決闘の審判を務めるのは、教導隊の指揮官であり、俺の元上司だったメイト中佐である。
「トーチくん。君はトラブルを起こさないと死ぬのかな? 教導隊でも散々、生徒の女の子から相談を受けたんだよ」
え? なにそれ初耳なんだが。セクハラとかなのだろうか? こわい。
「それで、私は審判役をすれば良いのだね。はぁ、君なら円満に部隊に着任できると思ってたんだけどねぇ」
「俺は、教導隊の方が好きなんですよ。良い上司に恵まれましたからね」
「……そういうところが憎めないんだ」
この人、糸目だから何を考えているか分からないんだよね。全然分からない。俺は雰囲気で中佐の部下をしている。
「さて、ティルピッツ隊。準備は整ったかな?」
「ええ。用意は出来たわ。始めましょう。私たちの決闘を」
俺の乗る
ムサイ級コンクエスタの方は、新造艦かつ乗組員も新米揃いだ。はっきり言って脅威にはならない。
脅威となるのは、イッシュ軍曹とマクレーン曹長の乗るグフだろう。この2機を撃破すれば勝ったも同然だ。
今回の決闘が行われる訓練宙域は、デブリが多く存在する。デブリに紛れながら機動すれば05でも、グフをやれるだろう。
「メイト・モノ中佐だ。演習を開始せよ」
審判役であるメイト中佐が乗ったザクから、演習開始の通信が入る。
「コンクエスタはあそこか。偽装が甘いな」
デブリを蹴りながら、05を機動させるとコンクエスタと2機のリック・グフを見つけた。
「ファーストルック・ファーストキル。それが大事って教えなかったか?」
「…くっ、隊長殿っ、マシンガンなんてズルいですぅ!」
イッシュ軍曹の機体は遠距離武器を碌に装備していない近接仕様だ。位置的に当てやすかったので狙ったが、あまり良い判断では無かった。
「軍曹、オレが援護する。近接で仕留めるぞ!」
「はい…! マクレーン曹長! 覚悟してくださいよ! 隊長殿!!」
マクレーン機は、急遽ヒートロッドやフィンガーバルカンを外したらしい。シールドと120mmマシンガンという極めて常識的な装備をしている。
「勝つためには卑怯な手を惜しむなとは教えたが、そりゃズルいぞ」
初撃でイッシュ機を仕留められなかったのが痛い。こちとら05だ。中破判定は出ているがまだ動けるイッシュ機と、マトモな遠距離武装を持っているマクレーン機を同時に相手するのは不味い。
「あえて近接ってのもなかなか乙なものだよな!」
「た、隊長殿!?? なんでぇ!? こっちに??」
イッシュ機はこちらが逃げずに、わざわざバカ正直に近接戦をするとは思っていなかったようだ。動揺しており、機体のコントロールがおざなりになっている。
「うひゃっ」
俺が投げつけた予備マガジンを、イッシュ軍曹は咄嗟にフィンガーバルカンで迎撃してしまったらしい。
俺にとって運が良いことに、予備マガジンは爆発した。
「はい。撃破」
「えっ、ええ〜!? 嘘ぉ」
そのままイッシュ機を盾にし、マクレーン機を撃破する。
「隊長……そりゃねぇよ」
「イッシュ軍曹ごと撃てば良かっただろう?」
「あんた血も涙もねぇ」
というわけで、サクサク片付けていこう。残すはコンクエスタ1隻だ。まばらな対空砲火を撒いているが、どうにも練度が低いようで、隙間が空いている。
「左舷、弾幕薄いぞ。何やってる?」
これはちょっとした戯れだ。あまりにもアレだと戦場で大変だろうし。
「……っ! 教導してくれるのかしら? まだ勝負は終わっていないわ!」
「む。なんならお望みどおり教導しようじゃないか」
一般論として、戦闘艦艇を攻撃することを、モビルスーツパイロットは嫌う。
ムサイ級のような軽巡洋艦でさえ、対空火器が積載されており、下手をすれば自分が落とされるからだ。
連邦のマゼラン級戦艦ともなれば、その武装はハリネズミのようなものになる。
ジオン軍のザクは対艦兵器として作られた側面が強い。そのため、きちんと訓練を受けたパイロットであれば対艦攻撃はお手の物だ。きちんと訓練されていればだが。
新兵ばかりのジオンの今後はお察しだ。
「対艦戦闘は観察から始まる。まず、対空砲火の薄いところを狙い。艦に取り付く」
「うるさいわね! 機銃座! 早くあのお喋りを落としなさい!」
対空砲火にずっと穴が空いているんだよな。しかし、あからさま過ぎる。狙いがあるとしたら何だろうか?
「今のコンクエスタの対空砲火に穴があることは、目敏いパイロットなら分かる。普通ならあからさますぎて引っ掛からないけどな。今回は教導だからな、どんな罠であろうとも喰い破ってやるよ!」
そもそもムサイ級で張れる罠には限度がある。考えられるものは機雷やネットといった設置式のものだ。
その程度なら全く問題はない。それに、死の予感を全く覚えない。つまり危険がないのだ。
「はっはっは。ボクがコテンパンにしてやる! エースパイロットがなんぼのもんじゃあ!!! うおぉぉぉ!!」
ムサイに取り付く間際に、壁をぶち破って飛び出してきたのは
元々コンクエスタの格納庫には、俺を含めたパイロット3人にあてがうための3機のグフが合ったのだ。俺がアグレッサーをやるので、グフが1機余るという計算である。
なので、俺は戦闘可能なグフを2機と判断していた。よりにもよってメカニックのニカ・メカニカ少尉が乗り込むなんて。
「メカニックが本職に勝てると?」
「うるさい! ボクのグフをバカにしたんだ! 目にもの見せてやるぅ!」
ニカのグフが、こちらに組み付こうとする。俺は組み付かれる前に、コクピットブロックに思いっきり膝蹴りを食らわせた。
「……おげぇ」
美少女が出してはいけない声が、メカニカ機から伝わってきた。やべ。
「レビィ。やって」
「げっ……おい! こっちにはニカ少尉が居るんだぞ!」
「私たちの勝ちです。トーチ中尉」
レビィ准尉の操る対空砲が、メカニカ機に全く躊躇せず模擬弾をぶち撒ける。おっふ。これは避けられない。
システムコンソールに、deadの文字が浮かび上がる。俺は撃墜されたようだ。
つまり、今回の決闘に俺は敗北したのだ。
「あー。ニカ少尉。無事か?」
「……ぐすっ。ひぐっ。うぇぇぇん」
モニタ越しに見るニカ少尉は、自らの吐瀉物に塗れていた。窒息防止のためにヘルメットが開いたため、コクピット内が悲惨なことになっている。
この機体に俺が乗るんだよな…… やってしまったかもしれない。
「……ずびま゛ぜん゛」
「良いんだ。俺が大人気無かった」
「はい」
しゅんと小さくなっている彼女を見ると、やり過ぎたという罪悪感が湧いてくる。ほんとゴメン。グフの件はもう何も言わない。
「今、気持ちが悪いとかはあるか? ゆっくり息を吸って呼吸を落ち着けろ」
こくんと頷いて、彼女はふーーと息を吐く。
「あっ」
小さくニカが声を漏らす。
「どうした? 報告しろ」
「あ、なんでもない……です」
「俺は君の現状を把握する必要がある。恥ずかしがる必要はない。君は正式な訓練を受けていないメカニックだ。戦闘訓練に参加し生命の危険があるかもしれない状況だ」
「あっ。うぅ…あの、おしっこが漏れました」
「なるほど。艦に戻ったら精密検査が必要だ。脳へのダメージも考えられるし、万が一ということもある」
ジオンにおいて、意識レベルは
「フネのみんなには黙っててください……」
「いや、即座に診断を受けるべきだ」
「違うんです。ボクは、単に、こ、怖くて漏らしちゃっただけなので……
「それなら、経過観察ということで良い。異常があれば即座に医務室に行くようにしてくれ」
「ひゃぃ」
ニカ少尉が顔を真っ赤にしながら弱々しく返事をする。
これって、セクハラか??
「本当にすまないと思っている。今後、何か埋め合わせをさせてほしい」
「ひゃ、ひゅぃ」
逆効果になったかもしれない。セクハラで不名誉除隊という文字が頭によぎった。
ん? 逆にそれで良くないか? どうせジオンは敗北するのだから。
しかし、そうなったら戦後にかなり苦労しそうだ。やっぱなしで。俺はジオンに忠誠を誓う真っ当な公国軍人だ。そうだ。そうに違いない。決して不名誉除隊になったら消える軍人恩給が惜しいとか思ってないんだからね。