有馬かなは告らせたい~3期からの再スタート~   作:ルオン

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2話 友達だから

 

 今日はB小町のワンマンライブで、しかも1000人規模だった。

 でも今更、緊張なんてしない。

 

 白色も見えたはずなのに。

 赤色と黄色のサイリウムの割合が、また増えてた気がした。

 

 笑顔も、歌も、振り付けも、ちゃんとやった。

 少なくとも失敗したとは聞いていない。

 

 なのに胸の奥がずっとざわついている。

 

 だってライブ中、何度も視線が勝手に泳いだ。客席の端から端まで、金髪の人から探してしまう。いるわけがないと分かっているのに、それでも探してしまう自分が情けなかった。

 

 照明が強くて、客席の表情なんてほとんど見えない。でも来てくれて、アンタが白いサイリウムを掲げてくれたら、わかると思ってる。

 

 いや、こんな夢心地な考え自体が重症よね。

 私はもうアイツに嫌われて避けられてるんだった。

 

 こうして帰りで車の外を見ていると。

 

 ふとした拍子に、街でアイツと黒川あかねが仲良くデートしている光景を想像してしまう。それがライブ中に起きて、泣きそうになったのは今日の一度や二度じゃない。

 

 歌っている最中なのに、喉の奥が詰まる感じがして、演技を重ねて息を整える。こんな状態でステージには立っている。役者として立ててしまう。それが余計につらい。

 

 私、なんでまだアイドルやってるんだろ。

 急にやめたらルビーやメムにも迷惑だから。踏ん切りがつかないから。たぶんそれだけ。

 

「あの~ 今日アクたんのお迎えとかは~?」

 

「ネットテレビの収録日よ、あそこ3本撮りだからバラしが遅いのよね」

 

 メムさんはなんで、今ミヤコさんに聞いたんだろ。

 でも1つ言えるのは、アイツのスケジュールを最初から知っていれば、みじめに探すこともなかった。もっとライブに集中できていたはずだ。

 

 ホント笑えるわね。

 

「ミヤコさん…私ちょっと用事あるから恵比寿で降ろしてください」

 

「……わかったわ」

 

 嘘だ。用事なんてない。

 なんとなく歩いて帰りたかっただけ。

 

「今日はもう遅いし、寄り道しないで早く帰りなさいよ」

 

 運転しているミヤコさんからは、命令じゃなくて、心配の声だった。

 

「……はい」

 

 声は、ちゃんと出てたと思う。

 

 そうして恵比寿で車を降りる。

 ミヤコさんに感謝を言って、メムにも挨拶して、なんかずっとルビーは誰かとスマホで連絡してた。学校の友達かしらね。

 

 夏の夜の空気は蒸し暑い。

 昼間ほどじゃないけど、肌にまとわりつく感じが不快だ。

 

 人気急上昇中のアイドルが、こんな時間に1人でうろつくなんて、褒められたことじゃない。わかってる。

 この人気は、私1人のものじゃない。むしろルビーとメムの成果だ。

 

 あの2人がいるから、B小町はここまで人気になっている。私はそこに混ざっているだけだ。このままセンターで固定なのかしらねぇ。

 振り付けで、センターが交代する頻度が増えてるのは気づいてる。

 

「……はぁ」

 

 気がつけば、もう閉まっている美術館の前に立っていた。

 歩いている人はほとんどなくて、薄暗い電灯だけが階段を照らしている。

 

 思わず私は、そこに座り込んでしまう。

 顔を見られないよう、膝を抱えて、そこに額を押しつける。

 

 暗くて、静かだ。

 

 そのまま、どれくらい座っていたのか分からない。

 こうしていれば、『有馬かな』だなんてわからないだろう。

 

 もう、どうしていけばいいのかもわからない。

 目標も、夢も、失っているようなものだ。

 

 せめてルビーとメムが、ドームまで行くのは手伝おうかしら。それをきっかけに卒業ならタイミングも話題もばっちりじゃない。

 あー、それも新メンバーでも見つかれば、お荷物な私は、おさらばしてるでしょうね。

 

 それからは役者に戻る? なぜ?

 もうホントにやりたかったことが何かもわからない。

 

 ふと、近くに誰かの気配がした。

 私は顔を上げないまま息を止める。

 

 こんな私に声をかけてくれるアイツなわけなくて、何かよくない人なのかしら。

 もし、そうなれば、みんなに迷惑がかかるわね。

 

 恐る恐る私は顔を上げて、確認した。

 

「やっぱり帰ってないじゃん」

 

 それは明るい金髪で特徴的な角のカチューシャで、同じB小町のメムだった。

 

 この子、いやこの人からすれば、B小町の人気を下げる要因を作るのは許せないでしょうね。そう思われても仕方ないわよね。

 

「……ついてきたの? 家もっと先でしょ?」

 

 この口は、どうしても一言多い。

 私はもう一度、膝に顔を埋めて、小さく息を吐いた。

 

「まーね」

 

 責めるでもなく、軽く笑うような声だった。

 それだけで胸の奥に溜まっていたものが、ぐらっと揺れる。

 

 そのまま少し間があって、たぶん隣に座ったんだと思う。

 

「やっぱりさぁ」

 

 メムは、明るい調子を保ったまま言ってくる。

 

「アクたんのことでしょ?」

 

 図星だった。

 否定する理由なんて、どこにもない。

 

「……私にわかったようなこと言われるの、イヤかもしれないけどさ」

 

 それだけで、限界だった。

 喉が詰まって、視界が滲む。

 

「しんどいの、わかるよぉ……」

 

 『アンタなんかに、わかるわけない』、いつもなら言葉に出せてた。

 でもそれすら、自分が嫌われてるとこだと思うと、飲み込むしかない。

 

 少しずつ直さなければ、嫌われたままだろう。

 

「……この半年間、ずっとなの」

 

 気づいたら、口が勝手に動いていた。

 止めようと思っても止まらない。

 

「私が事務所に行くと…アイツ部屋に引っ込むの……」

 

 言葉は溢れてしまう。

 自分が悪いのに、被害者ぶってる。アイツのせいにしてしまう。

 

「……今日のライブも来なかった」

 

「それはさ……向こうも忙しいから……」

 

 できるだけ穏やかに言ってくれた。

 慰めようとしてくれているのは、はっきり分かる。

 

 でも首を振ってしまう。

 来てくれなかったのは今日だけじゃない。ルビーがいるのに、あいつは1度もライブに来なくなった。それは絶対に私がいるせいだ。

 

「違うわよ……避けてるの絶対!」

 

 私が未練たらたらなせいで、アイツにまで迷惑をかけてる。

 ルビーも恥ずかしがりながら、アイツが来るのいつも喜んでたもの。だから最近の雰囲気が暗いんだわ。きっとそう。

 

「黒川あかねと付き合ったから、他の女と一緒にいるの、よくないとか思ってるのよ」

 

 それでも言葉に出てしまうのは、アイツへの文句だ。

 アイツのせいにしてしまう。

 

「まっすぐで…誠実で……助けたがりで…そういう男だもの……」

 

 だから嫌いになれない。

 避けられてることが、つらい。

 

「……カノジョからしたら、さぞ安心できるでしょうね」

 

 さぞ黒川あかねは幸せだろう。

 

 メムは何も言わない。

 聴いてくれていて、もう全部言ってしまいそうになる。

 

「あかねは、才能があるし、美人で、すごく優しくて、性格もいいの」

 

 ひとつひとつ数えるたびに、喉が締め付けられる。

 

「昔から全部……知ってる……」

 

 アイツよりもずっと前から知ってる。

 あの子が、どれだけ綺麗で純粋な女の子なのかを。

 

 涙が止まらない。

 このまま黒川あかねと結ばれれば、アイツは絶対に幸せになれる。

 

「だから別に……私は応援するのに……」

 

 声を絞り出した。

 たぶん嘘じゃなくて、きっと私の本心だ。

 

 まだ、どう表現すればいいかわからないけど。

 あかねも、アクアも、ホントいい子だから。

 

「だけど私も……アクアが…イヤなことしないのに……」

 

 せめて仲直りしたいのに。

 もし何か傷つけてたら謝りたいのに。

 

 そんなチャンスすら貰えないまで、アイツを傷つけたんだろうか。

 

「そこまで避けなくても、いいじゃんかぁ……」

 

 顔を上げて、涙がどんどん溢れ出す。

 メムが隣にいてくれるから、全部吐き出しそうになる。

 

傷つくわよ、ばかーー!!

 

 子どもみたいに、わんわんと泣いてしまう。

 

 なんかもう散歩中の犬にまで吠えられてる。

 迷惑だろうなんて思うけど、だって涙は止まらない。

 

 我ながら、なんてみじめなんだろう。

 

 ずっと初恋に恋してるだけだった。

 それで告る前にフラれて、悲劇のヒロインぶってるだけだ。

 

 

 

「いいよ、いいよ」

 

 そっと私を包んでくれる。

 低くて、落ち着いた声だった。

 

「今は、いっぱい泣いていいからさ」

 

 もう何も言い返せなかった。

 

 

「ごめんねぇ、半年も放っといちゃってさ」

「…ちがぅ!!……」

 

 

 もう涙は、全然止まらなかった。

 だって誰にも弱みを見せたくないと、意地を張って、メムを避けてたのはこっちだ。何度もご飯に誘ってくれた。何度も声をかけてくれた。それなのに私が断り続けていた。

 こんなに優しい人を悲しませて、私はなんてイヤな女なんだろう。

 

 

「かなちゃんには、お姉さんがついてるから」

 

 しがみついて、ひたすらに泣いた。

 

 

 

 

 

 喉の奥がひくっと鳴って、どうしても鼻をすすってしまう。

 

 もう17年くらい芸能界にいるのに情けない。

 こんなところ、誰かに見られたら終わりなのに。

 

「かなちゃん……」

 

 顔を上げられないまま、膝に埋めたままでいると、そっと手の感触が落ちてきた。

 

 撫でるというより、ポンポンと確認するみたいな触れ方だ。

 隣にいると伝えてくるみたいだった。

 

「今は無理しなくていいよ。何かあっても、お姉さんがなんとかするからさ」

 

 メムの声は、いつもより低くて、落ち着いていた。

 仕事用の明るさも、配信用のノリもない。

 

「ほら、全部言ってみ?」

 

「……ぜんぶ……?」

 

 全部と言われても、何を話そうなんて思いつかない。

 でも1番望んでいることは思いついた。

 

 去年みたいに、事務所で話せるくらいでいい。

 それだけできっと私は救われるから。

 

 ルビーやメムのためなら、ライブまた見にきてくれると思うから。

 黒川あかねとの関係も、応援できると思うから。

 

 諦めるきっかけくらい、欲しいから。

 

……仲直り…したい…

 

「そっか」

 

 たった一言なのに、すごくがんばった気がする。

 役者としてなら、いつもこんなセリフはペラペラしゃべれるのに。

 

「よしっ、お姉さんがアクたんに聞いておくよぉ」

 

「でも……アクア…無理する……」

 

 嫌ってないフリをするかもしれない。

 メムを心配させたくないからって。

 

「んー、それにもまずアクたんの事情も確かめないとだねぇ。あの子も、こんなに女の子を泣かせてまで、他の子を優先するなんて不思議だもん」

 

 ポンポンと頭を優しく叩いてくれた。

 そうだ、結局私は自分の失恋ばかりで、アクアの事情を考えてなかった。

 

「……おねがい」

「よしっ!」

 

 自分に嫌われる理由があると思うばかりだった。

 だけど、アクアに何か理由があって、距離を取ってるかもしれない。

 

 東京ブレイドの舞台の稽古で倒れた時も、とてもつらそうだったのに、その理由も私は何も知らないままだ。

 

「今日はもう帰ろっか……歩ける?」

 

 そんな問いかけに、私は小さく頷いた。

 

 立ち上がると、足元がふらついて、思わずメムの腕を掴んでしまった。

 恥ずかしさより先に、安心が来た。

 

「いいよ」

 

 メムは何も言わず、自然に歩幅を合わせてくれた。

 

 いつしか手を繋いでもらって、歩いてくれる。

 もし姉がいたら、こんな感じなんだろうか。

 

 街ではいろいろな人がいて、忙しそうに歩き回っている。

 鼻をすすりながら歩く私を、誰も気に留めない。

 

「……かなちゃん」

 

 マンションに向かう途中、メムがぽつりと話しかけてきた。

 

「今日は、ちゃんと寝よ」

 

「……うん」

 

 返事は、かすれた声になった。

 

「考えごとは、明日だよ」

 

 そう言われて、なぜかまた涙が滲んだ。

 

 マンションの部屋に着く頃には、泣き疲れてた。

 

 頭がぼんやりしていた。

 鍵を開ける手すら、ちゃんとできない。

 

 結局は部屋までメムは付いてきてくれた。

 

 1人で生活できるというのに、いろいろやってくれる。

 シャワーを浴びている間に、コンビニでパンまで買ってきてくれた。こんな時間に炭水化物なんてと思うも、でも甘くてまた涙が出る。ちゃんと味がして、美味しい。

 

 最近はいつも寝落ちて。

 早く起きてバタバタと家事をすることが多かったけど。

 

 今日は、ベッドまで付き添ってくれた。

 

「……ごめん」

 

「そこは、ありがとうがいいかな?」

 

 メムも動画編集が忙しいだろう。

 私と違って、ちゃんとしたことで、寝不足なのに。

 

「……ホント…ありがと…」

 

「どういたしまして。今日もさ」

 

 メムが、私の頭をまた撫でてくれる。

 

「かなちゃん、よくやったよ。えらいえらい」

 

 それだけで胸がいっぱいになる。

 もっと甘えてしまいそうになる。

 

「……ん、少しは…大丈夫…だから……」

 

 ぬいぐるみに、顔を押し付けてそう伝える。

 考えれば考えるほど大丈夫じゃないのに、でも明日は少しマシになれると思う。

 

 今日の恩は、B小町の活動で返そうと思う。

 

 

「だから…もう…いいからぁ……」

 

「よしよし」

 

 メムは、まだ帰ってくれない。

 申し訳ないのに、それがとてもありがたかった。

 

 

 

 

 

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