禁忌を犯した一般人、怪異のヌシになる〜怪異の力が使えるようになったから身の回りのホラー鬱展開を壊す〜 作:真田キツツキ
「やっぱり、やめない?」
中学の頃の友達と久しぶりに会おうと集まったその日。話の流れで肝試しに行くことになった。
もう暗くなってからかなりの時間が経ち、人通りも少ない。
立ち入り禁止と書かれたその看板を越えれば、ひとっこひとりいなくなるだろう。
「なんだよ、怖いのか?」
高校に入って金髪に染めたらしい友人が、僕の発言を笑い飛ばす。
「なんか、不気味じゃない? 本当に出そうって言うか」
小さい頃からしつこく注意されていた。
この山に登るな。
そして、神社には絶対近づくなと。
オカルト好きの妹もこの山は危ないと言っていた。
なんでも界隈の中では有名だそうだ。
「それが良いんだろ。怖いならお前だけでも帰っていいぞ」
夜風に煽られる木々の揺らぎさえ、僕の脆弱な精神を蝕む。
しかし、久しぶりに会う友人たちとのせっかくの機会だからと僕の判断を鈍らせた。
「……僕も一緒に行くよ」
昔、妹に渡されたお守りを握りしめる。
「よっしゃ、みんなで行こうぜ」
彼の喜ぶ姿。
他の友人たちの笑顔。
それを見てこれが正解なのだと錯覚してしまった。
中に入るまでは。
山を登り始めて数分もしないうちに、僕は異様な空気を全身で感じていた。
「……な、なあ笑い声聞こえないか?」
僕の言葉に、みんな答えない。
上を向いて固まっている。
「ふざけている場合じゃないんだって! 本当に聞こえたんだよ!」
金髪頭の友人を揺さぶっても、返事はない。
暗くて表情がよく見えないが、笑っているように見える。
「わ、悪ふざけはやめろよ」
若干泣きそうになりながら、後ろに一歩下がる。
一人が月を見つめて、笑い始める。
「ギャハハハ」
その笑いに呼応するように、友人の一人が笑い返す。
「「ギャハハハ」」
笑い声が重なる。
スマホのライトを使って友人たちを照らす。
「「「ギャハハハ」」」
現れたのは能面のように笑顔で固定された友人たち。その光景には本能的な恐怖を感じた。
「お前ら、ふざけてるわけじゃ、ないんだよな?」
「「「「ギャハハハ」」」」
月に向かって笑う姿は、ナニカに取り憑かれたように見えた。
ここから離れよう。
そう決めて背を向けると、ピタッと笑い声が止まった。
「お前も一緒に、笑おうぜぇ?」
ゴキゴキと首を回して僕に言う。
明らかに可動域を超えている。
「ひっ!」
乱暴に肩を掴まれる。
尋常じゃない力が込められ、筋肉の繊維が潰れていく痛みが僕に悲鳴をあげさせた。
「ギャアアアアア!!」
山に登っている間握り締めていたお守りが地面に落ちる。
——瞬間、夜を眩い光が照らす。
肩を掴んでいた手の力が弱まり、逃げ出すチャンスが生まれた。
一心不乱に山を駆ける。
目指すは出口。
転がり落ちるように、山を降りる。
もう昼のような明るさは無くなっていた。
「「「「ギャハハハ」」」」
笑い声が近づいてくる。
「こっちに来るなッ」
「待ってよぉ」
無機質なその声が余計に恐怖を煽る。
そろそろ出口に着いてもいい頃なのに、永遠と斜面が続く。
おかしい。おかしい。
この山は何かおかしいんだ。
「誰か、助けてくれーッ!!」
僕の声に返事はない。
後ろから迫る笑い声だけが、この静かな夜に響く。
こんな死に方は嫌だ。
今死んだら、無意味な死になる。
「誰でもいい! 化け物でも妖怪でもいいから! 助けてくれ!!」
一泊置いて、頭にノイズが走る。
『その願い、聞き入れた』
突然頭に響く声に驚き、足を滑らせる。
そのまま、斜面に沿って体が回り始めた。
「うわぁあああ!!」
木に当たって、薮を通り抜け、体が傷だらけになってようやく止まる。
満身創痍で立ち上がり、友人たちが来てないことに気づいて喜ぶ。
『こっちだ』
また、頭に声が響いた。
その声に呼ばれたような気がして、山を歩く。
その先に、小さな神社があった。
たまに手入れはされているようだけど、それでも年季が入った風貌は隠せていない。
そんな所に入るのを少し躊躇うが、遠くから笑い声が聞こえたので急いで中に入った。
「ここだ」
今度は頭の中ではなく、肉声で耳に届いた。
しかし、明かりが一つもなく、声の主は見えない。スマホのライトを操作して、その姿を探す。
ジャラジャラという音が聞こえた。
奥の方からだ。
スマホをそっちに向け、音源を照らす。
鎖だ。
ホームセンターで売ってるような鎖よりも、太く、大きく、そして長い年月役目を果たしていた所以であろう鈍い色が広がっていた。
それに繋がれている。
否、体を覆われている存在が見えた。
知っている動物で近いのはワシだろうか。
しかし、大きさが全然違う。
翼を広げた状態で壁に貼り付けられているが、それでもなお圧倒的な存在感を放っている。
「驚いたか?」
僕のオドオドした姿を見て笑っているのだろうか。
「あなたが、僕を呼んだのですか?」
「違う。お主がワシを呼んだのだ。ワシはそれに応えたまでよ。さあ、鎖を解き放て。ワシを自由にしろ。そうしたら、助けてやる」
クックック、と喉を鳴らす。
ワシの一人称がワシだとかそんなことで笑うこともできない威圧感だ。
鎖で封印された危ない存在。
そのように見えて、とても鎖を解く気にはなれなかった。
「あなたは、誰ですか?」
「ワシは空の王——凶鷲だ。数百年前に封印された化け物さ。お主の名は?」
鎖に包まれた自身の翼を笑う。
その顔は自虐と後悔。
それらが含まれていた。
「僕は糸瀬蓮。そこら辺にいる高校一年生です」
これと言った特徴もない。
平凡な高校一年生。
僕は平凡という肩書きが良く似合う。
「こうこういちねんせい? 学生か?」
「はい——ひっ!」
さっきよりも近くなっている笑い声が聞こえた。体が自然と縮こまる。
「これは笑い鬼だな。アイツらはしつこいぞ」
「た、助けてください! 何でもしますから!」
笑い声が段々と近づいてくる。
確実に僕の居場所が分かっている。
「そうだな。とりあえず、この鎖を解いてくれ」
「は、はい!」
震える手で鎖に触れる。
だが、静電気のようなものが生じて弾かれる。
「——痛ッ」
手のひらに幾つかの切り傷ができていた。
「やっぱりダメか。この鎖はどうやら普通の人間では触れないらしくてな。苦労しているんだ」
クックック、とさっきよりも低い笑い声を上げる。
「まだ、まだ諦めてたまるか!」
今度は両手で掴みに行く。
しかし、結果は一緒。
傷の数が増えるだけだった。
「蓮、諦めた方が良い。無理なものは無理なのだ」
呆れたため息をつく。
鳥のくせに器用なことをする。
「諦めたら死ぬんだ、こんな死に方は嫌だ!」
次は体全体で鎖を抱きつくように掴む。
すると、体が小さな竜巻に襲われたように全身が切り刻まれた。
「諦めが悪いやつだな。痛くないのか?」
「めちゃくちゃ痛いですよ! だから、あなたも協力してください!」
痛いけど、死ぬのに比べたら全然マシだ。
生きるためだと思えば頑張れる。
「……まあ良い。僅かに残っている霊力を使うか」
「行きますよ!」
助走を付けて鎖を抱え込む。
きっとこれが最後のチャンスだ。
「ぐぅうううああああ!!」
根性で鎖にしがみつく。
「ほら、無理——おや?」
少しずつ鎖に近づく。
痛みが麻痺してきている。
「行けるぞ、蓮。あと少しだ。踏ん張れ」
「いけぇえええええ!!!」
指先が触れる。
その瞬間——鎖が光を放った。
「——おお、自由だ。ワシは自由を手に入れたぞ!」
バサバサ、と豪快に羽を動かす。
その羽ばたきで建物の中が全て吹き飛ぶ。
僕も危うく飛ばされそうになった。
「良かったですね」
「何を言う。全ては蓮のおかげだ。ひとまず、蓮の願いを叶えるとしようか」
翼を持ち上げ、空気を下に押し出す。
それだけで、建物を突き破って空に飛び出した。
「「「「ギャハハハ」」」」
外へ出ると、ちょうど友人たちがいた。
「数百年ぶりの食事が笑い鬼とは、少し下品だが仕方あるまい」
そう呟くと、急降下してその鋭いクチバシで腹を抉った。
そして、次々に友人たちを殺して行く。
その光景は残酷な狩りにしか見えなかった。
こうするしか、無かったのだろうか。
友人たちを助ける方法があったのではないか。そんなことを思ってしまう。
「な、なんで! 凶鷲の封印が解かれてる!」
振り向くと、時代遅れな服装の少女がいた。
狩衣だっただろうか。昔、陰陽師が着ていたらしい白い服だ。
「ああ、封印師か。封印なら、そこの蓮が解いてくれたぞ」
少女の顔がこちらに向く。
その顔には困惑の表情があった。
「あれは普通の人間には——いや、封印師でも解けないはず。それなのに、どうして」
「ワシと蓮の友情としか言えないな」
クックック、と楽しそうに笑う。
封印が解けて上機嫌なようだ。
「何を馬鹿なことを。怪異と人間の友情? そんな物あるわけない!」
顔を赤く染めて少女は怒る。
「ワシもさっきまではそう思っていたよ。蓮、願いは叶えた。封印師が来たことだし、ワシはこれから自由に人間を食いにでも行こうかの」
「な、何を言ってるんですか?」
少女とは対照的に、落ち着いた彼は人間を食うと言った。
「最初に言ったであろう? ワシは化け物だ。腹が減ったら人間を食うのさ。特に今はかなり腹が減っていてな、おかげで力が出ないのだ」
「そ、そんな……」
僕はとても重大な間違いを犯した気がする。
封印を解いて喜んでいたさっきまでの自分が信じられない。
「心配しなくても、蓮は食わぬよ。最初は、そこの女でも食おうか」
「もう一回封印されなさい!」
凶鷲の言葉が終わるのより少し早く、少女が刀を抜いて跳んだ。
「ワシを封印したのが誰か分かっているだろう? お前にあの男ほどの力があるとは思えんな」
凶鷲は嘲笑う。
それを気にせず、少女は刀を振り抜いた。
「——結界起動」
刀が触れる瞬間、少女がそう言った気がする。
多分それで合っていると思う。
凶鷲は最初に出会った時と同じように翼を広げた状態で固定された。
「封印師は日々成長しているの。大昔の怪異になんて負けない」
満足そうな表情で刀を収める。
「殺さないんですか?」
緊張が解けて息を吐く少女に問う。
今なら殺せそうなのにと。
「君、まだいたの」
「これは僕のせいだから、責任を取らないと……」
僕は封印を解いた張本人だ。
責任を取れるのか分からないけど、できるのなら取りたい。
「別にいいのに。まあ、あなたの質問に答えると、殺すのは無理。あのクラスになると殺すことはできない。封印するしかないの」
「どうやって封印を?」
「普通は、人柱を——嘘ッ!」
上からパリパリと音がした。
見上げると、凶鷲の周りの空間がヒビ割れていた。
そのヒビは広がり、やがてガラスの破片の様に飛び散った。
「ワシのような化け物はな、古い方が強いのだよ」
凶鷲は笑い、少女は震える。
僕はどうするべきか。
近くに落ちていた鎖を拾う。
あの時のように弾かれたりはしなかった。
「その人柱って僕でもなれますか?」
「な、なれるけど。まさか——!」
僕は微笑んで返した。
「責任を取らせてください」
人柱なんて名前だ。
もしかしたら死ぬのかもしれない。
そう考えたら、とてつもなく怖い。
だけど、その死は意味のあるものだ。
誰かのためになるなら、それでいい。
鎖を振るう。
凶鷲の元に届くように目一杯全身を使う。
「蓮、お主との友情は脆い物だったの」
「封印されたら、また友達になれますよ」
鎖は凶鷲の体に当たる直前で避けられた。
「たわけが!」
今度はあちらから攻撃してくる。
凶鷲の急降下は鎖を引き戻すより早い。
「君を人柱にする。後悔しないでよ?」
あわや激突。
その寸前に少女が間に入った。
ちょうど戻ってきた鎖が凶鷲の体に巻き付き、縛り付ける。
どうやらこの鎖は僕の意思に従って自在に動くようだ。
「そのまま、動かないで」
少女は刀を僕の首に添えて、目を閉じる。
よく見れば刀には模様のような物があり、それが微かに光り始めた。
「この鬱陶しい鎖のせいで! また、ワシは封印されるのか!!」
凶鷲は鎖を解こうと暴れる。
だが、次第にその力は弱まっていく。
まるで鎖に力を吸い上げられるように。
「人柱起動」
その綺麗な口で呪文を読み上げると、僕の中に何かが入っていくのを感じる。
「グゥアアアアア!!!」
強引に体内に入り込んでくる異物を感じて、吐き気と眩暈を覚える。
だが、動くなと言われた。
足の感覚は既にないけど、気合いで立つ。
少しすると目の前が真っ暗になり、体の感覚は全て無くなった。
今はもう、立っているのかすら分からない。
「もういいよ。封印は完了した」
「よかった——」
少女の言葉を聞いて、僕は安心して倒れた。
「ごめんなさい」
最後にそう聞こえた気がする。