特級呪術師、ただし五人目   作:牛丼肉なし

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3話 呪術師 参

 

 

 

「どういうこと……?」

 

 

 クラスメイトの女子ではない。声の感じからしてもっと大人の女性の知らない声。その女性の驚きと戸惑いが入り交じった声は千咒の耳にも届いていた。

 

 

 砂埃が晴れる。

 

 

 そこで初めてお互いがお互いの姿を認識した。

 

 

(女の人……?)

 

 

 当然、見た事のない顔だ。

 

 

 長い黒髪を後ろで一つにまとめた女性。凛とした印象を受ける顔立ちだが、今は驚きと戸惑いの色で染まっている。おそらく二十代中盤ぐらいの歳の頃だろう。同じく肝試しに来た大学生には見えない。特徴的なのは彼女が巫女服のような衣装を着ていることだろうか。ここが廃社になる前であればTPOにマッチした服装だと言えるだろう。

 

 

 そしてもう一つ。千咒の眼は彼女が自身と同じ存在であることを理解させた。

 

 

 腹の底に宿るエネルギー、これ自体は例えば千咒のクラスメイト達でも、両親でもどんな人間でも持っているものだ。ただエネルギーの量や濃さというものが千咒には遠く及ばない。何より異なるのはそのエネルギーが全身を流れているかどうかだ。

 

 

 千咒は初めて出会った。自分と同じくエネルギーが全身を巡っている人間と。

 

 

 ということはつまり、自分と同じような力を持っている可能性が高い。千咒に緊張感が走る。

 

 

「あなた……、呪霊が視えるの?」

 

 

 少しの沈黙を破ったのは彼女の声だった。敵意や害意といったものは彼女からは感じない。

 

 

「呪霊って、さっき俺が倒したやつのこと?」

 

 

 緊張感は残ししつつも、警戒心は僅かに緩めて千咒も答える。

 

 

「っ! やっぱり見間違えじゃなかったのね。ええそうよ、それが呪霊」

 

 

 改めて千咒が倒したということを千咒自身の口から聞いて驚く女性。

 

 

(やっぱりこの人にもあれが見えてるのか)

 

 

 今まで悪霊と呼んでいた存在は呪霊と呼ぶらしい。

 

 

「えーっと、お姉さんは誰? もしかしてこの神社の関係者の人?」

 

 

 もしかすると神社や寺に関係する人間の中には特別な力を持つ人間がいるのかもしれない。彼女の格好も相まって千咒はそう考えた。仮にそうであれば千咒は不法侵入をしている身なので謝らなければならない。

 

 

「いいえ、私は庵 歌姫。呪術師よ」

「呪術師……」

 

 

 呪術師と名乗った歌姫という女性。彼女との出会いが千咒にとって自身以外の呪術師との初めての邂逅であり、人生の分岐点だった。

 

 

「あなたはそうじゃないわよね。知らない顔だし、しかもまだ子ども」

 

 

 歌姫はそう言いながら千咒に近づき、目の前に立つ。

 

 

「あなたが何者で、ここに何をしに来たのか教えてもらうわよ」

 

 

 そう言って歌姫は母親が子どもを問い詰める時のように、自身の顔を千咒に近づけた。

 

 

「えっと……、俺は蓮実 千咒。藤ノ森中学の一年生です。ここには同級生と肝試しに来てて……、ここに来るまでに見なかった? 参道の前で待ってるはずなんだけど」

「えっ!? いなかったわよそんな子達」

 

 

 その瞬間、お互いに気づく。そして同時に走り出していた。

 

 

「呪力による身体能力の強化も自然に。ホントあなたは何者なの?」

 

 

 走りながら歌姫が関心半分、驚き半分に千咒に疑問を投げかける。

 

 

(呪力……、この腹の底にあるエネルギーのことか)

 

 

「こっちのセリフでもあるけど。俺も自分以外に見える人もこの力を使える人は見た事ないですよ」

 

 

 そしてそれは千咒からしても同じである。

 

 

「後で色々教えてあげるわよ。その代わりあなたにも色々聞かせてもらうわよ」

「もちろんです」

 

 

 呪力で強化した身体能力によって二人はすぐに参道までたどり着いた。しかし歌姫の言っていた通り、そこにクラスメイト達の姿はない。

 

 

「一応聞いておくけど、あなたが置き去りにされたって訳じゃないわよね」

「それなら俺の心がちょっと傷つくだけで済むんですけどね」

 

 

 クラスメイト達が先に帰っているだけであれば傷つくのは置き去りにされた千咒の心だけだ。

 

 

「俺がクラスメイト達と別れたのはほんの数分前なんで、もし帰ってるなら山を降りてる時に庵さんとすれ違ってるはずです」

「なるほど。というかあなた上にいたアレを数分で倒したのね……」

 

 

 歌姫がその事実に驚いているが、つまりクラスメイト達は帰った訳ではないということだ。逆に参道を登ってきた訳でもないということは必ずこの辺りに何かがあるはずだ。

 

 

「……っ! 庵さんこっち!!」

 

 

 千咒は己の眼が捉えたそれに向かって走り出す。歌姫も千咒の後を追ってすぐに駆け出した。

 

 

 その先に向かって走ると草木に覆われているがたしかに道がある。

 

 

 (こんなの来る時あったか?)

 

 

 来る時もこの場所は通ったはずだが、その時はこんな先に進めるような道はなかったはずだ。

 

 

「これだ」

 

 

 そこにあったのは大人なら少し屈まないとくぐれないような大きさの鳥居。周囲は木々に覆われており、まるでこの鳥居を隠しているかのようだ。鳥居の先には小さな祠がある。

 

 

 千咒の眼はそこにたしかに呪力があることを捉えていた。

 

 

「自分の領域に誘い込むタイプね。恐らくあなたが同級生達から離れたタイミングを狙ったんでしょう。呪霊の中にはこういう賢いタイプもいるの、覚えておきなさい」

「へえ……」

 

 

 千咒はいわゆる心霊スポットという場所へやって来たのは初めてだった。今まで倒してきた呪霊は生活の中で見かけたら祓っていた程度で、抵抗はできず、知性も感じないような雑魚ばかりだった。

 

 

「本当ならあなたみたいな子どもに戦わせる訳にはいかないけど、どうやら実力はあるみたいだから力を貸してちょうだい」

「もちろん」

「恐らくこの鳥居をくぐると呪霊の生得領域に引きずり込まれるわ」

「生得領域?」

「詳しく説明するの長くなるから省略するけど、簡単に言えばその呪霊のホームグラウンドってところよ」

「……、なんにせよこの先に進まなきゃ助けられないってことですよね」

「その通りよ。それじゃあ行くわよ」

 

 

 年長者として歌姫が先陣を切った。千咒は歌姫の背中を見ながら体の内から不思議と高揚感が溢れてくるのを感じていた。

 

 

(面白くなってきた……!)

 

 

 千咒は小さく笑い、歌姫の後を追って鳥居の先へと足を踏み出した。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

「これが呪霊の領域……」

 

 

 そこは無数の鳥居で形成された空間だった。壁も天井も地面も、全てが鳥居でできている。地面の鳥居の間に足を置いてもそこへ落ちることはなかった。竹藪の中のように薄暗く、鳥居の先からいくつもの人間の声が聞こえてくる気味の悪い空間。

 

 

「ここはもう敵の懐の中よ。何が起きても対応できるように警戒しておきなさい」

「了解です」

「それじゃあ行くわよ」

 

 

 道はこちらを誘導するかのように一本しかない。歌姫の合図で二人は再び走り出した。

 

 

 数秒ほど走って少し開けた空間に出た。そこにはクラスメイト達が地面に突き刺さる鳥居に捕えられていた。誰か一人欠けているようなこともなく、見る限りでは怪我も無さそうだ。

 

 

「あれがあなたのクラスメイト? 数は?」

「うん、数も大丈夫。誰も欠けてない」

「どうやら眠らされているようね。呪霊の姿は見えないようだけ――ッ!」

 

 

 そう言いかけた歌姫の目の前に呪霊が現れる。そのまま異形の爪によって引き裂かれるかに思われたが、隣にいた千咒が歌姫を抱き寄せる。

 

 

 千咒の眼は歌姫には見えていなかったその存在をハッキリと映し出していた。

 

 

「ちょっと失礼しますよ」

「えっ、えちょ……!?」

 

 

 千咒はそのまま抱き寄せた歌姫をお姫様抱っこの要領で抱える。腕の中で歌姫が戸惑っているが無視だ。

 

 

 千咒はそのまま歌姫をクラスメイト達の側へ置く。

 

 

「多分すぐ終わると思うけど、コイツら狙われたら面倒なんで庵さんが守っててください」

「分かった。それとさっきは助かったわ。よく気づいたわね、姿も気配もなかったのに」

「俺も気配は分かってなかったです。でもよく見える眼なんで」

 

 

 そう言って千咒は前に出て、歌姫達から少し距離を取る。

 

 

(敵の能力は恐らく気配の遮断に加えて姿も消せる。気配に関しては俺も全く感じれてなかった……、そこに姿まで消せるときたら、厄介この上ないな。でも……)

 

 

 千咒の眼は「力」の在り処を映し出す。

 

 

 呪力の塊である呪霊では姿を消そうとも千咒の眼からは逃れられない。

 

 

 呪霊の姿は異形の狐。異常に発達した前足とその爪、4つに別れた尻尾が特徴的だ。大きさは普通の狐よりも一回り大きいぐらいだ。先程倒した狼のような呪霊と比べれば体格的な脅威は少ない。ただ気配を遮断し、姿を消せる事も考えれば総合的な脅威度はこちらの狐型の呪霊の方が上だろう。

 

 

 千咒以外であれば。

 

 

「お前からすれば相性最悪ってわけだ」

 

 

 千咒が指をクイッと自身の方に向ければそれだけで、呪霊は千咒に向けて落ちて来る。

 

 

 自慢の足も空中に浮いてしまえば何もできない。

 

 

『だすけてぇ、ぇええ』

『やめでよぉぉあ』

 

 

 周囲の鳥居からクラスメイト達の声が聞こえてくる。

 

 

「声真似も上手いんだな。命乞いはクソ下手だけど」

 

 

 落ちてくる呪霊に合わせて拳を構えた。

 

 

 しかし千咒の元へ落ちてくる前に呪霊が地面に向けて尻尾を伸ばす。呪霊の尻尾が鳥居の門の部分に触れると、呪霊は闇の中に吸い込まれるように消えていった。

 

 

「ちっ、そんなこともできんのね」

 

 

(ここの入り口も鳥居だったんだ、この空間が鳥居でできてることの意味を考えるべきだったな)

 

 

 首を振って確認するが、この空間のどこにも呪霊は存在していない。

 

 

(この空間は鳥居が何個もあるけど、正面向いたくぐれる鳥居じゃないと入れないはずだ。逆に言えば出てこれる条件も同じはず)

 

 

 千咒は後ろに下がって歌姫達の元へ戻る。

 

 

「庵さん確認なんだけど、ここの壁ちょっと壊したりしても大丈夫?」

「え? ええ……、領域は内側からの攻撃には強いからちょっとぐらいなら大丈夫なはずよ」

「了解、ありがと」

 

 

 それを聞いた千咒はすぐに行動に移る。

 

 

「【壊劫】」

 

 

 千咒の術式は通常、「力」の向きを操作する術式だ。その術式を呪力によって強化することで「力」を減少させることが可能となる。

 

 

 【壊劫】は「力」を減少させる千咒の呪力を、対象の「力」が0以下になるようにぶつける技だ。千咒の眼で対象の「力」の量を正確に測れば無駄のない減少が可能となる。

 

 

 千咒は飛び回りながら正面を向いた鳥居に【壊劫】をぶつけていく。

 

 

 そしてたまらず鳥居から飛び出した呪霊の姿を千咒の眼が捉えた。

 

 

「もう逃がさん」

 

 

 重力の向きを操作して呪霊を自身の方へ落とす。今度は千咒も呪霊目掛けて壁を蹴る。

 

 

 【壊劫】を拳に込め、術式を用いて全ての「力」を無駄なく呪霊に伝える。

 

 

 攻撃さえ当たれば結果は同じ。呪霊はなんの抵抗もなく弾け飛んだ。

 

 

 

 

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