甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第7話:魂の壊死、偽りの救済

ヴィルガスト界の神殿に漂う空気は、三智子の精神が崩壊していくたびに、より冷酷な魔力を帯びて濃密になっていく。邪神の支配下にある彼女の脳裏には、今、彼女にとって最も残酷な「記憶」が映し出されようとしていた。

 

それは、三智子の魂に残っていた最後の、細い細い「情愛」の糸を断ち切り、彼女を永遠の闇へと突き落とすための処刑の光景であった。

 

■ 第4の光景:聖域での処刑

 

【偽りの記憶:勇者の覚醒と生贄】

 

視界に広がるのは、今の神殿とはまた別の、神々しい光に満ちた聖なる神殿だった。 そこには、女神から「勇者」としての聖なる力を授かり、白銀の鎧に身を包んだ三池瞬が立っていた。その背後には女神ウンディーネが微笑み、瞬の手には魔物を討つための聖剣が握られている。

 

三智子は、瞬に必死にすがりつき、ここまで着いてきた。一度も顧みられることなく、腕も足も生傷だらけ。ボロボロになった服のまま、震えながら彼に手を伸ばした。 『瞬ちゃん……よかった。これで、一緒に帰れるんだね……?』

 

だが、瞬が向けたのは、歓喜の表情でも安堵の笑みでもなかった。 彼は、汚らわしい虫を見るかのような目で、足元の三智子を冷たく見下ろした。その瞳には、勇者の力に酔いしれた男の、傲慢な優越感だけが宿っている。

 

『……帰る? お前と、一緒に?』

 

瞬は、嘲笑を浮かべながら聖剣を三智子の喉元に突きつけた。 『笑わせるなよ、三智子。俺は勇者になったんだ。この世界を救い、王として君臨し、美しい姫や最高の富を手に入れる。それなのに、お前みたいな「無能な荷物」を、いつまでも連れ回さなきゃいけないんだ?』

 

『瞬……ちゃん……?』

 

『お前は、俺の人生にとっての汚れだ。人間界にいた時から、俺の足を引っ張ってばかりのゴミだった。女神様も仰っているよ。「お前のような不浄な存在は、勇者の聖なる道には不要だ」ってね』

 

瞬は、生気を失くした顔色になった三智子の震える肩を乱暴に踏みつけた。鋼の具足が彼女の鎖骨を砕くような音を立てる。 『お前には、最後の役目を与えてやる。勇者である俺が、さらに高みへ登るための「生贄」になれ。お前の命こそが、俺がこの世界で英雄として認められるための最高の材料になるんだよ』

 

瞬は聖剣を構えた。三智子の瞳に、かつて自分を守ってくれると信じていたその刃が、夕陽を浴びて不吉に輝くのが映る。 『死ね、三智子。お前を殺して、俺は自由になるんだ! お前の泣き顔なんて、もう二度と見たくないんだよッ!!』

 

突き立てられた聖剣。 肉を引き裂き、骨を断つ凄まじい衝撃。 自分の胸が真っ赤に染まり、視界が急速に色を失っていく中で、三智子が最後に見たのは――自分を斬り捨て、清々したと言わんばかりの満面の笑顔で高笑いする、三池瞬の顔だった。

 

■ 砕け散った魂:暗黒の産声

 

「……ぁ、……あぁ……っ……ああああああああああああああッ!!」

 

神殿に、三智子の絶叫が響き渡った。 それはもはや人間の悲鳴ではない。魂の根源、存在の核となる部分が粉々に砕け散ったときに出る、絶望の叫び。

 

彼女の中にあった「三池瞬への愛」は、あまりにも凄惨な裏切りと暴力の記憶によって、ドロドロとした黒い憎悪へと反転した。 (愛していた。信じていた。それなのに……。瞬ちゃんは、私をゴミのように捨てて、笑いながら殺した……。私の全てを……返して、返してよ……!!)

 

真っ白に消去された記憶の空白に、邪神が植え付けた毒が回り切った。 三智子の心は、もう形を留めてはいなかった。深い、深い悲しみの底に沈み、呼吸をすることさえ拒否するかのような絶望の静寂が彼女を支配する。

 

彼女の瞳から、最後の一滴の涙が零れ落ちる。 その涙が石畳に触れる前に、邪神の影が、優しく、慈しむように彼女の頬を撫でた。

 

■ 邪神の慈悲:死への誘い

 

「……可哀想に。実に、哀れな魂よ」

 

邪神の声は、先ほどまでの残虐な嘲笑とは打って変わり、まるで迷える子羊を導く聖者のように、甘く、穏やかに三智子の耳元で響いた。

 

「お前を愛し、守ってくれる者は、この世界のどこにもいなかった。お前が信じていた男こそが、お前を地獄へ突き落とした張本人だったのだ……」

 

三智子のうつろな瞳に、邪神の影がゆっくりと重なる。 彼女にとって、もはやこの世界の光は全て偽りであり、痛みをもたらす毒でしかなかった。ただ、自分を導くこの「声」だけが、冷たくなった心に寄り添ってくれる唯一の救いに感じられた。

 

「安心せよ。余だけは、お前を見捨てはせぬ。お前を裏切った勇者から、お前の尊厳を取り戻してやろう……。お前が受けたその痛みを、数千倍にしてあの男に返してやるのだ」

 

邪神の魔力が、三智子の全身を優しく包み込む。 それは冷たい闇の抱擁であったが、絶望し切った彼女にとっては、何よりも温かな救済に感じられた。

 

「さあ、目覚めるがいい。余がお前を生き返らせ、この終わりのない痛みから、永遠に救ってあげよう……」

 

三智子の意識が、深い闇の底へと溶けていく。 「中島三智子」という少女の魂は、この瞬間、完全に死を迎えた。 そして、その亡骸から、憎悪に染まった怪物が産声を上げようとしていた。

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