コンクエスタの艦長室に通される。決闘には負けたからね。潔く負けは認めよう。
「トーチ中尉? 私たちの実力は分かったかしら?」
「そりゃあ、勿論分かりましたよ。ただ、今のままでは実力不足です。実戦に出るまでに訓練を積む必要があります」
俺の発言に、ティルピッツ少佐は嫌そうな表情を浮かべる。やだよ。戦場なんて行きたくないでござる。嫌でござる。
「トーチ・リオシュ中尉はエースパイロットよ。私たちコンクエスタ隊はそのエースパイロットを訓練において負かしたのよ。この結果が真実じゃなくて?」
「旧式機に乗った教導機を落としたくらいで、えらい自信ですね」
ティルピッツ少佐が脚を組み替える。今日は縞々だ。白と黒のやつ。
「……どこ見てるの? こっちは真剣な話をしてるのよ」
「脚ですね。軍隊は男社会ですよ。扇情的な格好は避けるべきかと」
「個人の勝手よ! 見る方が悪いのよ。将校には軍服における裁量が認められているわ」
ミニスカートとかおかしいだろ! 戦場を舐めてんのか! クソお嬢様が! とストレートにぶち撒けたくなるのを抑える。
「周りはそうは思いませんよ。フリューゲル・ティルピッツ少佐は、戦場を愚弄する女だと思われます。金で階級を買った憎たらしい貴族将校とも思われますよ」
「それで良いのよ。周りには名誉欲に駆られたバカな女だと思わせておけば良い。その間に手柄を立てて、私は地位と手足を盤石なものにする」
周りとかじゃなくて、主に俺が思っているんだよ! 上司がこれですか? 嘘だろ。
初撃であるコロニー落としが失敗した時点で、ジオンに勝ち筋はない。手柄を立てる? これから敗北するのに?
オデッサでの敗北からジオンは終わるのだ。俺たちでホワイトベースからガンダムでも盗めと言いたいのだろうか?
「ティルピッツ少佐。あなたの目指すその先に何が有るか、教えて頂けますか?」
「周りから話は聞いているでしょう? 人の秘密をほじ繰り返すような真似はするべきじゃないわ。そういうことを親に教わらなかったのかしら?」
厭味ったらしい。これだから貴族ごっこをしているジオン名家の連中は。
「俺の親は、税金が高いことと連邦政府が悪いこと。ザビ家が素晴らしいことを教えてくれましたよ。今も元気にパン屋をやってます。育ててくれた恩は有りますし、悪い人ではないですけどね」
「素晴らしい御両親ね。どうして中尉みたいな捻くれた人間が生まれてしまったのかしら?」
うるせー。俺、このフネに来てからレスバばっかりしてる。助けてメイト中佐。
「ティルピッツ家は名家なんでしょう? なら、俺の前にいるティルピッツ姓のパンツ丸見え痴女は、どこの馬の骨なんですかね? 痴女少佐殿には、橋の下で拾って来られた過去がお有りだったりしますか?」
「……死ね!」
殴りかかってきた少佐を抱き留める。軽いし小さい。それでいて柔らかい。ジタバタしても無駄だと思ったのか大人しくなった。元の場所にお返しする。
「教えてくれませんか? フリューゲル少佐のこと」
「嫌よ」
「人って話し合わないと分かり合えませんよ」
「イヤなものはイヤ」
「じゃあ、勝手に俺の話をします。聞き流してください」
「俺は、ズムシティの一般家庭出身です。士官学校では赤い彗星のシャア・アズナブルとガルマ・ザビと同期でしたね」
「暁の蜂起ってやつ知ってます? 俺はアレには参加しませんでした。むしろ反対してシャアと喧嘩しましてね。殴り合いで負けて拘束されましたよ。パレードしてるのを苦々しく見てました」
トーチ・リオシュが滔滔と、士官学校の話をする。フリューゲルは、楽しそうに話す彼の横顔を眺めていた。
フリューゲルにとって、幼年学校は牢獄だった。幼い少女には、授業の合間に挟まれる軍事訓練や軍事教練はつまらないものだった。
外の世界では、幼年学校のようなことは教えられないだろう。だから、ずっと外の世界にフリューゲルは憧れていた。
両親はフリューゲルを確かに愛していた。けれど、幼い彼女にとって、それは受け入れ難い愛だった。
フリューゲルという少女そのものを、親として愛していると言うよりも、フリューゲル・ティルピッツというティルピッツ家を構成する部品を愛していたのだ。
それでも愛は愛だ。だから、彼女は両親を愛していたし、大切だと思っていた。
「俺の親がパン屋って話はしましたよね? パン屋は朝が早いんですよ。お袋は明日がジオン士官学校受験だって言うのに、俺を叩き起こして、生地作りをさせやがった。
士官学校の受験を何だと思っている? ってお袋にキレたら、あんたこそパン屋を何だと思ってるって返されましてね。
今にして思えば、人殺しよりもパン作りの方が俺には向いていたのかもしれないですね」
目の前の男はペラペラと口が回る。
楽しそうに話すその様子に、フリューゲルは苛立ちを覚えた。トーチが貶したフリューゲルの軍服のスカート丈だって、彼女が憧れた外の世界のものだった。
ずっと彼女は我慢してきた。だから、幼年学校という檻から抜け出して、それで自分が求められることをしているのだ。
死んだ両親が、意地悪な叔父が、フリューゲルにティルピッツ家の当主としての姿を望んでいる。
だから、フリューゲルは空回りした努力をしようとしているのだ。
少女は、あまりにも未熟であまりにも真っすぐだった。愚直に、ひたすら愚かなほどに。
「……お母様もお父様も立派だったわ。ジオンをより良くしたいってずっと頑張っていたの。だから、ザビ家に殺されたのよ…! 私は逃げない。誰が何と言おうとも、私は逃げない。フリューゲル・ティルピッツの名に賭けて、私は自分の使命を全うするわ。だから力が必要なの! 私が私でいられる力が! ティルピッツ家の名誉を賭けるわ。癪だけどあなたが必要なの。トーチ・リオシュ中尉…! 私の騎士になりなさい」
ぎょっとしたトーチは、フリューゲルのその宣言を
「御手を。
「ええ。我が騎士。多大な成果を期待しています」
トーチ・リオシュは大仰な素振りで、フリューゲルの部屋を抜けていった。フリューゲルは泰然としており、トーチの皮肉には気がついていなそうだった。
廊下に出たトーチは、周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、盛大に溜め息と舌打ちをした。
「おっ、イッシュ軍曹。良いところにいるな。よし、デートしようぜ。俺が奢る」
「デ、デートでありますか?? はいっ! 喜んで!」
えー、フリューゲル・ティルピッツ少佐と話して分かったことが有ります。アイツ、
家のためとかなんだよ? 俺には理解が出来ない価値観だ。そしてザビ家全員ぶっ殺すとか、どこかのシャアみたいなプランもない。戦場に行かない方が良いタイプだ。
「俺さ、フリューゲルの騎士になったんだ。約束だし決闘で負けたから仕方ないんだけどさぁ……アイツ、マジで視野が狭いな。自分がめちゃくちゃ恵まれていることに自覚がないし、何も考えてないぞ」
「隊長殿、それは上官批判です。フリューゲルちゃんの頭がおかしいのはマクレーン曹長から教えられました。私も、少佐の考えることは良くわかりません。でも、金払いが良いです。この部隊はお金がいっぱい貰えます」
中世の傭兵みたいな価値観だな。おい。
「確かにその通りだ。金払いが良い。それは良いことだな」
「自分だったら、お金持ちなのにわざわざ戦場に行こうなんて思いません。フリューゲルちゃんは変わっているんです」
イッシュ軍曹も、すごい価値観をしている。彼女は、アステロイド出身だ。アステロイドは終わった場所である。賃金も民度もジオン本国とは比べものにならない。
イッシュ軍曹は、文字が読めるだけ中途半端に賢かった。文字が読めるだけなので、ジオン軍の広告に騙されて軍に入れられた経歴がある。
教育隊で散々、常識のなさや肌の色をバカにされ自己肯定感が下がりきっていたところを、俺が普通に接したらコロッといったらしい。
「イッシュ軍曹は可愛いな」
「あっ、ひゃふゅ……」
軍曹が上目遣いで、こちらの様子を伺っている。モジモジしており、何かを言いたいのだろう。
「あっ、あの、た、隊長殿のこと………………」
「なんだ?」
「トーチ……中尉って呼んで良いですか?」
「構わない」
こいつ可愛いな。俺を名前呼びしたかったけど日和ったらしい。明らかに、俺のこと好きだな。
この戦争が終わったら、イッシュ軍曹と結婚して親のパン屋継ごうかな。そうしよう。あ〜、なんとかこのままズルズルと訓練を引き延ばして終戦までいけないかな〜。