甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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やっぱりハッピーエンドですよね!


第37話:邪神の最期、そして……

邪神が開いたゲートの先。

そこは、空も地も判然としない、混沌が支配する漆黒の領域だった。

空気は重く、吸い込むだけで肺を焼くような瘴気が満ちている。

物理的な法則すら歪められたこの異空間の中心で、漆黒の玉座に深く腰掛けた邪神が、近づき来る白銀の光――三池瞬を見下ろしていた。

 

「……ようやく来たか、勇者よ。

自ら我が領域に単身飛び込んできた、その心意気だけは褒めてやろう」

 

邪神の嘲笑が、虚空に響き渡る。

だが、瞬はその挑発に言葉を返さなかった。

今の彼の瞳には、怒りさえも超えた、絶対的な「殺意」が宿っている。

四竜の力を極限まで引き出した「真・甲竜王の装備」は、禍々しい瘴気を切り裂くように、静かな、しかし苛烈な白銀の輝きを放ち続けていた。

 

「……三智子から、すべてを奪った貴様を……俺は絶対に許さない」

 

瞬の低い声が、震える空間を圧していく。

背中の光の翼を大きく羽ばたかせ、瞬は一陣の閃光となって邪神へと肉薄した。

 

「――『閃光斬』!!」

 

「無駄だ!!」

 

邪神が指先を振るうと、闇の奔流が防壁となって瞬の剣を受け止めた。

凄まじい衝撃波が異空間を揺らし、虚空に亀裂が走る。

瞬は弾き飛ばされながらも、空中で体勢を立て直し、すぐさま次の一撃を放つ。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

剣筋は鋭く、重い。

一振りごとに三智子との思い出が、彼女を失った喪失感が、そして邪神への果てしない憎悪が、魔力となって刃に宿る。

邪神はそれを余裕の表情で受け流しながら、執拗に瞬の心を抉る言葉を投げかけ続けた。

 

「くはは! その目はいい! だが、お前がどれほど足掻こうと、あの娘はもう戻らぬ。

我が植え付けてやった憎悪に身も心も焼き切られ、最後にはお前の腕の中で、絶望と共に果てたのだからな。

……あぁ、あの死に際の接吻は、さぞかし甘美だったことだろう!」

 

「黙れぇぇぇぇッ!!」

 

瞬の咆哮が、混沌の領域を震わせる。

 

彼の怒りに呼応し、白銀の鎧に紅蓮の炎と碧の旋風が渦巻く。四竜の力が、瞬の魂と一つに溶け合い、限界を超えた力を生み出し始めていた。

 

 

一方、瞬と邪神が死闘を繰り広げているその裏側で、驚くべき事態が進行していた。

女神が去り、瞬がゲートへと消えた後の玉座の間。

女神は「邪神が死体を回収した」と判断していたが、それは大きな誤認だった。

三智子の亡骸をその場から秘密裏に回収し、聖域へと転送したのは、瞬の魂に宿る「四竜」たちの意志だったのである。

 

「……急げ。女神や邪神の干渉が届かぬ、我らの領域へ」

 

瞬の意識の深層で、碧竜が静かに他の竜達に告げる。

彼らは、瞬が女神の分身と対峙し、邪神の挑発に意識を向けていた僅かな隙を突き、自分たちの全魔力を注ぎ込んで三智子の遺体を保護・回収していたのだ。

今、四竜たちは、瞬の精神世界と繋がる深淵の聖域において、横たわる三智子の亡骸を囲むようにして実体化していた。

 

「……瞬に、このような結末を与えるわけにはいかない」

 

紅蓮竜イグニールが、慈愛に満ちた声で呟く。

彼らには分かっていた。

瞬が邪神との戦いに勝利したとしても、三智子を失ったままでは、彼の心は永遠に救われないことを。

そして、そんな抜け殻のような状態で、この世界を救ってくれた勇者を元の世界にたった1人で帰すわけにはいかないことを。

 

「我ら竜の誇りにかけて。この少女の命、繋ぎ止めてみせるぞ」

 

白竜の冷気が三智子の肉体の崩壊を止め、地竜の加護が彼女の生命の器を修復していく。

それは、世界を守護する竜たちにとっても、文字通り己の命を削る行為だった。

 

三智子には、邪神の呪いによる肉体の損傷と、彼女がルシーズとして背負ってしまった魂の業が深く刻み込まれている。

 

だが、竜たちはそれを「否定」するのではなく、瞬が放った「浄化の光」の残滓を核にして、彼女の魂を洗い流すように再構成していく。

 

「瞬が、元の世界に戻ることを望むならば……この少女もまた、同じ場所へ帰らねばならぬ」

 

彼らが注ぎ込むのは、単なる魔力ではない。

これまで瞬と共に歩み、彼の三智子への想いを見守り続けてきた竜たちが抱いた、人間という種への、そして瞬という勇者への深い敬愛と共鳴だった。

 

「(……中島三智子よ。聞こえるか)」

 

イグニールの声が、虚無の淵を漂う三智子の意識の欠片に呼びかける。

 

「(まだ、眠るには早い。あの若者が、すべてを賭けて勝ち取ろうとしている未来を……お前が共に歩まなくてどうする。

……生きろ。竜の命を喰らってでも、目覚めるのだ)」

 

竜たちの莫大な魔力が黄金の奔流となり、三智子の静止していた心臓へと流れ込んでいく。

彼女の青白かった肌に、奇跡のように微かな赤みが差し始める。

それは、彼女を縛る邪神の支配から解き放たれた、全く新しい「生命の灯火」の萌芽であった。

 

 

瞬と邪神の戦闘は、時が経つにつれ、瞬の攻撃が次第に邪神の闇を切り裂き始め、均衡を崩し始めていた。

 

「な、何だ……この力は!? 絶望しているはずのお前から、なぜこれほどの『希望』の波動が溢れ出す!?」

 

邪神の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。

瞬は気づいていない。竜たちが三智子のために命を懸けていることを。

だが、魂の繋がりを通じて、彼は無意識に感じ取っていた。

まだ、すべてが終わったわけではないということを。

自分の奥底に、まだ守るべき温もりが残っているという予感を。

 

「邪神……貴様を倒し、俺は……三智子を連れて、元の世界に帰る!!」

 

瞬の剣が、太陽のような眩い光を放つ。

神々の弄ぶ運命を断ち切るための、究極の一撃。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

瞬の叫びが、邪神の玉座を、そして混沌の領域を真っ白に染め上げた。

 

混沌が支配する邪神の領域。 それすらも凌駕する白銀の閃光。

邪神の漆黒の波動をも飲み込んでいく。

 

「これでッ!!!……終わりだ!!!」

 

瞬の咆哮が、虚空を震わせる。

四竜の全ての力を一点に集束させ、三智子への愛と、彼女を奪った者への憤怒を燃料とした「真・甲竜王の剣」が、ついに邪神の胸元へと突き立てられた。 純白の輝きが闇を内側から食い破り、邪神を光の粒子へと分解していく。

 

「な……、……馬鹿な……。この、不完全な、……人間ごときに……、……我が……、……ぐ、ぁああああああああああああああッ!!」

 

邪神の絶叫が響く。

漆黒の玉座が砕け、邪神の形を成していた闇が霧散していく中、その崩壊する顔に歪んだ嘲笑が浮かんだ。

 

『……喜ぶがいい、勇者瞬よ……。だが、忘れるな……。

我は闇、……人の心の隙間に巣食う、……不滅の概念だ。

……いずれ、必ず復活する。……この世界を再び支配し、

……お前たちの世界をも、……絶望の色に染めてやる……。

……いずれ、……すべては我の……、……腕の中に……』

 

呪いのような恨み節を遺し、邪神の存在は完全に消滅した。 光が収まり、残されたのは、音も光も届かない、空虚で広大な暗闇の空間だけだった。

 

瞬は、その場に力なく膝をついた。

「甲竜の装備」は激しい消耗によってその輝きを失い、あちこちがひび割れ、煤けている。

全身の筋肉が断裂しそうなほどの激痛を訴えていたが、それ以上に、彼の心を支配していたのは、底知れない「虚しさ」だった。

 

「……終わった、のか……?」

 

震える手で、自分の剣を見る。

邪神を討った。世界を破滅から救った。

だが、その代償に失ったものは、あまりにも大きすぎた。

目を閉じれば、今も腕の中に残る三智子の冷たい感触が蘇る。

彼女が最期に遺した接吻の熱が、唇を焼くように残っている。

 

「……三智子。……ごめんな。……俺だけ、……生き残っちゃったよ……」

 

涙さえ枯れ果てたと思っていたのに、頬を熱いものが伝い落ちる。

神を殺した達成感など、一欠片もない。

あるのは、愛する人を自らの手で死に追いやったという、消えることのない罪悪感と喪失感だけだった。

 

しばらくの間、瞬は暗闇の中で蹲っていた。

ふと、我に返り、周囲を見渡す。

邪神が消滅したこの領域は、もはや崩壊を待つだけの虚無の世界だ。

入る時に使ったゲートは跡形もなく消え、どこまで行っても出口のない闇が続いている。

 

「……どうやって……、……出ればいいんだ?

ここから、……どうやって……」

 

冷静さを取り戻すにつれ、焦燥が彼を襲う。

瞬は立ち上がろうとしたが、指一本動かす力すら残っていない。

 

(三智子……俺、……もう……)

 

意識が遠のき、暗闇に飲み込まれそうになったその時。

彼の頭の中に、雷鳴のように重厚で、しかし慈愛に満ちた声が響き渡った。

 

『――案ずるな、瞬よ。お前の戦いは、我らがすべて見届けていた』

 

「……イグニール……様……?」

 

『お前は成し遂げた。……さあ、還ってこい。我らの守護する地へ』

 

瞬の身体が、柔らかな黄金の光に包み込まれた。

闇が裂け、彼の意識は次元の狭間へと吸い込まれていった。

 

 

次に瞬が目を開けた時、そこは見たこともないほど美しい、神秘の森であった。

巨木が空を突き、大気中には生命の源たる魔力が霧のように漂っている。 聖なる泉のほとり、瞬は柔らかな草の上に横たえられていた。

 

周囲には、四頭の巨大な竜たちが静かに佇んでいる。

紅蓮竜イグニール、碧竜、白竜、そして地竜。

彼らは瞬を囲み、その巨大な瞳に深い敬愛の光を宿していた。

 

「……ここは……」

 

「我らが源流、竜の聖域だ」

 

イグニールが静かに告げると、白竜が柔らかな息を吹きかけた。

その冷気は瞬の傷を優しく撫で、女神の強引な治癒とは異なる、魂の根源から癒されるような安らぎを瞬に与えた。

 

「瞬、感謝する。……邪神の闇を祓い、この世界の理を歪める楔を断ち切ったお前の功績は、千年の時を超えて語り継がれるだろう。

お前こそ、真の勇者であり、我ら竜の盟友だ」

 

竜たちの言葉は、本来なら無上の名誉であっただろう。

だが、治療を受け、身体の痛みが引くにつれ、瞬の心には再び暗雲が垂れ込めた。

 

「……違うんだ。……俺は……、……俺は……」

 

瞬の目から、大粒の涙が溢れ出した。

彼は草を掴み、地面に顔を伏せて泣きじゃくった。

 

「……三智子を……、……俺、……三智子を……助けられなかったんだ……!

俺が、俺の手で……、……あんなに苦しんでた三智子を……、……助けることもできずに……っ!! ……俺は勇者なんかじゃない! 彼女一人、……守れなかったんだ……!!」

 

声を限りに叫ぶ瞬の慟哭。

その悲しみは、竜たちの聖域の空気を震わせた。

だが、イグニールは動じることなく、その巨大な頭を瞬のすぐそばまで寄せた。

 

「……心配するな。瞬」

 

「……え……?」

 

「お前は彼女を『救った』のだ。

……そして、我ら竜もまた、お前のその尊き意志に応えねばならぬと考えた」

 

 

イグニールが合図するように視線を向けた。

森の奥、光が最も強く差し込む場所から、誰かがゆっくりと歩いてくる。

瞬の心臓が、痛いほどに跳ね上がった。

見間違いではない。

そこにいるのは、あの忌まわしい漆黒の鎧姿ではない。

あの日、日本で最後に見た時と同じような、穏やかで優しい雰囲気を纏った……。

 

「……しゅん……ちゃん」

 

鈴の音のような、愛おしい声。

 

「……み、……みち、こ……?」

 

瞬は、呼吸を忘れた。

立ち上がろうとして、足ををもつれさせながらも、必死に彼女の方へと這い寄る。

 

三智子は、涙を浮かべて微笑みながら、瞬に向かって駆け寄ってきた。

その足元は確かで、その瞳にはかつての茶色の輝きが完全に、そしてより強く宿っている。

邪神の呪いも、ルシーズとしての罪悪感も、すべてを竜たちの祈りによって浄化された、真の中島三智子がそこにいた。

 

「瞬ちゃん!!」

 

「三智子ぉぉぉぉッ!!!」

 

三智子は、地面に膝をついたままの瞬の胸に、全力で飛び込んだ。

ぎゅっと、その細い腕で彼の首に抱きつく。

瞬の鼻を突いたのは、血の匂いでも焦げた匂いでもない。

日向のように温かく、清らかな、彼がずっと追い求めていた三智子自身の香りと温もりだった。

 

「生きて……、……三智子、……生きてるのか!?

本当に、……本当に、三智子なんだな……!?」

 

「うん、……うん! 瞬ちゃん、……ありがとう……。

……迎えに来てくれて……、……助けてくれて……本当にありがとう……!」

 

瞬は、驚きと感激、そしてあまりにも巨大な幸福の奔流に呑み込まれ、動くことができなかった。

腕の中に感じる、三智子の心臓の鼓動。

背中に回された、彼女の手の温かさ。

それは夢でも幻でもない、確かな「生命」の証明だった。

 

「……よかった……。……ああ、……本当によかった……っ!!」

 

瞬は彼女を、骨が折れんばかりに抱きしめ返した。

竜たちの聖域で、二人の少年少女は、ようやく本当の意味で再会を果たしたのだ。

 

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