山道を歩き、千咒達一行はついに廃神社の参道まで辿り着いていた。ここから2人組に別れて本殿まで行って帰ってくるのが今回の肝試しである。
(ここに来るまでも小さいのが何匹もいたけど、やっぱり一番の大物はこの先だな)
一段と濃くなった気配を感じて千咒は気を引き締める。
「よしそれじゃあくじ引きで組み合わせ決めるぞー!」
そんな千咒の考えていることは露知らず、クラスメイト達はいよいよ始まる肝試しにテンションを高めていた。
(つーか俺は元々見えるからだけど、こいつらよくこんなテンションでいけるな。俺が言うのもなんだけどだいぶ不気味な雰囲気あるぞ)
特に怖がっている様子を見せないクラスメイト達を見て千咒は感心する。まあ女子は男子ほどテンション高くはないが。男子達は恐怖よりも気になっている女子に良いところを見せようという気持ちの方が勝っているのかもしれない。それともまだ大人数でいるからそもそも恐怖自体を感じていないのだろうか。
「女子だけのペアになると危ないから男女別々でくじ引きしよう」
佐藤くんの言葉に全員が頷く。
「じゃあまずは女子から」
そう言って佐藤くんは割り箸で作ったくじを握りしめて女子達に向ける。女子達は特に張り巡らせる策略もないので素直に引いていく。
というわけで女子組のくじ引きの結果がこちら。
橋本 1番
今田 2番
広瀬 3番
続いて男子の番である。
「男子の方は赤く塗ってある割り箸を引いた奴が1人で肝試しな」
女子達から心配の声が上がるが、千咒を除く男子3人がそれぞれ平気アピールをして落ち着かせる。どうやら佐藤くんから千咒が1人の役割を引き受けるという話が通っているようだ。
(そりゃ平気だろうな。まあこっちもその方が都合がいいし、ぜひ吊り橋効果で頑張ってくれ)
「それじゃあ男子いくぞー」
そう言って佐藤くんはまず千咒に割り箸を握った手を差し出す。
千咒は打ち合わせ通り、佐藤くんの視線の先、そして僅かに突き出ている割り箸を選ぶ。
「おっ、蓮実がハズレだな」
佐藤くんの声に合わせて、男子達からは歓声が。そして女子達からは落胆のため息が放たれた。
そして男子達のくじ引きの結果がこちら。
千咒 ハズレ
山田 1番
佐藤 2番
鈴木 3番
とどういうズルを使ったのか千咒には分からなかったが、全員が希望通りのそれぞれの当たりくじを引いていた。
「よし、それじゃあ早速始めるか。蓮実は1人だし、順番は好きに決めていいぞ」
どうやって最初に行こうか考えていたところ、山田が良いアシストをしてくれた。
「じゃあ1番で」
千咒が一切の躊躇なく1番を選んだ事に全員から驚きの声が上がる。
まあ当然と言えば当然だが1番最初が一番怖いはずだ。にも関わらず千咒は一切の躊躇なく1番に出発することを選んだんだ。
「いいのか?」
「うん、お前らこそ俺がやってる間にビビって帰ったりするなよ。ちゃんと俺が戻ってくるまでここにいろよ」
最悪道中の悪霊は退治したので帰ってもまあ安全ではあるだろうが、一番まずいのは千咒の後を追ってくること。もし戦っている間にでもやってきたら大変なので、釘を刺しておく。
「あ、当たり前だ」
山田は威勢のいい返事をしたが、僅かに声が上ずっていた。いよいよ本格的に肝試しが始まると思って緊張しているのだろうか。
「は、蓮実くん……、ホントに一人で大丈夫なの?」
出発しようとした千咒に声をかけたのは橋本さんだ。
「大丈夫だって。橋本さんはみんなと一緒にここで待ってな」
心配してくれた橋本さんに千咒はそう返す。橋本さんの頬は僅かに赤く染っていたが暗さのせいで千咒が気づくことはなかった。
「それじゃ行ってきます」
千咒がそう言うと「頑張れよー」「気をつけてね」と後ろから声がかかった。そんな応援を背に受けながら千咒は出発した。
「あんまり長いと山田達が待ちきれないかもしんないから、急がないとな」
悪霊退治に時間がかかってしまい、クラスメイト達が追ってきてもし戦いに巻き込みでもしたらそれが最悪の事態だ。そうならないためにも速やかに退治する必要がある。
「よし」
自身の姿がクラスメイト達から見えなくなった時を見計らい、千咒は自身の内に宿るエネルギーを用いて身体能力を強化する。自身の力を自覚してから今まで、自己流ではあるものの力を磨き続けていた。そして身につけた技の一つがエネルギーを用いた身体能力の強化だ。エネルギーを全身に巡らせることで中学生の身体でオリンピック選手も越えるような動きも可能になる。
身体能力を強化した状態で千咒は走り出す。この先にいる目標を目掛けて。
身体能力を強化したダッシュにより、千咒は一分とかからず参道を走破した。
本殿の入り口には巨大な石の鳥居がある。この先にいる悪霊の気配をビシバシと感じながら崩れた狛犬や地蔵の間を通って本殿へと歩いていく。
それは廃社となった本殿の中に獣が休息をとる時のように丸くなって地面に伏していた。
先手必勝。化け物に情けは必要なく、千咒はヒーローの美学なんてものは持ち合わせていないので、一気に寝ている悪霊目掛けて駆け出した。
千咒の力の正体、それは世の中に存在する「力」を操る能力だった。そして千咒の眼はその流れや色を知覚できる。
『グルぁあアアァ!!』
千咒の敵意を感じ取った獣型の悪霊は不快な音程で吠えながら立ち上がった。
千咒はようやくその悪霊の全貌を目にした。それは狼と狛犬が混ざったような獣だった。大きさは5mほどだろうか、無数にある目玉と異常に発達した牙が特徴的だ。
「こんなデカイのもいるんだな」
今までに倒すというよりも、駆除のように祓ってきた悪霊とはレベルが違うだろう。
しかし、それでも千咒に恐怖は全くなかった。
千咒は飛びかかったそのままの勢いで悪霊の顔を上から殴りつける。
強化した身体能力に加え、千咒の能力を用いて殴った際に生じる反動のエネルギーを操作し全て相手に流す。これにより、千咒の打撃は全て威力が倍増する。
獣は千咒の攻撃を受け、吠えるために大きく広がっていた口を強制的に閉じることになった。発達した自慢の牙も何本かへし折られる結果となった。
『うぁ、あああァ!!』
先程の獣の咆哮から一転、人間のような悲鳴を上げる悪霊。これまた耳から脳に侵入してくるかのような感覚を覚える不快な声音だ。
「アホみたいに口開けてるからだよ」
千咒は地面に着地しながら言う。千咒の身体能力は体内エネルギーによる強化の影響はもちろんだが、こんな時のために小学生から空手を始めていた。身体の動かし方の基礎がしっかりとしているのはそのためである。
(こいつ硬いな)
口では挑発しながらも千咒は再度気を引き締める。
千咒が今まで退治してきた悪霊は今のように殴れば一撃で消滅していた。なんなら殴るまでもなく、エネルギーを手に込めてはたくだけで消滅する虫のようなものがほとんどだった。
しかしこいつは能力も使用した上で全力で殴ってもダメージこそ与えられたが、まだまだ動ける様子だ。間違いなく今まで退治してきた悪霊の中で一番強い相手だろう。
「ちょうどいい。お前で色々試させてもらおうかな」
恐怖してもおかしくないような状況で千咒は両の瞳を妖しく輝かせ、笑みを浮かべていた。
こいつになら今の自分の技を好きなだけぶつけられる。好きなだけ自分の力を試せるとそう思ったからだ。今までの相手では手応えというものをまるで感じていなかった。ただ作業のように退治をしていたが、こいつはそうじゃない。自分と戦える初めての相手だ。
『グルぁ!』
獣型の悪霊がその巨大な爪を振るう。千咒は後ろに大きく飛んでそれを躱す。
そして周囲の瓦礫のかかっている重力の向きを操作し、獣型の悪霊に向けて瓦礫を放つ。
廃墟と化したこの場所では攻撃用の瓦礫には困らない。総重量でいえばかなりの瓦礫を放ったが、どうやらダメージはないらしい。正確には物理的な衝撃はあるものの、HPを削ることはできていないと言った方が正しいだろう。
こいつに限らず悪霊達は千咒の身体の内に宿るエネルギーを込めた攻撃でなければ効果がないのだ。
「だから、俺のエネルギーを込めた瓦礫を飛ばせばっ」
言葉通り、今度は千咒のエネルギーを込めた瓦礫を放つ。
「ダメージを与えられるってことね」
予想通り、エネルギーを込めた瓦礫を食らった獣型の悪霊は僅かに呻き声を零した。
「それじゃあ次は」
千咒が人差し指を勢いよく曲げる。その瞬間、獣型の悪霊の天地が入れ替わり、夜空に向かって落ちていく。
「悪霊にも物理法則は適用される」
突如として自身を襲った現象にわけも分からず空中でひっくり返ったその瞬間に重力の向きを元に戻し、背中から地面に叩きつける。
「それじゃあ次は強めに能力を使うよ」
千咒の能力をニュートラルに使用した場合、「力」の向きを操作する能力だ。そこから更に能力にエネルギーを込めて使用することで、「力」を減少させることが可能となる。
悪霊とは千咒の内に宿る同じエネルギーの集合体のようなものだと千咒の眼が教えてくれた。羽虫のような悪霊ならばエネルギーの結び付きが弱く、エネルギーの向きをバラバラにするだけで倒すことも可能だったりする。ただ一定以上の大きさとなれば、エネルギー同士の結び付きはより強く、より複雑となるため通用しない。この獣型の悪霊にはもちろん通じないだろう。
しかしエネルギーそのものを減少させる攻撃であればどうだろうか。千咒の能力が操ることのできる「力」の範囲には千咒の内に宿るエネルギーも含まれる。もちろんこの悪霊を構成するエネルギーもだ。
「【
力を滅する力を拳に込めて放つ。その拳が獣型の悪霊に触れた瞬間、獣の腹の部分が風船が破裂するかのように弾け飛んだ。
「あっ」
そしてそのまま肉体の大半を失った獣型の悪霊は煙となって霧散した。
「この技は何らかの力で構成された悪霊にとっては効果抜群ってことか」
今までで一番の強敵のはずだったが呆気なく消滅してしまった。
「まあこれぐらいの時間なら怪しまれないだろ」
戦いの音が聞こえてたら困るが、そこまでは千咒でも対処しきれない。
千咒がクラスメイト達の元に帰ろうとした時だった、
「どういうこと……?」
クラスメイト達でもない、千咒の知らない女の声が廃墟に響いた。