甲竜伝説ヴィルガスト 再編   作:白豚くん

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第8話:暗黒の契約と「ルシーズ」の誕生

神殿の最奥、光の届かぬ闇の中で、一人の少女の魂が静かに、しかし決定的に変質しようとしていた。

 

三池瞬という唯一の光に裏切られ、その手によって無惨に斬り殺されたという――邪神が作り上げた「偽りの真実」。その毒は三智子の精神の隅々にまで行き渡り、かつて彼女を形作っていた清らかで温かな愛情を、ドロドロとした黒い憎悪へと塗り替えていく。

 

横たわる三智子の虚ろな瞳に、形なき邪神の影が覆いかぶさる。彼女の意識は、生と死、現実と悪夢の境界線を彷徨っていた。

 

「……本当に……」

 

三智子の唇が、震えながらかすかな音を漏らした。それは、地獄の底から響くような、湿り気を帯びた掠れた声だった。

 

「本当に……私を、生き返らせてくれるの……?」

 

その問いに、邪神は満足げに、深く、深く頷いた。闇そのものが蠢き、彼女の頬を愛おしげになぞる。

 

「いかにも。お前が望むなら、余はお前に新たな命を授けよう。あの男に奪われた全てを、偽りの光に焼かれたその尊厳を、余がこの闇の中で再構築してやろう」

 

邪神の声は、甘美な誘惑となって三智子の脳内に響き渡る。だが、その言葉には冷酷な対価が伴っていた。

 

「ただし、条件がある。お前は、その魂の最後の一片に至るまで、全てを余に差し出さねばならぬ。余の所有物となり、余の忠実なる戦士として、その命が尽きるまで絶対の忠誠を誓うのだ。……それが、死の淵から戻るための、唯一の契約である」

 

三智子は、その条件に眉一つ動かさなかった。今の彼女にとって、自分自身の価値など、裏切った瞬への憎しみと比較すればどうでもだった。記憶を改竄されている彼女が求めているのは、元の世界に帰ることでも、虐げられた自分に戻ることでもなかった。

 

「……力も……もらえるのかしら……」

 

三智子の瞳に、昏い、濁った光が宿る。

 

「私を……誰にも負けないくらい……強く、してくれるの?」

 

邪神は、彼女の言葉の裏にある「熱」を感じ取り、愉悦に声を震わせた。

 

「力か。よかろう、余の加護はお前に人知を超えた武勇を授ける。……だが、娘よ。何故お前は、それほどの力を欲する? その細い腕で、何を掴もうというのだ」

 

三智子は、ゆっくりと身体を起こした。すでにその四肢には、下半身から這い上がるように装着された**「忘却の装備」**が、主の目覚めを待つかのように妖しく脈打っている。

 

彼女は邪神を見据えた。その茶色の瞳からは感情が削ぎ落とされ、ただ凍てつくような殺意だけが結晶化している。

 

「……復讐」

 

低く、しかし神殿の石壁を震わせるほどに重い一言だった。

 

「瞬ちゃん……いえ、三池瞬に……私をゴミのように捨てて、笑いながら殺したあの男に……。私が味わった絶望を、その何万倍にもして返してあげたいの。あいつの喉元を、私のこの手で引き裂いて……絶望の中で泣き叫びながら殺してやりたい……。」

 

三智子の声は、かつての彼女の面影を残しながらも、人格は完全に「作り変えられて」いた。人を傷つけることを何よりも嫌っていた少女の口から、最も残酷な殺害の告白が溢れ出す。

 

邪神は、これ以上ないほどの歓喜に包まれた。

 

「素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、娘! その憎悪、その歪み……! まさに余が求めていた最高の素材だ!」

 

邪神の咆哮と共に、神殿の空間が激しく歪んだ。

 

「よかろう! 約束通り、お前に全てを破壊する力を、そして復讐のための新たな生を与えよう!」

 

三智子は、迷うことなくその闇へと手を伸ばした。

 

「ええ……。捧げるわ。あなたに……私の心も、身体も、未来も。私の全てを……あなたに捧げます」

 

誓いが成された瞬間、神殿の天井を突き破らんばかりの黒い雷が三智子の身体に降り注いだ。

 

邪神の膨大な魔力が、彼女の血管の一つひとつ、細胞の隅々にまで強引に流し込まれていく。人間の許容量を遥かに超えた神の力が、彼女の肉体を作り変え、精神を「洗浄」していく。

 

「あ……が、ぁああああ……ッ!!」

 

凄まじい衝撃に、三智子の身体が弓なりに弾けた。 下半身を覆う**「捕われの腰アーマー」、脚を包む「嘆きの足アーマー」、そして腕を縛る「裏切りのこて」**が、彼女の血肉と融合するかのように激しく熱を帯びる。

 

肉体が裂け、骨が軋む絶叫を上げるほどの激痛。だが、三智子はその苦しみの中で、狂ったように笑い始めた。

 

「あは……っ、あははははは! すごい……力が、溢れてくる……! これで、殺せる……。瞬ちゃんを、この手で壊してあげられる……!」

 

苦痛と快楽、そして憎悪が混ざり合った狂気の笑い声が、暗黒の神殿に木霊する。 彼女の頭部を覆う**「忘却の兜」**のエメラルドの宝玉が不気味に発光し、彼女の中にわずかに残っていた「中島三智子」としての清らかな記憶を、最後の一滴まで漂白していった。

 

残ったのは、刷り込まれた偽りの憎悪と、邪神への盲目的な忠誠心のみ。

 

邪神はその様子を、満足げに見下ろしていた。もはやそこに、守られるべき弱き少女の姿はない。あるのは、勇者を絶望の底へと引きずり落とすための、美しくも冷酷な復讐の化身である。

 

「……今日、この時を以て、中島三智子は死んだ。……お前に、新たな名を与えよう」

 

邪神の影が、完成した戦士の耳元で囁く。

 

「お前の名は、ルシーズ。余が誇る、闇の処刑人だ」

 

黒いビキニアーマーに身を包み、黄金の角を持つ兜を被ったその少女――ルシーズは、静かに膝をつき、最愛の主へと頭(こうべ)を垂れた。

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