「暗黒の剣」と瞬の剣が激突し、火花が夜の闇を白く焼き払う。その衝撃は瞬の予想を遥かに超えていた。二ヶ月間の修行と実戦で鍛え上げ、人並み以上の筋力を手に入れたはずの彼の両腕が、ルシーズの一撃を受けただけで痺れ、悲鳴を上げている。
「死ね! 死ね死ね死ね死ねッ!!」
ルシーズは、かつての三智子からは想像もつかないような、獣じみた咆哮を上げながら剣を叩きつけてくる。一撃一撃が重く、速い。紫色の雷光が防戦一方の瞬の視界を乱し、焦げ付くような魔力が鼻腔を突く。
「三智子、やめるんだ! 俺を見てくれ、本当の俺を! 君が言っているのは全部嘘なんだ、邪神に騙されているんだよ!」
瞬は必死に声を張り上げながら、ルシーズを傷つけぬよう、ただ防御に徹していた。彼女を斬るための剣ではない。彼女を止めるための剣――。だが、その甘い決意が、この場では命取りになりかねないほどの絶望的な実力差として露呈していた。
「黙れと言っているのが分からないの!? 嘘をついているのはお前の方だ! その見え透いた善人面を、今すぐその首ごと叩き落としてやるわ!」
ルシーズの連撃は止まらない。「裏切りのこて」に包まれた彼女の細い腕から、どうしてこれほどの剛力が生み出されるのか。瞬は必死に足を動かし、間合いを取ろうと試みるが、彼女の動きはそれを嘲笑うかのように速かった。「捕われの腰アーマー」から伸びるしなやかで強靭な脚が、瞬の退路を瞬時に断ち、逃げ場を奪う。瞬が右へ避ければ、次の瞬間には暗黒の刃が左から首を刈りに来る。
「くっ……ああああっ!」
防ぎきれなかった衝撃が瞬の胸部を叩き、彼は背後の石壁へと叩きつけられた。背骨を砕くような衝撃に息が止まる。「逃がさない……。なぶり殺しにしてやる。私を殺した時、お前が感じたであろう愉悦を、今度は私が味わせてもらうわ!」
ルシーズが地を蹴り、一気に距離を詰める。瞬は咄嗟に剣を横に構えたが、彼女はそれを軽々と弾き飛ばすと、空いた左手で瞬の胸ぐらを掴み、そのまま壁に押し込んだ。「離せ……三智子……!」
「嫌よ。お前が絶望して、泣き叫んで、許しを乞うまで、絶対に離してなんてあげない」
ルシーズの顔が、目と鼻の先まで近づく。至近距離で見る彼女の肌は透き通るように白く、かつてと同じ甘い香りが微かに漂っている。だが、その瞳――濁り切った緑色の眼差しには、共感も、慈悲も、かつての愛情の欠片も存在しなかった。
瞬は悟った。自分はこの二ヶ月間、必死に強くなろうとしてきた。だが、目の前の少女は、邪神という神の力を直接注ぎ込まれ、文字通り「戦いの化身」へと作り変えられている。今の自分では、彼女の指一本すら自由にさせることはできない。
その時。ルシーズの瞳から、それまで燃え盛っていた激しい怒りの炎が、スッと消えた。彼女は瞬を壁に押し付けていた力を抜き、まるで汚いものに触れてしまったかのように、無造作に彼を放り捨てた。
「……あ、三智子……? 分かってくれたのか……?」
地面に膝をつき、激しく咳き込みながら、瞬はかすかな希望を抱いて彼女を見上げた。しかし、そこにいたのは「自分の知る三智子」ではなかった。
ルシーズは「暗黒の剣」を低く下ろし、冷え切った眼差しで、足元に這いつくばる瞬をじっと見つめていた。その表情は、怒りよりも、憎しみよりも、もっと深く、残酷なものに変質していた。
「……ふふ。あははは……」
彼女は、小さく、乾いた笑い声を漏らした。
「そう……。こういうことだったのね。……ゴミを見て見下すって、こういう気持ちだったのね、三池瞬」
「……何、を……?」
「今、分かったわ。あなたが、どうして私を殺したのか。……弱すぎるのよ。見る価値もないほど、情けなくて、無価値で……。こんな弱くて無能な生き物が隣にいたら、確かに、殺してしまいたくもなるわよね」
ルシーズは、蔑みを隠そうともせず、鼻で笑った。彼女が向ける視線は、もはや復讐すべき仇敵に対するものではなかった。道端に転がっている石ころや、踏み潰された虫を見るような、徹底的な「拒絶」と「侮蔑」。
「……あなた、弱すぎ」
ぽつりと、彼女は吐き捨てた。その一言は、どんな刃よりも深く、瞬の心を切り裂いた。愛する人を救うために強くなると誓った少年に突きつけられた、残酷すぎる現実。邪神の手で「ルシーズ」として生まれ変わった彼女にとって、目の前の三池瞬は、もはや殺す価値すら感じられないほどの「ゴミ」に成り下がっていたのである。