有馬かなは告らせたい~3期からの再スタート~ 作:ルオン
今日はB小町のワンマンライブで、しかも1000人規模だった。
でも今更、緊張なんてしない。
白色も見えたはずなのに。
赤色と黄色のサイリウムの割合が、また増えてた気がした。
笑顔も、歌も、振り付けも、ちゃんとやった。
少なくとも失敗したとは聞いていない。
なのに胸の奥がずっとざわついている。
だってライブ中、何度も視線が勝手に泳いだ。客席の端から端まで、金髪の人から探してしまう。いるわけがないと分かっているのに、それでも探してしまう自分が情けなかった。
照明が強くて、客席の表情なんてほとんど見えない。でも来てくれて、アンタが白いサイリウムを掲げてくれたら、わかると思ってる。
いや、こんな夢心地な考え自体が重症よね。
私はもうアイツに嫌われて避けられてるんだった。
こうして帰りで車の外を見ていると。
ふとした拍子に、街でアイツと黒川あかねが仲良くデートしている光景を想像してしまう。それがライブ中に起きて、泣きそうになったのは今日の一度や二度じゃない。
歌っている最中なのに、喉の奥が詰まる感じがして、演技を重ねて息を整える。こんな状態でステージには立っている。役者として立ててしまう。それが余計につらい。
私、なんでまだアイドルやってるんだろ。
急にやめたらルビーやメムにも迷惑だから。踏ん切りがつかないから。たぶんそれだけ。
「あの~ 今日アクたんのお迎えとかは~?」
「ネットテレビの収録日よ、あそこ3本撮りだからバラしが遅いのよね」
メムさんはなんで、今ミヤコさんに聞いたんだろ。
でも1つ言えるのは、アイツのスケジュールを最初から知っていれば、みじめに探すこともなかった。もっとライブに集中できていたはずだ。
ホント笑えるわね。
「ミヤコさん…私ちょっと用事あるから恵比寿で降ろしてください」
「……わかったわ」
嘘だ。用事なんてない。
なんとなく歩いて帰りたかっただけ。
「今日はもう遅いし、寄り道しないで早く帰りなさいよ」
運転しているミヤコさんからは、命令じゃなくて、心配の声だった。
「……はい」
声は、ちゃんと出てたと思う。
そうして恵比寿で車を降りる。
ミヤコさんに感謝を言って、メムにも挨拶して、なんかずっとルビーは誰かとスマホで連絡してた。学校の友達かしらね。
夏の夜の空気は蒸し暑い。
昼間ほどじゃないけど、肌にまとわりつく感じが不快だ。
人気急上昇中のアイドルが、こんな時間に1人でうろつくなんて、褒められたことじゃない。わかってる。
この人気は、私1人のものじゃない。むしろルビーとメムの成果だ。
あの2人がいるから、B小町はここまで人気になっている。私はそこに混ざっているだけだ。このままセンターで固定なのかしらねぇ。
振り付けで、センターが交代する頻度が増えてるのは気づいてる。
「……はぁ」
気がつけば、もう閉まっている美術館の前に立っていた。
歩いている人はほとんどなくて、薄暗い電灯だけが階段を照らしている。
思わず私は、そこに座り込んでしまう。
顔を見られないよう、膝を抱えて、そこに額を押しつける。
暗くて、静かだ。
そのまま、どれくらい座っていたのか分からない。
こうしていれば、『有馬かな』だなんてわからないだろう。
もう、どうしていけばいいのかもわからない。
目標も、夢も、失っているようなものだ。
せめてルビーとメムが、ドームまで行くのは手伝おうかしら。それをきっかけに卒業ならタイミングも話題もばっちりじゃない。
あー、それも新メンバーでも見つかれば、お荷物な私は、おさらばしてるでしょうね。
それからは役者に戻る? なぜ?
もうホントにやりたかったことが何かもわからない。
ふと、近くに誰かの気配がした。
私は顔を上げないまま息を止める。
こんな私に声をかけてくれるアイツなわけなくて、何かよくない人なのかしら。
もし、そうなれば、みんなに迷惑がかかるわね。
恐る恐る私は顔を上げて、確認した。
「やっぱり帰ってないじゃん」
それは明るい金髪で特徴的な角のカチューシャで、同じB小町のメムだった。
この子、いやこの人からすれば、B小町の人気を下げる要因を作るのは許せないでしょうね。そう思われても仕方ないわよね。
「……ついてきたの? 家もっと先でしょ?」
この口は、どうしても一言多い。
私はもう一度、膝に顔を埋めて、小さく息を吐いた。
「まーね」
責めるでもなく、軽く笑うような声だった。
それだけで胸の奥に溜まっていたものが、ぐらっと揺れる。
そのまま少し間があって、たぶん隣に座ったんだと思う。
「やっぱりさぁ」
メムは、明るい調子を保ったまま言ってくる。
「アクたんのことでしょ?」
図星だった。
否定する理由なんて、どこにもない。
「……私にわかったようなこと言われるの、イヤかもしれないけどさ」
それだけで、限界だった。
喉が詰まって、視界が滲む。
「しんどいの、わかるよぉ……」
『アンタなんかに、わかるわけない』、いつもなら言葉に出せてた。
でもそれすら、自分が嫌われてるとこだと思うと、飲み込むしかない。
少しずつ直さなければ、嫌われたままだろう。
「……この半年間、ずっとなの」
気づいたら、口が勝手に動いていた。
止めようと思っても止まらない。
「私が事務所に行くと…アイツ部屋に引っ込むの……」
言葉は溢れてしまう。
自分が悪いのに、被害者ぶってる。アイツのせいにしてしまう。
「……今日のライブも来なかった」
「それはさ……向こうも忙しいから……」
できるだけ穏やかに言ってくれた。
慰めようとしてくれているのは、はっきり分かる。
でも首を振ってしまう。
来てくれなかったのは今日だけじゃない。ルビーがいるのに、あいつは1度もライブに来なくなった。それは絶対に私がいるせいだ。
「違うわよ……避けてるの絶対!」
私が未練たらたらなせいで、アイツにまで迷惑をかけてる。
ルビーも恥ずかしがりながら、アイツが来るのいつも喜んでたもの。だから最近の雰囲気が暗いんだわ。きっとそう。
「黒川あかねと付き合ったから、他の女と一緒にいるの、よくないとか思ってるのよ」
それでも言葉に出てしまうのは、アイツへの文句だ。
アイツのせいにしてしまう。
「まっすぐで…誠実で……助けたがりで…そういう男だもの……」
だから嫌いになれない。
避けられてることが、つらい。
「……カノジョからしたら、さぞ安心できるでしょうね」
さぞ黒川あかねは幸せだろう。
メムは何も言わない。
聴いてくれていて、もう全部言ってしまいそうになる。
「あかねは、才能があるし、美人で、すごく優しくて、性格もいいの」
ひとつひとつ数えるたびに、喉が締め付けられる。
「昔から全部……知ってる……」
アイツよりもずっと前から知ってる。
あの子が、どれだけ綺麗で純粋な女の子なのかを。
涙が止まらない。
このまま黒川あかねと結ばれれば、アイツは絶対に幸せになれる。
「だから別に……私は応援するのに……」
声を絞り出した。
たぶん嘘じゃなくて、きっと私の本心だ。
まだ、どう表現すればいいかわからないけど。
あかねも、アクアも、ホントいい子だから。
「だけど私も……アクアが…イヤなことしないのに……」
せめて仲直りしたいのに。
もし何か傷つけてたら謝りたいのに。
そんなチャンスすら貰えないまで、アイツを傷つけたんだろうか。
「そこまで避けなくても、いいじゃんかぁ……」
顔を上げて、涙がどんどん溢れ出す。
メムが隣にいてくれるから、全部吐き出しそうになる。
「傷つくわよ、ばかーー!!」
子どもみたいに、わんわんと泣いてしまう。
なんかもう散歩中の犬にまで吠えられてる。
迷惑だろうなんて思うけど、だって涙は止まらない。
我ながら、なんてみじめなんだろう。
ずっと初恋に恋してるだけだった。
それで告る前にフラれて、悲劇のヒロインぶってるだけだ。
「いいよ、いいよ」
そっと私を包んでくれる。
低くて、落ち着いた声だった。
「今は、いっぱい泣いていいからさ」
もう何も言い返せなかった。
「ごめんねぇ、半年も放っといちゃってさ」
「…ちがぅ!!……」
もう涙は、全然止まらなかった。
だって誰にも弱みを見せたくないと、意地を張って、メムを避けてたのはこっちだ。何度もご飯に誘ってくれた。何度も声をかけてくれた。それなのに私が断り続けていた。
こんなに優しい人を悲しませて、私はなんてイヤな女なんだろう。
「かなちゃんには、お姉さんがついてるから」
しがみついて、ひたすらに泣いた。
喉の奥がひくっと鳴って、どうしても鼻をすすってしまう。
もう17年くらい芸能界にいるのに情けない。
こんなところ、誰かに見られたら終わりなのに。
「かなちゃん……」
顔を上げられないまま、膝に埋めたままでいると、そっと手の感触が落ちてきた。
撫でるというより、ポンポンと確認するみたいな触れ方だ。
隣にいると伝えてくるみたいだった。
「今は無理しなくていいよ。何かあっても、お姉さんがなんとかするからさ」
メムの声は、いつもより低くて、落ち着いていた。
仕事用の明るさも、配信用のノリもない。
「ほら、全部言ってみ?」
「……ぜんぶ……?」
全部と言われても、何を話そうなんて思いつかない。
でも1番望んでいることは思いついた。
去年みたいに、事務所で話せるくらいでいい。
それだけできっと私は救われるから。
ルビーやメムのためなら、ライブまた見にきてくれると思うから。
黒川あかねとの関係も、応援できると思うから。
諦めるきっかけくらい、欲しいから。
「……仲直り…したい…」
「そっか」
たった一言なのに、すごくがんばった気がする。
役者としてなら、いつもこんなセリフはペラペラしゃべれるのに。
「よしっ、お姉さんがアクたんに聞いておくよぉ」
「でも……アクア…無理する……」
嫌ってないフリをするかもしれない。
メムを心配させたくないからって。
「んー、それにもまずアクたんの事情も確かめないとだねぇ。あの子も、こんなに女の子を泣かせてまで、他の子を優先するなんて不思議だもん」
ポンポンと頭を優しく叩いてくれた。
そうだ、結局私は自分の失恋ばかりで、アクアの事情を考えてなかった。
「……おねがい」
「よしっ!」
自分に嫌われる理由があると思うばかりだった。
だけど、アクアに何か理由があって、距離を取ってるかもしれない。
東京ブレイドの舞台の稽古で倒れた時も、とてもつらそうだったのに、その理由も私は何も知らないままだ。
「今日はもう帰ろっか……歩ける?」
そんな問いかけに、私は小さく頷いた。
立ち上がると、足元がふらついて、思わずメムの腕を掴んでしまった。
恥ずかしさより先に、安心が来た。
「いいよ」
メムは何も言わず、自然に歩幅を合わせてくれた。
いつしか手を繋いでもらって、歩いてくれる。
もし姉がいたら、こんな感じなんだろうか。
街ではいろいろな人がいて、忙しそうに歩き回っている。
鼻をすすりながら歩く私を、誰も気に留めない。
「……かなちゃん」
マンションに向かう途中、メムがぽつりと話しかけてきた。
「今日は、ちゃんと寝よ」
「……うん」
返事は、かすれた声になった。
「考えごとは、明日だよ」
そう言われて、なぜかまた涙が滲んだ。
マンションの部屋に着く頃には、泣き疲れてた。
頭がぼんやりしていた。
鍵を開ける手すら、ちゃんとできない。
結局は部屋までメムは付いてきてくれた。
1人で生活できるというのに、いろいろやってくれる。
シャワーを浴びている間に、コンビニでパンまで買ってきてくれた。こんな時間に炭水化物なんてと思うも、でも甘くてまた涙が出る。ちゃんと味がして、美味しい。
最近はいつも寝落ちて。
早く起きてバタバタと家事をすることが多かったけど。
今日は、ベッドまで付き添ってくれた。
「……ごめん」
「そこは、ありがとうがいいかな?」
メムも動画編集が忙しいだろう。
私と違って、ちゃんとしたことで、寝不足なのに。
「……ホント…ありがと…」
「どういたしまして。今日もさ」
メムが、私の頭をまた撫でてくれる。
「かなちゃん、よくやったよ。えらいえらい」
それだけで胸がいっぱいになる。
もっと甘えてしまいそうになる。
「……ん、少しは…大丈夫…だから……」
ぬいぐるみに、顔を押し付けてそう伝える。
考えれば考えるほど大丈夫じゃないのに、でも明日は少しマシになれると思う。
今日の恩は、B小町の活動で返そうと思う。
「だから…もう…いいからぁ……」
「よしよし」
メムは、まだ帰ってくれない。
申し訳ないのに、それがとてもありがたかった。