「あはは……あはははははッ!!」
暗く静まり返った砦に、ルシーズの狂気じみた笑い声が突き抜ける。その笑いは、自分を殺した男があまりにも無力であったことへの嘲笑であり、自嘲でもあった。 だが、その笑いは不自然なほど唐突に止まった。
ルシーズの顔から一切の表情が消え、彼女の濁った緑色の瞳が、かつてないほどの激しい怒りに燃え上がった。
「……信じられない。こんな……こんな、ただ喚くだけの、無能で弱っちい男に……! 私は今まで虐げられ、いいように扱われ……最期にはゴミみたいに殺されたっていうの!?」
彼女は「裏切りのこて」に包まれた拳を強く握り締め、全身を怒りで震わせた。その屈辱に、彼女自身の魔力が共鳴し、紫色の火花が周囲の空気を爆発させる。
「三智子……! もういい加減にしてくれッ!!」
地面に這いつくばったまま、瞬はありったけの感情を叩きつけるように叫んだ。
「俺は君を殺してない、君に暴力を振るったこともない! どうして信じてくれないんだ!? 君がそこにいるだけで、俺は……俺はどれだけ救われてきたか……! そんな出鱈目な記憶に、俺たちの思い出を塗り潰させないでくれッ!!」
叫び、涙する瞬。 その必死な姿を冷たく見下ろしていたルシーズだったが、やがて、その張り詰めた空気をふっと緩めた。
「……そう。そうよね。ごめんなさい、瞬ちゃん」
ルシーズは、憑き物が落ちたような穏やかな表情を浮かべた。手にしていた「暗黒の剣」を無造作に放り出し、かつての三智子のような、春の日だまりを思わせる優しい笑顔を見せた。
「三智子……?」
「いいわ。そんなに言うなら、信じてあげる」
彼女はゆっくりとした足取りで、抵抗の意志を捨てたように瞬へと近づく。黄金の角を持つ兜を被り、露出の多い禍々しい鎧を纏っているにもかかわらず、その立ち振る舞いは、日本にいた頃の、優しく可憐な中島三智子そのものだった。
彼女は膝をつき、呆然とする瞬の身体を優しく抱き寄せた。 「捕われの胸アーマー」に収まった柔らかな胸の感触が、瞬の身体に押し付けられる。熱い肌の温もりが伝わり、瞬の頭は真っ白になった。
「私、抵抗しないわ。お望み通り、この剣で私を好きに斬り刻んで。もし私があなたの言う通り『操られている』なら、ここで殺してくれるのが、私にとっても幸せなはずだもの」
三智子の声で囁きながら、彼女は瞬の手に、自分の「暗黒の剣」を握らせようとする。
「できるわけないだろッ!!」
瞬は泣き叫び、その剣を突き放した。
「君を傷つけるために、俺はここに来たんじゃない! 君を助けるために……君ともう一度、一緒に笑い合うために……っ!」
「……ふふ。そうよね。本当に優しいのね、瞬ちゃん」
ルシーズは慈しむような笑みを浮かべ、瞬の頬に手を添えた。
「無抵抗の女の子を斬り殺すなんて、男として……人間として、最低だものね」
彼女は、聖母のような慈愛に満ちた表情で、瞬の唇に自らの唇を重ねた。 甘く、深い口づけ。 瞬の脳裏に、かつて夢想した彼女との幸せな未来が一瞬だけ駆け巡る。やっぱり三智子なんだ、彼女は俺を分かってくれたんだ――。
「三智子……分かってくれたのか……」
瞬が安堵と共にその名を呼ぼうとした、その刹那だった。
「――死ね」
ルシーズの顔から一切の慈愛が消え、氷のような無機質な声が漏れた。 至近距離から、彼女の拳が、瞬の腹部へと、一切の手加減なしに叩き込まれた。
「ガ、ハッ……!?」
衝撃波が瞬の全身を貫いた。 彼の装備している鋼の鎧――その腹部を守る強固な装甲が、一撃でガラス細工のように砕け散り、破片となって四方に吹き飛ぶ。 瞬の身体は吹っ飛び、後方の石壁に激突して、そのまま崩れ落ちた。
視界が真っ赤に染まり、激痛で意識が遠のきかける。 その絶望の淵で、瞬は見た。
悠然と立ち上がり、汚れを払うように自分の手を眺めるルシーズの姿を。
「……本当に、救いようがないわね。三池瞬」
彼女は、さっきまでの「三智子の笑顔」ではなく、憎しみに染まった冷徹な表情で瞬を切り捨てた。
「敵を前にして、女の涙と肌の感触だけで骨抜きになるなんて。そんな甘さで……よくもまあ、この世界で生きてこれたわね」
彼女の言葉は、砕かれた鎧よりも深く、瞬の「勇者」としての自尊心を粉々に打ち砕いた。 目の前にいるのは、救いを求める少女ではない。 優しさすらも獲物を狩るための罠として使いこなす、完成された「復讐者」だった。