月は無慈悲な夜の女王 ―― TV版25話からの初期プロット√のエヴァンゲリオン   作:◆QgkJwfXtqk

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   Act.B-2

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 夕暮れ、赤い陽光の残滓の下で葛城ミサトは疲れ果てた顔をして歩いていた。

 この2週間程、家に帰れぬ程に忙しかったのだ。

 使徒の襲来が終わった筈なのに、NERV戦術作戦部作戦局が忙しい理由は人類補完計画が理由であった。

 正確に言えば月に向かうフネ、地球圏航宙船フロイデ(Raumfahrzeuge der zweiten Generation Freude)のクルーの選抜と運航計画の立案が要求されていた為だ。

 当初は純然たる軍事組織であり宇宙への見識のある国連宇宙軍(U.N.SPACY)が担うべきとの声も国連統合軍(U.N.JOINT-FORCES)から出されていたし、NERV(葛城ミサトら)も専門分野外であると抗弁していた。

 だが、如何せんにも宇宙船フロイデは従来の宇宙船とは全く異なるSystem ―― 使徒由来の技術であり、ある意味でエヴァンゲリオンに似た存在であったが為に人類補完計画を総括する国連安全保障理事会人類補完委員会(SEELE)が強権発動を以ってNERVがクルーの選抜と運用を担う事と裁定したのだった。

 焦る必要はない。

 だが、遅延は許されない。

 その様な環境下での仕事は人を安易に疲弊させていた。

 

 だから葛城ミサトは自宅へ向かっていたのだ。

 尽きた着替え、汚れた下着類やシャツにタイツその他を持ち帰って洗濯し、同時に、代わりの着替え類を持っていこうというのだ。

 現時点で業務は峠を越していた事も、葛城ミサトに帰宅を選ばせていた。

 クルーの選抜は、その基準の策定で峠を越しており、運用に関してもフロイデの運用システムの開発を担当している技術開発部と大きな合意が成立しているのだ。

 であれば、と丸1日の休みを取ったのだ。

 佐官級職員用の仮眠室は、1流ホテル並みとは言わないまでもそれなりの快適性はあったのだが、やはり自宅(自分の城)でゆっくりと休むと言う事に勝るモノでは無かった。

 着替え類の入った大袋を右手に、左手にはスーパーの袋を下げている。

 飯だ。

 後、アルコール。

 久々に奮発してエビスビールのセット(シックスパッド)が2つ入っている。

 明日の1日は何もしないをする。

 そう言う覚悟での事であったが、コンフォート17マンションに到着して以降の葛城ミサトの歩みは重いモノになっていた。

 どんよりとした表情で歩いている。

 思い出したのだ。

 家に碇シンジが居て、退院した惣流アスカ・ラングレーも居るのだ。

 久方ぶりに3人が揃う。

 ()()()()()()

 その事が葛城ミサトの胃に鈍痛を与え、歩みを重たいものとしていたのだ。

 

 傷つき自分に閉じこもって拒絶してきた碇シンジ。

 疲れ果て閉じこもっていた惣流アスカ・ラングレー。

 

 共に、使徒との度重なる戦いが原因であるとは言え、思春期の子供特有の難しさが出ているのだ。

 その難しさに自分は対応できなかった、保護者失格であったと葛城ミサトは自覚していた。

 大人であると自認していたが大人では無かった。

 余力がある時は何某の対応も図れたが、状況が過酷化しては何も出来なくなった。

 全く持って情けない。

 そういう気持ちであった。

 疲れが更に葛城ミサトに自省を強い、それが足の重さに繋がっていたのだ。

 だがどれだけ悩もうとも、現実は歪まない。

 歩んだだけ自宅へと近づき、そして到達するのだ。

 

 葛城とのプレートが掲げられた扉。

 それを前にして1つ、深呼吸をする葛城ミサト。

 

「……ふぅっ」

 

 目に力を込めて、扉を開ける。

 開けた。

 玄関、廊下から見える室内は夕暮れの赤い色を零しながら静かだった。

 生活音が聞こえない。

 只、TV番組と思しき笑い声が小さく聞こえている。

 シンジとアスカが家に居るのは、ガード(チルドレン護衛チーム)に確認している。

 だが、居るにしては静かすぎた。

 

「ただ、いま?」

 

 恐る恐るといった態で自宅に上がる葛城ミサト。

 変な臭いもしないので、事件的なモノは無いだろうと自分に言い聞かせながらダイニングキッチンへと向かった。

 居ない。

 だが、キッチンは綺麗に片付けられていた。

 ゴミも散乱しておらず、葛城ミサトが飲み散らしていた空き缶や空き瓶の類も転がって居ない。

 実に清潔そのものであった。

 

「おぉ?」

 

 何とも感動めいたモノを覚えた。

 さもありなん。

 第17使徒との戦い以降、傷尽き果て疲弊したシンジが掃除どころか料理をしなくなってしまいコンビニの弁当殻が散乱し荒れ果てていたのだから。

 アスカの帰宅が良い影響を与えたのかしらん。

 そんな呑気な事を考えながら、リビングを見た葛城ミサトは驚いていた。

 

「おぉっと!?」

 

 驚くのも当然だった。

 リビングが、葛城ミサトが覚えている姿から様変わりしていたのだから。。

 カーペットが柔らかそうなモノへと変わっており、更には大きなテーブルが鎮座している。

 何よりソファが、部屋の3割にも達しようかと言うダブルベット級の巨大なL型のソファベットに入れ替えられていたのだ。

 

「ナニ!?」

 

 自宅とはとても思えぬ変貌を遂げている部屋。

 だが、ここが葛城ミサト邸(自宅)である事が間違いないと思えるのは、そのL型ソファで仲良く並んで寝そべっている ―― 昼寝をしているシンジとアスカの姿があったからであった。

 それも、1枚のシーツに仲良く包まれているのだ。

 緊張感など欠片も無い、緩んだ顔を2人ともしている。

 

「何なのよこの状況!?」

 

 驚かないのは嘘と言うモノであった。

 そんな葛城ミサトの叫びに、アスカが目を覚ました。

 

「あ、ミサト。お帰り?」

 

 シンジの胸から顔を起こしたアスカはシーツから、抱きしめられていたシンジの腕の中からモソモソと出て来る。

 目元をこすりながら、大きく欠伸をしている。

 そこに緊張の色は無かった。

 その動き、刺激にシンジも目を覚ます。

 

「ん、ミサトさん? お帰り……」

 

 もぞもぞといった感じでシーツから這い出して来る。

 共にキッチリと服は着ており、変な乱れも無い。

 

「た、だだいま?」

 

 余りにも自然な2人の態度に、葛城ミサトも毒気を抜かれた(間の抜けた)表情をするしか無かった。

 

 

 

 

 

 取り合えず、と言う態でシンジが晩御飯の支度を進める。

 自分たち(シンジとアスカ)用に準備していたおかずである唐揚げを大皿に用意し、冷蔵庫から煮込みハンバーグを出して温めなおす。

 葛城ミサトが買ってきた揚げ出し豆腐を温めなおす。

 焼き鳥は大皿に載せ、サラダも用意する。

 ご飯を炊き、みそ汁も用意していく。

 手際が実に良かった。

 

 ビールの摘み感覚で揃えた総菜たちを晩御飯へと生まれ返させていくシンジの背に、葛城ミサトは何と言うか失われて久しかった日常(平穏)の匂いを感じていた。

 

「ぷはっ」

 

 げっぷめいたモノを漏らす。

 手には勿論、キンキンに冷えた命の水(ビール)だ。

 ゆっくりと風呂を愉しんだ。

 適切な温度のお湯に全身で浸かってリフレッシュ。

 ほわほわとなった体を、しっかりと乾燥した硬い肌触りの心地よい部屋着に包む。

 至福の時間(all’s right with the world!)、そう言って良い気分であった。

 

「そんなに飲んでると、入らないわよ?」

 

 呆れる様に言うのはアスカだ。

 リビングの机で何かをノートに書きながら、目の端で葛城ミサトを見て呆れている。

 

「これ位、どって事ないわよ。それより何をやってんの?」

 

「コレ?」

 

「そっ、ソレ」

 

「シンジの勉強用よ」

 

「べん、きょう?」

 

 マジマジと見れば、アスカが用意している資料 ―― 教科書は、2人が通っている第壱中学校のソレではなくドイツ語で書かれた専門書の類であった。

 アスカがドイツで使っていた、大学時代のモノであった。

 

「そ、学校が休校しているから、色々とやっているんだけど、アイツ、頭が良いわ。だから面白くなっちゃって」

 

「いや、え?」

 

 第壱中学校での成績を知っている葛城ミサトは信じられないという顔をした。

 中の上。

 悪い訳では無いが、決して上位では無かった。

 又、第3新東京市に来る前の成績も資料として閲覧していた。

 上の下。

 エヴァの搭乗訓練で勉強時間が削られている事、或いは削られなかった事を考えれば()()()()()()()()()と言う評価でしか無かった。

 だから、アスカの評価が信じられないのだ。

 だが、それをアスカは笑う。

 

「結局、アイツって()()()()()()()()()()()()()()のよね」

 

「意味?」

 

「そっ、アタシみたいに自己表現(自己肯定の為)としてやる訳も無く、誰かが褒めてくれる訳でも無く。学校で出た内容を、ただ機械的にやってただけ__ 」

 

 惰性で勉強をしていたのだと言う。

 悪い成績を取って怒られない為に、ただそれだけでやっていた勉強だと言う。

 だが、そこにアスカがモチベーションを与えたのだという。

 

「そりゃ成績が良くなる筈も無いわよね。だからアタシは結果が良ければ褒めるしご褒美も上げたのよ! そしたら、ホント、冗談みたいに覚えて行って、理解していったわ!!」

 

 トントントンと、アスカが透明なフォルダから模擬試験の結果を引っこ抜いて差し出す。

 最高学府と言って良い大学を出て、そしてNERVでもエリートコースに居ると評し得る才女たる葛城ミサトからしても、アスカが作った模擬試験の内容は難解 ―― 少なくともビール片手で答えが出せる内容では無かった。

 それをシンジは、弱冠14歳の少年が解いていたのだという。

 正解率も悪くはない。

 シンジの努力であり、導いたアスカの努力の成果でもあった。

 

「………凄いわね」

 

「でしょ、これじゃバカシンジって呼びづらくて仕方が無いわよ」

 

「違うわ。アスカが、よ」

 

「あ、アタシ?」

 

「そっ」

 

 シンジの素質もあっただろう。

 そこは否定しない。

 だが、葛城ミサトは別の視点で見た。

 シンジの受けた模擬試験の題材(ジャンル)は決して一般的な中学校の教育カリキュラムには含まれていない。

 にも拘わらず解けたという事は、土台の無い場所の教育をアスカが行った。

 教育したという事なのだ。

 それは、スゴい事であった。

 

「案外にアスカ、教師とかも向いているのかもね」

 

「そっ、そうかしら?」

 

 素直な称賛を浴びて照れっとしているアスカ。

 その初心い反応に葛城ミサトは優しく笑う。

 久しく見ていなかった、14歳と言う年齢相応の少女らしいアスカの姿とも思った。

 

「そうよ。それに、何か、変わったっていうか__ 」

 

 頭の天辺から爪先まで、アスカの姿を見た葛城ミサトは1つ頷いた。

 

「ま、いい事よ。でも、そのシャツ姿はちょーっち、シンジ君には刺激的すぎない?」

 

「そう?」

 

 クルリっとその場で一回転してみせるアスカ。

 それを葛城ミサトは、少しだけ渋い顔で見ている。

 

 綺麗な蒼いシャツ姿のアスカ。

 少し大きめの、男物めいた長袖のシャツ姿なのだ。

 裾からはズボンもスカートも見えず、まだまだ細くはあるが、それでも健康的な色を取り戻した太ももが良く見えていた。

 半袖位に折り曲げられたシャツの袖も相まって、所謂ところの彼氏シャツ状態であった。

 ドラマなどで同棲している女性がやっている姿とも言えたし、或いは若い頃の葛城ミサトが加持リョウジの部屋に転がり込んでいた頃にもよくしていた姿であった。

 パンツが見えそうだし、開かれている襟元から胸元も見えそうなのだ。

 実に、刺激的と言えた。

 

「似合う似合わないで言えばすごく似合っているんだけど、色も含めて、でも、ほら、色々と」

 

 葛城ミサトのビール缶を持った手がチョイチョイっとばかりにアスカのシャツの裾を指せば、アスカはニヤリっと笑って裾を捲った。

 白い布が見えた。

 だがソレは、葛城ミサトが思い描いたモノでは無かった。

 

「残念でした」

 

 アスカはパンティの上にキチンとズボンを履いて居たのだ。

 小ぶりなお尻にピッチリと張り付くそれは、赤いラインがサイドに入った純白のショートパンツであった。

 

「当然、ブラだってちゃんと付けているわよ」

 

 言外に()()()するつもりはないというアスカ。

 だが葛城ミサトは、逆にその言葉から()()()()()()()()との理解をしていた。

 後、そこまで小さく短いショートパンツだと、シンジから見たら普通のパンティと一緒ではないかと言う疑問も呑み込んでいた。

 エロい目で見られたくない訳では無いのだろう、と。

 

 ビール缶を1煽り。

 喉を流れるキレの良い苦みが葛城ミサトの思考を切り替えさせる。

 兎も角だ、となる。

 (特殊な向精神薬)を止めさせたとは言え、驚きの変化であると。

 一度、家を出ていった、その直前の頃はシンジを、否、自分(葛城ミサト)を含めた他人の全てを拒否し、或いは攻撃的に見ていたのに、だ。

 ソレがリセットされている。

 投与されていた()の反動かしらと考えながら、フト、葛城ミサトは1つの事を尋ねた。

 

「そう言えば、そのシャツ、どったの? 部屋着に買ったにしては結構なハイブランドじゃない?」

 

「あ、ミサトも判るんだ」

 

「高給取りを舐めんじゃないわよ」

 

 責任には相応の対価が与えられる。

 まだ若い身空ながらも実質的なNERVの序列第3位(Person in charge №3)と言う役職を背負っているのは伊達てはないとばかりに、高給の与えられていたのだ。

 とは言え、使い暇のない激務であった。

 だからこそ、そうであるが故のガス抜きに、何時かは買いたいとばかりに少し時間が空けばネットのブランドショップ巡りをして知っていたのだ。

 

「似合わない?」

 

「似合う似合わないで言えば良く似合っているわよ。でも、ソレって部屋着としてだから、外を歩くには向いてないわよ? どうして買ったの??」

 

 疑問を思うのは当然であった。

 上から数えた方が良いブランドではあったが、とは言えアスカが着ているのは男物であった。

 しかも、サイズは若干大き目。

 買えない訳では無い。

 だが、部屋(ラフ)着にするには勿体無いブランドであった。

 

「んー だって買ったのはシンジだし」

 

「シンちゃんが?」

 

「そ。この蒼さがアタシの目の色に見えて、で、衝動買いしたんだってさ。でも傑作なのよ。来てみたら、アタシの目に常に見られているみたいで落ち着かなくて。しかも衝動で買ったからサイズもチョッと大き目で。で、えっと箪笥の肥やし(死蔵)って言うんだっけ? ハンガーラックに干されっぱなしだったのよ」

 

「あー まー ねー」

 

 葛城ミサトの感嘆な同意をBGMに、その場でクルリっと身をひるがえして見せるアスカ。

 アスカとシンジはほぼ同じ体格である為、アスカにとって大き目と言う事はシンジにとっても大き目となるのだ。

 色の事は当人の問題であるが、それ抜きでも今現在の体格で着る、一張羅として使うには微妙な感があるというモノであった。

 

「だから、アイツの部屋を片付けた時に見つけたアタシがこうやって使ってやろうと決めたのよ。アタシは似合う部屋着を手に入れて良し。シンジは綺麗なアタシを見れて良し。Win-Winって奴ね」

 

 それは実に自慢(ドヤァ)顔であった。

 

 

 

 

 

 晩御飯。

 ダイニングキッチンのテーブルに3人そろって食べるのは何時ぐらいぶりだろうか。

 そんな事を考えながらシンジは箸を動かしていた。

 やせ細ってしまったアスカの体を戻す為として動物性タンパク質が主軸となっているおかずは、本来はシンジの好みからは外れていた。

 育った家(預けられた先生の家)が、その住人の年齢由来のメニュー ―― 魚と野菜主体の料理であったからだ。

 食べなれない味、或いは脂であった。

 だがシンジも成長期の少年、第3新東京市に来て食べなれた今と成っては躊躇する筈も無い。

 今日の唐揚げも、悪くない。

 そう思いつつ2つ、3つと口に放り込み、炊き立てのご飯で流し込む。

 中性的な細さのあったシンジの体を男の、そして大人への体へと作り変える燃料補給となるのだ。

 そんなシンジの手料理の主目標であったアスカは、シンジ以上に良い勢いで口へと放り込んでいく。

 正しく成長期の子供たちの食事風景。

 それを見ていた葛城ミサトは、この勢いはもう出せないと感嘆しながらビール缶を片手に唐揚げを齧るのであった。

 尚、余談ではあるが、だ。

 本人は自覚が無いが、此方も妙齢の女性と言うには豪快な食べっぷりであった。

 

 もう数えるのも止めた何本目かのビール缶を飲み干した葛城ミサトは、フト、気づいた。

 テーブルの反対側に並んで座る2人、シンジとアスカの距離感である。

 阿吽の呼吸(ツーと言えばカーの勢い)で、ドレッシングやマヨネーズと言った調味料を渡し合ったり、或いはお茶を注いだりしているのだ。

 それも最後に見た時の様なシンジがアスカの顔色を伺って追従するという様な風は無く、肩の力が抜けたごく自然な感じであった。

 

「そう言えば、売る気はあるっぽいのよね」

 

 口に残ったアルコール分を攪拌する様に焼き鳥を咥え、そして豪快に齧る。

 実に男らしい(オッサン臭い)仕草だ。

 とは言えシンジとアスカは互いを意識していた為、その様な葛城ミサトの姿に気づく事は無かったが。

 だからと言う訳では無いのだが、存分に気楽な仕草で焼き鳥を平らげながらも葛城ミサトの目は焼き鳥ではなく、シンジを見ていた。

 アスカの気持ちは決まっているとしても、シンジはどうだろうか、と。

 

 

 

 

 

 夕食後の片付け。

 食器や調理器具の清掃と片づけのそれらを、葛城ミサトにとって驚くべきことにアスカが担っていた。

 今までは料理当番も勿論として、当然の如くとばかりにシンジに押し付けていたソレをアスカは機嫌よさげに、目にも鮮やかな真っ赤なエプロンをして行っていた。

 何なら鼻歌めいたモノを歌ってすらいた。

 その後ろ姿を、リビングから見ていた葛城ミサトは、視線を少し動かす。

 シンジだ。

 リビングのソファを背に、テーブルで紙に向かって何かを一心不乱に書き込んでいた。

 アスカの態度に驚愕したり、或いは窺っている様子もない。

 実に自然体であった。

 

 食事前のアスカとの会話もあって、これは益々もってシンジ()気持ちが向いていると言う事だと葛城ミサトは理解した。

 だからこそ、シンジに声を掛ける。

 

「チョッちシンジ君、いいかな?」

 

 推定推測で確証を得るのも大事だが、矢張りには当人の言葉を聞きたいという感情(デバ亀メンタル)の発露であった。

 

「え、はい?」

 

「アスカの事、好き?」

 

「……えっと…………はい。す、好きです」

 

 俯いていても、シンジの顔が真っ赤になっているのが判る。

 脈ありを通りこす回答であった。

 

「言った?」

 

 だから、揶揄う意味で言葉を紡いだのだ。

 人間関係でシンジが奥手と見ればこその、大人の楽しみめいた問い掛けであった。

 だが、回答は斜め上であった。

 

「はい」

 

「え?」

 

「大事なんだって言って、それで色々とあって、はい」

 

「アスカも、そう言ったのね?」

 

「はい」

 

 何が安売りしないよ! もう既に売却しているじゃないの!! とは流石の葛城ミサトも口に出す事は無かった。

 ギンっとした目でアスカを振り返った。

 と、視線がアスカと合う。

 フンッっとばかりに鼻を鳴らし、アスカは小さく笑うのだった。

 

 何とも言い難い(ナニカの敗北感が浮き上がった)顔になった葛城ミサトは、ビール缶を呷ると話題を変える様にシンジに尋ねた。

 

「そう言えば、今、何をしているの? 勉強?」

 

「コレですか? コレはアスカが作ってくれたドイツ語のテキスト(練習問題)ですね」

 

「ドイツ、語?」

 

「はい」

 

「何でまた?」

 

 シンジが態々にドイツ語を学ぶ理由が判らず、首を傾げた葛城ミサト。

 だが、シンジは普通に返す。

 

「ドイツに行く時の為、ですよ?」

 

「シンジ君、ドイツに行ってみたいの? 留学?」

 

 そう言えばシンジは頭が良いというアスカの評を念頭に尋ねる。

 寒冷化した欧州にあって、ドイツは製造業の類こそ衰退してはいたが、知的分野ではまだまだ雄の座を維持していた。

 否。

 産業が温暖な気候を求めて国外に流出していたからこそ、強国(列強)の座を維持する為に教育に力を入れていたのだ。

 だが、シンジの回答は葛城ミサトの予想を超えていた。

 

「もう使徒が来ないんですよね」

 

「そうね」

 

「だったら僕もアスカもNERVからお払い箱になって、アスカはドイツに返されるだろうから。だから__ 」

 

「だから?」

 

「付いて行こうって思って」

 

「それ、シンジ君のか………そうね」

 

 シンジが一人で決めたとして、家族はどう思うだろうか。

 と思った葛城ミサトであったが、直ぐに否定する。

 シンジの身内(血縁者)は只1人。

 碇ゲンドウしか居ないのだが、口には出せないが多分にシンジには関心は無いだろう、と。

 とは言え、その前提となる話が違っているので、ツッコミはそこからだろう。

 

「お、お払い箱!? って、それ、誰からか言われたの?」

 

「え? だって不調のアスカもですけど、僕も初号機に2、いやもう3週間かな? 乗って無いですし、NERVから呼ばれる事も無いんですから、僕たち(チルドレン)はもう要らないんだって……」

 

あっちゃー(まぢか)

 

 天を仰ぐ葛城ミサト。

 その意図は全くなかったのに、シンジにもアスカにもNERVを離れる(追い出される)事を当然だと受け入れさせてしまったのは、余りにもキツい現実であった。

 言い訳めいているが、決して葛城ミサトにその積りは無かった。

 只、使徒との相次いだ戦闘によって人手不足が深刻化していたNERVは、降って湧いた様な人類補完計画への対応で忙殺されてしまったのだ。

 放置してしまっていたのだ。

 

「その、そういう事は無いのよ、本当に」

 

「そうなんですか」

 

 淡々と言うシンジの態度が痛かった。

 疑問の色すら皆無な、余りの自然体な態度が。葛城ミサトに余りにも重い鈍痛を与えていた。

 自分は、自分たち大人はそこまで薄情な人非人の類である(シンジとアスカを使い捨てにする)のだと思われているとの実感だ。

 実際に忙しかったし、だが同時に傷ついていたシンジとアスカに向き合う事から逃げていたのも事実であり、自覚している事でもあった。

 とは言え、正面から突きつけられてしまえば、余りにも痛いというのが現実であった。

 

「あのね、チョッち忙しかったから色々と、ね。うん、少し話をしましょうか。そう、アスカも! アスカ、御免、チョッち来て!!」

 

「ナニよ? 慌てた様な声を上げて。この鍋まで洗うから、それまで待ってなさい」

 

「あ、焦がしちゃった奴? 浸けといてよ。明日、洗うから」

 

「もう少しで落ちそうなのよ、この焦げ」

 

 気ばかり焦っている葛城ミサトそっちのけで、実に平常運転と言うか家庭的な会話をする2人。

 感情が爆発する。

 

「あんたたち!!!」

 

 

 

 仕方が無い奴だと言わんばかりの風に肩を竦めながらリビングに来るアスカ。

 真っ赤なエプロン、そして手を布巾で拭っている様は付け焼刃ではない風格があった。

 

「ナニよ、煩いわね。どうしたのよ。おつまみの追加でも欲しかったの? 後はポテチくらいならあるわよ」

 

「違うわよ! ってゴミん。怒鳴って。真面目な話をしたいのよ。悪いけど」

 

「真面目って、何が?」

 

「うん。なんか、違うんだって」

 

 以心伝心でシンジを見たアスカであったが、シンジも肩を竦めていた。

 

「違うって何がよ」

 

「わっかんないよ。いきなりだったもん」

 

「ま、いいけど。っしょ」

 

 可愛い声を漏らし、ごく自然に、シンジの隣に座るアスカ。

 近い。

 と言うか、肩を寄せ合っている風ですらある。

 その自然体な距離感に、一瞬だけ揶揄(からかいたい)したい感情が葛城ミサトの胸中に沸いたが、呑み込んだ。

 ()()()()()()()()()()()

 

「で、ナニよ」

 

「アスカとシンジ君の、そうね進路に関してよ」

 

「あら、もうアタシの返送が決まったの?」

 

「違うんだって」

 

「うそでしょ、それ」

 

「そういう誤解を招く事に成ったのは、素直に謝るわ。アスカ、それにシンジ君。ごめんなさい」

 

「ゑ」

 

「うそ」

 

「本当よ。本当に本当なのよ」

 

「ミサトが謝るなんて」

 

「アスカっ!!」

 

「ミサトさんなのに!?」

 

「シンジ君も!!!」

 

 声を上げ、それから表情を整えて改めて頭を下げる。

 悪いのが誰かと言えば葛城ミサトやNERVの大人であったが為であった。

 その真摯な態度にシンジもアスカも顔を見合わせ、それから改めて葛城ミサトを見た。

 見られる葛城ミサトは、背筋を伸ばして言葉を紡ぐ。

 それはNERVの軍事部門を、エヴァンゲリオンを預かる責任者としての態度であった。

 そこから真面目な顔で葛城ミサトは、シンジとアスカがNERVから離れる(追放される)様な事は無いと告げるのだ。

 シンジ、そしてエヴァンゲリオン初号機。

 現時点で唯一の通常運用が可能なエヴァンゲリオンである為にNERVが解体されてエヴァンゲリオンの運用が終了するまで、或いはシンジがエヴァンゲリオン初号機とシンクロが出来なくなるまではNERVに適格者(チルドレン)として所属して欲しいと、頭を下げる。

 アスカ、そしてエヴァンゲリオン弐号機。

 アスカがエヴァンゲリオン弐号機とシンクロ出来なくなっているが、適格者(チルドレン)としての永い経験年数を持ち、何よりも実戦経験を持っているので、これから新しく適格者(チルドレン)が選抜された際の指導教官をして欲しいと考えているのであった。

 

「アタシに教官(Drill Instructor's)をやれってぇの?」

 

「そう。アスカはNERV所属(準軍事組織の経験)が永いから判るでしょ、実戦経験がどれだけ重視されるかって事を」

 

「それは、まぁ。でもアタシはシンクロ率が__ 」

 

「シンクロ率の低下は、正直、まだエヴァンゲリオンと言う存在の詳細が判明していないので仕方が無いから。気にする必要は無いわよ。訓練時に積み上げた実績、そして実戦での成果。それは決して輝きを失うモノではないわ」

 

「アリガト……」

 

「で、シンジ君だけど__ 」

 

「初号機に乗るんですか?」

 

 少しだけ嫌そうな顔をするシンジ。

 まだ生々しいのだ。

 使徒であり、同時に友達ともなった渚カヲル(第17使徒)をエヴァンゲリオン初号機で握りつぶしたという記憶は。

 無意識に手を握り開く仕草をする。

 アスカが何でもない顔で、しんじの手をそっと握った

 知っていた。

 聞いていたからこそだった。

 シンジは、そのアスカの手を握った。

 握り返した。

 

 何らかの痛み、或いは神聖さすら感じさせる2人の姿に、さしもの葛城ミサトも茶々を入れる事は無かった。

 

「悪いけど、お願いしたいわ」

 

「………はい。アスカと一緒に居られるのなら、受け入れます」

 

「有難う」

 

 改めて葛城ミサトは、2人に深く頭を下げるのであった。

 

 幾つかの確認。

 質疑応答。

 シンジとアスカがこれから第3新東京市で一緒に生活が出来ると判った時点で、取り合えず、お茶を飲んでの気分転換となった。

 流石に葛城ミサトもビールと言う気分にはならず珈琲を所望し、アスカが紅茶を飲みたいと言ったのでシンジが用意をする事となった。

 台所でお茶の支度をするシンジ。

 その背を眺めながら、アスカはフト、尋ねた。

 

「そう言えばシンジ、初号機にどうして乗らないの?」

 

 喫緊の緊急性は低下しても、定期訓練はするのではとの疑問だ。

 葛城ミサトは答えた。

 

「今、初号機は碇司令の管理下(直轄管理)になってね」

 

「は?」

 

「判んないんだけど、色々とあるみたいで」

 

 口を濁す葛城ミサト。

 実際、詳細は聞かされていなかったのだ。

 一応は外縁としてエヴァンゲリオン初号機は無限機関である(スーパーソレノイド)機関を内在させているので、その調査と、その能力を利用した新装備の開発が行われるとは聞いていたが、知らされているのはそれだけであったのだ。

 技術開発部技術局の実質№2である伊吹マヤにそれとなく聞きはしたのだが、伊吹マヤすら知らされていないのであった。

 現技術開発部部長が中心となった、ごく少数のスタッフによる秘匿性の高い研究と実験。

 判ったのは、それだけであった。

 

 とは言え、そう言う事情はアスカに告げる事は無かったが。

 それよりも葛城ミサトはアスカに言うベき事があった。

 最後の、エヴァンゲリオン弐号機への搭乗である。

 

「建前としては、最後の実機によるシンクロテストね」

 

 アスカがエヴァンゲリオン弐号機とのシンクロが不能となった(シンクロの起動指数への未達)事への対応として、新しい専属パイロット(チルドレン)の選抜とコアの換装が予定されていた。

 だから、その前に記念としての搭乗をしてはどうか。

 そう言う話であった。

 

「乗って、良いの?」

 

「良いのよ。アスカだって弐号機とは色々とあったし、思いも深いでしょ? それを急にはいそれまでよって言われても、気分が良くないじゃない」

 

「アリガト」

 

「とは言え、今のアスカを見ていると、何か、シンクロ出来そうな気もするのよね」

 

「馬鹿ね」

 

「だって、今のアスカ。すごく落ち着いてて、うん。何というか余裕が見えるもの」

 

「そう、そうかな?」

 

「シンジ君のお陰?」

 

「………多分」

 

 顔を真っ赤にして俯くアスカ。

 認められるし、大事だって言われるし、夜には抱きしめて一緒に眠っているのだ。

 適格者(チルドレン)として世界に認められたエリートと言う意識(自分を守る殻)の強かったアスカにとって、ただそれだけで幸せであると思える自分は不思議であった。

 だが同時に、それが果てしなく充実もしているのも事実であった。

 微笑まし気に見守る葛城ミサト。

 

「そっ、良かったわね」

 

「アリガト」

 

 

 

 

 

 




+
コメント(a la carte)
 主目的はかれぴシャツのアスカです。
 それだけです。
 それ以外に意味はありません。
 否。
 それ以外の必要などありません(お

 やりたい放題
 たーのしーーー





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