甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第25話:甲竜の装備と、偽りの忠誠

三池瞬がヴィルガスト界に召喚され、幼なじみの中島三智子を奪われてから、瞬く間に一年の歳月が流れていた。

 

かつて、元の世界で普通の高校生として平和を享受していた少年の面影は、今やそこにはない。幾多の死線を潜り抜け、絶望の淵を這いずり回り、それでも折れずに戦い続けた結果、彼の肉体は鋼のように引き締まり、その眼差しには確かな意志の強さが宿っていた。

 

この一年、瞬は文字通り命を懸けて、ヴィルガスト界の四方を守護する古の竜たちの試練に挑み続けてきた。 紅蓮竜イグニールの燃え盛る灼熱の洗礼に始まり、碧竜の猛る暴風の試練、地竜の底知れぬ重圧の試練、そして白竜の全てを凍てつかせる極寒の試練。それぞれの神域で、瞬は幾度も己の限界を破壊し、竜たちの信頼を勝ち取ってきた。

 

そして今、瞬はその全ての試練を完遂し、伝説に謳われる究極の武具をその身に纏っていた。

 

■ 覚醒:甲竜の装備

漆黒の重厚なプレートを基調とし、そこへ清廉な白のラインが走る流麗なフォルム。それこそが、四竜の加護を受けし勇者のみが装着を許される「甲竜の装備」である。 以前身に纏っていた鋼の鎧とは、力の密度が根本から異なっていた。

 

「……これが、竜の力……」

 

瞬が自らの腕を眺め、拳を握り締めると、鎧の隙間から溢れ出す膨大な魔力が大気を震わせた。 驚くべきは、その圧倒的な力だけではない。装備を通じて全身に流れ込んでくるのは、四体の竜たちの魂が寄り添うような、不思議なほど温かく、慈愛に満ちた感覚だった。

 

イグニールの力強い励まし、碧竜の鋭い忠告、地竜の泰然とした導き、白竜の静かな慈しみ。 孤独な戦いを続けてきた瞬にとって、竜たちの加護は、氷のように冷え切った彼の心を温める唯一の火光となっていた。彼らは瞬を「神の道具」ではなく「一人の人間」として扱ってくれたのだ。

 

「待っててくれ、三智子。……今、行くから」

 

瞬は決意を新たに、最初に出会った恩人である紅蓮竜イグニールへ、試練の完遂を報告し、感謝を伝えるために歩み出した。目的地は、焦熱の火山帯に位置する「マグマ・ゴル」。かつて敗北に打ちひしがれた彼を救い上げてくれた場所だ。

 

マグマ・ゴルの麓、陽炎が立ち昇る岩場を通りかかったその時。 不自然なほどに冷たい風が吹き抜け、瞬の目の前に、透き通った水の粒子が寄り集まった。

 

「――見事です、勇者瞬。私の期待を上回る成長を遂げましたね」

 

現れたのは、女神ウンディーネの分身だった。 一年という月日が経っても、彼女の美しさは微塵も揺るがず、そしてその瞳の奥に宿る冷たさもまた、変わることはなかった。

 

瞬は、兜の奥で一瞬だけ険しい表情を浮かべたが、即座にそれを押し殺した。 竜たちからは強く助言されていた。 「女神を敵に回してはならない。彼女の欺瞞を知っていることを悟られぬよう、今は忠実な勇者を演じ、力を蓄えよ」と。

 

「……ウンディーネ様。お久しぶりです」

 

瞬は膝をつき、恭しく頭を下げた。 かつての自分であれば、この場ですぐに怒りを爆発させていたかもしれない。だが、今の彼には「演技」をするだけの精神的な余裕と、目的のために感情を制御する強さがあった。

 

「四竜の試練をすべて終えました。この甲竜の装備があれば、邪神を討ち、ルシーズ……三智子を解き放つことができるはずです」

 

「素晴らしい。その意気です」

 

ウンディーネは満足げに頷き、瞬に近づいてその肩に手を置いた。彼女の手からは、癒やしという名の、しかし心までは温めない「無機質な魔力」が流れてくる。

 

「あなたは私の教え通り、最愛の彼女をその手で終わらせる覚悟を固めたようですね。彼女の肉体を殺し、その魂を呪縛から救い出す……。それこそが、あなたに課せられた至高の慈悲。邪神を倒せば、約束通り、私は彼女を生き返らせて差し上げましょう」

 

女神の言葉は、相変わらず甘く、そして毒に満ちていた。 瞬は、彼女の心臓を貫きたいという衝動を必死に抑え込み、潤んだような瞳(もちろん偽りだ)を女神に向けた。

 

「はい……。三智子をあんな姿にした邪神を、俺は決して許しません。……彼女を救うためなら、俺はどんな汚名も、どんな苦しみも引き受けます。必ず、邪神を討伐し、三智子を元に戻してみせます」

 

「よろしい。……さあ、行きなさい。勇者よ。あなたの刃が、闇を切り裂くその時を、天界より見守っています」

 

ウンディーネは、慈愛に満ちた母のような微笑みを浮かべ、そのまま霧のように姿を消した。

 

天界の玉座にて、本体であるウンディーネは、視界を共有していた分身からの報告を受け、深い満足感に浸っていた。

 

「くふふ……。完璧です。あの少年の瞳には、かつてのような迷いがない。三智子を殺すことが彼女を救う唯一の道だと、完全に信じ込んでいますね。これならば、彼女を殺すことを躊躇することなく、その刃を振るうでしょう」

 

彼女にとって、四竜の試練さえも、最終的には自分の計画の実現のために役立ったと満足していた。 竜たちが瞬に余計なことを吹き込んでいないかという懸念もあったが、瞬の今の姿を見る限り、心配は無いと確信していた。

 

「あの娘を殺し、邪神を倒す。そうすれば、後は私の思い通り。……人間という種は、本当に、愛という弱点を突けばどこまでも簡単に操れる。美しいことだわ」

 

女神は、自分の掌の上で踊る少年を嘲笑うように微笑んだ。

 

だが、女神の分身が消えた地上で。 瞬は、静かに立ち上がり、兜を脱いだ。

 

汗に濡れた前髪をかき上げ、彼は自分が今立っている大地を強く踏みしめた。 彼の瞳にあるのは、女神が信じているようなものではない。 もっと深く、もっと熱く、そして何よりも正気な、愛する人への誓いだった。

 

「……ふざけるな、女神ウンディーネ。おまえの思い通りになんて、絶対にさせない」

 

瞬は、甲竜の装備の重みを感じながら、空を仰いだ。 その向こうには、かつて三智子と過ごした日本の空を感じる。

 

「殺して救う? そんなのは救いじゃない。……俺は、おまえの嘘を全部ぶち壊して、三智子を縛る鎖を全部引きちぎって……生きたままの彼女を、俺の知っている三智子を、この手で取り戻すんだ」

 

一年前のあの日、無力に泣き崩れていた少年はもういない。 彼は今、神を欺き、邪神を屠るための力を手に入れた「一人の男」として、最愛の少女が待つ戦場へと向かおうとしていた。

 

「一緒に行こう、三智子。……二人で、必ず、あの世界へ帰るんだ」

 

瞬は再び兜を装着すると、再び歩き出した。 決戦が近いことを感じて。

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