禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ…… 作:ある日の残り香
酩酊:酒酔いの段階のうち、三段階目(酩酊初期)と四段階目に位置する。
第二十二話【櫛名田-酩-】
視点:禪院甚壱
俺たちは、総監部から通達された文面を確認する。直哉から通達された、直毘人の死。それに伴う当主継承、争奪戦の儀の準備中のことだった。
一、夏油傑生存の事実を確認。同人に対して再度の死刑を宣告する。
二、五条悟を渋谷事変共同正犯とし、呪術界から永久追放。かつ、封印を解く行為も罪と決定する。
三、夜蛾正道を五条悟と夏油傑を唆し、渋谷事変を起こしたとして死罪を認定する。
四、虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し、速やかな死刑の執行を決定する。
五、虎杖悠仁の死刑執行役として、特級術師乙骨憂太を任命する。
六、禪院一樹特別一級術師を特級術師として認定し、五条悟がこれまで引き受けていた任務を引き継ぐものとする。
「一樹が特級術師に認定され、あの五条悟の後釜として指定もされた。これで体面的にも、一樹を当主にする正当性も生まれた。」
「やけど、縛りは縛り。一樹くん相手の当主争奪戦は行うで。」
「……嬉しそうだな、直哉。」
「そりゃそうやろ、ついに一樹くんと全力で死合えるんや。楽しみにならん方がおかしいで。」
「そうか。」
今の直哉は様子が異常だ。目がギラついていて、まるでご馳走を目の前にした餓鬼か何かだ。まるで、何かに取り憑かれたように見える。
「にしても、甚壱くんは挑まへんの?まあ、もしも勝ったとして、その顔で当主は無理やろうけど。やっぱ顔があかんわ。」
「……言ってろ。」
俺たちもただで一樹が当主になることを認めるわけではない。が、あくまでも最後のネガティブチェックを行うだけ。直哉のように、当主の座を狙って真正面から立ち向かうわけではないのだ。
あのネガティブチェックにさえ引っかからないのなら、俺たちはもう何も言うことはない。
視点:禪院一樹
ついに戻ってきた。禪院家へ。前回とは打って変わって、吾輩が廊下を歩けば全員が頭を下げる。これはこれで居心地が悪い。
「待たせたの、直哉殿。」
「ほんまにな。あれから2日やで?」
「これでも急いだのだ。公共交通機関が麻痺しておったからな。」
吾輩は一息つくと、座布団の上に正座した。よく見れば、部屋の隅にフルダテ殿がいる。
「これにて禪院甚壱様、禪院直哉様、禪院一樹様の3名が揃いました。直毘人様のご遺志によって、ご遺言状を読み上げさせていただきます。」
原作では、ここで伏黒坊が次期当主に指名されることで直哉殿が憤慨するのであったな。流石に直毘人殿も、吾輩のような優秀な後継があるのであれば、そのような暴挙は行わぬだろう。
「一つ。禪院家27代当主は暫定で禪院一樹とし、この任命から24時間以内に呪術戦をもってこれを打ち倒した者を当主とす。この際、打倒者がいない場合は禪院一樹を27代当主として確定させること。」
「一つ。上述の呪術戦において禪院一樹が敗北した場合、その呪術戦の勝者に禪院一樹は嫁がねばならないものとす。なお、禪院一樹が当主として確定した場合、禪院直哉が禪院一樹に婿入りしなければならないものとす。」
「一つ。高専忌庫及び禪院家忌庫に保管されている呪具を含めた全財産を27代当主が相続し、禪院甚壱の承認を得た上で27代当主が運用することとす。」
終わりであるな?終わりであると言え?
「ただし──」
やめたまえ。ただしとか言うのは。
「なんらかの理由で五条悟が死亡、または意思能力を喪失した場合、伏黒甚爾との制約状を履行し、伏黒恵を禪院家に迎え、同人──」
直哉殿と目を見合わせる。異議を吠え立てるしかない。
「そんなのおかしいやr──」
「伏黒坊はまだ弱い、当主の器では──」
「──静粛に願います。」
伏黒坊が当主としてこの盤面を乗りこなせるとは思えない。直毘人殿め、余計な真似を──。
「続けます。同人が満18歳となった時、禪院一樹が当主であるのならば禪院一樹の婿として迎え、炳の末席に加えるものとす。本条項が有効となっている場合、禪院直哉との婚姻よりもこちらが優先されるものとす。」
「え?」
「は?」
その時、吾輩の脳内にイマジナリィ直毘人殿が降り立った。
「いやぁ、俺が死んだ後に一樹が義娘になってもなぁ?一緒に酒が飲めるわけでもないし、直哉の嫁では苦労もするだろう。だったら十種と掛け合わせた方が次代も期待できてよかろうて。五条悟への嫌がらせにもなる。」
あのジジイ、余計なことを。
伏黒坊には後で謝らなければ。
……謝って済むか?これ。
来栖華に殺されるのではなかろうか。
「──この場合、直哉殿のチ●ポはどうなるのだ?」
「……負けたら、ほぼ確実にもげるやんけ。まあ、勝つから関係ないわ。」
「その場合、吾輩が貴殿の嫁になるのだが?」
「割り切ったるわ。」
フルダテ殿が出ていくと、甚壱殿がこちらを向く。
「──だ、そうだが。24時間以内に戦闘を行う必要がある。準備はできているか。一樹、直哉。」
「ここへ来るまでの間で休める時には休んだ上、呪符も補充した。いつでも構わぬ。」
「俺も準備は万端や。一樹くんと戦いたくてウズウズしたんのや、こっちは。」
吾輩は立ち上がると、【穢筆】を手に取る。それから、つい返し忘れて借りパクしてしまった【遊雲】を甚壱殿に受け渡した。
「これは伏黒坊から借り受けていてな、元の所有権は禪院家にあるとは言え、このまま吾輩が持っていては不義理であろう。当主の任命が済み次第、返却という形で譲渡したい。」
「なぜ俺に……ああそうか。俺の承認がないとどちらにせよ運用できねえのか。当主になったら好きにしていい。」
「言質はとったぞ。」
これで【遊雲】は返却する見通しが立った。あとは直哉殿に負けなければそれで良い。
「他の挑戦者は?」
「いないみたいやで。」
「では外でやり合おう。鍛錬場で良いな?」
「そっちこそええの?あそこやと俺の方が有利やけど。」
「構わない。」
「【魔虚羅】。禪院家当主になる上で打ち倒すべき障壁としてはこの上なく適任やね。」
「勘違いしておるようだが、【魔虚羅】は使わぬ。」
「あ゛?」
これは直哉殿を軽んじているわけではない。ただ、【魔虚羅】は燃費が悪すぎるのだ。その上、吾輩の術式の利点を全て殺してしまう。吾輩では上手く扱えないのだ。
「吾輩が全身全霊で直哉殿の相手をするためである。【魔虚羅】ではなく、吾輩を見て、吾輩と戦え。直哉殿!!」
直哉殿がくつくつと笑う。
「ええで、そういうことなら術師同士……全力で呪い合おうやないか。」
一瞬、空気がピンと張り詰めたように固まる。それが少し心地よかった。
「──始め。」
甚壱殿の号令で、吾輩と直哉殿はほぼ同時に動き出した。
視点:禪院直哉
呪力の目潰しで初動を潰された。そりゃそうや。俺でも俺を相手するなら初動を潰す。加速を始めた【投射呪法】に、一樹くんは有効打を持たへん。やから、加速をさせずに目潰しした状態で近接格闘に持ち込んだんやろな。こうすれば俺は反転術式で一樹くんの呪力を中和せんといけなくなるから、術式の同時併用が難しくなる。悟くんのようにはいかんね。プラスとマイナスの併用は今後の課題や。
一樹くんと俺の近接格闘の実力は均衡、イーブンや。技量だけで言えば、な。そこにこれまでは一樹くんの細く鍛え上げられた肉体が合わさってた。
「まあ、それも君の肉体が男だった時の話や。」
今の一樹くんは、術師としては昔の一樹くんより強い。やけど、どうしても身体は弱くなっとる。ガードも容易に抜ける。そして、硬かった腹筋も──
「──っ!」
ちょっぴりだけ、柔らかくなっとる。顔が一瞬苦痛で歪んだの、俺は見逃しとらんよ。
「女になって、鍛えんの疎かにでもしたん?」
「これでも、筋肉が落ちないように努力はしているのだがね。」
とはいえ、今の一樹くんがこちらを殺すつもりなら俺も危ないやろうな。理由は、今一樹くんが手に持ってる呪具【穢筆】や。扇のおっちゃんの首から上を消し飛ばしたように、その殺傷能力は十分高い。呪力で防ぐのにも限界がある。俺でも多分、ピンポイントでガードしても顔がズタズタになるし、最悪の場合やと脳みそがこぼれ落ちる。
やけど、一樹くんは【穢筆】で頭を狙わへん。俺が反転術式で修復できる腕や足しか狙わへん。
こんなのは、俺が望んでた死合やない。
「──殺す気で来いや。」
「……!!」
パチリ、と呪力が光る。呪力が黒く閃き、衝撃面から拡散する。一樹くんはその衝撃で地面を転がった。ピンポイントに呪力で防いだせいか、ダメージは少なそうや。
「──俺はな、一樹くん。アッチ側に立ちたいんや。」
追撃はせず、一樹くんが立ち上がるのをただ静かに眺める。
「一樹くん、もっと俺をヒリヒリさせてくれや。もっと、死の淵まで追い込んでくれや。」
一樹くん。俺の、可愛い弟分。そして──
「俺を、アッチ側まで押し上げるには、こんな戦いじゃ物足りないんや。死力を尽くしてくれへんか。」
俺をアッチ側に押し上げる、最後の部品であり、試練。階段。
「殺す気で行くで、やからそっちも殺す気で来いや。」
「……ふはっ!!」
一樹くんは笑うと、「あぁ、邪魔であるな」と吐き捨てると前髪を掴み、それを【穢筆】でバッサリと切った。
「──悪かった、直哉殿。直哉殿相手に手加減ができるわけがなかったな。」
一樹くんが、着物の袖から呪符を数枚取り出した。
「殺すつもりで仕留める。もし死んでも、呪いにでもなって吾輩の元へ戻って来い。これでも、貴殿のことは友として大切に思っておるからな。禪院家には貴殿がいないと、物足りぬ。」
「そう来てくれると信じとったで、一樹くん。ここで君を殺してしもうても永遠に語り継いだる。そん時は、将来息子ができた時に一樹って名前つけたるわ。」
「それは流石に気持ち悪いぞ、直哉殿。サブイボが立つ。」
【鳥獣戯画法術】 【投射呪法】
視点:禪院一樹
直哉殿は術式による加速を始めた。加速し切った直哉殿に吾輩は対応できない。ならばどうするか。
取り出した呪符は6枚。すべて同じ式神である。
【満象】
鍛錬場を水で満たしていく。やがて、水深50センチほどの湖が出来上がった。その半径は30メートル。
次いで取り出したのは保険の【悟廟】を1枚。波打つ湖の真ん中で、吾輩は【悟廟】を撫でる。
そして、湖に耳を澄ます。この湖に足を踏み入れた者がいればわかるように。そして、【悟廟】の無限が最初の一撃を引き受けて、ノーダメージを生かして直哉殿に不意のカウンターを叩き込む。
どれだけ加速しようと、水の上を走れるのは加速中だけ。【悟廟】の無限で捉え、加速を、術式を停止させれば直哉殿は水の中に落ちる。そうなれば着物が水を吸い、望むような加速はできなくなるし、白兵戦に持ち込める。そもそも、スタン中に首を刈ることもできる。
「アホやろ、一樹くん。」
「え?」
吾輩に振り下ろされた音速の拳。それを、無限が止めた。
「……悟くんの術式。なるほど、そんな式神も持っとるんか。」
──おかしい、こちらへ向かってくる飛沫はなかった。直哉殿が、無から突然現れた、そうとしか表現できない。
直哉殿がフリーズする様子はない。どうやら、殴りかかる時点までしかコマ打ちをしていなかったようである。
「──前々から思っとったけど、一樹くんってアホやろ。」
「ど、どこがアホだと……」
「一樹くん、「吾輩は天才であるぞ」って顔して行動しとるけど、普通に作戦も何もかもガバガバや。死ぬで、君。今も、"上"には一切警戒しとらんかった。」
「……。」
「あ、もしかして股もガバガバだったりするん?流石にそれはナシやで?婚姻に関しては諦めて一樹くんで妥協することになるんやから、せめて締まりがよくないと──」
直哉殿のセクハラ発言にキレ、わたしは墨の呪力を放出する。
「キレたら墨吐くとか、イカかなんかかいな。」
「キレてない!ただ気持ち悪いと思っただけ!」
「酔った時みたいに女言葉になっとるで。」
視界を奪おうとしたが、吾輩の呪力特性である【墨】は水で分解されてしまう。故に、この戦場が不利なのは直哉殿だけではなかった。
【悟廟】は、呆れたような表情をすると退場する。直哉殿も呆れたような表情をしている。
「一樹くん、俺が苦手な戦場に巻き込もうとしたんやろけど、自分にとっても不利な戦場に変えちゃ意味ないやろ。」
「……呪力特性を活かせなくなっただけである。」
吾輩は【円鹿】を召喚しつつ、【穢筆】を振るった。狙うのは頭部。破壊すれば、一撃で戦闘が終了する急所。
しかし、そこを狙われることを直哉殿はわかりきってきたのか、身体の重心を落とし、その攻撃を躱す。
「【投射呪法】は加速だけやない。」
そして、そうして出来た隙を直哉殿は見逃さない。【投射呪法】によって、吾輩の肉体はスタンする。そしてまた、直哉殿が拳を叩き込む。その拳の呪力は、またしても──
「黒閃って、こんなポンポン出るもんやっけ?」
「っ……!!っ!お゛ぇ……っ!」
腹部への強打に、思わず嘔吐する。
「汚な。ゲボ吐く女とか最悪やろ。」
「……吾輩は男だ。誰がなんと言おうと。」
おかしい、吾輩と直哉殿にはこれほどの力の差があっただろうか。それでも、悟殿の【蒼】パンチよりはマシである。立ち上がり、距離をとって口元を拭う。
しかし、その瞬間目の前の空気が固定される。そして、それらを割り砕く直哉殿の拳が吾輩の顔面にクリーンヒットする。
「正直がっかりやわ。一樹くんってこんな弱かったっけ?」
「……。」
「悟くんに鍛えてもらったんとちゃうん?」
悟殿の教育で得たものは、呪力効率を良くするための呪力操作、痛覚の麻痺、複数の式神を併用してもパンクしないマルチタスク、式神を交えた乱戦の基礎だ。
しかし、直哉殿を相手にするときの適切な対処法はわからない。思えば、吾輩にとって直哉殿は常に相性の悪い術師であった。吾輩の術式では、直哉殿の速度に対応できない。白兵戦では、直哉殿に触れられたらその時点でスタンする。
吾輩は術式の「底知れない感」と、魔虚羅によって下駄をはかされた結果評価されているだけで、今まで真に「実力」で直哉殿に勝利したことはない。どれも、「初見の技で屠る」ことを意識した戦略勝ちだ。
「生憎と、吾輩はもとからこうである。悟殿から教わったのも基礎ばかりでな。逆に、昔よりも安定はしたと思うのだよ。」
「ならなんで今までは俺と五分五分やったんや。」
「負けたくないから策を練り、初見殺しを積み重ねたから……であろうな。そして、今回も初見殺しでなければ直哉殿には勝てぬ。」
ならどうする。どうすれば、直哉殿に勝てる。
格闘では、あちらが一歩上。
式神での圧殺は現実的ではい。そもそも、用意してきた式神の手札が貧弱だ。残る手札の中で、この戦いの中で有用なのは【
また、今持っている中で一番強いであろう【八岐大蛇】は、縛りの内容からして直哉殿に使うには勿体無い。もっと、致命的な戦いで使うべきだ。それこそ、人外魔境新宿決戦のような。
ならば、どうするか。
「……直哉殿。」
術師の成長曲線は、かならずしも緩やかであるとは限らない。
吾輩は渋谷で、
「正直、禪院家の当主が早急に決まるのなら、吾輩は負けても良いのだと思う。このような混乱は長続きさせるべきではないからだ。今の呪術界を取り巻く事件を解決するためにも。」
でも。
「──それでも、吾輩が当主にならねば……すべてに片がついた後、真希と真依を守れぬ。故に、負けるわけにはいかないのだ。」
吾輩は、この戦いで負けたくない。
直哉殿は空気を面で捉え、術式を発動させていた。そうだ、空気にも面がある。ならばそこはキャンバスだ。そこに絵を描く感覚でよかろう。生得領域を刻むように描き出すのだ。
掌印は……不動独鈷印にしよう。絵描きに関連するものの中で、これが最も呪いらしい。
「──っは!そういうことかい、一樹くん!」
直哉殿もおそらく、この戦いの中で黒閃を二度経験したことで、完璧に感覚をつかんだのだろう。彼もまた、掌印を組む。
「これで終わりにしようではないか。どちらが当主となるのか。」
「禪院家当主は、俺や。」
今吾輩は、どのような顔をしているだろうか。できるかもわからない博打に身を賭す、この勝負師は。
「「領域展開!!」」
【
【
二つの領域が、禪院家の鍛錬場に展開される。
不動明王と絵描き
『絵仏師良秀』において、火事で家に取り残された妻子が燃える様から、絵仏師の良秀は不動明王の炎の手本を見て、大層喜んだという。
芸術家の狂気を表す日本の昔話。芥川龍之介の『地獄変』の元ネタもこの『絵仏師良秀』である。
【空想是識】
元ネタは「空即是色」と「五蘊」と「空想」。
転じて、"空※の表層をなぞり、是を識る"という意味。
※実体を持たないものであり、同時にこの世を構成するすべてのもの。これ即ち色であり、空とは単なる虚無ではなく移り変わるモノである。
次回
櫛名田-泥-
与太話
「禪院一樹ってぶっちゃけ国家転覆できるの?」
→【貫牛】をたくさん呼び出して地ならしでワンチャンあるかって感じ。正直なところ、首輪をつけるために特級認定されただけ。五条悟がいなくなった分の特級案件などで使い潰して、適当なところで死んでもらいたいのが羂索派の上層部の考え(≠羂索の考え)。