甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第29話:落日の王都、勇者の咆哮

灼熱の熱気が渦巻き、溶岩の池が絶えず不気味な泡を噴き上げる焦熱の火山帯「マグマ・ゴル」。

女神ウンディーネの分身が霧のように消え去った後、そこには静寂と、大気を震わせるほどの重圧を放つ一人の男が立っていた。

 

三池瞬。 一年前、この場所に辿り着いた時の彼は、絶望に打ちひしがれ、復讐の炎に身を焼かれるだけの脆い少年だった。

だが、今の彼は違う。伝説の「甲竜の装備」に身を包んだその姿は、一国の軍勢を単騎で壊滅させるほどの威厳と、神の理さえも覆そうとする不退転の決意を湛えていた。

 

漆黒の重厚な装甲に、清廉な白のラインが走る全身鎧。

それは四竜の魂が宿りし生きた武具であり、瞬が動くたびに、鎧の継ぎ目から溢れ出す濃密な魔力が周囲の岩場を細かく震わせる。

 

瞬は、自らの魂と共鳴するように脈動する鎧の感触を確かめると、火口の最深部に座す、巨大な紅蓮の影へと歩み寄った。

 

「……イグニール様」

 

瞬の声は、低く、しかし力強く洞窟内に響いた。

火口の王座に鎮座する紅蓮竜イグニールが、ゆっくりとその巨大な黄金の瞳を開く。その視線は、瞬が纏う「甲竜の装備」に注がれ、満足げな光を宿した。

 

「よくぞ戻った、勇者瞬。

お前は今、自らの足で立ち、自らの意志で剣を握る『一人の男』として、我ら竜の試練をすべて超えてみせた」

 

イグニールの地響きのような声が、瞬の全身を包み込む。

その声には、女神ウンディーネの冷徹な命令とは対極にある、真の強者に対する敬意と、親が子を見守るような温かな情愛が込められていた。

 

「女神との対面、その一部始終も見守らせてもらったぞ。

お前の『演技』は見事であった。

あの尊大なる女神も、お前が我らから授かった『真実』……すなわち、三智子を殺さずに救う方法を知ったとは夢にも思っておらぬだろう」

 

「……あいつを騙し続けるのは、決して気分のいいものじゃありません。

でも、俺にはこれしか道がない。

女神を欺き、邪神を屠り、そして三智子を……三智子の魂を、あの呪われた装備から解き放ち、必ず日本に帰る!」

 

瞬は拳を強く握り締めた。鎧の籠手がガチリと音を立てる。 イグニールは大きく鼻孔から炎を吹き出すと、沈痛な面持ちで告げた。

 

「……だが、瞬よ。感傷に浸っている時間はもうない。

お前が女神とまみえていた間にも、ヴィルガスト界の運命は破滅へと突き進んでいる」

 

瞬の表情が険しくなる。イグニールは、その巨大な鉤爪で空を薙ぎ、遠方の情景を溶岩の熱気の中に幻影として映し出した。

 

「大陸最大の王国、グランゼリアの王都『ルミナス』が……今、邪神軍の総攻撃を受けている。軍を率いているのは、邪神の最高幹部・ルシーズ。……そう、お前の想い人、中島三智子だ」

 

幻影の中に映し出されたのは、紅蓮の炎に包まれる壮麗な白亜の街並み。そして、その中央を悠然と進み、冷酷な剣の一閃で聖騎士たちを薙ぎ倒していく、漆黒の戦乙女の姿だった。

 

「彼女はすでに、王都の外壁を突破し、王城へと迫っている。

その力は邪神の魔力によって極限まで引き上げられ、もはや人間はおろか、並の魔族ですら近づくことさえできぬ『死神』と化している。

……邪神は、お前との決着を、その燃え盛る王都の最奥でつけさせようとしているのだ」

 

瞬は、幻影の中のルシーズを見つめた。

兜に隠されたその瞳。

かつて自分に優しく微笑みかけてくれた、あの三智子の瞳は、今は偽りの憎悪に塗り潰されている。

 

「……三智子。待ってろ。今、行く」

 

瞬の身体から、爆発的な魔力が放射された。

碧竜、白竜、地竜、そして目の前のイグニール。

四竜の加護が鎧を通じて彼に語りかけてくる。

「行け、若き勇者よ。我ら四竜は、この世界の均衡を壊す邪神と、人間を操ろうとする女神の傲慢に抗うお前の背中を見守っている」と。

 

「感謝します、イグニール様。俺に、戦う理由と、守るべき真実を教えてくれて」

 

「……よい。礼を言うのは、あの娘を救い出してからにしろ。

……さあ、行け! 空間を繋ぎ、お前を王都の近郊へと転送する。

……瞬よ、死ぬな。そして、あの娘の魂を、必ずその手で掴み取れ!」

 

イグニールが咆哮し、巨大な翼を広げた。

洞窟内の魔力が渦を巻き、瞬の足元に巨大な紅蓮の魔法陣が展開される。

視界が真っ白な光に包まれ、瞬は次元を越える衝撃と共に、灼熱の火山帯から弾き飛ばされた。

 

転送が終わり、瞬が目を開けた時、頬を撫でたのは清涼な空気ではなく、喉を焼くような熱風と、不快な硫黄の臭い、そして――何かが大量に燃えている、重苦しい灰の香りだった。

 

瞬は、王都「ルミナス」を一望できる小高い丘の上に立っていた。 そこから見える景色は、まさに地獄そのものだった。

 

かつて「白亜の真珠」と讃えられた王都は、今や巨大な焚き火のように赤黒く燃え上がっている。

王都を囲む七つの巨塔からは黒煙が龍のように立ち昇り、空を暗雲で覆い尽くしていた。

 

「……ひどい、な」

 

瞬は、丘の下へと続く街道に目を向けた。

そこには、王都から命からがら逃げ出してきた、膨大な数の避難民があふれかえっていた。

 

「ああ、ああ……。私の家が、私たちの街が……!」

「お父ちゃん! お父ちゃんはどこ!? 怖いよぉ……!」

「……終わりだ。もうおしまいだ。あの黒い死神が……あの女が現れた時、すべてが終わったんだ……」

 

街道沿いに座り込む人々。

着の身着のままで逃げてきた母親が、震える幼子を抱きしめている。

手足を失い、仲間に肩を貸されながら呻き声を上げる兵士たち。

彼らの瞳に宿っているのは、未来への希望ではなく、あまりにも強大で、あまりにも冷酷な「暴力」を目の当たりにした者の、拭い去れない恐怖だった。

 

瞬は、重厚な甲竜の鎧の音を響かせながら、人混みの中へと歩を進めた。 全身から放たれる圧倒的な勇者の気迫に、避難民たちは一瞬、救世主が現れたのかと目を見開くが、すぐに再び絶望の表情へと戻る。

 

「……なあ、あんた。あれが……あの中に見える王城が、どうなっているか分かるかい?」

 

瞬は、道端でうずくまっていた年配の騎士に声をかけた。彼の鎧はボロボロに砕け、片腕は不自然な方向に曲がっている。

 

「……王城か? ……ふ、ふふ……。あんな場所、もう……死の檻に等しい。

騎士団長様も、金剛騎士団の連中も……全員、あの『黒い死神』にバラバラにされた。

あいつは、人間じゃない。……人間を殺すためだけに生まれた、邪神の呪いそのものだ……」

 

老騎士は、震える手で燃え盛る王城を指差した。

 

「まだ抵抗を続けている連中もいるだろうが……たぶん、もう……。

王様だって、無事なはずがない。……あんた、あそこに行くつもりか?

悪いことは言わない。……やめておけ。あそこは、地獄だ……」

 

老騎士の言葉に、周囲の避難民たちからも啜り泣きの声が漏れる。 彼らにとって、王都の陥落は世界の終わりを意味していた。

 

人々の絶望。焼き尽くされる街。

そして、その中心で孤独に「破壊」を続ける、愛する人の姿。

 

瞬は、王城の天守を見据えた。

そこは、禍々しい漆黒の魔力が集積し、巨大な渦を巻いている。

ルシーズがそこにいる。

邪神の意志に操られ、望まぬ殺戮を強いられながら、自分を殺した(と信じ込まされている)瞬を待っている。

 

(……待ってろよ、三智子。今、行く)

 

瞬は、甲竜の兜を深く被り直した。 バイザーの奥で、彼の瞳がかつてないほど鋭く、そして優しく光る。

 

(女神は、きみを殺せと言った。

邪神は、きみに俺を憎ませようとしている。

……でも、そんなのは全部、奴らの都合だ。

俺は、誰にも従わない。

俺は、俺自身の意志で……きみを、この地獄から連れ出すんだ)

 

瞬は一歩、強く大地を踏み締めた。

その瞬間、彼の足元の地面が爆発したかのように砕け散る。

甲竜の装備に秘められた、地竜の剛力と碧竜の瞬発力が、瞬の肉体を一筋の光へと変えた。

 

「――おおおおおおおおおおッ!!」

 

瞬は、押し寄せる避難民の間を、風となって駆け抜けた。

丘を駆け下り、逃げ惑う人々の流れを逆行するように、炎の渦巻く王都の正門へと突き進む。

 

周囲の景色が、音速に近いスピードで後方へと流れていく。

迫りくる魔物たちの軍勢。 崩れ落ちる城壁の破片。

それらすべてを、瞬は抜くこともない「甲竜の剣」の鞘で弾き飛ばし、最短距離で王城へと肉薄する。

 

「三智子! 今度こそ……今度こそ、離さない! きみを縛るその鎖を、俺が全部、ぶち壊してやる!」

 

少年の、いや、一人の男としての叫びが、爆炎の中に消えていく。 その背後には、彼が駆け抜けたことで生じた突風によって、一時的に炎が切り裂かれた道が生まれていた。

 

勇者でも、神の駒でもない。 一人の愛する人を救うために、覚悟を決めた三池瞬の、本当の意味での「戦い」が今、幕を開けようとしていた。

 

王都を包む赤黒い闇を、一閃の白い光が切り裂いていく。 戦いの舞台は、血に濡れた王城の玉座の間へと、収束しつつあった。

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