砦に吹き荒れる風が、血の匂いを巻き上げながらルシーズの黒髪を激しく揺らした。 「暗黒の剣」から放たれる紫の雷光が、彼女の顔を禍々しく照らし出す。つい数分前まで瞬の胸で泣きじゃくっていた少女の面影は、今や見る影もなく、そこには煮えたぎるような憎悪を宿した「怪物」が立っていた。
瞬は、突きつけられた切っ先を呆然と見つめながら、震える声で問いかけた。
「……三智子、何を言っているんだ。三智子じゃないなんて、そんな……俺だ、瞬だ! どういうことなんだよ、説明してくれ!」
「黙れと言っているのが聞こえないの! その汚らわしい口で、気安く私に話しかけるなッ!!」
ルシーズの怒号が、物理的な衝撃となって瞬の身体を打ち据えた。彼女の緑色の瞳から、大粒の涙が再び溢れ出す。だがそれは再会の喜びなどではなく、心の奥底で爆発した激しい拒絶の証だった。
「中島三智子は……お前が殺したじゃない、三池瞬! 私は、邪神様によって生まれ変わらせてもらった『ルシーズ』。お前を地獄へ引き摺り下ろし、その肉を骨ごと削ぎ落とすために、戻ってきたのよ!」
「俺が、三智子を……殺した……? 何を……何を言っているんだ! わけがわからないよ! 俺は、ずっと君を探して、助けたい一心で……!」
瞬の必死の訴えに、ルシーズは顔を歪めて嘲笑った。その笑いは、見ていて心が引き裂かれるほどに残酷で、冷え切っていた。
「とぼけるな……! お前が隠している本性なんて、私は全部知っている。主様が、お前の正体をすべて見せてくれたわ……。あの日、私たちがこの世界に来た時から……いえ、人間界にいた時から、お前が私のことをどれほど疎ましく思っていたか!」
ルシーズは、一歩、また一歩と、剣を構えたまま瞬に詰め寄る。彼女の口から語られ始めたのは、瞬の記憶には一切存在しない、しかしルシーズにとっては「絶対の真実」として魂に刻まれた凄惨な記憶だった。
「……ねえ、覚えてる? お前が学校で、他の女の子といちゃついていた時のこと。その子に『三智子ちゃんと付き合ってるのにいいの?』って聞かれて、お前は何て答えた? 『あんな奴、彼女でも何でもない、ただの迷惑なゴミだ』……そう言って笑ったわよね! 私はそれを、壁の向こうで全部聞いていたのよ!」
「そんなこと、一度だって言ったことはない! 三智子、それは何かの間違いだ!」
瞬は激しく首を振った。だが、ルシーズの言葉は止まらない。邪神が植え付けた偽りの記憶は、彼女の脳内で実体験以上の生々しさを持って再生されていた。
「まだあるわ……! 二人きりになった時、お前が私に何をしたか忘れたとは言わせない。理由もなく私を突き飛ばし、動けなくなるまで何度も、何度も殴りつけた……! 私が泣きながら許しを乞うても、お前は冷たい目で私を見下ろして、ただの八つ当たりの道具として私を壊し続けたわ!」
ルシーズは、自分の左肩を抱くようにして身を震わせた。まるで今、そこで暴力を受けているかのように。
「それだけじゃない……。お前は私の両親にまで嘘を吹き込んだ。『三智子は本当にダメで馬鹿な奴だ、俺がいなきゃ何もできない出来損ないだ』って! そうやって私の居場所を奪って、親と一緒に私を嘲笑って……! 私は、誰にも助けてもらえない暗闇の中で、ずっとお前に怯えて生きてきたのよ!」
語られる「偽りの過去」は、瞬が三智子と育んできた大切な思い出を、ひとつ残らず汚泥で塗り潰していくものだった。瞬は吐き気に襲われ、頭を抱えて叫んだ。
「嘘だ……そんなの、全部嘘だ! 俺たちは、ずっと仲良く……ずっと一緒に笑い合ってきたじゃないか! 誰が、誰がそんな出鱈目を君に吹き込んだんだ!?」
「出鱈目じゃない! 私のこの目が、この耳が、この心が……全部覚えているのよ! 私がどれほどお前を信じようとして、そのたびにどれほど裏切られてきたか!」
ルシーズの周囲に、黒い霧のような魔力が立ち込める。彼女の憎悪は臨界点に達しようとしていた。
「そして……最後。このヴィルガスト界に来て、女神に選ばれて『勇者』になったお前が、私に何をしたか。あの日、女神の神殿で、お前が私に突きつけた『死』……」
ルシーズは、暗黒の剣を両手で握り締め、上段に構えた。その背後に、かつてないほど巨大で禍々しい殺意が膨れ上がる。
「お前が私を殺した、あの瞬間のこと……。今から思い出させてあげるわ」
最悪の「第4の記憶」が、ルシーズの口から語られようとしていた。それは三智子の魂を完全に破壊し、瞬への愛を永劫の殺意に変えた、処刑の記憶。
瞬は、目の前の少女が放つ、抗いようのない「死」の気配に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。