禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ…… 作:ある日の残り香
そして吾輩は、過ちを犯す。
視点:伏黒恵
「ひっ……ぁ、すまない!なんでもないぞ!」
「──やりづらいんですけど。」
今日の一樹さんは何か様子がおかしい。体術の授業中、こちらからの攻撃を受ける際にいつもよりも怯えているというか、必要以上に恐れ、震えている。まるで、虐待を受けた犬のように。
体術の授業が終わって昼休みになったのだが、その際に虎杖と釘崎を呼びつけ、その違和感について話し合うことにした。
「──昨日の放課後までは問題なかったわよね。」
「ああ。」
「過去のトラウマとかは?」
「だとしたらもっと昔からその兆候があるだろ。」
「アンタの顔が禪院家のなんだっけ……婚約者に似てるとか?そいつがDVクソ野郎で、アンタの顔を見るたびに思い出してるのかも。」
「婚約者!?」
「直哉さんと……似てないな。」
「え、これ俺だけ知らないやつ!?」
「喧しいぞ小僧。」
そんな時、任務帰りの五条先生が通りかかったので、ちょうど良いと思い事情を話した。
「あー……。」
「なんか事情知ってそうですね。」
「吐け吐け!」
「五条先生、言ってくれ!必要だろ!」
五条先生は「ん〜……」と唸りながら後頭部をぽりぽり掻くと、笑いながら告げた。
「いや〜ごめん!それ僕のせいだわ!」
「「「は?」」」
「いやね、一樹のことを育てようと思ってさ……君たちにはできないような鍛え方をしたんだけど、それがトラウマになっちゃったみたい。まあ、じきに克服するよ。たぶんね。」
「何したんだアンタは……。」
全員で五条悟の脛を蹴ろうとしたが、無下限で止められた。
視点:禪院一樹
生徒たちがわたしを心配してくれている。とても嬉しい。そして五条悟の人望が落ちている。ざまぁみろ……とまでは言わないけど、残念ながら当然とくらいは言わせてほしい。
「イッツー、無理してない?」
「無理はしているが、心配はいらない。吾輩も呪術師だからな。」
虎杖悠仁の光が眩しい。吾輩はやはりこういう若人の光に弱いのだ。心が浄化される。
「そうだ、それでいい。絵描きの女。才にかまけず己を磨け。」
「呪いの王からもお墨付きをもらってしまったな。」
「でも、名前呼びじゃないんですね。」
「今んところ、コイツ五条先生と伏黒くらいしか名前で呼んでないぞ。」
ふむ、まだ乙骨殿や日車殿とは同じ評価レベルに吾輩は至れていないようだ。やはり領域展開は必須か。
「そうだ一樹、今度の一年の任務引率してよ。」
「うむ、まあいいだろう。」
「場所が場所だから、帰りに服でも買ってくれば?口座、使えるようになったんでしょ。しちゃいなよ、オシャレ。」
「……吾輩はトンビコートさえ買えれば十分である。」
「え〜、僕は可愛い格好した一樹見たいな〜……面白そうだし」
この時期の任務引率。五条悟の口ぶりからして、帰りにショッピングができるほどの軽いもの……なるほど、そういうことか。
「まあ、いいだろう。可愛い服は買わないが、トンビコートと、数着の私服はあって困るものではない。こっちでは、着物が目立つようなのでな。」
虎杖くんと小沢ちゃんの再会は、やっぱりわたしも呪術のファンとして間近で見たいもんね。それにほら!あの10点札も上げたいし!
……今の思考はなんなのだ?
「いやぁ、すまなかったな。釘崎嬢、貴殿にも探しているものがあったろうに。」
「いいのよ、私も色々買ってもらっちゃったし。」
我輩はトンビコートを手に入れた!!前のお気に入りは真人との戦いでビリビリに破けてしまったからな。うむ、これで渋谷事変も乗り切れる。
「そういえば、釘崎嬢も一級に推薦されたのだったな。今後任務を共にする可能性があるということか。」
「あ、そういえば一樹先生って特別一級か……雰囲気のせいでつい忘れちゃうわ。」
「どういう意味であるか?」
その後、わたしたちは原作通り小沢ちゃんに声をかけられ、あの名シーンを生で見ることに成功した。わたしという背景が一つ増えたことを除き、特に変化はなかった。
吾輩は笑顔で「またな」と小沢嬢に別れを告げる虎杖悠仁を見て、ふと思うのだ。
「無自覚に女の子オトしてる男って罪だとは思わんかね。伏黒坊。」
「なんで俺に言うんですか。」
「伏黒坊は血筋のせいかモテそうだからかの。」
「……そういえば、一樹さんって俺の親父のこと知ってるんですか。」
ああ、そうであった。この親子はお互い知らぬのだったな。前世の記憶が正しければ、五条悟の死後に彼からの手紙で知るのだったか。
うーむ、では最期などについてはぼかしつつ、話すとするか。それはそれとして──。
「それについては、今度時間をとってはくれまいか。津美紀嬢のお見舞いでもしながら話そう。」
「……わかりました。」
一度は、吾輩にできることがないかを考えてみたいのだ。伏黒津美紀に対して。
視点:伏黒恵
「……大丈夫ですか。」
「うん、大丈夫だけど?」
「……本当に大丈夫ですか?」
まただ。最近の一樹さんは、ごく稀に口調が変わる。確認したのは三種類だ。吾輩系、わたし+敬語系、わたし+女性っぽい喋り方。
まず、吾輩系が素であるとして、わたし+敬語系は前日に五条先生に死ぬほどシゴかれてメンタルが死んでいる時だ。そして、最後のわたし+女性っぽい喋り方は条件がわからない。お酒に酔ってる時もこれなのだが、最近はシラフでもこれになることがある。今がそれだ。
五条先生がいる時は彼がすぐに指摘するため、すぐ元に戻る。だからこそ気になってしまった。指摘しない場合、この変化はいつまで続くのだろうかと。
「さて、伏黒くん。話そうか、君の父親のことを。」
「……はい。」
いつもの"伏黒坊"呼びですらないことに少し混乱しつつも、俺は一樹さんの話に耳を傾けた。
「君の父親、禪院甚爾は天与呪縛のフィジカルギフテッドだった。それも真希とは異なり、完全に呪力がゼロのね。」
「……何が違うんですか?」
「禪院甚爾は、呪術的には透明人間なんだよ。領域の必中効果は当たらないし、気配も感じない。その上、呪力がゼロになってる分の身体能力の強化も著しい。」
「真希さんは?」
「半端に呪力が残ってしまっているから、不完全なんだ。だから、彼女は強くなれない。当主にはなれないんだ。」
「……。」
津美紀の額を撫でるその顔は儚かった。普段の一樹さんとは、まるで違う雰囲気に俺は息を呑む。
「でも、これにもからくりは存在して……って、今は君の父親の話だったね。どこまで話したっけ?」
「天与呪縛までですね。」
「なるほど、じゃあ続きを。彼が禪院家を出たのは、私が物心つくかつかないかって頃だったと思う。だから、正確にはわたしは彼を知らない。禪院直哉からの又聞きでしかないんだよね。」
いつもなら親しみのこもった声で「直哉殿」と呼ぶのに、今の声色は冷たく、まるで憎い存在を呼称するかのように平坦に「禪院直哉」と呼んだ。
いや、今はそこよりも内容だ。内容に集中しなければ。
「何故、禪院家を出たんですか。やはり呪力が……。」
「うん、そうだよ。禪院家はクソの煮凝りだからね、呪力を持たない猿なんて虐めの対象さ。」
「……。」
「でもね、彼は気づいちゃったんだ。自分を虐めていた奴らが自分よりも弱いってこと。だから蹴散らして、家を出た。禪院家を滅ぼさなかったのは彼の気まぐれ。」
「気まぐれ……。」
「それからのことは、五条先生に聞いた方が──ん?いま吾輩はなんと言った?五条先生と呼んだのか?」
「……気づきましたか。」
なるほど、五条先生への名前の呼び方に違和感を持って切り替わった。それまでは本人も違和感には気づいていなかったあたり、やはりストレスで人格が分離しているとかだろうな。
五条先生のやり方のせいだ。ひと段落ついたら完全な休息の日をとった方がいいのではないだろうか。
「──またか。こほん。禪院家を出てからのことは悟殿に聞くと良い。吾輩から話すべきことではないのでな。」
「そうですか。」
「で、伏黒坊。津美紀嬢は拾い食いなどをするタイプであったか?」
「は?姉貴はそんなことしませんけど。」
「で、あるよなぁ。」
「……何が言いたいんですか。」
一樹さんは一瞬考え込むと、首を振った。
「いや、きっと吾輩の気のせいであるな。呪物などにあてられて気を失った者に似ていると思っただけである。」
「はぁ、そうですか。」
意味深な質問と態度をしないでくれ、紛らわしい……。
「では、帰ろうか。」
「はい。」
「ああ、ところで伏黒坊。」
一樹さんが俺と目を合わせる。
「吾輩が先ほどのようになったら、すぐに指摘してくれると助かる。」
「……善処します。」
視点:禪院一樹
今日も憂鬱な鍛錬を終え、吾輩はシャワーを浴びて自室へ戻る。真っ暗な自室でベッドに横たわると、ふと、脳内で様々な思考がとっ散らかる。今日の議題は、日中にお見舞いに行った伏黒津美紀のことであった。
吾輩が彼女に……伏黒津美紀に出来ることは何もない。呪物については詳しくないしな。
「明日は宵祭りである、か。」
与幸吉を見殺しにしなくてはならない。それは、吾輩の護りたい者たちを守るためであり、仕方のない犠牲であった。
そもそも、彼を助けるのは不可能に近い。真人、帳、羂索。その全てが突破困難だ。吾輩でも領域展開されてしまえば命の保証はない。
「……心苦しいものであるな、未来が分かりきっていると。」
吾輩は目を閉じた。結局、与幸吉のように伏黒津美紀も諦めるしかないのだ。何が前世の記憶というアドバンテージであるか。少年少女一人救うことすら出来ないではないか。
……いや、待てよ。
「……は」
ふと、天啓のように思いついたのだ。一つの策を。
「ははっ……!賭けになるが、やってみる価値はあるな……っ、」
前世の記憶により、吾輩は未来を知っている。つまり、ハッピーエンドを目指す上で許容範囲内の絶望や犠牲というものを理解している。
「だが、これは裏切りであるよなァ……。」
吾輩は迫られている。二択を。
「しかし、うむ。どうせ、五条悟も封印され、禪院家も本来は滅ぶ定めであったのだ。」
吾輩は、過ちを選ぶ。その過ちが、少女を救うと信じて。
「伏黒津美紀を救ってみるとしようか、大切な教え子の姉君を。」
もしこれが露見したら、吾輩は殺されるかもなぁ。
視点:与幸吉
「──は?」
「やっぱり、このくらい意図的に捻らなきゃこうはならないよね。」
最期、死の間際。特級呪霊真人に触れられ【無為転変】が発動する。これで俺の人生は終わる、そう思ったのだが──
「な、なんのつもりだ?」
俺の身体は、弾け飛んでいなかった。
だがしかし、俺の身体は──身体が……!!
「ああ、ちょっとした実験。それじゃ、検証も済んだから死んでいいよ。」
「は?おい待て待て待て待て!せめて殺す前に元に戻──」
そんな俺の動揺をよそに、真人は何か答えを得て納得したようで、そのまま俺にトドメを──
2018年10月19日。与幸吉死亡。
後日、与幸吉の呪力の残穢が残る巨大な呪骸の中から、上半身の弾け飛んだ少女の遺体が発見された。
視点:羂索
「──で、どうだった?」
「やっぱり、アレの魂が特別おかしかったんだ。肉体が男なのに、魂が女だった。それだけじゃない、その肉体自体が一つの殻だった。だから俺は殻だけにしか触れることはできず、アイツの魂に触れることができなかった。」
「なるほど。つまり、殻をなくした今の禪院一樹には【無為転変】は効くんだね。まあ、真人には彼女を対応させるつもりはないけど。」
「【円鹿】ってやつの反転術式を警戒してるから?」
「ああ、君も呪霊だ。反転術式は天敵だろう?」
真人は……いや、正確には【無為転変】は私の計画に必要なパーツだ。削られることはあっても、祓われるわけにはいかない。だから、禪院一樹や乙骨憂太などの反転術式のアウトプットが出来る上に強い術師にだけは相手させたくない。
彼らが現れたら、私が直々に相手するしかないだろう。
厄介なことに、今の禪院一樹には任務を割り当てることが難しい。禪院家も高専も、どちらが今の彼女に対する監督権を持っているのかハッキリしていないからだ。
その上で禪院家には短期間に接触しすぎた。これ以上手を加えて、何かの弾みで私につながる情報が漏れれば、五条悟の封印どころではなくなる。
だから、当日に遠くへ飛ばすということも不可能。ほぼ確実に、彼女は参戦する。おそらく対呪霊の殲滅兵器兼、一般人や術師の救護担当として。
「と、いうわけだ。君は計画通りに。禪院一樹がもしも渋谷事変に参戦したなら、とりあえず脹相を割り当てる。そして、私が摘み取る。」
「はいはい。」
まあ、戦力的には大したことはない。とりあえずは真人さえ祓われなければ、それでいいのだから。
そう、思ってたんだけどね。
視点:禪院真希
10月27日、土曜日。私は一樹の部屋の前でアイツが帰ってくるのを待った。待ちに待って、23時頃になってようやく、姿を現す。
「──オイ。」
「おお、真希か。どうした?」
その返事に、ひとまず安堵する。最近の一樹はたまに別人みたいになりやがるから。それについても心配はしているが、今日聞きたいのはそんなことじゃない。
「お前、隠してることあるだろ。」
「……はて?」
「はて?じゃねえよ。恵から聞いてんだ。」
「──ああ、口止めをしていなかったせいだな。失策だ。」
「私の天与呪縛のカラクリってなんだ、一樹。」
「それを話せば、当主になることを諦めて真依と幸せに生きてくれるか?」
一樹の声は、氷のように冷えていた。
「私は当主になる。私が当主になって、真依の居場所を作ってやるんだ。」
「それなら吾輩に任せると良い。吾輩が──」
「それだけじゃねえ、私はお前も救うぞ。一樹。」
私は、自分が捻くれている自覚はある。本音を中々話さないって。だが、それでもここで本音を隠せば、一樹も真剣に向き合ってはくれないだろう。だからこそ、私は決意を込めて真依と一樹の為に当主になるのだとまっすぐ伝えた。
一樹はひどく驚いた顔をして、困惑していた。
「……わ、吾輩を、救う?何を言う。お前たちが幸せに生きてくれるなら、それが吾輩の幸せなのだ。」
「だーかーらー!!直哉の嫁なんかにさせねえって言ってんだ!!お前はお前の好きなように生きろって言ってんの!!」
「真希、余計なお世話だ。吾輩は──」
ダンッ!という音が夜の闇に響く。所謂壁ドンというやつだ。強情なこいつを黙らせるにはこれが丁度いい。
「余計なお世話で結構だ。」
「──な、な……な!!?か、顔がち、近いぞ!!ま、真希!!」
「おうおう、やめて欲しかったら話せよ。カラクリってやつを。」
「お、お前が当主を諦めると言うなら──」
「……そんなに私に当主になってほしくないのか。」
「ああ!たとえ、吾輩が恨まれることになったとしてもだ!!」
すこしうるんだ一樹のヘーゼルの瞳が私の目を見つめる。身長差もあってか、一樹は若干上目遣いになっている。かつてとは、逆の構図だ。
「──詳細は知らなくていいのだ。知らず、一生を真依と……それから愛する者と共に幸せに生きてくれ。」
「……そんな厄ネタなのか?」
一樹は静かに頷く。
「……単刀直入に言うぞ、真希。」
その一言は、私の胸に深く──
「そのカラクリによってお前が完成する時、真依が死ぬ。だから、もういいんだ。お前は、強くならなくていい。吾輩が二人とも守ってみせるから。」
──深く突き刺さり、私の心を折った。
どうやって、自分の部屋に戻ったのかわからない。ただ、胸の中を満たすのは喪失感にも似た絶望だけだった。
「──お前のことは、誰が守ってくれるんだよ。」
私の頭からは、最後の一樹の表情が離れない。慈愛に満ちた、それでいて儚いあの笑顔が。まるで自分ごとのように私たち姉妹の幸せを願って、憂いている姿が。
「クソ──」
私はただただ、自分の無力さを呪った。
視点:五条悟
「10月31日は鍛錬を休みたい?なんで。」
「渋谷では、ハロウィンということで何か催し事があるというではないか。吾輩、アレを見に行ってみたいのである。」
「そっか……うん、いいよ!僕も行きたいけど、どうせ任務だし僕の分まで楽しんできてね!あ、ナンパには気をつけるんだよ?」
「うむ、問題はあるまい。」
まあ、たまには息抜きも必要か。恵からも一樹に無理させすぎだって苦言を呈されたしな。
「……にしても、呪力操作も効率も出力もかなり良くなったね。今なら重めの縛りを幾つかかければ魔虚羅も喚べちゃうんじゃない?」
一樹は痛みに慣れ、一分間の僕の攻撃も対応しきった為、それ以降の手合わせには式神や呪具を組み合わせた実戦的な内容に移った。それも今の体格と呪力量を鑑みた中での完璧な形に近づいたため、あとは、最後の仕上げ、メインディッシュである奥の手だ。
「ふむ……そのことなのだが。」
一樹は真面目な表情で数枚の呪符を僕の前に広げる。
「呪術は引き算こそが美であるとされるが、これはそうきった引き算を諦めた果てにたどり着いた、吾輩なりの答えだ。」
その並べられた呪符を見て、なんとなく想像がついた。
「なるほど、生贄か。」
「似たようなものではあるな。召喚の儀に用いる式神である。この式神を召喚した状態で、掌印を構え、布瑠の言を唱える。そしてその式神たちと吾輩の呪力によって召喚を成す。それに加え、魔虚羅の召喚中は他の式神を併用できない縛りを加える。これは、呪いの王も認める吾輩の術式の強みも踏みつけるという強力な縛りとなる。そうすれば、戦闘で消耗していたとしても、余裕をもって必要なタイミングで喚べると思うのだ。」
「……ヨシ、じゃあ試してみよう。」
2018年10月28日。
高専敷地内にて、禪院一樹の【鳥獣戯画法術】により【八握剣異戒神将魔虚羅】が完全な制御下にて顕現。
73秒後。五条悟、虚式【茈】によりこれを破壊。
本件が呪術総監部に伝達されるや否や、禪院一樹を特級術師として認定するかについて、11月7日を期限として議論されることとなる。
禪院家は、本件を禪院一樹が禪院家当主の資格を得たものとし、11月3日に当主継承の儀を行うものとして「炳」及び当主志望者へ通達した。
「……ってことになってる。」
「つまり、"こっち"は表沙汰にはなってないのだな。」
「そうだね。僕としては、こっちは君の切り札として隠し持っておいた方がいいと思うよ。」
「この式神たちは、呪力をそこそこ食うことを除けばまァ……無法であるからな。この式神たちの術式を考えれば安いものである。これでもはや、吾輩の欠点は火力不足だけである。」
「調子乗ったらすぐ呪力切れるし、魔虚羅も喚べなくなるからね。そこだけは気をつけるんだよ。」
「わかっておる。」
僕は、総監部が魔虚羅という目立つオモチャにばかり注目して、彼女の本当の実力を量り間違えている様子に笑いが止まらなかった。
ウニみたいに毛の尖った目つきの悪い黒い狼を撫でながら、目隠しをした白い猫を肩に乗せている一樹の姿は、そこらの大学生の女の子と変わらない。そんな子が、今や乙骨憂太に次ぐかもしれないとんだ化け物に育った。その事実に、笑いが込み上げてくる。
「あの猿の教え、理解するのにとてつもない時間を要したよ。まったく。」
「でも、お陰で君は化けた。これからもあの式神は重用した方がいい……っていうか、高専の教師にならない?」
「吾輩は禪院家当主になり、禪院家を変えなくてはならない。だが、それが軌道に乗ってからならば……考えてやらんでもない。」
「── 11月3日だよね、当主を決めるのは。」
「うむ。流石に10月中は人を集められんようでな。11月3日が、禪院家の有力者が全員揃うことができる日であるから故に、この日が指定されておる。」
禪院家は、この偉業を思ったよりもすんなり受け入れた。事前に話を通してあったからだろう。あとは、今でこそ女であるが禪院一樹という人物が男としても活躍した術師であったことも大きいだろう。
きっと、元から女だったらこんな上手く事は運ばなかっただろうな。ま、なんにせよまだ安心するには早いかもな。
「じゃ、11月からは領域展開に挑戦してみようか!」
「悟殿……詰め込みすぎであるぞ。痛覚を薄れさせる、式神を交えた近接戦に適応する、失われた手足を反転術式で回復する、特殊な式神を作成する、魔虚羅を召喚する……こんなもの、普通は一ヶ月で体得するものではない。お陰で吾輩は精神が──」
「でも、ついて来れたでしょ?」
「……。」
なんか最近、僕を睨む目がネタ抜きのマジになってきた気がするんだよなぁ。気のせいだよね?
禪院一樹
「影に収めて適応を肩代わりすることができないから、火力が高い相手では適応する間もなくやられてしまうのだね。しかも、破壊されれば適応はやり直し。再召喚は呪力的な問題で不可能──使いどころは見極めなければな。」
最近、「吾輩」と「わたし」が頻繁に入れ替わる。前世のトラウマ記憶を取り戻した直後に五条悟に殴られまくったせいで人格が分離しつつある。魂に影響はない。
次回の後書きでついに術式の情報を開示します。
五条悟
「なるほどね、呪詞を省略しなければ【茈】で破壊できるんだ。昔の六眼より僕の方が凄いんじゃない?」
痛みに慣れておくのは大事だよ。術師も人間である以上、怪我をしたら痛い。それを克服しないと、強者との戦いでは大きな隙になる。強い特級呪霊が複数関わってる連中から命を狙われているんだ、加減した教え方じゃ間に合わない。少しばかり心を鬼にして鍛えたよ。
伏黒恵
「魔虚羅を──?」
最近の一樹さんは精神が正常じゃない。壊れている。あの状態でいさせたらよくないですよ。一度しっかり休ませるべきです。
は?渋谷のハロウィン?……まあ、五条先生との修行よりはマシですけど……近いうちにちゃんと休ませてあげてください。ほんとに死にますよあの人。
禪院真希
「なあ、私はどうすればよかったんだ?」
ようやく強くなるための糸口が掴めたと思ったら、その方法をとれば真依の命が失われると知った。そんな強さに意味はない。なら、私は何のために──。
総監部たち
「国家転覆……できるか?」
「式神の手数に、禪院家の虎の子も加わりました。特級認定しない理由はないかと。」
「いや、他の特級術師と比べればわかるが、大したことはない。一級止まりだ。特級というものは、そう簡単に付けるものではない。」
「呪力量は乙骨憂太の半分以下、術式の格は五条悟に劣る。特級とすべきかはまだ時期尚早だ。」
「だが、禪院家の実質トップを特級術師に認定することで、五条家の勢いを抑えられるやも……と、思ったが魔虚羅は此度、五条悟に破壊されてあるのだったな。意味は薄いか。」
「冷静に、制御の効く今のうちに特級認定して首輪をつけるべきでは?」
禪院直哉
「俺が反転術式会得して、術式の応用も身につけて一喜一憂しとったのが馬鹿らしく思えてくるわ。それでもアッチ側に立つんは……俺や……お前だけやない。まだ、まだ折れてへん。まだ血反吐は吐ける。強くなれるんや。」
反転術式(高精度)、空気パリーンを習得した。原作以上に必死に鍛錬をしているので、雑魚に構ってる時間がない。死闘に身を晒すことがあれば、領域展開を会得するのも時間の問題かもしれない。
禪院甚壱
「11月3日、クシナダ作戦を実行する。この作戦が失敗に終わることを願う。この作戦の成功は即ち、禪院一樹に当主の資格がないことを意味するのだからな。」
詳しくは渋谷事変後。
禪院蘭太
「これでクシナダ作戦が成功してしまったら……もう、呆れるしかないですよね。」
詳しくは渋谷事変後。
次回
渋谷事変-開門-
主人公の最期は最初から決めています。
勘のいい人なら一話で、ちょっと勘のいい人なら四話くらいで察してるかも。
最初から決まってたのは主人公の一人称と、酒好き設定と、最期と、出自や術式などのパーソナリティ。それ以外はアドリブとノリと勢いで書いてます。前世なんかはちゃんと用意していたように見せて100%その時に考えながら書いた。茂井さん直哉みたいな母親の彼氏とかもノリと勢いで生やした。ノリと勢いで主人公の前世を地獄にするな。でも、思いついた時「これなら無為転変で女の子になったのも納得感ある!」って嬉しかったから……つい。
主人公の幼少期の一人称が前世と同じ「わたし」だったとか、酔った時は前世の口調になるとかもアドリブ。貴重な本家鳥獣戯画枠の【猿仏僧】さんもアドリブ。術式で【猫】を召喚するのは最初から決めてたけど、出すタイミングは決めてなかった。
……問題は、書いている間に愛着が湧きすぎて運命が変わる可能性があること。事実かなり愛着が湧き始めている。
下手をすれば、モジュロのちょっと前くらいの時系列まで生きてしまうかもしれない。