甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第19話:女神の欺瞞

女神ウンディーネの分身は、膝をつく瞬を聖母のような慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。しかし、その神々しい輝きの裏側に隠された内面は、どこまでも冷徹で、計算高い「世界の管理者」としての思考に支配されていた。

 

(……愚かな人間。こうして甘い希望をぶら下げてやれば、容易く御せる)

 

ウンディーネは瞬に優しく微笑みかけながら、心の中では冷酷な事実を淡々と整理していた。 彼女が告げた「三智子を殺して解き放つ」という手段には、語られなかった恐ろしい真実がある。仮に瞬がルシーズを殺害したとしても、邪神の加護を受け、魂を契約で縛られている彼女は、再び邪神の魔力によって冥府から引き戻される。そのたびに彼女はより邪悪に、より強力な戦士として再構築されるのだ。

 

(とはいえ、蘇生には時間がかかる……その隙を突いて邪神を討てば、私の目的は達成される)

 

だが、その先にあるのは瞬が望む救済ではない。 邪神が消滅した瞬間、その契約下にある魂――中島三智子の本質は、行き場を失い、永遠の暗黒に閉じ込められる。彼女の魂は浄化されることも、転生することもなく、光の届かない虚無の中で永劫の苦しみを受け続けることになるのだ。

 

(邪神の消滅と共に、彼女の魂が失われるのは仕方のないこと。世界の秩序を維持するためには、些末な犠牲に過ぎません)

 

そして、ウンディーネが瞬に誓った「生き返らせる」という約束。それは最初から叶えるつもりのない、残酷な嘘だった。 一度邪神の魔力に深く汚染された魂を現世に呼び戻すには、世界の理そのものを歪めるほどの膨大なエネルギーを消費する。そんな「非効率」なことを、秩序の守護者である彼女が行うはずがなかった。

 

(邪神を倒した後、絶望するこの少年に、私が精巧に作り上げた『肉人形』を授ければ済む話です。魂はなくとも、三智子と同じ姿をし、同じ声で微笑む、命令に従うだけのヒトガタ……。彼はそれで満足するでしょう。人間とは、所詮その程度の存在なのですから)

 

女神の心に、罪悪感などは微塵も存在しない。 彼女にとっての「世界の地秩序の維持」とは、絶対の使命であり、そこに一個人の感情が介在する余地はないのだ。

 

瞬は、女神の足元で静かに震えていた。 三智子を救ってくれると信じている神が、これほどまでに邪悪な打算で自分を弄んでいるとも知らず、彼はただ、彼女を取り戻すための「力」を渇望していた。

 

ウンディーネは、瞬の肩に白く透き通った手を置いた。

 

「さあ、立ちなさい。あなたの決意は届きました。女神である私が、あなたを真の勇者へと導きましょう。邪神を討ち、最愛の彼女をその手で救い出すために……今のあなたには、足りないものが多すぎます」

 

女神の声は、どこまでも透き通っており、しかしその奥底には絶対的な支配の響きが含まれていた。

 

「これから、あなたを短期間で極限まで成長させるための『試練』について教えます。肉体の限界を幾度も超え、精神を鋼へと鍛え上げるのです。その苦痛は、先ほど受けた一撃など比ではないでしょう。……準備はいいですね、勇者瞬?」

 

瞬は、力強く、しかしどこか虚ろな瞳で頷いた。 「三智子を殺すことで救う」という歪んだ希望を胸に、彼は女神が用意した、さらなる過酷な運命へと足を踏み出していく。

 

「……お願いします。俺を、強くしてください。……三智子を、殺してでも救うために」

 

少年のその言葉を聞き、女神ウンディーネは満足げに、この世のものとは思えないほど美しく、そして残酷な笑みを浮かべた。

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