甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第34話:解放

玉座の間は、もはや原型をとどめていない。

血涙を流し、獣のような咆哮を上げながら襲いくる三智子。

その一撃一撃は、彼女自身の肉体を内側から破壊しながら放たれる、文字通り「己の命を破滅させながらの力」だった。

 

「ア……アアアアアアアッ!!」

 

狂乱のルビーが放つ紅蓮の魔力が、彼女の細い手足を無理やり動かし、関節が悲鳴を上げ、血管が破裂し血が流れる。

瞬は「甲竜の剣」を盾にし、彼女の猛攻を耐え忍んでいたが、その心は千々に乱れていた。

 

(どうすればいい……。兜を壊しても、邪神は新しい呪いを上書きするかもしれない。

かといって、悠長に一つずつ装備を壊していっても、三智子の身体が先に壊れてしまう……!)

 

三智子の「暗黒の剣」が、紅蓮の稲光を放ちながら瞬に迫り、避けきれなかった瞬の肩当てを真っ赤に焼く。

至近距離で交差する視線。

本来の面影を失い、ただ破壊の衝動だけに塗り潰された彼女の瞳。

だが、その瞳の奥に、瞬は見た。

紅蓮の狂気に心を支配されながら、奥底で、消えそうになりながらも、ただ必死に「助け」を叫んでいる、泣き出しそうな少女の魂を。

 

(……同時だ、全てを同時に破壊するしかない……!!)

 

瞬は、覚悟を決めた。

邪神が装着させた装備一式は、一つの呪いのシステムとして彼女の身体だけでなく、魂にまで深く刻み込まれている。

 

ならば、全ての装備を同時に破壊してしまい、彼女を呪いから解き放ち、

存在そのものを、邪神が介入できないほどの「純粋な光」で包み込めばいい。

 

「……みんな、俺に……すべての魔力を預けてくれ!!」

 

瞬が吠えた。 その叫びに応えるように、全身の「甲竜の装備」が共鳴を始めた。

 

『……よかろう、勇者瞬よ』

脳内に、紅蓮竜イグニールの猛々しい声が響く。

『……お前の「救いたい」という意志、我ら竜の魂に響いた。

今こそ見せよ、神々の力さえ超える、真の竜の力を!』

 

瞬の足元から、巨大な光の渦が巻き起こった。

紅蓮の炎が、碧の疾風が、白銀の冷気が、そして大地の重厚な魔力が、瞬の心臓という炉心で一つに溶け合っていく。

それは破壊のためだけのエネルギーではない。邪神の呪いという闇を払うための純粋な光……。

 

「おおおおおおおああああああああッ!!」

 

瞬の纏う甲竜の装備が、眩いばかりの光……いや、黄金の輝きを放つ「真・甲竜王の装備」へと変質していく。

背中には四竜の翼を象った光の羽が広がり、彼が放つプレッシャーだけで、玉座の間を包んでいた狂乱のルビーの魔力が、悲鳴を上げるように霧散していく。

 

「三智子……、これで、君を開放する!!」

 

瞬は剣を鞘に収め、両手を広げて、突進してくる三智子を正面から迎え入れた。

 

「コロ……ス……ッ! コロシテ…………ッ!!」

 

三智子の「暗黒の剣」が、瞬の胸部装甲を貫こうと突き出される。

だが、瞬はそれを避けない。

彼は、血まみれの三智子を、その腕の中に力強く抱き寄せた。

 

「――『浄化の抱擁』!!」

 

その瞬間、瞬の全身から、温かい「純粋な光」が放たれた。

 

玉座の間を、温かい光が白く塗り潰していく。

その光は、三智子の肉体を傷つけることはなかった。

光が触れたのは、彼女の肉体と魂を蝕んでいた「呪いのシステム」だけだ。

 

「あ、……ぁ、ああ……っ……」

 

三智子の喉から、狂気ではない、震える吐息が漏れた。

甲の額のルビーの宝玉が絶叫を上げるようにひび割れ、粉々に砕け散る。 それだけではない。

彼女の胸を締め付けていた「捕われの胸アーマー」が、腰を拘束していた「捕われの腰アーマー」が、そして手足の武具が……。

すべてが、光の粒子となって彼女の肌から剥がれ落ちていく。

邪神が作り上げた、卑劣で冒涜的な装備のすべてが、瞬の放つ「純粋な光」によって浄化され、天へと昇る光の帯に還っていく。

 

やがて、光が収まった時。

そこには、「ルシーズ」の姿はどこにもなかった。

ただ、ボロボロに破れた衣服を纏い、呪いから解き放たれた、一人の震える少女の姿だけがあった。

 

「……っ、……三智子!」

 

魔力を使い果たし、黄金の光が霧散した瞬は、力なく崩れ落ちそうになる彼女の身体を、優しく受け止めた。

 

「三智子! 三智子ッ!!」

瞬は彼女を抱きかかえたまま、必死にその名を呼んだ。

彼の頬を、熱い涙が伝い落ちる。

彼女の顔からは、憎悪に満ちた瞳も、狂乱の叫びも消えていた。

だが、その肌は雪のように白く、冷たくなっている。

 

邪神の装備により肉体の限界を超えた力を発揮し、さらに紅蓮のルビーによる狂乱で全身から出血している三智子。

邪神の装備は、彼女の肉体と魂を蝕むと同時に、魔力を強制的に供給し、生命活動を無理やり維持していた。

それが消えた今、極限まで摩耗していた彼女の生命の灯火は、今にも消え入りそうなほどに細くなっていた。

 

「目を開けてくれ! 三智子! 三智子ぉぉぉぉッ!!」

 

瞬の絶叫が、静まり返った玉座の間に響き渡る。

邪神の嘲笑も、女神の冷笑も聞こえない。

ただ、愛する人の名前を呼ぶ、一人の少年の声だけがあった。

 

「……ん、……っ……」

 

三智子の睫毛が、微かに震えた。

ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼女の瞼が持ち上がる。

そこに現れたの瞳は、真っ赤な狂気の色でも、憎悪に満ちた濁った緑色でもない。

一年前、下校中に一緒に笑い、夕暮れの中に消えていった、あの日のままの、優しく穏やかな茶色の瞳だった。

 

「……しゅん、……ちゃん……?」

 

消え入りそうな、微かな声。

だが、それは間違いなく、瞬がずっと待ち望んでいた、彼を呼ぶ三智子の声だった。

 

「三智子……! ああ、よかった……。三智子、三智子……!」

 

瞬は彼女を強く抱きしめた。

彼女の身体は驚くほど軽く、そして冷たかった……。

 

「……ごめん、ね……。私……ひどいこと、いっぱい……」

 

「いいんだ、そんなこと! 言わなくていい!

喋るな、今、治療魔法を……!」

 

瞬は必死に魔力を練ろうとしたが、先ほどの全力を使い果たした反動で、指先一つ動かすのがやっとだった。

三智子は、血の気の引いた指先を、震えながら瞬の頬へと伸ばした。

……その指は、驚くほど冷たい。

 

「……いいの、……瞬ちゃん。……分かってるの。……私、もう……」

 

彼女の瞳から、今度は大粒の涙が溢れ出した。

それは、悲しみと、嬉しさと……そして、ようやく大好きな人の腕の中に戻れたことへの、安堵の涙。

 

「……最後に……瞬ちゃんに、会えて……よかった……」

 

三智子の瞳から、ゆっくりと光が失われていく。 彼女の命の鼓動が、瞬の胸に伝わるたびに、どんどん弱くなっていく。

 

「嫌だ……嫌だ、三智子! 行くな! 置いていかないでくれ! 三智子ぉぉぉッ!!」

 

燃え盛る王都の夜空の下。

ようやく取り戻したはずの少女の命は、静かに、静かに……。

 

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