今回は転生と5歳になるまでの話です。前よりクオリティは上がった...気がします。
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それでは本編どうぞ!あ、前の話読みたい人はコメント下さい。別で投稿しますが多分更新はされないです。
──―
胸の奥に硬い異物がねじ込まれる感触が走った瞬間、ようやく理解した。
真希の刃が俺の心臓を正確に貫いている。呪霊の身体やのに痛みがあるんはやっぱ慣れへん。
……なるほどな。
やられた、いう判断には早いけどええ線までは来とる。
「ダボカスがぁ!!」
吐き捨てるみたいに叫ぶ。
「一撃で決めんかったそっちの負けや!!」
胸を貫かれたこの状況でも焦りは無い、身体が動かんのはそっちも同じはずや。
「この領域ではもう身動きできひんで!!」
そう言い切りながら、首を捻る。
関節の限界? 知らん。呪霊の身体は、そんなもんに縛られへん。首が百八十度回転し、視界が裏返る。それでも、真希の位置だけは寸分も狂わずに捉え続けている。
顔が歪む。
皮膚が伸び 、骨格が崩れ、無理やり笑っているみたいな形になる。この姿を見て普通なら一瞬は怯む。こいつはちゃうやろうけど。
距離を詰める。
噛み砕く。引き裂く。
そのつもりで、前に出る。
「だから おまえは いつまで経っても──」
そこまで言った瞬間、違和感が走った。
真希が、刀を上に振り上げている。その動作が、俺の認識より一拍も二拍も早い。
刹那。
世界が、縦に割れた。
顔の中心に、冷たい線が走る。
次の瞬間には、何もかもが止まっていた。
……あ?
身体が、動かへん。
攻撃に移るはずやった意志が、途中で固定されている。言葉も、怒りも、全部が宙に引っかかったまま落ちてこない。
「……なんでなん──」
声が、思った以上に弱い。
理屈が合わん。
ここまで来て、計算が全部狂う理由がない。
「おかしいやろが……なんで────」
その先は、続かんかった。
意識が、そこで途切れる。
■
クソッ。
クソックソッ!
ドブカスがっ!!
声になっているのか、もう分からん。
叫んでいるはずやのに、喉を震わせる感触がない。それでも怒りだけは、やたらとはっきりしていて、腹の奥でぐつぐつと煮えたぎっている。思考の芯に張り付いて、離れへん。
(なんでや……なんでやねん……!!)
負けた? ちゃう。
認めてへん。認める理由がない。
あんな終わり方、筋が通らん。
斬られた感触は確かにあった。身体が止まったのも事実や。けど、それだけや。
意識はある。怒りもある。思考も、こうして続いとる。やったら、まだ帳尻は合っとらん。
(……待て)
今、俺は考えてる。
状況を整理して、腹立てて、罵って、次の一手を探そうとしてる。
反射やない。感情だけでもない。ちゃんと、思考として動いてる。
それって、どういうことや。
(今思考できとる、ちゅうことは……)
言葉を選ぶ。
慎重になる。
間違えたくない、いう意識がまだ残ってる。
(……生きとるちゅうことやん)
そうや。
完全に消えた存在が、こんなふうに思考を巡らせるか? 怒りを反芻するか? 次を考えるか?
ありえへん。
(まだ俺は……)
言い切る前に、違和感が広がった。
怒りが、急に遠ざかっていく。
さっきまで全身を満たしていたはずの感情が、霧みたいに薄れていく。
掴んでいたはずの輪郭が、指の間から零れ落ちていく。
なんや、これ。
おかしい。
嫌な感じや。
感覚が、削がれていく。重さがない。
上下も、前後もない。世界そのものが、溶けていくみたいや。
(おい……待て)
声を出そうとして、気づく。
口がない。喉も、肺も、身体そのものが、もう曖昧や。存在の境界が、どんどん薄くなっていく。
意識だけが、浮かんでいる。
怒りと自我だけが、しつこく残っている。
それが余計に気持ち悪い。
クソみたいな感覚や。
生きとるとも、死んどるとも言い切れへん。
途中で放り出されたみたいな、半端な状態。
どこにも属してへん、宙ぶらりん。
次の瞬間、意識が急に引っ張られた。
下へ。
抗おうとしても力が入らん。
抵抗する術そのものが、用意されてへん。
(チッ……)
舌打ちしたつもりやった。
けど、その感触すら、もう遠い。
苛立ちだけが、置き去りにされる。
暗さが、色を変える。
完全な闇やない。
赤黒くて、ぬるくて、妙に狭い。
不快やのに、妙に馴染む。
圧迫感。
包まれている感覚。
押し潰される寸前の、曖昧な安心感。
……なんやこれ。
考えようとした瞬間、衝撃が走った。
押し出される。
圧が変わる。
一気に、外へ。
「────ッ」
声を出したつもりで、出たのは、意味を成さへん音やった。
肺が、勝手に動く。空気が、無理やり流れ込んでくる。
苦しい。腹立つほど、苦しい。
生きるって感覚を、力ずくで叩き込まれているみたいや。
視界が、ぼやけている。
眩しい。うるさい。音が、光が、無遠慮に流れ込んでくる。
周りで、誰かが騒いでいる。
身体を動かそうとして、愕然とした。
力が、入らん。指も、腕も、思った通りに動かへん。自分の意思が、身体に届いてへん。
……小さい。
目に映った手を見てそう思った。
「……?」
声に、ならへん。
出てくるのは、甲高い泣き声だけや。
泣いてる。俺が?
望みもしないのに、勝手にや。
一瞬、思考が止まる。
次の瞬間、理解が追いついて、腹の底から笑いそうになった。ほんま、皮肉や。
(赤ん坊になったんや、俺)
……なるほどな。
そういうことか。
腹の底で、ようやく腑に落ちる音がした。
転生。
生まれ変わり。
安っぽい言葉で括るなら、たぶんそれや。
けど、笑えるわ。
よりにもよって、赤ん坊からやて。
選択肢の中でいちばん弱い地点から、もう一回やり直せ言うわけか。
弱い。
無力。
守られる前提で、泣くことしか許されてへん身体。
反吐が出る条件が、これでもかと揃っとる。
視界の端で、影が動く。
「おめでとうございます!」
「私の赤ちゃん……この子の名前は直哉にしましょう」
「ああ! 僕と君の子だ、きっと優しい子になるに違いない!」
……どうやら、歓迎されとるらしい。
チッ。
勝手に決めるな。
俺はまだ、何者でもない。
せやけど同時に、何にでもなれる位置におる。
指を動かそうとして、また苛立つ。
思った通りに動かへん。
筋肉も、神経も、全部が遅い。
呪力は──わからん。
少なくとも、今は。
……まあ、ええ。
世界は変わった。
身体も変わった。
立場も、条件も、全部ひっくり返っとる。
せやけど。
俺の中身だけは、きっちり残っとる。
それで十分や。
今はまだ、泣くしか出来へん。
飯も自分で食えへん。
立つことすら出来へん。
せやから今は、見る。
聞く。
覚える。
この世界が、どういうルールで回っとるのか。
誰が上で、誰が下で、何を持っとるやつが、偉そうに出来るのか。
弱いやつは首括って死んだらええ。
その考えは、今も変わらん。
■
《禪院直哉・父視点》
最初は、聞き間違いだと思った。
赤ん坊が立てる音には、意味なんて無い。そう信じたかった。
生後九ヶ月。
離乳食を口に運んだ瞬間、子供は眉をひそめた。はっきりと、不機嫌そうに。
「チッ、なんでこんなまずいもん食わなアカンねん」
喃語じゃない、単語ですらない、これは言葉だ。
妻の手が止まり、スプーンが皿に触れて乾いた音を立てた。
僕は笑おうとした。冗談みたいに受け取ろうとした。だが、声が喉で引っかかって出てこなかった。
赤ん坊は、こちらを見ていた。
僕たちを評価するみたいな目で。
「……今、喋った?」
妻の声は、掠れていた。
答える前に、子供はもう興味を失ったように口を閉じた。その沈黙が余計に怖かった。
それからの日々は異常の連続。
一歳になる頃にはこちらが言葉を選んで話しかける必要が出てきた。赤ん坊扱いをすると、露骨に不機嫌になるからだ。
歩き始めたのは、一歳を少し過ぎた頃。
普通よりだいぶ早い。
そして、初めて立ち上がったその瞬間に子供は吐き捨てるように言った。
「やっと歩けるようになったわ、何見とんのや? 殺すで」
……冗談では済まされない。
言葉の意味を理解して使っている。
それも、明らかに誰かを威圧するために。
妻はその場で泣いた。
僕は子供を叱るべきかどうか分からず、ただ立ち尽くしていた。
叱る? 何を?
“言葉遣い”を?
それとも、その中身を?
二歳を過ぎる頃には、完全に会話が成立していた。いや、成立しすぎていた。
大人同士でも使わない言い回しを、平然と選ぶ。
三歳。
保育園の服を着せようとした時。
「もっとマシな服無いん? あー和服とかがええわ」
妻はその場で固まった。
和服、という単語をこの年齢でどこから覚えたのか。
いや、それは以前からそうだった。それよりも“自分に似合う服を選ぼうとしている”その事実が、妙に生々しかった。
外では、大きな問題は起きなかった。
むしろ静かすぎるほど。
先生たちからは「賢い子ですね」「大人びていますね」と言われた。
家に帰ると、空気が変わる。
子供は、僕たちを道具のような目で見てくる。妻に命令は当たり前、気に入らないことがあるとすぐドブカスという言葉を使う。
四歳。
妻は、次第に子供を避けるようになった。
視線を合わせなくなった。会話も必要最低限になった。
怖がっていた。
僕も、そうだ。
けど、どうすることも出来ない。
逃げられない。
これは、僕たちの子供だ。
夜、妻が言った。
声は小さく、震えていた。
「……この子、捨てない?」
否定できなかった。
肯定する勇気もなかった。
「ごめんなさい。やっぱり捨てられない、私たちの子供だもん」
妻は、そう続けた。
僕は、黙って頷いた。
それしか出来なかった。
どんなに異常でも。
どれだけ怖くても。
責任は、ここにある。
逃げ道は、最初から無かった。
五歳になる頃には、もう分かっていた。
この子は、育つ。
止めようがない速度で。
そしてきっと、僕たちの手をいつか離れていく。
その時何が残るのか。
考えるのを、僕はやめた。
考えたところで、
もう遅い気がしていたから。