禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ……   作:ある日の残り香

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 キッショ、なんで分かるんだよ。 








渋谷事変編(渋谷事変開門〜閉門)
第十七話【渋谷事変-開門-】


 

 2018年10月31日。19:00。

 東急百貨店、東急東横店を中心に半径およそ400mの"帳"が降ろされる。

 

 

 

 

20:14。東京メトロ渋谷駅十三番出口側。

 

「電波は?」

「断たれています。連絡は帳を出て行うか、補助監督の足を使って下さい。」

「随分と面倒なことになっていますね。」

 

 七海班では、一級術師の七海と補助監督の伊地知が情報を交換している最中、その後ろでは伊野が伏黒に対して帷について先輩風を吹かせつつ説明していた。もっとも、当の伏黒はそんなことは既に知っていたのだが。

 

「それで、五条さんは?」

 

 七海の関心は、五条悟……この事変の解決においてキーとなる人物の所在へと向けられた。

 

 一方、伏黒の表情には焦りがあった。

 

(──一樹さん、無事なのか?)

 

 禪院一樹、その人物がこの事件の爆心地にいるという事実が、彼の心を波立たせる。

 

 

 

 

 

 

同刻。渋谷マークシティ、レストランアベニュー入口。

 

「皆散り散りに帳の縁まで逃げてこう訴えています。「五条悟を連れてこい」と。」

「フッ、非術師がやつを知っているわけがない。言わされているな。」

 

 禪院班。禪院直毘人、禪院真希、釘崎野薔薇、そして補助監督の新田明の四人組。

 

「こんな騒ぎの中、一樹はどこにおる。」

「禪院一樹さんは、おそらく帳の中にいます。五条さんと伏黒くんの二人からの情報なんで確実ッス。」

「一樹が……。」

「一樹先生なら大丈夫でしょ、あの人も大概バケモンだし。」

 

 楽観しているのか、はたまた安心しているだけなのか、直毘人と野薔薇は禪院一樹が帳の中にいると知っても動揺を見せない。だが、真希だけは違った。確実に動揺していることが、誰の目にも明らかだった。

 

「帳は壊せんのか?」

「難航してるッス。なにせ、帳自体は術師を両側から拒絶していない。力技ではどうこうできそうにない。帳を降ろしている呪詛師を探してとっちめた方が早そうッス。」

「じゃあ、私らはその手伝いだな?」

 

 真希は迷いや動揺を振り切るように鋭い眼光で正面を向く。が、下されたのは待機の命令だった。

 

 

 

 

 

 

同刻。JR渋谷駅新南口。

 

「高度な結界術に五条悟を指名したこと。これは交流会を襲撃した連中と同一犯だ。つまり、禪院一樹を狙った奴らや禪院家を内部分裂させようとした奴らとも同一犯の可能性がある。」

 

 草臥れた男、日下部篤也はキャンディーを咥えながら歩く。パンダを引き連れて。

 

「上は被害を最小限に抑えるために、五条悟単独での渋谷平定を決定したっちゅーワケだ。俺達と七海、禪院家のジジイ。それから冥冥だな。みんな帳の外側で待機。五条のこぼれ球を拾うってわけだ。帳入っちまうと、どっかの禪院家次期当主サマみたいに連絡つかねぇし。」

「被害を最小限って、術師の被害のことだよな?一般人の被害はおかまいなしか?」

 

 淡々と状況を述べる日下部と、上の決定に納得がいかないパンダ。しかし、日下部も教育者の端くれ、理論立ててパンダを諭す。

 

 だがその上で、日下部は感情的にも中に入りたくないのだ。地下に、特級呪霊の気配をゴロゴロと感じたために。

 

 

 

 

 

 

20:31。文化村通り道玄坂二丁目東。

 

「あ、ゴメン。」

 

 帳の外側から、一般人にぶつかりつつも目隠しをつけた白い髪の男が現れる。只今の時刻をもって最強の術師、五条悟が現着した。

 

 

 

20:38。渋谷ヒカリエShinQs地下一階。

 

 人が鮨詰め状態で、誰も身動きが取れない。

 

「こりゃひどい。」

 

 五条悟は、階下を中心に外と同様に非術師を閉じ込める帳が降りていることを推測し、吹き抜けまで歩みを進めた。

 

 それは明らかな罠だった。吹き抜けがまるで、口を開けた獣のようにも思えた。それでも──

 

「何となく狙いはわかったかな。乗ってやるよ。」

 

 

 

20:40。東京メトロ渋谷駅、地下五階副都心線ホーム。

 

「これで負けたら言い訳できないよ?」

「貴様こそ、初めての言い訳は考えてきたか?」

 

 五条悟が二体の特級呪霊と、特級呪物の受肉体と会敵する。

 

 そして間も無く、殺戮が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

視点:羂索

 

 五条悟と呪霊たちとの戦いが始まってから15分程度が経った頃だろうか。

 

「まだまだ。五条悟全然余裕じゃん。もっとヒリヒリしないと……って。」

 

 気配を感じ、私は背後へ視線を向ける。

 

「──ま、こっちもこっちでピンチだと思った方がいいのかな?」

 

 黒いトンビコートを見に纏った女が一人、そこに立っている。

 

「戯言を。」

 

 禪院一樹。特級術師査定中の特別一級術師。その表情は強張っていた。

 

「どうやってここに?」

「ハロウィンに興味があってな。見物しに来ていた。」

「それにしては、仮装も何もしていない。その上、呪具もしっかり持ってきているね。」

「五条悟に、ナンパには気をつけろと言われたのでな。」

 

 面倒だ。今ここで殺してしまおうか。

 

「おっと、呪力は練らない方がいい。五条悟の六眼で捕捉されるかもしれんぞ?なにせ、その身体は夏油傑……彼奴の親友だからな。」

「……おや、私は夏油傑だが。まるで、身体だけがそうだとでも言いたいようだね。」

「虎杖香織、加茂憲倫……どれも仮の姿──真の名は羂索。天元のかつての友であり、生き方に対する考え方の違いで袂を別った呪詛師。」

「……驚いたね、どこまで知ってるんだか。」

 

 禪院一樹は、私にとってこれまでも邪魔者であったが、わざわざしっかりと計画を練ってまで倒すべき存在でもなかった。そう判断していたのだが、誤りだったのかもしれない。あまりにも、私のことを知り過ぎている。

 

「交渉がしたい。羂索よ。」

「こちらが応じる意味は?」

 

 だが、こういうこういう想定外のイベントもまた、人生の醍醐味だ。起きてしまった物事に対しては、向き合うしかない。ならばせめて楽しく向き合った方がいい。

 

「貴殿の術式は【呪霊操術】と【反重力機構(アンチグラビティシステム)】、それからおそらく脳に関する術式だな。まず、【呪霊操術】は吾輩の【円鹿】の物量作戦で完封できる。呪霊には反転術式のアウトプットが効くのでな。【反重力機構】もせいぜい持続時間は数秒だ。それを"術式範囲外で凌ぐため式神も用意"している。その上、お互いに術式を使えば五条悟にバレる。貴殿の計画はオジャンだ。戦うのは合理的ではない。」

「そうだね。そこまでわかっている上で交渉の席を設けたということは、私たちの計画を邪魔しない道も選ぶ用意があるということだろう?話を聞かせてもらうよ。」

 

 さて、この術師は何を求めるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

視点:禪院一樹

 

 わーわーわーわーわー!!!羂索、羂索がいる!!!

 ビビったら負けだ!!!ビビったら負けだ!!!

 

 吾輩は、今羂索の前に立っている。式神も召喚せず、呪具も呪力を遮断する布に包んで完全な隠密状態で。

 それは全て、交渉のためだ。交渉において大事なことは舐められないことと、殺されない状況を作ることだ。後者に関しては、五条悟のおかげで容易に条件を満たすことができる。前者に関しては、もう前世の記憶をフルで使おう。只者ではない感を出して乗り切ろう。

 

 

 

「貴殿の術式は【呪霊操術】と【反重力機構】、それからおそらく脳に関する術式だな。まず、【呪霊操術】は吾輩の【円鹿】の物量作戦で完封できる。呪霊には反転術式のアウトプットが効くのでな。【反重力機構】もせいぜい持続時間は数秒だ。それを"術式範囲外で凌ぐため式神も用意"している。その上、お互いに術式を使えば五条悟にバレる。貴殿の計画はオジャンだ。戦うのは合理的ではない。」

「そうだね。そこまでわかっている上で交渉の席を設けたということは、私たちの計画を邪魔しない道も選ぶ用意があるということだろう?話を聞かせてもらうよ。」

 

 よし、ひとまずは交渉の席につかせることに成功した。

 

「──縛りを結ぼうではないか。吾輩は五条悟の封印を妨害しないし、少なくとも吾輩の手では真人も祓わない。だがその代わりに、貴殿はこの事件が終わったら3日以内に、伏黒津美紀へ埋め込まれた呪物を、彼女が生きていて且つ五体満足の状態で取り出すか、すでに受肉している場合は伏黒津美紀からこれまた彼女が五体満足な状態で引き剥がすこと。」

「へぇ。」

「必要なのだろう、【無為転変】が。喰らったからこそわかる。あれは人間の魂を書き換えることができる術式であろう。使い方次第では非術師を術師にすることもできるのではないか?お前の目的はそこにあるんだろう、羂索。」

「概ね正解だと言っておこうか。しかし理解できないな。そこまで知っていて、求める対価が君には一切関係のない伏黒津美紀の救済とは。」

「伏黒坊では、このような交渉ができないだろうからな。まあ、年長者なりのお節介である。」

 

 確かにそれはそうだ。我ながらここまでのリスクを負う程のリターンがあるとは思えない。せいぜい……いや、周り回って最終決戦で宿儺の【御厨子】を没収できるのか。リターンが大きいな。

 だが、これはそんな打算的な理由の行動ではない。もっと単純な、心の話。誰も救えないと思っていた自分が、誰かを救えるかもしれないという希望。可愛い教え子が、悲しまない未来を与えられるという希望なのだ。

 

「……教え子に情が湧いてしまったのだよ。ああ、もし釣り銭を返してくれるのならば、追加の条件を加えたいのだが。」

「釣り銭は返さない主義なんだ。取っておくよ。」

「そうか。して、縛りは成立と考えて良いか?」

 

 羂索は何かを考え込む。この契約に何か罠が仕掛けられているのではないか、何か抜け道があるのではないかと考えているのだろう。

 それからしばらくして、彼はフッと笑って頷いた。

 

「良いだろう、縛りは成立だ。君とはこれからも友好な関係を築きたいが……どうだろう、手を組む気はないかい?」

「生憎と、吾輩は貴殿の計画には賛同できない。五条悟の封印後は、大切な仲間達に降りかかる火の粉は全て祓うつもりであるな。」

「あらら残念。」

 

 なんとか乗り切った……。

 

「ところで君、知りすぎだよ。どこで知ったの?」

「天元様からだ。」

「……あっそ。それじゃあ、帰り道はせいぜい気をつけて。」

 

 背中を向けた瞬間に殺されるんじゃないかと思ったが意外とそんなこともなく、吾輩は五条悟封印の現場から離れていく。

 

「そうだ、一つアドバイスを。なに、年長者としてのお節介さ。」

「……なんであるか?」

 

 一度足を止め、羂索の方を向いた。

 

「君は呪術師に向いていない。この後は禪院家の当主なんて諦めて、山奥で絵でも描いてのんびりと暮らすといい。」

「……余計なお世話であるな。」

 

 

 

 

 

 

 

視点:五条悟

 

「や、悟。」

「は?」

「久しいね。」

 

 そこにいたのは、自らの手で去年殺した親友。

 

 偽物?変身の術式?

 

 六眼で観察を続ける。解析を続ける。

 

 全ての可能性を、六眼が否定する。

 

 残った答えは、本物。

 

 

 

 そして今、脳内に溢れ出す3年間の青い春。

 

 

 

 次に現実に意識を戻したときには、僕の体は拘束されていた。

 

「────っ!!」

 

 やられた!!

 

「だめじゃないか、悟。戦闘中に考えごとなんて。」

 

 呪力が感じられない。体に力も入らん。

 

 ……詰みか。

 

 ならば、せめて疑問を解消したい。

 

「で、誰だよオマエ。」

 

 目の前にいるこいつは、違う。

 

「夏油傑だよ。忘れたのかい?悲しいね。」

 

 違う。

 

「…肉体も呪力も、この六眼に映る情報はオマエを夏油傑だと言っている。」

 

 それでも、こんな眼より確かなものがある。

 

「だが俺の魂がそれを否定してんだよ!さっさと答えろ!!オマエは誰だ!!」

 

 俺の魂は、夏油傑(親友)を間違えない。

 

 

 

 

 

 

 

視点:羂索

 

「キッショ」

 

 私は、静かに額の縫糸を抜糸する。そして、その中身を見せつけるかのように晒した。

 

「なんで分かるんだよ。」

 

 五条悟が不快そうに歯軋りするのが見えた。私は自身の術式と、夏油傑をガワに選んだ理由、夏油傑の遺体を手に入れることができた理由を明かした。

 

「心配しなくても封印はその内解くさ。100年……いや1000年後かな。君、強過ぎるんだよ。私の目的に邪魔なの。」

 

 ここまで計画が上手くハマると嬉しいものだ。長年の悲願であった、六眼の完封、やり遂げた達成感はひとしおだ。

 

「ハッ──忘れたのか?僕に殺される前、その体は誰にボコられた?」

 

 おっと、まだ五条悟が何かを喋っている。額を縫い直し、その質問に答える。

 

「乙骨憂太か。私はあの子にそこまで魅力を感じないね。無条件の術式模倣、底なしの呪力。どちらも最愛の人の魂を抑留する縛りで成り立っていたに過ぎない。」

 

 故に──

 

「残念だけど、乙骨憂太は君になれないよ。」

 

 ああ、それと。

 

「禪院一樹なら、楽しませてくれたかもね。とはいえ、彼女は心が脆すぎる。本当に禪院の術師なのかい?特級の器ではないね。」

 

 彼女は上手く立ち回ればこちら側に抱き込める。そうじゃなくとも、縛り付けることはできるだろう。何せ、彼女にはわかりやすい弱点が二つもあるのだから。

 

「おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう。」

 

 それからもう一悶着あったが、そこまで重要ではない。五条悟の封印は、間も無く完了した。

 

 

 

 

 

 

 

視点:伊地知潔高

 

21:22

 

「状況を確認次第、新田さんはもう一度帳の外へ。中で電波が断たれる以上、誰かが常に外にいなくてはならない。アナタにはその役をやってもらいたい。」

 

 携帯を二台操作し、他の補助監督達に指示を飛ばす。こんな時だからこそ、私がしっかりしなくては現場が混乱してしまう。それは即ち、戦ってくれている術師の皆さんの生存率に大きく影響するということ。

 

「今から補助監督役だけでなんとしても連絡網を確立する。非番の窓の一部も動員すれば可能でしょう──」

 

 何か、冷たい風が吹いた気がした。

 

 瞬間、私の背後で何かがぶつかり合い、弾ける音がした。

 

「チッ!!」

「嫌な予感はしていたのだよ、蝶の羽ばたきが、よくない出来事を運んできた……そのような気配がなっ!!」

 

 大量の兎……【脱兎】で作られたトンネルの中から飛び出してきた、鵺に掴まったトンビコートの女性。そして、たった今彼女に攻撃を弾かれた、白いオカッパ頭の少女と思しき人影。

 

「伊地知殿、無事か?!」

「は、はい……!!なんとかっ!!」

「悟殿が封印された。敵は強いぞ。」

 

 次いで飛び込んできたのは、信じがたい話だった。

 

 

 

 

 

 

視点:禪院一樹

 

 吾輩は五条悟から十分離れたところで【脱兎】と【鵺】を展開し、一息に地上を目指した。途中邪魔をする改造人間と呪霊を祓いはしたが、たいしたタイムロスではない。

 

 地上に出た吾輩は鵺の飛翔で上空へと昇り、帳内の全域を確認する。

 真希を探せ。真希を。真希だけはこの地獄から逃してやりたい。今のうちに真依と一緒にどこか遠くへ──

 

 その時、視界の端に映った七海班が、妙に気に掛かった。

 そういえば、伊地知殿は帳の外で待機しているのだったか。七海班の面々の中に伊地知殿の姿は見えない。

 

 重面春太は殺した。故に、伊地知殿が怪我を負うことも、補助監督達が皆殺しにされる可能性も薄い。

 

 

 

 本当に?

 

 

 

 前世の記憶を再検索する。あの場面には、他にも登場人物がいたはずだ。その登場人物は──

 

「裏梅……!」

 

 もしも裏梅が補助監督を殺して回る役を請け負っているとしたら……?

 

 ──その場合、補助監督達は誰も生き残れない。

 

 

 

 

 

 

 再び【脱兎】のトンネルを作成する。そして、そのトンネルの間を【鵺】で滑空し、伊地知殿の元を目指す。

 

 丁度、だった。伊地知殿の近辺が吾輩の式神の間合いに入ると同時に裏梅がふと現れ、術式を発動する。

 

「【鵺】ッ!!」

 

 間一髪のところで、裏梅の氷を相殺する。

 

「チッ!!」

「嫌な予感はしていたのだよ、蝶の羽ばたきが、よくない出来事を運んできた……そのような気配がなっ!!」

 

 いやぁ!ほんとよく防げたなァ!吾輩!!

 

「伊地知殿、無事か?!」

「え、ええ……!!なんとかっ!!」

「悟殿が封印された。敵は強いぞ。」

 

 特に、今目の前にいるものを筆頭にな……という言葉は飲み込んだ。

 裏梅の術式【氷凝呪法】は、反転術式持ちだろうが大半は殺し切ることができる。全身を凍らされてしまえば、反転もクソもないのだから。

 

「まったく、切り札にしろと言われたのだが……最初から切ることになるとはな。」

 

 吾輩が取り出したのは、切り札二種の内一種。

 

「【鳥獣戯画法術】、【悟廟(ごびょう)】。」

 

 決して少なくはない呪力を消費し、召喚された式神を肩に乗せる。白く美しい毛並みの猫は、どこかで見たことがある目隠しがつけられており、二足歩行している。

 

 その召喚後の隙を逃さず、裏梅が追撃を行うが──

 

「無駄であるぞ。」

 

 このセリフ、一度は言ってみたかったのである。

 

「貴殿が攻撃したのは、吾輩と貴殿の間にある"無限"であるのだから。」

「……ほう。」

 

 式神【悟廟】。お察しの通り五条悟を元に作成された式神だ。その術式効果は、「触れている人物へのニュートラルな無下限の付与」。つまりは無下限バリアだ。ただ、召喚中は常にこの式神の機嫌を取り続けなければ、勝手に退場してしまうというデメリットを持った式神でもあるため、扱いは非常に難しい。故に切り札。デメリットが割れてない初見が最も強い効用をもたらす式神。

 

 

 

 鳥獣戯画は、擬人化された動物達によって構成されている。だが、よく考えてみてほしい。擬人化という行為は、動物を人間に変えることが昨今では最もイメージされやすいが、鳥獣戯画はどうだろうか。動物に人間の動きや営みを被せているタイプの擬人化だ。

 そして、【鳥獣戯画法術】は式神を描き、使役する術式。人間、術師がそのままのスケールでは式神にできないのなら、共通認識を記号化させて鳥獣に被せて、式神のスケールに落とし込めば良い。

 

 

 

 もっとも、この方法で作り出した式神は、獣の身に堕とされている以上は術式性能も出力も知能も大きく低下するし、耐久力も低い。【悟廟】が【無下限呪術】の応用を扱えないのもそれが理由だ。

 式神の頭を優しく撫でながら、我輩はいかにして裏梅を抑えるか、あるいは撃退するかを考える。

 勝つならば、魔虚羅は必須だろう。裏梅の術式は氷と冷気。魔虚羅ならば一撃で適応できるはずだ。であるならば、裏梅が初撃から出力最大としない限りは完封できる。だが、それはこの事変中何があっても、もう魔虚羅を使用できなくなるということに他ならない。さらに問題なのが、初手が出力最大の【霜凪】であれば魔虚羅が一撃で粉微塵になる可能性が少ないながらも存在することだ。

 撃退するというなら、このまま【悟廟】の威を借りて「吾輩は倒せぬのだ」とハッタリをかますという選択もある。やがて諦めてどこかへ飛んでいってくれる可能性に賭けるのだ。

 

 吾輩は、【穢筆】を覆っていた布を剥がす。

 

「氷の術師、名前を聞こう。吾輩は禪院家次代当主、禪院一樹である。」

「貴様に名乗るような名などない。」

 

 吾輩が選んだのは、撃退。【悟廟】の機嫌が悪くなる前に、此奴に諦めさせる。早々に撃退して、吾輩は真希の元へ向かわねばならぬのだ。

 

「残念だ、それでは墓碑銘が刻み込めん。」

 

 墨の呪力を放出する。裏梅は初見だ、目眩しにはなる。とはいえ、高度な反転術式の使い手である為、すぐに対応される。だから、一撃。ただ一撃で吾輩を相手してまで伊地知殿を殺すことが「割に合わない」と理解させる。

 

 圧縮された時間の中の、一瞬。

 

 吾輩は【穢筆】を振るう。反転術式を回す脳を破壊できれば、ここで裏梅の殺害も狙うことができる。故に縦振りだ。

 ほぼ同時に裏梅が【霜凪】を発動。それに間をおかず音と気配だけで吾輩の心臓の位置を推測し、螺旋状に回転する氷の槍を飛ばす。

 

「……ッ!」

「躱したか。」

 

 裏梅の攻撃は無限によって阻まれ、吾輩の攻撃は裏梅の腕は綺麗に切り飛ばすことができた。次の瞬間には断面から反転術式の治癒が始まっていたが、その顔は苦虫を噛み潰したようだった。

 

「続けるか?」

「チッ……」

 

 頼むから引き下がってくれ。その願いが通じたのか、裏梅は舌打ちをして去っていく。吾輩を相手し続けるのは時間の無駄だと考えたのだろう。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ!心臓止まるかと思った!!」

「ありがとうございます、禪院さん。」

 

 とりあえず伊地知殿を守ることができたが、裏梅が自由に動き回るのはあまり望ましくない。しかしだからと言って吾輩では魔虚羅を使わずに裏梅を相手にする場合、勝率は五分に届かないだろう。

 魔虚羅は温存したい。漏瑚か、最悪の場合は復活した宿儺にぶつける予定なのだ。時間内に漏瑚を祓いきれなければ、宿儺が復活する。それは避けなくてはならない。

 

「伊地知殿、この猫の機嫌を取り続けるのだ。機嫌が悪くならない限り、あなたを無限で守ってくれる。」

「え、ええ?」

「悟殿係をしていた貴殿なら、問題なく術式が発動し続けるだろう。今の渋谷は地獄故、身を守る術を持たない貴殿では渡れぬ。手放さないように。」

 

 吾輩は、【悟廟】を伊地知殿に譲渡した。これで、この渋谷事変中の伊地知殿が死亡する可能性は下がったはずだ。

 

「ただし、宿儺が復活あるいは特級呪霊が地表に出てきた場合は即座に避難するのだぞ。領域内では、その無限も中和されるし、吾輩が魔虚羅を喚べば、その時点でその式神も解除されるのでな。」

「禪院さんは何処へ行くんですか。」

「真希の元へ向かう。」

「そうですか……それと、五条さんが封印されたとは──確かなのですか?」

 

 ちょうどその時、聞き慣れた少年の大声が渋谷に響く。

 

 

 

 

 

視点:虎杖悠仁

 

21:27

 

 五条悟が封印されタ。

 

 先刻、メカ丸から伝えられた衝撃の事実。あの五条先生が封印されたという異常事態。それを仲間達に伝達し、五条先生の奪還を共通目標として提示することが、今の俺の使命。

 

 地上に出た俺は、渋谷の街を疾走する。そんな時、メカ丸から報告がある。

 

「虎杖!!いいニュースダ!!奴ら、封印した五条ヲ地下五階から動かせなイ!!」

「なんで!!」

「五条悟だからダ!!」

「ハハッ、納得!!」

 

 こんな状況なのに、つい笑ってしまう。やっぱり、先生はすごい。

 

 包囲網を作る為、術師達を各地下鉄路線の隣駅から向かわせるという作戦方針を伝えなければならない。しかし、今何故か伊地知さんとは連絡がつかない。

 そんな時に思い出したのは、冥冥さんから聞いた渋谷に来ているメンバーの一人。

 

 途中、改造人間に対処しつつ、流れるような跳躍で俺はビルの上に登り声を張り上げた。

 

「ナナミーン!!!!」

 

「ナナミンいるー!??」

 

「五条先生がぁっ」

 

「封印されたんだけどー!!!」

 

 

 





【悟廟(ごびょう)】
消費呪力:多め
 五条悟を元に作成された式神。二足歩行の白猫で、五条悟のような目隠しをつけている。その術式効果は、「触れている人物へのニュートラルな無下限の付与」。つまりは無下限バリアである。ただ、召喚中は常にこの式神の機嫌を取り続けなければ、勝手に退場してしまうというデメリットを持った式神でもあるため、扱いは非常に難しい。故に切り札。デメリットが割れてない初見が最も強い効用をもたらす式神。

禪院一樹レビュー
 文句なしに便利な式神である。評価は10点満点。

五条悟レビュー
 僕ってこんな面倒くさくないよね?
 評価は……まあ、式神としては優れてそうだ。8.5点。

伊地知潔高
 ……10点をつけさせていただきます。<悟殿は封印されておるのだから、忖度はいらぬぞ。
 では、8点とさせていただきます。機嫌が悪くなったときの雰囲気が五条さんに似ているので。







術式情報解禁(読者向け)

【鳥獣戯画法術】

 絵を媒介とした式神術。「式神」を描くことで、それを顕現させることができる。そのため、鳥獣や妖怪・神霊などといった存在は術式の対象内であるが、術師や歴史上の偉人などはこれに該当しない場合が多い。それらの存在は式神としてイメージすることができないからである。例外として怨霊と化し、呪霊に転じた者たちはその姿を描くことで式神として召喚できる。
 式神の能力は初めて召喚を試みた際、術者を含め五人以上の人間(その場にいない者も含むが、その生物や妖怪に対して知見のある者が優先される)がその絵に対して抱く共通認識を無意識下で汲み取り、自動的に決定される。十種の式神の場合、禪院家という一つの集合がこの認識を確定された形で共有しているため、このプロセスが省略される。
 式神はその格に応じて消費呪力が異なる。この際消費される呪力は式神の術式と本体性能を元に査定される。例として魔虚羅の召喚には、なんの縛りもなく、掌印も呪詞も舞も楽もなく召喚しようとした場合、1.02乙骨程度の呪力を消費する。本作で一樹が用いる召喚法の場合、0.34乙骨に抑えられる。まさに決戦兵器。
 空間を面で捉える技量のある者が、墨の呪力を精密に操作できる「筆」に類するものを媒介した場合、空に絵を描くことで式神を召喚することも可能である。この行為は、敵前で行う場合はそれ自体が縛りとなり、式神召喚の呪力コストを大きく引き下げることができる。もちろん、絵を描いている最中に崩されてしまったり、そもそも絵を描いている無防備な間に攻撃を受けることで敗北したりといったデメリットがあるため、余程筆の速いものでなければ推奨されない。故に縛りとしての強度は高い。禪院一樹はこの一ヶ月の間に【猿仏僧】からこの仕様についてを知らされているが、空間を面で捉える感覚が掴めないため、まだ会得していない。いっぱい黒閃して❤︎
 召喚した式神は基本的に術師が意識を失うか、解除・破壊されるまで存在し続ける。同時に召喚できる数に限度はなく、術師の呪力が許す限りならいくらでも可能。術者が命令をすることが基本となるが、命令をしなくとも各々で勝手に動く。だが、それが術者にとって望ましい行動とは限らない。

 術式反転時、あらゆる式神を絵に変換できる。この際、この術式で仮にその式神を召喚しようとした際に消費する呪力を墨として回収できるが、その呪力が術師のキャパを超えている場合、発動中の術式が強制解除された上に超過徴収した分の墨で身体が黒く染まり、その呪力の超過分が排出されるまで術師はスタンする。この仕様を、禪院一樹はまだ知らない。







渋谷事変、時系列とか間違えそうで怖い。




初期に「ま、大丈夫でしょ」って無計画にアドリブで重面春太を殺した私をぶん殴りたい。
今、書いてる私がたぶん誰よりもバタフライエフェクトの恐ろしさを体感してる。
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