甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第22話:彼女を助ける本当の方法

紅蓮竜イグニールの咆哮が止むと、洞窟内の空気が一変した。 溶岩の池から立ち昇る熱気が、竜の放つ深紅の魔力と混ざり合い、幾重もの光の壁となって洞窟の入り口を封鎖していく。それは外部からの侵入を拒むだけでなく、天界に座す女神の「目」さえも遮断する、竜の絶対領域の展開であった。

 

「案ずるな、人の子よ。今、この場所は女神ウンディーネの監視から完全に切り離された。私の領域支配下にある限り、天上からの声も、神の介入も届くことはない」

 

イグニールの力強い言葉に、瞬は肩の力を抜いた。女神に見守られているという感覚は、これまでの彼にとって一種の安心感でもあったが、今の話を聞いた後では、それは逃げ場のない檻に閉じ込められているような、底知れぬ恐怖へと変わっていたからだ。

 

「……イグニール様。教えてください。女神が俺に隠していたこと。そして、三智子を救う……、本当の方法を」

 

瞬の瞳が、再びイグニールを見つめる。先ほどの狂乱した光とは違う、真実を求める切実な輝きがそこにはあった。

 

イグニールは巨大な首を低く下げ、瞬の目線に合わせて静かに語り始めた。その黄金の瞳には、永い時を生きてきた者特有の、深い憂いと慈悲が宿っている。

 

「まず、最も残酷な嘘から教えよう。女神は『殺すことで救われる』と言ったが、それは全くの逆だ。……もしお前があの娘を殺せば、中島三智子の魂は二度と救われない永遠の闇へと堕ちることになる」

 

「な……っ!? でも、ウンディーネは、死後に魂を浄化して生き返らせるって……!」

 

「それが嘘だというのだ。あの娘の魂は、すでに邪神との間に、お前が想像もつかぬほど強固な『契約』を結ばされている。肉体が死を迎えようとも、その魂は冥府へ行くことを許されず、邪神の元へと強制的に引き戻されるのだ」

 

イグニールは言葉を切り、沈痛な面持ちで続けた。

 

「殺されるたびに、彼女の魂は邪神の力で無理やり再構築される。その過程で人間らしい感情や記憶はさらに削ぎ落とされ、より凶悪で、より冷酷な邪神の下僕として生まれ変わるだけだ。女神の狙いは、より効率的に邪神討伐を遂行するため、あの娘を生贄にし、お前を勇者として成長させること。三智子の救済など、あの神は最初から頭にない。」

 

「でも、女神は三智子を蘇らせてくれるって……。」

 

イグニールは嘆息し、

 

「それはおそらく、魂の無い人形を作りだし、お前に授けることだろう。中島三智子を精巧に再現した、ただの肉人形。あの女神の考えそうなことだ……。」

 

瞬は全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。もし、あのまま女神の言葉を信じて、三智子をその手で斬り殺していたら――。自分は彼女を救うどころか、愛する人の魂を永遠の地獄へ叩き落とし、報酬として自分はニセモノの人形をあてがわれる……。

 

「……そんな、でも、そうだったのか……」

 

瞬の口から、掠れた声が漏れた。 怒りとともに、どこかで腑に落ちるような感覚があった。女神ウンディーネが瞬を癒やす時、あるいは力を与える時、そこには常に「道具をメンテナンスする」かのような冷徹さが漂っていた。彼女は一度も、自分たちのことを「心のある、魂のある人間」として扱っていなかったのだ。

 

「俺も……心のどこかで気づいてたのかもしれない。あんなに冷たい神様が、三智子を本当に助けてくれるはずがないって。……俺は、その違和感から目を逸らして、都合のいい嘘に縋っていただけなんだ……!」

 

瞬は自らの拳を噛み、悔しさに身を震わせた。女神への怒りと、自分の愚かさへの嫌悪が渦巻く。だが、今は立ち止まっている暇はなかった。

■ 救済の鍵:邪神の装備の破壊

 

「……イグニール様、本当の方法を。どうすれば、あいつを元に戻せるんですか」

 

瞬は顔を上げ、竜の瞳を真っ直ぐに見据えた。 イグニールは、瞬の覚悟を確かめるように沈黙した後、その答えを口にした。

 

「彼女を救う道は、死ではなく『破壊』にある。……ただし、彼女の肉体ではない。彼女の精神と魂を物理的に縛り上げている、『邪神の装備』そのものを破壊するのだ」

 

「装備を……破壊する?」

 

「いかにも。あの娘が纏っている漆黒の鎧、そして腕や脚を縛る武具……あれらは単なる防具ではない。邪神の魔力を彼女の体内に流し込み、精神を書き換え、憎悪を増幅させるための『呪いの触手』だ。あの装備が彼女の肌に触れている限り、彼女の本来の意志が戻ることはない」

 

イグニールの説明に、瞬の脳裏にルシーズの姿が浮かんだ。あの露出の多い、禍々しい装備。そして、何よりも異彩を放っていたあの兜。

 

「特に重要なのは、頭部を覆う『忘却の兜』だ。その額に嵌め込まれたエメラルドの宝玉こそが、彼女の記憶を漂白し、偽りの真実を植え付けている元凶。……瞬よ。あの兜を叩き割り、宝玉を砕くことができれば、彼女の精神を縛る邪神の術式は瓦解する。記憶は蘇り、彼女は再び『中島三智子』としての自分を取り戻すだろう」

 

「……兜を、壊せばいいんですね」

 

瞬の心に、一筋の、しかし力強い光が差し込んだ。 それは女神が提示した「死」という名の絶望的な選択肢とは対極にある、明確な希望だった。

 

「肉体を傷つけず、装備だけを的確に破壊する。……それは、ただ相手を殺すよりも遥かに困難で、高度な技量を要する戦いとなるだろう。一歩間違えれば、彼女の命を奪うことにもなりかねない、針の穴を通すような道だ。それでも、挑むか?」

 

「……ああ。決まってる」

 

瞬は力強く頷いた。 これまでの焦燥感は消え、代わりに静かな、しかし決して消えることのない不退転の決意が腹の底に据わった。 自分が手にするべき力は、世界を救うための力でも、女神に従うための力でもない。 三智子を傷つけることなく、彼女を縛る鎖だけを断ち切るための、至高の技と力だ。

 

「俺はやる。……三智子を救う!俺のこの手で、あいつの鎖を全部ぶち壊して、一緒に日本に帰るんだ。……イグニール様、俺にそのための試練を……『甲竜の装備』を手に入れるための試練を、受けさせてください!」

 

瞬の叫びに呼応するように、洞窟内の溶岩が激しく波打った。 イグニールは満足げに、その巨大な口角を吊り上げた。

 

「よかろう! その眼、その意志……。ようやく、真の勇者としての魂が産声を上げたな! 我が試練は苛烈を極めるぞ! 焼き尽くされる覚悟があるならば、この紅蓮の炎の中に飛び込んでくるがいいッ!!」

 

紅蓮竜イグニールの全身から、全てを熔解させるほどの莫大な熱気が放射された。 女神の描いたシナリオを食い破り、少年は今、本当の「救済」を懸けた孤独な戦いへと、その身を投じようとしていた。

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