甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第31話:決戦(前編)

 

 

王都ルミナスの最奥、静止した時間さえも凍りつくような緊張感に包まれた玉座の間。

崩落した天井の隙間から、燃え盛る街の赤黒い照り返しが差し込み、二人の姿を不吉に浮かび上がらせている。

 

一人は、伝説の「甲竜の装備」に身を包み、四竜の加護をその背に背負った勇者、三池瞬。

もう一人は、邪神の魔力によって憎悪と偽りの記憶を植え付けられ、邪神の忠実な戦士へと変貌を遂げた、漆黒の武具にその身も心も拘束された少女、ルシーズ――中島三智子。

 

一年前、この世界で再会した時、二人の間には圧倒的な力の差と、絶望的なまでの心の乖離があった。だが今、瞬から放たれる光の魔力は、ルシーズが放つどす黒い殺気とぶつかり合い、空間そのものを激しく軋ませていた。

 

 

ルシーズは、玉座の階段を下りながら、手にした「暗黒の剣」の先を無造作に床へ滑らせた。石畳が削れる不快な音が、静寂を切り裂く。

 

「……随分と強くなったものね、勇者様。たった一年で、私の部下たちをゴミのように蹴散らしてここまで来るなんて」

 

彼女の言葉は甘く、しかしその響きには猛毒が含まれていた。

頭部を覆う「忘却の兜」から覗く濁った緑の瞳が、狂気と憎悪で妖しく発光する。

 

「そんなに私を……もう一度、あの時みたいに殺したい?

私が生きているのがそんなに許せない?

正義の勇者様が、出来損ないの幼馴染をまた始末しにわざわざ来てくれたのかしら?」

 

ルシーズの問いかけは、瞬の心を抉り取るための鋭利な刃だった。

邪神が植え付けた偽りの記憶――瞬が彼女を惨殺したという「真実」が、彼女の言葉に真実味を持たせてしまう。

 

しかし、今の瞬は揺らがなかった。

彼は「甲竜の兜」を脱ぎ、脇に抱えた。露わになった彼の顔には、一年前のような迷いも、怒りに任せた激情もない。ただ、愛する者を真っ直ぐに見つめる、深く、静かな慈愛だけが湛えられていた。

 

「違うよ、三智子。俺は、きみを殺しに来たんじゃない。……きみを、俺たちの本来の居場所に連れて帰るために来たんだ」

 

「……は?」

 

「女神も、邪神も……全部俺が叩き潰す。

きみを縛っているその呪われた装備から解放する。

そして、……必ず君を救う。

それが、俺がこの一年を生き抜いてきた唯一の理由だ」

 

瞬の言葉は、短く、しかし鋼のような強度を持って響いた。

ルシーズはその瞳の奥にある「迷いのなさ」を感じ取り、一瞬だけ表情を強張らせた。

彼女の脳内で、兜の魔力が「こいつは嘘を吐いている」「こいつは敵だ」と激しく脳内を侵していく。

だが、それ以上に、瞬の落ち着き払った態度が、彼女の中にある「ルシーズ」としての憎悪と、深淵に沈んだ「三智子」の心を等しく揺さぶっていた。

 

「……ふふ、あはははは! 面白いわね、勇者様!

救う? 私を? この大陸を血で染め、王を殺し、あなたが殺した私を救うっていうの!?」

 

ルシーズは狂ったように笑い出し、剣を瞬に向けて突き出した。

 

「いいわよ……そこまで言うなら、見せてみて!

あなたのその『正義』が、私の『絶望』にどこまで通じるか!

じゃあ……殺し合いましょう、瞬ちゃん!

私があなたの首を獲るのが先か、あなたが私を『救って』くれるのが先か……勝負よ!!」

 

その絶叫と共に、ルシーズの身体から爆発的な漆黒の魔力が噴出した。

 

ドォォォォォンッ!!

 

爆音と共に、ルシーズが床を蹴った。

その速度はもはや人の目では追えず、ただ紫色の雷光が空間を横切ったかのように見えた。

彼女の振るう「暗黒の剣」が、瞬の首筋を目掛けて一閃される。

 

ガギィィィィィィィンッ!!

 

凄まじい火花が散り、衝撃波が玉座の間の窓ガラスをすべて粉砕した。

瞬は一瞬の差で「甲竜の剣」を抜き放ち、ルシーズの一撃を真っ向から受け止めていた。

 

「……っ!」

 

剣と剣が噛み合い、互いの魔力が火花を散らす。

ルシーズは「裏切りのこて」に力を込め、さらに踏み込む。

彼女の細い腕からは想像もできないほどの、邪神の加護による怪力が瞬を押し潰そうとする。

 

「どうしたの? 救うんでしょ!? 止まっている暇なんてないわよ!」

 

ルシーズは瞬を弾き飛ばすと、間髪入れずに追撃の斬撃を繰り出した。

横薙ぎ、唐竹割り、突き――。

一つひとつの攻撃が、城壁を一撃で崩壊させるほどの威力を伴っている。

対する瞬は、地竜の重厚な守りと碧竜の迅速な身のこなしを組み合わせ、それらを捌き続けていた。

 

カカカカカッ!! と、剣戟の音が連続した旋律となって響き渡る。

王都を支配していた魔物たちの生き残りが、漏れ出すそのあまりのプレッシャーに恐れをなして王都から逃げ出していくほど、二人の戦いは次元の違う領域に達していた。

 

 

戦いの中で、瞬は自分自身に極めて困難な、そして絶対に破ってはならない「制約」を課していた。

 

(……三智子の鎧のないところは、絶対に傷つけない)

 

ルシーズが纏う「捕われの胸アーマー」や「捕われの腰アーマー」は、防御力を高める一方で、彼女の白い肌を大きく露出させている。

首筋、二の腕、脇腹、太もも――。

普通の戦士であれば、そこを狙うのが勝利への最短距離だろう。

しかし、瞬の目的は彼女の命を奪うことではなく、彼女を支配している「装備の呪縛」を解き、彼女自身を救い出すことにある。

 

もし彼の剣が、彼女の柔らかな素肌を掠め、一滴でも血を流させてしまえば……それは彼にとっての敗北を意味していた。

 

(鎧を……装備の『核』を破壊する。魔力の供給源であるあの兜と、彼女を縛る各部位のパーツに、衝撃を叩き込むんだ!)

 

だが、それは至難の業だった。

ルシーズは、自らの命を惜しまぬ苛烈な連撃を繰り出してくる。

彼女の動きは「嘆きの足アーマー」の魔力によって重力を無視し、変幻自在な軌道を描く。

瞬は全力を出さなければ防ぎきれない一方で、全力を出せば彼女の肉体を破壊してしまうという、極限の矛盾の中に身を置いていた。

 

「あはは! 防戦一方ね、三池瞬!

救うなんて大口叩いた割には、私の剣を避けるのが精一杯じゃない!」

 

ルシーズの剣が、瞬の肩の装甲を掠め、火花を散らす。

「暗黒の剣」から放たれる紫の雷光が甲竜の装備に纏わりつくが、四竜の加護がそれを即座に浄化する。

 

「……まだだ、三智子。きみの動きは、全部見えてる!」

 

瞬は地竜の魔力を足の裏に集中させ、床との吸着力を高めた。

そして、ルシーズが放った強烈な袈裟斬りを、剣の腹で受け流すと同時に、彼女の懐へと鋭く踏み込んだ。

 

「何っ!?」

 

驚愕に目を見開くルシーズ。

瞬の狙いは、彼女の喉元ではなく、その胸元で不気味に脈動する「捕われの胸アーマー」の中心核だった。

 

「――『竜牙・衝撃波』!!」

 

瞬は剣の柄頭で、鎧の硬質なパーツを的確に打撃した。

ドォォォンッ! という鈍い衝撃音が響き、ルシーズの身体が後方へと大きく吹き飛ぶ。

 

「ぐっ、あ……あああああッ!!」

 

ルシーズは空中で体勢を立て直し、壁に激突する寸前で着地したが、

その衝撃に胸を押さえて苦悶の表情を浮かべた。

瞬の打撃は肉体を傷つけるためのものではなく、鎧に宿る邪悪な魔力の循環を一時的に阻害するためのものだった。

 

「……今の、は……」

 

「三智子。きみの纏っているその鎧が、心を蝕んでるんだ。

……苦しいだろ? もう、無理に憎まなくていいんだ」

 

瞬の声は、どこまでも優しかった。

その優しさが、ルシーズの奥底に眠る「三智子の心」を激しく揺さぶる。

 

 

だが、ルシーズがわずかに怯んだその隙を、邪神は見逃さなかった。

 

『……どうした、ルシーズよ。勇者の甘い言葉に、再びその魂を売るつもりか?』

 

脳内に響く邪神の声。それと同時に、ルシーズの額の「忘却の兜」の宝玉が、これまでで最も禍々しい暗黒の光を放った。

 

「あ、が……あ、ああああああああああああああッ!!」

 

ルシーズは頭を抱え、その場でのたうち回った。

彼女の神経を直接焼き焦がすような激痛。

それは、彼女が瞬に対して抱きそうになった「微かな希望」を、強引に「爆発的な殺意」へと上書きするための処置だった。

 

「だま……だまされ、ない……! あいつは、私を……殺した……!

この痛みも、この絶望も……全部、全部三池瞬のせいだあああああッ!!」

 

再び顔を上げたルシーズの瞳からは、もはや理性は消え失せていた。

ただ純粋な破壊の衝動。

彼女の周囲の魔力が、ドス黒い炎となって渦巻き、その背後に巨大な邪神の幻影を形作る。

 

「……殺す。……殺す殺す殺す殺す!!

瞬ちゃん、あんたをバラバラにして、その心臓を私が食べてあげるわ!!」

 

ルシーズの肉体が、さらに加速する。

彼女は、周囲の柱をなぎ倒しながら瞬に襲いかかった。

 

「……来るか。……大丈夫だ、三智子。

どんなに闇が深くても、俺が必ず、光の差す場所へ連れ戻してやる」

 

瞬は、自らの剣に四竜の全ての力を集約させた。

彼の全身から、白銀と黄金が混ざり合った神々しい光が溢れ出す。

 

「全力で行くぞ。……三智子、耐えてくれ!!」

 

再び、二人の影が中央で激突した。

暗黒の剣と甲竜の剣が交差するたび、王城そのものが崩壊の悲鳴を上げ、夜空に巨大な火柱が立ち昇る。

一瞬の猶予も、一分の妥協も許されない、魂を削り合う死闘。

 

瞬の瞳は、狂気に満ちたルシーズの奥底で、必死に助けを求めている「三智子の涙」を、はっきりと捉えていた。

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