月は無慈悲な夜の女王 ―― TV版25話からの初期プロット√のエヴァンゲリオン   作:◆QgkJwfXtqk

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   Act.A-2

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 SEELE。

 NERVの上位者であり、国連を陰で操る秘密結社とされている。

 実態を知るモノは、その外側には居ない。

 歴史の帳の奥の奥に隠された秘匿集団。

 その最高意思決定機関は10人で構成されていた。

 

「第17使徒、この討伐によってアークから零れ落ちた使徒は全てうち滅ぼせた事となる。これによってアルカへの扉を開く障害は消えたと言えるだろう」

 

「人類補完計画は、その最終章へと至ったと言って良いですな」

 

「儀式の要であるエヴァンゲリオン・レリック(真なる神形具としてのエヴァンゲリオン)も形となりつつある」

 

 10人のSEELEメンバー、そして碇ゲンドウが座る円卓の中心に3D画像として浮かび上がる白亜の巨躯、巨人。

 それはエヴァンゲリオンにしてエヴァンゲリオン(汎用人型決戦兵器)にあらず。

 Ark(月なる箱舟)、その中枢たるアルカへの門を護る守護騎(ゲートキーパー)となるエヴァンゲリオンであった。

 一般的なエヴァンゲリオンとは異なり、兵装の類は搭載されていない。

 只、手に長大な槍の様なモノを持っていた。

 

「……ロンギヌスの槍も量産に成功している。そう遅くはない頃に10本、揃うであろう」

 

「では、人類補完計画の最終段階の実施はその時に?」

 

「うむ。人類の解放、新しき段階に至る事と共に新年を迎える事が出来れば素晴らしい事であろう。だが、それは望みすぎと言うものであろうな」

 

「然り」

 

 話題となっているのは勿論、準備が最終段階へと達しつつある人類補完計画であった。

 人が、人として(創世者)の座へと至ろうという壮大な計画だ。

 今は月と呼ばれている銀河生命攪拌船、始祖氏族によるArk(星巡る方舟)

 その制御区域であるアルカへと至って報告をするのだ。

 地球は命溢れる星であり、そこで始祖民族の子たるリリンは知的生命体として存続しているのだ、と。

 それによって初めて、人は地球の代表足り得るのだ。

 地球と人は安寧を得られるのだ。

 ()()()()()()()A()r()k()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人が、種の大本たるArkに滅ぼされかねないのは、様々な偶然。

 不幸な積み重ねの結果であった。

 始まりはFAST IMPACT ―― 原初の地球とArkの衝突であった。

 種の攪拌に於いて都合の良い星を探して星々の海を彷徨っていたArkは、星となりつつあった地球に接近し、調査していた所で何らかの理由で地球に落下、衝突をしてしまったのだ。

 重力異常、或いは原始な太陽系を駆け巡っていた遊星が衝突した結果では無いかと推測されているが、定かではない。

 只、言えるのはArkは地球に衝突したと云う事。

 そして、その際にArk防衛の一翼を担っていたADAM型自立型防衛システム、使徒(ANGEL)の一部が地球に落下してしまったのだ。

 とは言え、管制ユニットであるADAMは休眠状態であった事から、使徒の地球への落下は大きな問題になる事は無かった。

 

 2番目の出来事は、このArkの地球との衝突の際に生命の揺り籠(生命伝播ユニット)の一部がArkから脱落し、地球の残されたという事だろう。

 Arkの核とも言える機能であり、個々の星の環境に応じた生命を生み出し、或いは調整し、命を広げていく機能だ。

 とは言え、惑星環境調整機能の無いソレでは、過酷と言って良い原初の地球環境で生命体が存続し続ける事は不可能と言えた。

 ()()()()()()()

 否、実際にその通りであった。

 過酷な原初地球環境によって始祖民族由来の生命体は存続し続ける事は出来ず、死に絶える事となった。

 だが、その死に絶えたソレら生命体を苗床にして、地球に命が生まれたのだ。

 生命の誕生。

 地球で生まれた命は広がり、進化し繁栄する事となる。

 命の連鎖、その果てに人が生まれた。

 Arkも始祖民族も想定しない事象であった。

 だが、大きな問題とは言えなかった。

 地球と衝突した影響でArkは機能停止状態に陥っていたのだから。

 地球に落下していたArkの防衛機構たる使徒(ANGEL)の群れも、その管制ユニットであるADAMを筆頭に休眠状態の儘であったのだから。

 何もない儘に人が繁栄を続ければ、温和な接触となる可能性が大きかった。

 

 だが、そんな平和裏な予想は粉砕される事態が発生した。

 1999年南極。

 ADAM型自立型防衛システム ―― ADAMを発見した葛城調査隊による知的好奇心の暴走、A()D()A()M()()()()()だ。

 

 葛城調査隊は有能な人間の集まりであった。

 休眠状態で発見された人類の知の範疇を超えた存在であった筈のADAMを、その周囲にあったADAM型自立型防衛システムの一部を解析した事で()()()()ながら理解する事に成功したのだ。

 そして、だからこそADAM接触実験と言うモノを計画してしまったのだった。

 勿論ながらも悪意その他があっての事では無かった。

 純然たる知的好奇心であった。

 だが、それが最悪の結果を生んだのだ。

 

 大災害(Second Impact)

 

 地球の地軸が歪み、環境は激変し、人類の実に半数が死滅したという人類史上類を見ない規模の災害の発生である。

 SEELEは裏死海文書の分析 ―― 裏死海文書との(管理コード)が与えられていたADAM型自立型防衛システムのサブシステム(管制支援人格ユニット)との対話によってADAMとの接触は破滅的影響(カタストロフィ)が発生すると理解していたのだが、問題は、理解したのはADAMとの接触実験が行われる寸前であったと言う事であった。

 葛城調査隊はADAMとの接触実験を極秘裏に計画し、準備していたのだ。

 機材、或いは予算の動きで把握する事も通常であれば不可能ではないのだが、如何せんにも実験に必要なそれらは葛城調査隊の通常予算の範囲内に収まっていたのだ。

 頭の良い人間が本気で共謀されては、把握するのは簡単ではない。

 そういう話であった。

 

 かくして世界を揺るがす悲劇的災害が起る事となったのだ。

 

 そして、世界の破滅への歯車が回る事となる。

 人為的なADAMの覚醒、そして爆破封印。

 それが休眠状態であったADAM型自立型防衛システムの実働部隊たる使徒(ANGEL)を覚醒させる事となる。

 とは言え管制を司るADAMが失われている為に状況が判らぬ為、使徒(ANGEL)は地球上に残されたArkの上位存在 ―― 生命の揺り籠(生命伝播ユニット)の管制ユニットたるLilithに状況を理解する為に接触しようとしていたのだ。

 それが使徒襲来の事実であった。

 地上に残されていた使徒は、その悉くを討つことに成功した。

 故に問題が発生する。

 Arkが、地球上に使徒を撃破しうる存在()が居る事を認識し、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う問題が。

 勿論、それは今日明日と言う話ではない。

 Arkは現時点で休眠状態にある為、敵の情報を中枢システムが理解し、活動を再開するにはまだ時間が掛かるだろう。

 だが、それは永劫の平穏を意味しない。

 何時かは必ずArkは再稼働するだろうからだ。

 だからこそ人類補完計画となる。

 Arkとの対話、そして和解 ―― 相互認証によって、人類が地球の覇権種族として認めさせようと言うのだ。

 それが人類補完計画であった。

 かつて碇ゲンドウは、人類補完計画を指して言った神への道と言った。

 それは正に言葉通りの意味であったのだ。

 

「碇、準備は如何なっている?」

 

Tree of Knowledge(管制支援人格ユニット)の全面使用が可能となったお陰で進捗状況は良好です。星征くフネの方は、死海特別造船廠にて艤装段階に入っております。近日中、年内には進空も可能となると報告が来ております。只……」

 

「主機の問題を除き、か?」

 

「はい。S²機関(スーパーソレノイド・ジェネレーター)の代替としてエヴァンゲリオン搭載可能なN²機関(ノー・ニュークリア・ジェネレーター)の開発、高出力化とコンパクト化を行っておりますが難航しております。今しばらくの時間を頂きたく__ 」

 

 無表情の儘に深々と頭を下げる碇ゲンドウ。

 その後頭部に向けられる視線は厳しいモノ、では無かった。

 親愛と言うモノは含まれていないが、

 

「君の怠慢とは言わぬ」

 

「報告は確認している。この状況、誰もが仕方が無い事は理解しておる」

 

「左様。S²機関(スーパーソレノイド・ジェネレーター)の使用不可と言う件は、今になって判明していたのだ。にも関らず碇の責任を問うのは正しくはあるまい」

 

 Arkの門をエヴァンゲリオンで開く際にS²機関(スーパーソレノイド・ジェネレーター)を使用してはならない。

 それは、Tree of Knowledge(管制支援人格ユニット)との対話が本格化した事で判明した事態であった。

 それは安全システムであった。

 即ち、S²機関(スーパーソレノイド・ジェネレーター)が高出力で危険である為に、Arkの管理空間(内側)では強制的に停止状態に陥るという事である。

 巨大な月の内側で、動力が止まってしまったエヴァンゲリオンではArkの中枢へと至り、対話する事など不可能となる。

 何とも困った問題であった。

 Ark、或いは始祖民族は自分たちと同等、乃至は準じた所にまで文明を登らせた存在のみ、対話の相手と見ている。

 そういう話と言えた。

 

「念の為、A.Tフィールドによる位相差を利用した相転移炉の開発も行っております。此方は出力こそ要求される水準に達する事が__ 」

 

「この場で詳細は不要だ」

 

「左様。我らとて報告書は確認しているのだからね」

 

 ならば問うな、そんな言葉と怒りとを腹の底に沈めながら碇ゲンドウはそっと頭を下げるのであった。

 その頭頂を面白くも無いという風で見ていたSEELEメンバーは、鼻を鳴らして視線を戻した。

 続ける。

 

「そう言えば人類補完計画のNERVへの開示、混乱、問題は無いな?」

 

「はい。使徒の殲滅後、目的意識の喪失による士気低下は完全に払底されたと思われます」

 

「ならばよい。人類の存続、未来の為にはまだまだNERVにはやってもらわねばらぬ事が多い。碇、励めよ」

 

「全てはSEELEの為に」

 

 

 

 SEELEとの秘匿回線による会議が終わり、部屋が明るくなったNERV総司令官執務室。

 だが、どこかしら寒々しく感じる暗さがあるのは、窓から見える部屋の外が夕闇に沈んでいるからだろう。

 身に纏わりつく疲労感に、背を椅子に預ける碇ゲンドウ。

 その傍のソファに座っていた冬月コウゾウが笑う。

 

「相変わらずだな、老人どもは」

 

 SEELEとの会議に参加は出来ず、意見を述べる事も出来ない身の上であったが、会議自体を視聴する事は出来ていたのだ。

 無論、その事をSEELEは気づいていない。

 

「ああ。だが浮足立ってはいる」

 

「10年来の宿願が叶うと思えば仕方が無いかもしれんな。だから隙となる」

 

「我々の人類補完計画にとって好機と言えるだろう」

 

「永劫の刹那、ユイ君との邂逅は近いという事か」

 

「アダムは我が手にあり、3人目となったレイも安定している。不安要素は何もない」

 

「レイを初号機が受け入れるかな?」

 

「問題ない。その際には私が制御する」

 

 手袋に包まれた右腕、右手、右の掌を見る碇ゲンドウ。

 そこにADAMは在った。

 

「あまりやり過ぎてユイ君に叱られぬ様にな」

 

「……ああ」

 

 

 

 

 

 惣流アスカ・ラングレーの目覚め。

 それは、何とは無くの穏やかを伴ったモノであった。

 ゆっくりと開いたその蒼い目は、柔らかな朝の光と白いシーツを捉えた。

 

「アタシ、寝て……た?」

 

 呆っと言う、言葉を漏らす形となったのは、頭にまだ霞が掛かった様な状態であったからであった。

 覚醒。

 ゆっくりと頭が回りだす。

 何時から寝ていた。

 何処で寝ていた。

 そんな事すらも判らぬまま、ゆっくりと体を起こそうとする。

 が、起きれない。

 体が、右の手が何かに縛り付けられているかのように動かないのだ。

 

「ん、ンッ、ナニよ?」

 

 見た。

 自分の手を包み込む様に持っている人影、眠っているのに手を離さないシーツを頭から被った人影を。

 感じた。

 縛られているのではなく、大切に大切に、そして優しくしっとりとした柔らかい手に包み込まれているという事に。

 と、アスカの動きに誘われて、人影が動いた。

 茶色の混じった黒い髪は丸さを漂わせている。

 見慣れた顔。

 同居人。

 

「シンジ?」

 

 碇シンジだった。

 その顔を確認した途端、アスカが凍った。

 時が止まった。

 それは一瞬。

 或いは永劫。

 アスカの脳みそが凍結し、まじまじと見た。

 いつも見ていた顔。

 だが、少しだけ細くなっても見えた。

 疲労。

 或いは疲弊の様なモノがこびり付いた横顔。

 でも、緊張感と言うモノは、どこか無く感じられた。

 

 何で、こんな所に居るのか。

 自分の寝顔を見られたのか。

 寝ていた自分の傍で寝ているのはどういう事か。

 乙女めいた感情が錯綜して何も考えられなくなる。

 あわわわわっと、言葉も出て来ない。

 そして何とか再起動しようとした矢先に、シンジが起きた。

 

 少し蒼みのある黒い瞳が見えた。

 

「ん、アスカ?」

 

 寝起きでアスカを見たシンジは、柔らかく笑った。

 儚くも幸せそうに、優しく笑った。

 その直撃を受けたアスカは殆ど鳴き声めいて叫ぶのであった。

 

「ば、ばかーっ!?」

 

 それはアスカ一世一大めいた渾身の、泣き声(悲鳴)であった。

 

 

 

 シンジは勿論ながらも当人すらも知らなかった長いこん睡状態から復帰したばかりだったアスカは、反射的に大声を上げた結果として血を吐いていた。

 喉を傷めたのだ。

 俯いて咳き込むアスカ。

 白いシーツにポツポツと赤い点が広がる。

 尋常ではないと慌てたシンジは、アスカを支えながらワタワタとした仕草でナースコール(非常事態連絡ボタン)を押すのであった。

 否。

 押すだけでは無くしきりに看護婦さんと叫んでいた。

 それが余りにも煩くて、アスカはシンジの襟首を掴んで止めようとする。

 が、手に力が入らずに掴めず、更にはシンジに向かって倒れ込んでしまう。

 それが益々もってシンジを慌てさせる。

 何というか、グダグダであった(シリアスな空気は死んだ)

 

 

 

 アスカが居たのは室内に風呂やトイレすら用意されている適格者(チルドレン)用特別室であった為、シンジの叫び(ナースコール)は素早く対応して貰う事となる。

 医師、そして看護士が1ダースと言う単位でやってくる。

 それだけ適格者(チルドレン)と言うモノは重要人物(VIP)であるのだ。

 

 アスカの状況を把握し、喉が原因と判った医師は軽い処置をして終わりとしていた。

 念の為とばかりに血圧と心拍数を測り、問診と触診をしたが此方に異常は見られなかったから当然と言うべきだろう。

 長期に渡って寝ていたので体力が酷い水準にまで落ち込んでいたが、それ以外で問題は見られなかったのだ。

 その間、看護士たちは吐血によって汚れたリネン(寝具類)をテキパキと交換していた。

 

「余り叫ばないようにね?」

 

 優しい声でそう告げて去っていく医師。

 看護士たちも続いていく。

 何ともプロフェッショナルで、嵐の様な一時が過ぎ去る。

 気が付けば病室にはシンジとアスカの2人っきりとなっていた。

 揃って、部屋に置かれていたソファに座る。

 その距離、密着はしていないが離れてはいなかった。

 

「……アンタが騒ぐから恥かいたじゃないの」

 

「……アスカが血を吐いたのが悪いんじゃないか!」

 

 口をへの字にしているアスカ。

 シンジも又、不満たらたらと言う態である。

 だが、2人とも相手への口撃を重ねようとはしなかった。

 

 言葉が途切れる。

 沈黙。

 静寂。

 互いに相手を伺っていたが故に、言葉が出なかった。

 シンジは只管にアスカの体を案じるが故に。

 対してアスカは、何故、シンジが自分の身を案じているのかと本気で悩んでいた。

 

「ねアスカ、喉が渇いてない? 紅茶でも買ってこようか?」

 

 だから、シンジの言葉に返事をせず、ギロリっと睨んだのだ。

 肉がこそげ落ち、文字通りの眼窩(窪み)となった奥で輝く蒼い目がシンジを貫く。

 ギラギラとした目の輝きにシンジは捉えられる。

 

「あ、アスカ?」

 

「ねぇ、何でアンタはココに居て、アタシの手を掴んでいたの?」

 

 それは、過日の様な攻撃的な音色の言葉では無かった。

 感情が漂白されたかの様な平坦な声であった。

 純然たる疑問であった。

 

「………その、日向さんからアスカが見つかったって聞いて、その、僕が何が出来る訳じゃないけど、でも逢いに来たくて__ 」

 

 シンジは朴訥といった風に言葉を連ねていく。

 俯いて、でも、言葉を紡ぎ続けていく。

 

「そしたらアスカが居て、でも、信じられないくらいに細くて、消えてしまいそうだって思って、それで思わず触ったら……………」

 

「触ったら?」

 

「手が、アスカの手が温かくて、まだ生きているんだって判って安心しちゃって、それで__ 」

 

 俯いたままに、手を開いて閉じる。

 それを幾度も繰り返すシンジ。

 アスカの体温を思い出す様に、或いは、アスカを思い出すように。

 そして深呼吸を1つ。

 言葉を続ける。

 

「ゴメン、僕はアスカが望んでる加持さんじゃない。加持さんじゃないけど、掴んでたら居なくならないんじゃないかって思っちゃって」

 

 それは合理的な言葉では無かった。

 願い。

 或いは祈りめいた言葉だった。

 

「だから、掴んじゃって………ごめん」

 

「…………居なくなっても問題ないでしょ、こんなアタシなんだから」

 

 だが、疲れ果てていたアスカに言葉は届かなかった。

 俯き気味のシンジとは逆に、アスカはソファの背もたれに力なく身を預け呆っと天井を見上げている。

 否。

 見ていない。

 只、面倒くさいとばかりに首までもソファの背に載せているのだ。

 手も足も力なく伸ばされている。

 

「シンクロ率はゼロ、セカンドチルドレンじゃあない。手足もこんなにやせ細って、顔もそうでしょ? ハン、美貌なんて欠片も残って居ない。こんなボロが居る必要なんて……無いわよ。消え失せたって良いじゃない」

 

 いっそ消え失せたい。

 そこまでアスカが言ったとき、俯いていたシンジがビクッと震えた。

 呆然とした表情で顔を上げてアスカを見る。

 

「ナニを、何を言ってるんだよ、アスカ………」

 

「そうじゃない。アタシが作り上げてきたモノは全て消えたのよ。なら、アタシも一緒に消えた方が__ 」

 

「そんな事、そんな哀しい事を言うなよ!」

 

「哀しい? もうどうでもいいわよ。アンタもこんなボロの、しみったれた残滓の傍に居るんじゃなくて、アンタの大事な人の所にもどりなさいよ」

 

「だから何を言ってるんだよ!?」

 

「事実でしょ。アンタはファーストの所に行けば良いのよ。加持さんも居ないアタシは、ここで朽ち果てていくのがお似合いって事よ」

 

 加持リョウジに認められたかった。

 それが、大人の証だと思えたからだ。

 シンジと一緒に居たかった。

 最初は反発していた。

 美少女やエリート、エヴァンゲリオンの適格者(セカンドチルドレン)と言う配慮が一切無かったからだ。

 だが、何時しかそれが心地よくなっていた。

 憧れていると公言していた加持リョウジ相手にすら出せなかった素の自分 ―― 自然体の自分で居られる相手だったからだ。

 生まれて初めての事だった。

 親とすらもギクシャクとした関係であった為、損得とか忖度とかそういうのが一切無い距離感というのはアスカにとって本当に初めてであったのだ。

 それが心地よかった。

 

 だが、そんなシンジが見ていたのは自分では無かった。

 自分がライバル視している、最初の適格者(ファーストチルドレン)である綾波レイをシンジは選んでいたのだ。

 駅で見たシンジと綾波レイの2人は近い距離で話していた。

 シンジも、鉄面皮の筈の綾波レイを笑っていた。

 自然体で居た。

 

「ま、それも遠くないわね。こんな瘦せ細って、薄汚れて__ 」

 

 と、アスカは右腕を顔に寄せて、自分の肌の臭いをかいだ。

 少し異臭がする。

 肌の状態も見えた。

 健康な色を失い筋と骨が出ている腕の表面には脂が出ているし、粉も吹いている。

 顔に掛かっていた前髪を見れば、此方も酷い状態だった。

 意識してしまえば首や腕の関節部、或いは鼠径部だの陰部だのまで痒く感じてくる。

 酷い状態だと自嘲するアスカ。

 だがそれも仕方のない話であった。

 意識途絶で寝たきりだったのだ。

 医療スタッフによって身体ケアはされていたが、それは生命維持の上での要求される水準での必要最低限度でしかなかった。

 

「天才美少女なんて影も形も残ってないわね」

 

 前髪を1房、持ち上げる様に触れる。

 実にベタベタしていた。

 不快。

 院内服の襟で汚れた指を拭ってアスカは笑う。

 それは自嘲的な笑みであり、同時に、どうしようもなく自らの境遇 ―― 悲惨と言って良い程の不調が自罰を呼んでいた。

 自己否定に耽っているとも言えた。

 だがそんなアスカの内心、内面に気付けないシンジは素で突っ込んでいた。

 

「あのさ、アスカ。言っちゃ悪いけど、体調不良で入院してて何時もと同じって無理があるよ?」

 

 肌の汚れだ髪の汚れだ、臭いがするなど普通だと言う。

 誠に無慈悲な発言であった。

 自己憐憫(メランコリック)めいた感情に耽っていたアスカにとって、現実を突きつけるが如き暴言とも言えた。

 

「………煩い」

 

 故に、返事は短かった。

 そんなアスカに、シンジは情状酌量もせずにツッコミを続けていた。

 或いは意趣返し(感情爆発)があったのかもしれない。

 心配して居たし、自分が会って良いのか等と悩んでも居たのだ。

 そんな感情がやせ細って眠るアスカを見て爆発して、心配する感情の儘に病院スタッフに無理を言って付き添いさせてもらって。

 消灯時間を過ぎても眠れずにアスカの顔を見ていた。

 で、寝落ちして起きたらこの物言いである。

 色々と感情的になって(ブチ切れて)いるのも仕方のない話であった。

 勿論、そうなればアスカも乗ってくる。

 感情の歯車がシンジとの口論(会話)と言う油が刺された事でぎゅんぎゅんと回っていくのだ。

 しかも今は、アスカの感情を固定していた投薬(技術開発部による処置)は消えている。

 であるからして、それはもうアスカの感情歯車の回転が一気にトップギアへと入るのも当然というものである。

 

「乙女が凹んでいる時に、そういうデリカシーの無い事を言うからバカシンジなのよアンタは!!」

 

「ナンだよ!? 大体、僕が入院した時に、汚いし臭いってアスカが言ったじゃないか!!!」

 

「ガサツな男と繊細な女の子は別物って判んないの!? ガキ!!!」

 

「繊細? それだけ怒鳴ってて繊細? スゴイや! ドイツの日本語辞典って間違ってるね!!!」

 

「アンタバカァ!!!」

 

 それは、ある意味で何時もの(葛城邸での)2人の喧嘩であった。

 病室がVIP(隔離)室と言う事もあって、看護士などの余人が介入する事が無かった為に思う存分に怒鳴り合い続けられる2人。

 だが、それが唐突に途切れた。

 

「アスカ!?」

 

 体をバタっと倒すアスカ。

 荒い呼吸をしている。

 寝たきりめいた(こん睡状態であった)日々の結果、体力切れであった。

 

「チクショウ__ 」

 

 怨嗟。

 だがそこに先ほどまでの湿度は消えていた。

 

「だ、大丈夫?」

 

「コレで大丈夫に見えるかっつぅの!」

 

 荒い息の儘に両手で顔を覆うアスカ。

 指が顔は覆えても、目は覆いきれなかった。

 自分が瘦せ衰えている事を改めて実感するアスカ。

 

「看護婦さん、呼んでこようか?」

 

「要らないわよ、チョッと疲れただけだから」

 

 慌てるシンジを後目に深呼吸するアスカ。

 濃厚な自分の臭いを深く自覚する。

 普通なら、慣れで気にならないモノであるのだが、アスカは長い眠りから目覚めたばかり。

 要するには慣れていないのだ。

 

「こんなザマで美少女? 綺麗? 無理があるつぅの」

 

「アスカがどう思っても、僕は綺麗だって思うよ。今は不調なだけだから」

 

「……不調、ネェ」

 

 シンジを信じたいという思い。

 我が身を見て信じられないとの思い。

 アスカの心の内がグチャグチャになる。

 考える。

 考える。

 

「アスカ?」

 

「黙って」

 

 考えすぎて世界がグルグルと回ってすら感じられた。

 そもそも、このアスカと言う少女は自己肯定力が低かったのだ。

 低いからこそ、自分に価値を付けようと必死であったのだ。

 その意味ではシンジとよく似ていた。

 シンジは自己肯定力の低さから自分を諦めているのだから。

 違いは1つ。

 アスカには、エヴァンゲリオンと言う自分に価値を付けれる手段が目に前に転がっていたという事だろう。

 

 考えすぎてイライラしたアスカは決断する事とした。

 ソレは、後から考えるとアスカをして、己は何を考えたと頭を抱えるレベルでの決断(ヤケクソ)であった。

 

「あーもう!!」

 

 ベットを叩いて、無理矢理に体を起こす。

 そしてシンジを睨む。

 

「シンジ」

 

「う、うん?」

 

「アンタはアタシが綺麗だという。だけどアタシは自分が綺麗だとは思えない。だから__ 」

 

「だから?」

 

「アンタがアタシを綺麗にしなさい」

 

「はぁ!?」

 

「お風呂に入るわよバカシンジ! 頭っからつま先まで、全部、全部よ!!、汚れるってアタシが思えない位に磨き上げなさい。そしたら信じてあげる」

 

「い、意味がわからないよ!?」

 

 シンジの叫び。

 それは絶叫に似ていた。

 それが、アスカに少しだけ昏い喜びを与えていた。

 

 ほら、現実はコレだ。

 そんな自己肯定力の低いアスカの声が、現実のアスカの身を包んでいく。

 その心地よさ(絶望の肯定)の儘にアスカは声を紡ぐ。

 いっそ楽し気に言う。

 

「出来ないでしょ。だから。アタシの結論は正しいのよ。判った?」

 

「…………判った」

 

 シンジの声の硬さに、アスカは改めてシンジを見た。

 対するシンジ。

 アスカの頑なさにいい加減、腹を立てていたが為に感情の儘にこたえる。

 吠える。

 

「良いよ。そこまで信じられないなら、頭のてっぺんからつま先までぜーんぶ、洗ってやる。覚悟しろよ」

 

 後から考えれば、売り言葉に買い言葉(言葉のデッドボール)であったとは言え自分は何て事を言ってしまったのかと頭を抱える事 ―― 抱えた事をシンジも言ってしまっていた。

 

「ゑ?」

 

 アスカが言ったのだ。

 である以上はアスカに責任があるのだ。

 実に感情的(逆切れ)であった。

 最近は色々と負担の多い事(ストレス過多な日々)があった為、シンジもいい加減、感情がワチャクチャになって通常のソレでは無かったのだ。

 

「バカシンジ?」

 

「ほら、お風呂に入るんでしょ! それとも自分で言ってて嫌なの」

 

「はん! なによ、バカシンジの癖に強気じゃない!! 自分から言ってて逃げる訳ないでしょ!!!」

 

「そりゃ良かった! アスカが強く否定するから、だから、綺麗だって教えてやるんだよ!!」

 

 他人には全く理解できない理屈での喧嘩。

 それは、多分に当人であっても感情が化学反応を起こした今以外の状況であれば理解できない理屈であった。

 

 だが、今はそれが2人にとって正解であったのだ。

 だから迷う事無くシンジはアスカの手を取って病室(VIPルーム)に備え付けられている浴室へと向かうのであった。

 アスカも又、胸を張って続くのであった。

 

 

 

 

 

 




+
コメント(a la carte)
 湿度の高いお風呂シーンを書こうというのがコンセプトでした。
 途中まではそうなってました(多分
 あっるぇ?
 どうしてこうなった??
 ま、いいか__

 尚、18禁展開はありません。
 無いったら無いのです。
 あーりーまーせーーんーーーー





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