにとって良い踏み台でしょう。

 

「……ほんと、生意気」

 

 思わず声に出て苦笑する。

 当時の私も、きっと同じことを思っていただろう。

 

 自分より『天才』だとわからされてキライだ。

 でも同時に、認めざるを得ない。しかも、みんないい子たちだ。

 

 あの頃のアイツもそうだった。

 普段は天使みたいにかわいくて、カメラの前だと不気味で、空気を掴むのが異様に上手かった。

 

 目が離せなかった。

 それが、余計に腹立たしかった。

 

 子役の世界は甘くない。私はそれを早い段階で知っていた。

 現場は厳しくて、大人は時間がなくて、早く良い演技が求められる。求められるものに応えるのは当たり前で、使い勝手のいい演技が重要だった。

 

 10秒で泣けるようになったら褒められた。

 ママにも、現場にも、言われるがままにがんばった。

 

 それなのに、ある時期から仕事は減っていった。

 演技が下手になったわけじゃない。手を抜いた覚えもない。

 

 ただ、呼ばれなくなった。

 なぜなら『天才子役』のメッキが、成長して剝がれ落ちてきたからだ。まずは子役でなくなったことからだ。そして、周りの天才役者に超えられただけだ。

 

 オーディションに行っても落ちるようになった。

 当然、理由は教えてもらえない。

 

 次も、その次もだ。

 ママもどんどん不機嫌になった。お父さんはいなくなり、いつしかママにも諦められた。

 

 そうして今では『元・天才子役』、『オワコン』、世間じゃそんな扱いだ。

 

 どうすれば勝てるのかも分からないまま、ただ落ちていく感覚だった。

 努力が足りないのか、時代が悪いのか、それとも自分の性格や容姿が悪いのか。

 

 答えは、どこにもなかった。

 もう誰も教えてくれなかった。

 

 もがいて、あがいて、そんな苦しい日々が続いた頃に、アイツと再会した。

 

「……嬉しかったなぁ」

 

 高校の廊下で見かけた瞬間、すぐに分かった。

 あの顔は、あの髪は、あの瞳は、忘れようとしても忘れられない。

 

 彼もまだ芝居を続けていてくれた。

 私は、落ちた側だ。

 彼は、残った側だ。

 

 だからこそ同じ目線に感じられて、地道にがんばっているライバルの存在が希望に思えた。そんな喜びはたぶんアイツに伝わってない。

 

 『今日あま』の撮影でもわかった。

 やられ役なのに、ちゃんとカッコよかった。ちゃんと役者だった。ちゃんと地道に努力してた。とても器用だった。そんな演技で語り合ってくれた。

 

 芝居に向き合う姿を見て、本気でドキドキした。

 悔しさとも懐かしさとも違う感情だった。

 

 その直後に撮ったの、ヒロインが恋に落ちるシーンだったわよね。知らなかったはずの感情なのに、簡単に感情表現できた。

 

「……好きだったなぁ」

 

 演技だけじゃなくて。

 いろいろと好きだった。

 

 ふわふわなクッションを抱えて、天井を見上げる。

 そんな初恋の先は、真っ暗闇だった。

 

「……シスコンで…スケコマシで……ホントにそれだけだったら…諦められるのに……」

 

 ちょっぴり毒舌な返事がないのを分かっていても、言葉に出してしまう。

 

 あの頃は、一緒の高校に通えるようになって何でもない会話も増えていた。

 学年が違うから、廊下とか帰り道とかだ。

 

 特別なことなんて何もなくて、でもそれが楽しかった。

 心が浮つくって、ああいう感じを言うんだと思った。

 

 私は恋に恋をしていたというか、そんな時間を楽しんでいた。

 

 B小町に誘われた日のこともまだ鮮明だ。

 『そこらのアイドルよりかわいい』とか、『大事な妹を預けられる』とか言ってくれた。『信頼してる』って言葉で伝えてくれた。

 

「……あれは…嘘だったの?」

 

 見た目も性格も可愛げがない私を、キラキラなアイドルにだなんて正気かって思うのに。

 同時に胸が熱くなったのも否定できない。

 

「……あの日も…嘘……?」

 

 たった1日、学校をサボった日もあった。

 公園でキャッチボールなんて柄じゃないことをした。

 

 あのとき買ったグローブとボールは、今もクローゼットの奥にしまってある。捨てられるわけがない。

 一緒に子どもみたいに遊んでくれて、それは『天才子役』だった頃には味わえなかった日常だった。

 

 私のこと、『何の打算も必要もない人』『気を使わなくていい相手』って言われたのがどれだけ嬉しかったか、アンタは知らないでしょ。

 子役事務所とかにも、ママにすら見捨てられたほどだ。こんなに性格の悪い私にとって、どれだけアンタの存在が救いだったか。

 

「……バーカ…」

 

 全部嘘じゃなくて、全部本音だったとまだ信じてる。

 でもそれなら、なんでこんなことになってるんだろう。

 

 その頃からだったはずだ。

 黒川あかねとの関係が、じわじわと近づいていた。アイツが恋愛リアリティショーに出るなんて聞いたときは、冗談でしょと思った。

 

 でも番組を見て、全部ひっくり返った。助けたがりで、優しくて、必要なところで手を差し伸べる。あいつらしい。

 

 バチバチに炎上してたのに、そこから救い出してみせた。

 そんなところもカッコいいけど、それを他の女にやったから腹が立つ。

 

「……キスまでしなくていいでしょ……番組なんだから……」

 

 自分で自分に呆れる。

 あの頃は、私のほうから距離を取っていた。付き合ってもない女なのに、勝手に嫉妬までしちゃってた。

 

「……うぅ…」

 

 鼻をすする。

 避けられることが、こんなに傷つくなんて思わなかった。

 

 アイツはアイツで、変なことをしてたわね。

 ぴえヨンのモノマネなんて、誰が予想するのよ。暑苦しい被り物して、声まで真似して、レッスンを手伝ってくれた。あれは嬉しかった。

 

 とにかくアイツが歩み寄ってくれて、あの頃はちゃんと仲直りできたと思う。

 

 それからファーストライブだ。もう1年くらい前になる。

 真剣にオタ芸する姿を見たとき、ライブ中だったのに笑いそうになった。

 

「……アンタの推しの子になってやる、か……」

 

 本気でそう思ってた。

 

 だってその頃は、まだ信じてた。

 アイツと黒川あかねは、番組上の付き合いを継続しているって。

 

 そういうことでも、黒川あかねをライバルだと思ってた。

 

 東京ブレイドでの共演も忘れられない。

 一緒に稽古して、ぶつかって、努力した。

 

 私がメインになるシーンなんて、まるでスポットライトを当てられてるみたいだった。久しぶりに、好き勝手に演技するのが楽しかった。ツルギを演じている時は、刀鬼を演じながら、私だけを本気で見てくれた。

 

 それが連日続いたんですもの。

 今思えば、思い上がっていたわね。 

 

 その裏で、あいつと黒川あかねの関係は、完璧に続いていた。

 噂じゃあ、刀鬼と鞘姫のカップリングがファンどころか、原作にまで再燃してるらしいわね。演じている若手役者同士が付き合ってるからといって、なんとまあドラマチックな展開なんでしょう。

 

 宮崎でのMV撮影だってそうだ。2人きりでうろうろしてるのは知ってた。その時に何があったのかは知らない。いつもよりアイツと話せる時間はあったのに私は何も行動しなかった。

 

 でも、2人の関係がもっと縮まったんだろうって分かった。

 

「………応援…しなきゃ…」

 

 黒川あかねは、役者の才能があって、美人で、すごく優しくて、性格がいい。

 しかも2人とも頭がいい。

 

 どう考えても、付き合っていて本気で惚れない要素がないじゃない。

 

 結局あの時、私はフラれたんだろうか。

 まだ告ってもないのに。

 

「……逃げ出したのが…いけなかったのかしらね……」

 

 宮崎から戻ってしばらくして、一緒に出かけた日のことだった。

 思い出すのも、つらいけど。

 

 私はデートに誘ってくれた、なんて思い上がってた。

 

 でも夕方だったか、夜だったか、正直あんまり覚えてない。覚えているのはアイツの声がやけに慎重だったことと、目を合わせなかったことだけだ。

 

―――あかねと、ちゃんと付き合うことにした…だから……

 

 その先に、何を言われたのか。

 いや、言われたんだと思う。

 

 関係の区切りをつけるための言葉とか、私への配慮とか、そういう大人ぶった何かだ。

 

 でも頭が真っ白で、記憶には残っていなかった。私は上手く相槌を打てたのか、笑ったのか、それとも黙っていたのかも曖昧だ。

 

 ただ、いつのまにか、逃げ出していた。

 勝手に泣いていた。

 

 私はイヤなやつだから。

 黒川あかねに、何かするとでも思われているのかしら。

 

 そりゃ散々、アンタの前で黒川あかねに、いろいろ言ってたものね。

 付き合ってる彼女がそんな風に言われて、まっすぐで誠実なアンタは、さぞイヤだったでしょうね。

 

「……せめて…仲直り……」

 

 どの口が言うんだ。

 それは私のワガママだ。

 

 ただ失恋を諦めたくないだけだ。

 

 それっきりだ。アイツとまともに話してない。

 同じ事務所なのにだ。アイツはひたすら避けてくる。

 

 それなのに私ときたら。

 次の日には、普通に役者をやって、普通にアイドルをやっていた。自分で言うのもなんだけど、なんというかプロだなって思えた。逃げ場が仕事しかなかった、とも言える。

 

 それで何ヶ月も、あからさまに避けられてる。学年が1つも違うから学校で会える機会もない。どうしてアンタは1年早く生まれてこなかったのよ。

 

 しかもB小町のライブにも来なくなった。

 ルビーはいるのに。あんなにシスコンなくせに。

 

「せめて妹くらいは…見に来なさいよ……」

 

 私がB小町にいるせい? アイツが忙しいから?

 箱推ししてくれてたのは嘘?

 

 私を誘ったくせに。

 メムも誘ったくせに。

 妹を信頼して任せたくせに。

 

 正直言って、アンタが推してくれるから、アイドルがんばれてたのに。

 

 パフォーマンスが落ちている自覚はある。エゴサしたら、ファンのみんなは心配してくれてる。

 見ていて、しにたくなるほど否定的な言葉もある。私はそういうのには慣れてる。意図的に無視したつもりになれる。演技で挽回しようと思える。

 

 でも、どれだけ演技で取り繕おうとしても、声も、表情も、どこかでブレーキを踏んでしまう。会場でアイツの姿が見つからなくてどうしても泣きそうになる。

 

 それすら気づかれないようにしてるつもりだけど、分かる人には分かってしまう。

 嘘で誤魔化して、アイドルやれるほどの熱量が私にはないから。

 

 

「……あやまる…から…」

 

 たぶんアイツを嫌いになれたら楽なのに。

 こんなに嫌われても、まだ諦められない。

 

 

「……なかなおり…してよ…」

 

 アイツと出会ったから、つらい思いをしてる。

 でも、再会しなければよかったなんて、絶対思えない。

 

 

 せめて、『気を使わなくていい便利な女』のままでいいから。

 どういう関係でもいいから。

 

「……わたしを…みて…」

 

 

 

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