甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第32話:決戦(後編)

玉座の間は、もはや原形を留めていなかった。

 

四竜の加護を受けた瞬の白銀の魔力と、邪神の呪いを受けたルシーズの漆黒の魔力が、目に見える奔流となって空間を削り、巨大な石柱を砂のように風化させていく。

ルシーズの額――「忘却の兜」の宝玉は、今や脈動する心臓のように不気味に明滅していた。

邪神が注ぎ込む過剰なまでの力は、彼女の細い肉体の許容量を遥かに超えている。

それでも彼女が立ち続けていられるのは、ただ一点、三池瞬への歪められた憎悪という名の楔が、彼女の精神を無理やり繋ぎ止めているからに他ならなかった。

 

「……終わりよ。……これで、全部終わりにしてあげる……瞬ちゃん……ッ!!」

ルシーズの声は、元の彼女とはかけ離れた、幾重にも重なった死者の呻きのような響きを帯びていた。

彼女が「暗黒の剣」を天に掲げると、城内に立ち込めていた黒煙が渦を巻き、剣身へと収束していく。

 

「――我が憎悪よ、すべてを呑み込め。……『アビス・ジェノサイド』!!」

ルシーズが放ったのは、己の生命力さえも魔力に還元した、最大最強の奥義だった。 振り下ろされた剣から放たれたのは、単なる斬撃ではない。

それは空間そのものを腐食させながら進む、巨大な闇の断層であった。

触れるものすべてを無に帰し、光さえも届かぬ深淵へと引きずり込む絶望の波。

 

「三智子……ッ!!」

瞬は避けることなく、この一撃を耐えることを決めた。

ここで避ければ、攻撃の余波で周囲が跡形もなく消え去ってしまう。

攻撃を耐えきり、彼女の隙を狙う機会だと決断する。

「……みんな、力を貸してくれ!

守るんだ……三智子の心と、この世界を!」

瞬は「甲竜の剣」を地面に突き立て、両手で柄を握りしめた。

彼の全身から、これまでにないほど眩い白銀の光が溢れ出す。

碧竜の風が防御の円陣を描き、白竜の冷気が空間を固定し、地竜の加護が瞬の足元を金剛不壊の礎とする。

そして紅蓮竜イグニールの咆哮が、瞬の闘志を限界まで燃え上がらせた。

「――『テトラ・ドラグーン・シールド』!!」

 

ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

玉座の間が、白い光と黒い闇に二分された。

衝突の衝撃波は王都全域にまで届き、燃え盛る火災を一瞬で吹き飛ばすほどの凄まじい余波をもたらした。

玉座の間の地面は粉々に砕け、膝まで地面にめり込む。

凄まじい圧力が「甲竜の装備」を軋ませ、瞬の口端から一筋の血が流れる。

だが、瞬の瞳は死んでいなかった。

彼は、三智子が放った絶望の奔流を、その身一つで受け止め、耐え抜いたのだ。

 

やがて、闇の奔流が霧散し、静寂が戻った。

辺りには、魔力が衝突した際に生じた余波と、焦げた石の匂いだけが漂っている。

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……あ……」

ルシーズは、力なく立ち尽くしていた。

今の全力の一撃に、彼女に残された全魔力と全精神力を注ぎ込んだのだろう。

暗黒の剣は輝きを失い、彼女の白い肩は激しく上下している。

「捕われの胸アーマー」を締め付けるように、彼女は自分の胸を手で押さえた。

過剰な魔力の行使によるリバウンドが、彼女の細い肉体を内側から苛んでいる。

「……な、ぜ……。どうして、……死なないの……? ……どうして、そんな目で、私を見るの……っ!」

憎悪を叫ぼうとしても、もはや声に力が入らない。

ルシーズは耐えきれず、ガクリと片膝をついた。

地面に当たる「嘆きの足アーマー」が、虚しい金属音を立てる。

今、この瞬間。 邪神の支配が、過度の消耗によって一瞬だけ揺らぎ、彼女を縛る呪縛の糸が緩んだ。

 

「――今だ!」

瞬は、地面にめり込んでいた足を力強く引き抜くと、弾丸のような速度で地を蹴った。

もはや、躊躇はない。 彼が狙うのは、彼女の柔らかな素肌でも、その命を繋ぐ心臓でもない。

ただ一つ。 彼女の精神を汚染し、偽りの記憶を植え付け続けている、あの「忘却の兜」の宝玉だ。

 

「三智子……俺が、今、助ける!!」

瞬の甲竜の剣に、四竜の魔力が一点に集束していく。 それは破壊のための力ではなく、呪縛を貫き、魂を解放するための聖なる一撃。

「――『ソウル・バスター』!!」

瞬は、ルシーズの目の前に瞬時に肉薄した。

ルシーズが反応して剣を掲げるよりも速く、瞬の剣が、彼女の額に位置するエメラルドの宝玉を正確に捉えた。

 

パキィィィィィィィィンッ……!!

高く、澄んだ音が部屋の中に響き渡った。

邪神の核とも言える、禍々しい緑色の輝きを放っていた宝玉に、一条の亀裂が入る。

そこから溢れ出したのは、これまでに彼女の中に蓄積されていた「ドス黒い憎悪」の残滓。それが、瞬の聖なる魔力によって徐々に浄化されていく。

 

「……ぁ、ああ……。……ああああああああああッ!!」

ルシーズの絶叫が響く。

それは苦痛によるものではなく、脳内に強固に構築されていた偽りの記憶が、崩壊していくことへの衝撃だった。

宝玉は粉々に砕け散り、破片が光の粒となって消えていく。

それと同時に、彼女を覆っていた漆黒の不気味なオーラが、嘘のように消散していった。

 

その瞬間、瞬の意識は、現実世界から切り離された。

気がつくと、彼はどこまでも続く真っ白な空間に立っていた。

そこには燃える王都も、血に汚れた石畳も無い。

ただ、静謐な光に満ちた、温かな世界。

その空間の中心に、彼女はいた。

漆黒の武具ではなく、一年前、あの日に着ていた見覚えのある服を纏った、中島三智子の姿。

彼女は、膝を抱えて丸くなり、暗い影の中に一人で震えていた。

 

「……怖いよ。……暗いよ……」

三智子の小さな声が、空間に震えて響く。

彼女の周囲には、鏡の破片のようなものが無数に浮遊していた。そこには、彼女が「ルシーズ」として行ってきた殺戮の光景、奪ってきた命の記憶、そして邪神に囁かれ続けた「瞬への憎悪」が、呪いの言葉となって渦巻いている。

「瞬ちゃん……。……助けて……。……早く、私を、殺して……。

これ以上、私に……誰も殺させないで……」

それは、兜の洗脳によって封じ込められていた、三智子の本当の心の叫びだった。

彼女は「ルシーズ」として活動している間も、心の奥底では自分の行動を認識しており、唯一の救いとして瞬の手による死を願っていたのだ。

 

瞬は、ゆっくりと彼女へと近づいた。 一歩進むたびに、彼女の周囲にある呪いの破片が瞬の肌を裂こうと襲いかかるが、瞬は構わずに歩みを止めない。

「……三智子」

瞬がその名を呼ぶと、震えていた少女がゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、もはや濁った緑色はない。 泣き腫らし、絶望に濡れながらも、確かに瞬だけを見つめていた、あの日の優しい茶色の瞳だった。

「……瞬……ちゃん……? ……来ちゃ、ダメだよ。

……私は、もう……取り返しのつかないことを……」

「いいんだ。全部、分かってるから」

瞬は、震える彼女の肩に、そっと手を置いた。

鎧の冷たい金属の感触ではない。 一人の少年としての、温かな手のひら。

その瞬間、二人の魂が、呪縛を超えて深く、深く触れ合った。

三智子の記憶の奔流が、彼女の痛みと悲しみが、直接瞬の心へと流れ込んでくる。

そして同時に、瞬がこの一年、どれほどの想いで彼女を想い、どれほどの覚悟でここへ辿り着いたかという真実が、三智子の魂を優しく包み込んでいった。

「……三智子。……もう、一人で泣かなくていいんだよ」

真っ白な世界の中で、二人の魂は静かに重なり合い、彼女の精神の欠片が一つずつ繋ぎ合わさっていく……。

 

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