甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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瞬の、迫真の演技 です。


第39話:女神を騙す方法

竜の聖域を包んでいた静寂が、白光によって引き裂かれた。

次元を強引にこじ開けるその力は、あまりにも傲慢で、生命の営みに対する敬意など微塵も感じられない。

三池瞬の身体は、天へと引き上げられ、瞬きする間に「天界」へと転送されていた。

 

視界を埋め尽くすのは、目に痛いほどの純白と、黄金の回廊。

耳を打つのは、実体のない天使たちが奏でる、空虚な賛美歌。

 

「……来ましたね、勇者よ」

 

回廊の奥、高い玉座に鎮座するのは、この世界の管理者、女神ウンディーネであった。

彼女は慈愛に満ちた微笑を浮かべているが、その双眸は鋭く、瞬の魂の奥底を覗き込もうとしている。

 

瞬は、甲竜の兜の奥で、自身の表情を「勇者」へと固定した。

ここからは、一瞬の隙も許されない。

心臓の鼓動一つ、呼吸の乱れ一つが、自分たちの未来を左右する。

 

 

女神は優雅に玉座から立ち上がり、瞬の元へと歩み寄った。

彼女が纏う神気が、瞬の疲弊した身体を包み込み、癒し始める。

だが、その癒しはどこか冷淡で、傷ついた道具を修理するような冷たさを孕んでいた。

 

「邪神を討ち取ったこと、まずは称えましょう。

瞬。あなたは私の期待を超え、邪神を倒し、この世界に平和をもたらてくれました。

……ですが、少しばかり転送に時間がかかったようですね。

竜の領域へ運ばれたと聞き、心配しておりました」

 

女神の言葉には、隠しきれない「疑念」が混じっていた。

彼女は、四竜が、瞬に余計なことを吹き込んでいないか、て強く警戒している。

 

「……竜たちに、何か言われましたか?」

 

射抜くような視線。

瞬は、あらかじめ用意していた「怒りの表情」を、内側から爆発させるように顔に出した。

彼は拳を握りしめ、あえて女神の目を真っ向から睨みつける。

 

「何か言われたか、だと……!?

笑わせるな! 奴らは……あのトカゲどもは、ただの役立たずだったよ!!」

 

瞬の怒号が、天界を震わせた。女神の眉が、僅かにピクリと動く。

 

「俺に……、奴らはこう言ったんだ。

『三智子を救えなかった自分たちの無力を詫びる』と!

四竜だなんて大層な名前を名乗りながら、結局は邪神の力に怯え、三智子がルシーズとして苦しんでいる時も、死の淵にいた時も、奴らはただ見ていただけだったんだ!!」

 

瞬は声を枯らして叫び、足元を蹴り上げた。

 

「ねぎらいの言葉なんていらない!

奴らの謝罪なんて、一文の価値もないんだ!

なぜ、三智子を……俺の、たった一人の最愛の人を助けられないんだって、俺は奴らを怒鳴りつけてやったよ!!」

 

その叫びには、嘘偽りない「悲しみ」が混じっていた。

三智子を失った(と女神に見せかけている)慟哭を、竜たちへの怒りにすり替える。

その迫真の演技に、女神の瞳の奥にあった疑念の色が、みるみると薄れていくのを瞬は感じ取った。

 

(……そうだ。信じろ。俺は絶望し、周囲のすべてを憎む、哀れな勇者だと思い込め……!)

 

女神は、満足げに微笑んだ。

人間という矮小な種族は、感情に支配されやすい。

愛する者を失った喪失感を、他者への攻撃性に転化するのは、彼女にとって「理解しやすい人間の振る舞い」であった。

 

「そうでしたか。

竜たちも、あなたという傑出した勇者の前では、己の無力を恥じるしかなかったのでしょう。……ですが、悲しむことはありません、瞬」

 

女神は、瞬の肩に優しく手を置いた。

その感触に、瞬は吐き気を堪える。

 

「あのように清らかな魂を持つ少女が、邪神の犠牲になったままなど、この私が許しません。

約束通り……三智子は、私の力をもって、『完全な形』で蘇らせましょう。

彼女は、あなたと共にこの世界で生きる権利があります」

 

女神の提案は、かつての瞬であれば、涙を流して感謝したであろう「奇跡」の約束だった。

だが、今の瞬には、それがどれほど悍ましい「嘘」の宣告であるかが分かっていた。

 

「蘇った三智子と共に、この世界で二人の幸せを育むのです。

あなたは勇者として、これからも世界の平和を守り続ける義務がある。

……人々はあなたを王として称えるでしょう。

三智子も、この美しい世界の王妃として、永遠に等しい時をあなたと歩む。

……素晴らしいことだと思いませんか?」

 

「……この世界で、ずっと暮らせ……だと?」

 

瞬は、掠れた声で聞き返した。

女神は、さも当然だというように頷く。

 

「ええ。元の世界……『日本』でしたか?

あのような魔力もなく、寿命に縛られた不自由な世界へ戻るよりも、神の加護があるこの地で生きる方が、あなた達にとっても幸せなはずです。

……さあ、勇者よ。この手を取り、私と共にこの世界の秩序を守って下さい」

 

瞬の頭の中で、竜たちの警告が鳴り響いていた。

 

『女神は、お前をこの世界に縛り付けるために、三智子を蘇らせるという約束を守るだろう。

……魂の無い、肉の人形を。

……もしそれを受け入れれば、お前たちは二度と、故郷の土を踏むことはできない』

 

勝負の刻が来た。

瞬は、自分の中にある三智子への愛を、一時的に心の奥底、誰にも見えない深淵へと隠した。

そして、代わりに「俗物的な欲望」と「逃避の念」を、全身に行き渡らせる。

 

「……冗談じゃない!! ……誰が、こんな不便な世界に残るもんか!」

 

「……今、何と?」

 

女神の表情が、凍りついた。

瞬は、嘲笑うような笑みを浮かべ、首を左右に振った。

 

「邪神は倒したんだ。もう俺の仕事は終わったんだろ!?

なぜ、いつまでもこんな不衛生で、娯楽もない、殺伐とした世界にいなきゃいけないんだ!

魔法が使えるから何なんだ!?

美味い飯もなければ、最新のゲームも、清潔な風呂もない。

……俺は、疲れたんだよ!!」

 

瞬は、投げ出すようにその場に座り込んだ。

 

「邪神を倒せば帰してくれる……。あんたはそうも言ったはずだ。

……もう十分だ。解放してくれ。

俺は日本に帰って、元の普通の生活に戻りたいんだ!」

 

女神は、信じられないものを見るような目で瞬を見下ろした。

 

「……瞬、あなた……何を言っているのですか。

三智子のことはどうするのですか?

彼女は、このままでは一緒に日本へは帰れないのですよ……?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「彼女の肉体は滅び、魂は彷徨っている。

それを、私の魔力によって結び付け、再構築するのです。

この世界と結びついた存在として蘇る彼女は、魔力のない日本へ戻れば、その存在を維持できず消滅してしまう。

……彼女が生きられるのは、この世界だけなのです。

……彼女を見捨てるというのですか?」

 

女神の言葉は、冷酷な二者択一だった。

『三智子と共にこの世界に残るか。彼女を捨てて自分だけ帰るか』

彼女は、彼が愛を選び、この世界の「守護者」という名の奴隷になることを確信していた。

 

瞬は、心の中で三智子に詫びた。

(三智子……許してくれ。

今から、きみが一番聞きたくない言葉を、俺は言う……!)

 

瞬は立ち上がり、狂ったように笑い出した。

その目は赤く充血し、怒りと利己的な欲望に染まっているように見えた。

 

「……ハハハ! 消滅? なら、好都合じゃないか!!」

 

「……なっ……!?」

 

「いいか、よく聞けよ、女神サマ!

俺はこの一年、三智子のことばっかり考えて、死ぬ思いをして戦ってきたんだ!

でも、その結果がこれだ! 彼女は、俺の手を血で汚させ、俺の心に一生消えない傷を植え付けた!

……あんな、死にざま……俺がどれだけ苦しんだか、あんたに分かるか!?」

 

瞬は一歩、女神へと詰め寄った。

その気迫に、神であるはずの彼女が思わず後ずさる。

 

「三智子はもう不要だ!!

そもそも、あんな女を連れて帰って、どうしろって言うんだ!?

日本に帰って、彼女があの殺戮の記憶を思い出して狂ったら、俺の人生はどうなる!?

……俺は、自分の人生をやり直したいんだ!

あの日、召喚される前に戻りたいんだよ!!」

 

瞬の怒鳴り声が、天界の回廊に反響する。

「あんな重い女、もう御免だ!

三智子はここに置いていく!

あんたが勝手に蘇らせて、勝手に聖女にでも何でもすればいいだろ!

……俺は帰る! 日本に帰してくれ!! 今すぐにだ!!」

 

沈黙が、天界を支配した。

女神は、瞬を見つめていた。

その瞳には、もはや慈愛も、期待も、興味さえも残っていない。

ただ、自らが選び出し、最高級の駒として育て上げた勇者が、これほどまでに矮小で、利己的で、愛さえもかなぐり捨てる「俗物」であったことへの、底知れない失望だけがあった。

 

「……そうですか。……三池瞬。私の選定が、どこで狂ったのか……」

 

女神は、溜息を吐いた。

彼女にとって、瞬はもはや「英雄」ではなく、ただの「邪神を倒すという役割を終えた、壊れた道具」に成り下がったのだ。

 

「……いいでしょう。邪神が消滅した今、この世界に大きな混乱は当面訪れない。

あなたが残ろうと帰ろうと、私の管理には些細な問題です。

……最低限の仕事は果たしたのですから、望み通り、その薄汚れた故郷へ帰して差し上げましょう」

 

女神は、興味を失ったように背を向けた。

彼女が掌を軽く振ると、瞬の足元に、強引で乱暴な次元の歪みが生じた。 それは、丁寧な送り出しではない。邪魔な塵を掃き出すような、傲慢な排除の力。

 

「……さようなら。二度と、私の視界に入らぬように」

 

 

次元の奔流が瞬の身体を飲み込み、引き裂くような衝撃が走る。

だが、瞬の心は、かつてないほどの歓喜と勝利感に満ち溢れていた。

 

(勝った……!!)

 

女神を騙し抜いた。

神の傲慢さを逆手に取り、自分を「価値のない男」だと思わせることで、真の自由を勝ち取ったのだ。

女神は、瞬が三智子を捨てたと思っている。

だからこそ、日本に帰った瞬をこれいじょう監視することも無いだろう。

瞬の身体が光の粒子となり、異世界の空を越え、星々を越え、概念の壁を突破していく。

 

意識が遠のく中、瞬の脳裏には、日本の情景が浮かんでいた。

夕暮れの風。 微かに香る、草と水の匂い。

そして、そこで自分を待っているはずの、世界で一番大切な少女の笑顔。

 

(今行くよ、三智子……! 俺たちの世界に、帰ろう……!)

 

まばゆい光がすべてを塗りつぶし、三池瞬の「勇者」としての物語は、ここに幕を閉じた。

そして、一人の「少年」としての、新しい人生の1ページが、今、開かれようとしていた。

 

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