甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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原作漫画第1部までを書ききることができました。
初めてのハーメルンの投稿で、AIの力も借りての投稿でしたが、
ここまで続けてこれたのは、見てくださった皆様のおかげです。
心から感謝いたします。

原作漫画第2部も、漫画を読み返して書き始めています。
かなり独自のものになりますが、リタ姫も登場させようと思うので、
ぜひこれからもよろしくお願いします。


第40話:帰還 (第1部最終話)

眩い光が視界を埋め尽くしたかと思った次の瞬間、三池瞬の全身を激しい衝撃が襲った。

 

「――っ!、ぁ、がっ!!」

 

身体を丸める暇もなかった。

次元を力任せに引き裂き、不要なものを放り出すような、女神によるあまりにも乱暴な強制転移。

瞬の身体は、地面の上に容赦なく叩きつけられ、しりもちをついた。

 

「はぁ、……っ、はぁ……っ、痛てて……」

 

肺の中の空気が一度に押し出され、喘ぐような呼吸が喉を震わせる。

視界が激しく点滅し、平衡感覚が狂い、吐き気がこみ上げる。

だが、それ以上に瞬の感覚を揺さぶったのは、全身を包み込む「空気」の劇的な変化だった。

 

ヴィルガストの、魔力の漂う空気ではない。

鼻を突くのは、微かな排気ガスの匂いと、公園の植え込みから漂う湿った土の香り。そして、夕暮れ時特有の、どこか寂しげで、けれどひどく安心させる日本の町の匂い。

 

瞬は、激しく脈打つ鼓動を抑えながら、震える手で自身の身体を確認した。そこには、先ほどまで纏っていた、「甲竜の装備」はなかった。

 

「……これ、は……」

 

着ている服を確認すると、いつもの見慣れた高校の制服だ。

ボタンの一つ一つ、袖口の綻び、首元のカラーの窮屈さ。

すべてが、彼が異世界へ旅立つ直前の、ただの高校生であった三池瞬の姿そのものだった。

 

瞬は、確かめるように周囲を見渡した。

そこは、あの日、三智子と共に下校している最中、女神によって召喚された坂道の近くの公園だった。

微妙に錆び付いたブランコ、ペンキの剥げたシーソー、

そして夕闇に沈みかけた砂場。

公園の入り口に立つ街灯は、まだ点灯する前の静寂を保っている。

瞬は、震える手で腕時計を確認した。

時計のアナログ盤が、瞬の目を見開かせた。

日付は、あの日。

時間は、彼らが異世界へと連れ去られた、まさにその瞬間のまま。

 

「……時間が、進んでいない……?」

 

異世界で過ごした、あの一年。

三智子と引き離され、女神・四竜・邪神……、異世界の旅……。

王都での戦い、冷たくなる彼女の手……、そして……。

色々なことが思い返される。

 

「……はは、帰って来れたんだ……」

 

乾いた笑いが、瞬の喉から漏れた。

安堵か、それとも虚脱か。

ヴィルガストで一年の時を歩み、魂を削り、ボロボロになりながら帰ってきたというのに、世界は何も変わらず、平穏を保っている。

 

「……よかった。家族や皆に心配をかけずに済む……」

 

だが、すぐに瞬の表情は引き締まった。

 

「……そうだ。……三智子は、どこだ……!?」

 

瞬は、思わず立ち上がった。

しりもちをついた時の泥が付いているのも構わず、必死に周囲を探す。

 

女神を騙し、「三智子は不要だ」と偽って一人で日本への帰還を望んだのは、すべて竜たちが三智子を先に送り届けてくれたからだ。

もし、竜たちの力が女神に阻まれていたら。

もし、三智子になにかあったとしたら……。

 

「三智子! 三智子!! 返事をしてくれ!! どこにいるんだ!!」

 

瞬の叫びが、静かな公園に響き渡る。

しかし、返ってくるのは冷たい風の音だけだった。

公園の出口を見る。

誰もいない。広場の中央、植え込みの奥。どこにも、三智子の姿はない。

焦燥が、冷たい汗となって背中を伝う。

心臓が、痛いほどに警鐘を鳴らし始めた。

もし、自分だけがこの平和な日本に帰されたのだとしたら――。

 

「お願いだ、……嘘だろ、……そんなの、……三智子ぉッ!!」

 

瞬は声を限りに叫び、膝から崩れ落ちそうになった。

視界が涙で滲み、せっかく戻ってきた日常の風景が歪んでいく。その時だった。

 

「――……だーれだ?」

 

唐突に、視界が遮られた。

背後からそっと忍び寄った誰かの、柔らかな、けれど少し震える手のひらが、瞬の目元を優しく覆ったのだ。

 

瞬の全身に、衝撃が駆け抜けた。この温もり。

この、柔らかくて小さな手の感触。

そして、耳元で囁かれた、鈴の音を転がすような、慈愛に満ちたその声。異世界で何度も夢に見、絶望の淵でもその名を叫び続けた、たった一人の少女の声。

 

「……み、……三智子……?」

 

瞬が、消え入るような声で三智子の名を呼ぶ。

目元を覆っていた手が、ゆっくりと、愛おしむように解かれた。

瞬は、弾かれたように振り返った。

 

「……ふふ。……瞬ちゃん、大正解」

 

そこに立っていたのは、茶色の瞳に黒髪。

瞬と同じ高校の、清潔感のあるセーラー服。

そして、涙をいっぱいに溜めながら、けれど太陽のように眩しく、向けられている最高の笑顔。

 

「……ぁ、……あぁ……っ、……あぁ……!!」

 

瞬の喉から、言葉にならない呻きが漏れた。

彼は、三智子の細い肩を、強く、強く抱きしめた。

 

「三智子! 三智子ぉぉぉッ!!」

 

「瞬ちゃん、……苦しいよ……っ。

……でも、……よかった。……本当によかった……っ!」

 

三智子もまた、瞬の身体に腕を回し、顔を埋めて泣きじゃくった。

伝わってくる、三智子の確かな体温。

ドクン、ドクンと、規則正しく打たれる生命の鼓動。

あの日、冷たい玉座の間で、一度は完全に止まってしまったはずの、あの温かな心臓の音が、今、瞬の胸に直接響いている。

 

「……本当に、本当に……三智子なんだな……!?」

 

「……うん、……うん! ……私だけ先に帰してもらったから、……怖かったの。……瞬ちゃんが、……戻ってこなかったら、どうしようって……」

 

「……ごめん、……待たせてごめん。

……俺、……女神に……三智子はもういらないなんて、……あんな嘘を……っ」

 

「いいの、……わかってるよ。

……私を守るための嘘……、無事に帰ってきてくれて、よかった……」

 

三智子は瞬の胸の中で、声を上げて泣き続けた。

 

瞬は、三智子の背中を優しく撫で、彼女の匂いを深く吸い込んだ。

ルシーズだったときの血の匂いでも、憎しみに満ちた魔力でもない。

陽だまりのような、温かい匂い……。

 

「……三智子。……俺、……君に……、

……言いたいことが、たくさんあるんだ」

 

瞬がそう告げると、三智子は少しだけ顔を上げ、涙で濡れた瞳で瞬を見つめた。

 

「……私も。……私もだよ、瞬ちゃん。

……あなたに伝えたいこと、……山ほどあるんだから。……でも、……今は、こうさせて……」

 

三智子は再び瞬の胸に顔を埋め、瞬の心音を確かめるように耳を寄せた

。二人は、時が止まったままの公園の真ん中で、いつまでも、いつまでも抱きしめ合っていた。

 

周囲では、遠くで犬を呼ぶ飼い主の声や、家路を急ぐ自転車のベルの音が聞こえる。

世界は、二人が異世界で命を懸けて戦ってきたことなど、露ほども知らない。

今日という日が、明日へと繋がることの尊さ。

愛する人の手が、温かいことの奇跡。

そんな、当たり前すぎて誰もが見落としてしまう「幸福」を、二人は血を吐くような苦難の果てに、ようやくその手に取り戻したのだ。

 

「……救えたんだ。本当に……」

 

瞬は、隣にいる三智子の存在を、噛み締めるように呟いた。

三智子は、震えながら瞬に話しかける。

 

「……うん、本当にありがとう……。

 あなたと引き離されて、邪神に捕まって……。

 洗脳されて、記憶も操作されて……。

 こうやって、日本に帰ってこれたなんて……。夢みたい……」

 

三智子の目から、再び大粒の涙が零れ落ちる。

 

「……ごめんなさい、瞬ちゃん。

……あんな、酷い言葉を……。あなたを、あんなにボロボロにして……」

 

ルシーズとして、瞬を傷つけた記憶に苦しむ三智子。

瞬は、繋いでいた手に力を込め、彼女を優しく引き寄せた。

 

「いいんだ。あれは君のせいじゃない。

邪神が君の心を弄んだんだ。……それに、俺は分かってたよ。

君がどれだけ苦しんでいたか。……だから、自分を責めないで」

 

瞬の言葉に、三智子は涙を拭い、少しだけ顔を上げた。

そして、今度は別の感情……込み上げてくる猛烈な気恥ずかしさに、顔を林檎のように真っ赤に染めた。

 

「……それと、……もう一つ、……どうしても……恥ずかしくて死にそうなことがあって……」

 

三智子は両手で自分の顔を覆い、指の隙間から瞬を見つめた。

 

「……あの、鎧。……あのルシーズの時の、格好……」

 

瞬は一瞬、呆気に取られたが、すぐに彼女が何を言いたいのかを察して、口元を綻ばせた。

「……ああ、あの露出の多いやつか」

 

「笑わないで! ……あんな、……あんなおへそ丸出しで……。

太もももあんなに出して……。

……邪神に操られてたとはいえ、あんな格好で、……あなたの前に立ってたなんて……。

……私、恥ずかしくて……」

 

三智子はベンチの上で身を縮め、消え入りそうな声で呻いた。

確かに、邪神の装備は、禍々しくも露出が多く、危うさがあった。

少女の幼さを残しながらも、成熟した女性のような危うい色香を強調するその姿は、彼の心にも強く残っていた……。

 

瞬は、最初に出会った、砦での戦いを思い出した。

 

力の差がありすぎ、全く敵わず、胸を押し付けられた、あの感触……。

その後に腹パンされたことも思い出し、思わず震えてしまったが……。

 

「……まあ、確かに目のやり場には困ったけどさ。

……でも、その、……すごく、似合ってたよ……」

 

瞬が顔を赤くしながら言うと、三智子の顔は恥じらいだけでなく、怒りも混ざりさらに赤くなった。

 

「……似合ってるなんて、言わないで……!」

 

「本当だよ。……それに、覚えてるか?

砦での戦いの時。

……君が俺を追い詰めた後、……その、……胸を押し付けてきたこと……」

 

「……っ!!」

 

三智子は言葉を失い、口をパクパクとさせた後、激しく首を振った。

 

「……嘘! ……嘘でしょ!? ……そんなの、……私、……あなたに、そんな、破廉恥なこと……っ!」

 

「嘘じゃないって。

……俺、あの時、心臓が止まるかと思ったんだから。……命の危険だけじゃなくて、……別の意味でさ」

 

瞬が少し悪戯っぽく笑いながら、

 

「まあ、そのあと、物理的に心臓を止められそうになったけど……」

 

と少し顔色を悪くし、腹部をさすりながらからかうと、三智子はしゃがみこみ、必死に顔を隠した。

 

「……もう、……瞬ちゃんのバカ!

……忘れなさい! 今すぐ忘れなさい!

……あんなの、私じゃないんだから!」

 

「あはは、無理だよ、あんなに強烈だったんだから。

……でも、あの時は、挫けそうになったんだ……」

 

瞬の声から、からかうような響きが消えた。

三智子は指の間から、そっと瞬の目を見た。

 

「……瞬ちゃん。……あなたは、どうだったの?」

 

三智子が、肩越しに瞬を見上げた。

 

「……あなたは、どんな一年間だったの?」

 

瞬は視線を夜空の彼方、今はもう見えないヴィルガストの空へと向けた。

 

「……そうだね。あの戦いの後、俺は四つの竜の聖域を回ったんだ。

……灼熱の火山、極寒の氷穴、……ひとつひとつが、魂を試される試練の連続だったよ」

 

瞬は、イグニールたち四竜との出会いを語り始めた。

一歩間違えれば塵も残さず焼き尽くされるような威圧感。

勇者としての資質を問われる、過酷な試練。

そして、女神がいかに自分たちを「駒」として扱い、縛り付けようとしていたか。

 

「……女神は、最初から君を助けるつもりなんてなかったんだ。

……邪神を倒すための『生贄』として、君を利用してただけだった。

……四竜たちは、その話を聞いて俺に力を貸してくれたんだ」

 

瞬の語る言葉の一つ一つを、三智子は息を呑んで聞き入っていた。

自分が知らない場所で、瞬がどれほどの孤独と戦い、自分を救い出すためにどれほどの重荷を背負ってきたのか。

その献身の深さに、彼女の胸は締め付けられるような想いでいっぱいになった。

 

「……私のために、……神様まで敵に回してくれたんだね」

 

「……敵に回した、っていうか……。

……最後に女神を騙した時は、正直、生きた心地がしなかったよ。

……でも、……君を先に日本へ送ってくれたから、イグニール達を信じて、……俺は、君なんていらない、一人で帰るんだって、……心を鬼にして嘘をつけたんだ」

 

瞬が語る「女神を騙した方法」。

それは、たった一人で女神を騙し切るための彼の決意。

何よりも三智子を愛しているからこそできた、命懸けの芝居だった。

 

「……やっぱり、……私の、私だけの勇者様だね!」

 

三智子が、瞬の頬にそっと手を触れた。

「……でも、もう、そんなに無茶しないで。

……私、……あなたがいなくなったら、一人で生きていくなんて、絶対に無理だから」

 

「わかってる。……これからは、ずっと一緒だよ」

 

瞬は三智子にそっと唇を寄せた。

ヴィルガストの空の下で誓った、どんな困難があっても君を連れ戻すという約束。

それは今、この日本の静かな公園で、ようやく完全に果たされたのだ。

 

「……日常に帰ってこれたんだね」

 

三智子が、ふと夜の静寂に耳を澄ませた。

遠くで響く電車の音。近所の犬が吠える声。

どこかの家から聞こえてくる、笑い声やテレビの音。

それらすべてが、生命が脅かされることのない、平和の証。

 

「……ああ。……いいもんだな、日本は」

 

瞬は、大きく息を吐いた。

鎧の重みも、常に死を意識する緊張感もない。

ただ、隣にいる少女の体温を感じ、明日という日が当たり前に来ることを信じられる。

その事実に、瞬は心からの充足感を覚えていた。

 

「……瞬ちゃん。……お腹、空いてきちゃった」

 

三智子が、少し照れくさそうに、けれど幸せそうに言った。

「……家まで、送ってくれる?」

 

「もちろん。……君の家まで、ちゃんと送るよ」

 

瞬は立ち上がり、三智子の手を取って引き上げた。

二人は公園の出口へと歩き出した。

 

ヴィルガストでの出来事は、決して忘れられるものではない。

三智子の心に残る後悔も、瞬の身体に染み付いた戦いの記憶も、消えることはないだろう。

だが、二人はそれを「悲劇」としてではなく、共に乗り越えた「証」として、これからも抱えて生きていく。

 

「……ねぇ、瞬ちゃん」

 

「ん?」

 

「……大好きだよ」

 

三智子が、繋いだ手を少し揺らしながら、悪戯っぽく、けれど情愛を込めて囁いた。

瞬は、街灯の下で少し顔を赤くしながらも、力強く頷いた。

 

「……俺もだ。……三智子。……君を、二度と離さない」

 

日本の穏やかな風が、二人の間を通り抜けていく。

それは、二人をねぎらいような、優しく温かな風だった。

ここでの時間は、一秒も進んでいなかったかもしれない。

けれど、二人の魂は、あの異世界での一年を経て、何物にも代えがたい強さと絆を手に入れていた。

 

家路へと続く道。

並んで歩く二人の影が、街灯に照らされて一つに重なり合う。

かつて神々の手によって刃を交えさせられた二人は、今、ただの少年と少女として、自分たちの「日常」という名の新しい旅路を、共に歩み始めたのだった。

 

第1部 完

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