「黒髪の、女戦士……だと?」
三池瞬は、詰め寄った傭兵たちを鬼気迫る勢いで問いかけた。酒場の騒鳴が、一瞬にして瞬の周囲から消え去る。彼の耳には、自分の激しい鼓動の音と、男たちの言葉だけが突き刺さっていた。
「ああ、そうだ。北の街を壊滅させた魔物たちの親玉だよ。……おいおい、そんなに血相を変えてどうしたんだよ、お前?」
戸惑う傭兵を無視し、瞬は縋り付くように言葉を重ねる。
「その女戦士の特徴を、もっと詳しく教えてくれ! 背格好は? 顔は!? どんな格好をしていたんだ!」
瞬の必死な様子に、傭兵は酒の入った杯を置き、記憶を辿るように天井を仰いだ。
「顔……と言われてもな。漆黒の、禍々しいが露出の多い鎧を纏っていたそうだ。肩には大きなショルダーアーマー、腕には重厚な篭手……。何より特徴的なのは、その頭だ。黄金の角が二本突き出た、不気味な黒い兜を被っていたらしい。前面は開いているから顔は見えたそうだが、返り血を浴びて、まともな人間の表情じゃなかったと商人が言ってたぜ。髪は……そうだな、兜の隙間から見えたのは間違いなく黒髪だ。長くはなかった。肩にかかるかどうかって程度の、短い髪だったそうだ」
「黒髪の……ショートヘア……」
瞬の指先が、目に見えて震え始める。その特徴は、あまりにも彼が探し求めている少女、中島三智子の容姿と一致していた。だが、心優しい三智子が、騎士団を皆殺しにするような冷酷な女戦士であるはずがない。別人だ、似ているだけの別人であってくれ――瞬の心の中で、二つの感情が激しくぶつかり合う。
そこへ、カウンターの端で一人酒を煽っていた老戦士が、低い声で会話に割り込んできた。
「……一番の特徴は、そこじゃねえよ」
瞬は弾かれたように老戦士を振り返った。老戦士は怯えた瞳で瞬を見据え、震えながら言った。
「その女戦士の瞳だ。……濁り切った、不気味なエメラルドのような緑色の瞳をしていたそうだ。人間らしい光なんて一切ねえ、邪悪な魔力に染まりきった、緑の瞳だ」
「緑の……瞳……?」
瞬は呆然と呟き、そのまま力が抜けたように一歩後ずさった。 三智子の瞳は、温かな日だまりのような、透き通った茶色だ。決して、人を射抜くような冷たい緑色ではない。
「……茶色、じゃないのか? その女戦士の瞳が、綺麗な茶色だっていう噂は……どこにもないのか?」
「ねえな。俺は、あの緑色の瞳に見つめられた瞬間、絶対の死を覚悟したよ。運よく逃げ切り、生き残れたのはただの幸運だ。坊主、お前が探しているのが茶色の瞳の娘なら、そいつは間違いなく別人だ。安心するこったな」
老戦士はそう言うと、再び酒を煽り、背を向けた。 別人。その言葉に、瞬の心には一瞬だけ、救われたような安堵が広がった。三智子ではない、そんな存在のはずがないという思いが、彼を支えていた。だが、同時に拭い去れない不安が、黒い澱のように胸の底に溜まっていく。
(……でも、もし……三智子が邪神に捕まって、何か、恐ろしい魔法か何かをかけられていたとしたら?)
「その女戦士は……今、どこにいるんだ」
「ここから西にある砦だ。そこにはまだ、怪我をして動けない奴らや、生き残りの兵士たちが立て篭もっている。だが、あの女が向かったってんなら、今頃はもう……」
瞬は傭兵の言葉を最後まで聞かずに、酒場を飛び出した。 夜の闇に包まれたフェルゼンの街を駆け抜ける。心臓が痛いほどに打ちつけ、呼吸が荒くなる。
三智子じゃない。瞳の色が違うんだ。 自分にそう言い聞かせながら、西の砦へと急いだ。
ようやく到着した頃には夜になっていた。
西の砦は、地獄そのものだった。
「……っ、う、あああ……」
瞬は馬を降り、目の前の光景に絶句した。 堅牢な石造りの門は、強力な魔力によって内側から爆発したかのように粉砕されている。砦の敷地内には、かつて平和を守っていたであろう兵士たちの骸が、あちこちに転がっていた。 ただ殺されたのではない。ある者は無惨に切り刻まれ、ある者は雷光に焼かれたように、炭になっている。そこには、戦いというよりも一方的な「蹂躙」の跡があった。
空気は鉄臭い血の匂いと、何かが焼ける不快な臭いに満ちている。 瞬は吐き気を堪えながら、砦の中央広場へと足を進めた。生存者を探さなければならない。一人でもいい、誰か生きていてくれ――。
だが、静寂が支配する広場の中心に、その「影」はいた。
月の光に照らされて、一人の人影が静かに佇んでいる。 背を向けているため、顔は見えない。
しかし、その背中には、漆黒の金属で造られた大型のショルダーアーマーが、不吉な威容を誇っていた。 腰、背中はほぼ肌が露出しており、闇の中で白く浮かび上がっている。 そして、その頭部には。 傭兵が言っていた通り、禍々しい黄金の二本角を持つ、漆黒の兜が。 兜の隙間から覗く髪は、瞬の記憶にあるものと同じ、艶やかな黒髪のショートヘアだった。
その人物は、手にした剣から滴り落ちる血を無造作に振り払うと、ゆっくりと空を仰ぎ始めた。
「……三、智子……?」
瞬の声は、自分でも驚くほど小さく、震えていた。 その呼びかけに反応するように、黒い鎧の女戦士が、ゆっくりと、ゆっくりとその身を翻そうとする。
三智子を助けるために、2ヶ月間戦い続けてきた三池瞬が、最も望んでいた瞬間。 再会の瞬間は、目の前に迫っていた。