禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ…… 作:ある日の残り香
泥酔:酒酔いの段階のうち、五段階目に位置する。
視点:羂索
「へぇ……やるね。彼女。」
少し離れたところから、禪院家の"祭り"を眺める。
展開されたのは二つの領域。実力の均衡する二人の術師の領域。どちらが勝つのか、素人目では判断できなかっただろう。でも、私にはわかる。
この領域の押し合い、勝つのは禪院一樹だ。
視点:禪院直哉
領域内でお互いの必中効果が相殺される。この戦いは先に相手の領域を崩した方が勝つ。
「均衡ってところやね。まあ、そっちの呪力出力は俺より多いんやから、黒閃を二回打った俺でトントンってところやろか。」
術式の練度も拮抗。領域の強度もそうや。なら、領域内で術者同士が殴り合って、削るしかない。
「終わりにしたるで、一樹く──」
「吾輩の勝ちだ。」
領域の中では、拮抗していた。
パシャンと、俺の領域が崩壊する。
その時になって初めて気づいた。一樹くんの領域の異常さに。
「領域の外郭が……あらへん……」
それは、渋谷で見た──
視点:禪院一樹
領域展開、【空想是識】。この領域そのものは殺傷能力を持たない。故に、これ自体が決定打になることはない。
しかし、押し合いにはめっぽう強い。直哉殿の術式は厄介であるが故、それを封じる策だったのだ。直哉殿が領域展開勝負に乗ってこなければ敗北する危うい賭けだったが、今の黒閃を二度打ち、ハイになりかけている直哉殿なら乗ってくるだろうと信じていた。
領域内の術師の生得術式を封じ、その代わりに【鳥獣戯画法術】を使用可能にすること。それがこの領域の必中効果である。この領域内では、自ら描いたモノこそが味方であり、抵抗方法となる。
縛りとして、この領域の仕組みは必中効果の的中と同時に開示される。これによって、領域内で吾輩の呪力出力はさらに強化される。
「必中必殺に囚われたな、直哉殿ッ!!」
「チィッ!」
【円鹿】を召喚する吾輩に対し、直哉殿も【円鹿】を召喚する。
「詰めが甘いんじゃ……!俺の術式忘れたんかァ?」
「アニメ絵か!」
【投射呪法】はコマ打ちのセンスが問われる。アニメ術式とも呼ばれているが、なるほど、同じく描き出す術式である上、空気を面で捉える技術もあるが故に、この術式への適応も容易というわけだ。
だが、このように直哉殿が【鳥獣戯画法術】を使いこなすことも想定外というわけではない。この領域に外郭がないのは、こういう時のためでもある。
「ふっ、絵描きの才もあるようだな直哉殿。だが──」
【貫牛】を四体召喚し、それらをすべて直哉殿にぶつける。領域によって出力を増した【貫牛】は、短距離で火力は乏しくとも、ノックバック性能が高く、直哉殿を60メートルほど吹き飛ばす。
「ッハ!無駄やで、どれだけ衝撃を受けようと、今の俺には【円鹿】がおる。すぐに──」
「吾輩の領域には、外郭がない。いつでも外に出ることができる。まあ、簡単にいえば逃走を許可する縛りであるな。」
「……あ?」
直哉殿は、【貫牛】の衝突によって領域外に放り出された。
直哉殿はこれにより、領域の必中効果から解放される。
「これで貴殿は、術式が焼き切れた状態で、さらに【鳥獣戯画法術】も使えぬ。」
「……クヒッ!おもろいやん、領域展開を使える術師との戦闘に最適化された初見殺しの、最弱の領域や。」
吾輩も領域の外へ出る。それにより、核を失った吾輩の領域は崩壊し、吾輩の術式も焼き切れる。
だが、吾輩には直哉殿と違って墨の呪力と【穢筆】がある。墨の目潰しを行った上で、直哉殿に飛び掛かる。
もはや勝負は決まっていた。
【穢筆】を精細に振り回して四肢を切断し、そしてトドメに穢筆の尾骨で首を突き刺す。
「吾輩の勝ちだ。敗北を認めたまえ。」
「ガフッ……なんで、反転術式が練られないんや……」
「反転術式は脳で回すのだろう。故に、首でこのようにその流れを止めてしまえばそれも難しくなる。」
とはいえ、完全に止めてしまえば死んでしまう。だからある程度は正の呪力が胴体にも巡るようになっているはずだ。手足を再生するには足りないだろうが。
達磨になった直哉殿を【穢筆】越しに持ち上げる。
「吾輩の勝ち、で良いな?」
「……ええで、完敗や。いつかまた
「直哉殿は変わらぬなぁ。」
直哉殿の首から【穢筆】の尾骨を引き抜く。
「手足を持ってきてやる。そうしたら、反転を必死に回して繋ぐのだよ。」
「……遠いなぁ、アッチ側。」
直哉殿が、そうぼそっと呟いた。
視点:禪院甚壱
直哉と一樹の領域展開。直毘人が見ればどう思っただろうか。呪術戦の極致に、禪院の術師が二人(伏黒恵を含むのなら三人)も至ったのだ。
「──甚壱さん。」
「わかってる、蘭太。今更作戦を撤回することはない。」
俺の言葉を聞いた蘭太が大広間に樽酒を運ぶ。
「頼むから自制を利かせてくれよ、一樹。」
ヤシオリ作戦。一樹の明確な弱点である酒癖の弱さと自制心のなさに対して不安視する者たち(俺も含む)の疑念を払拭するための最後のネガティブチェック。
一樹への祝い酒だとして、用意した樽酒を振る舞うが俺たちが振る舞うのは1合まで。それ以降はやんわりと止める。そこからの一樹の態度を見る。
そしてもしも、自制が利かずに馬鹿みたいに飲むようならば……当主の資格ナシとして、酔っ払った一樹にヤシオリ作戦に協力すると決めた全員で総攻撃を仕掛ける。酒に酔った女一人、禪院の男ならば倒せなければ恥だ。
その際、一樹は酷い目に遭うだろうが……勉強代として甘んじてもらうしかない。
その作戦が成功した時の当主は俺ということになっている。このヤシオリ作戦の旗頭として担ぎ上げられたのは俺だからだ。
一樹が直哉を背負って帰ってくるのが見えた。さあ、作戦開始だ。
視点:禪院一樹
直哉殿はなんとか四肢が繋がったものの、領域展開も含めて呪力が枯渇し、意識を失った。
吾輩は直哉殿を彼の私室に運んで寝かせると、直哉殿に完全勝利したのだと言う満足感から笑みが溢れる。直哉殿の寝顔をしばらく小馬鹿にしたような顔で見下ろした後に布団を被せ、皆が待っているという大広間へ向かった。
大広間の障子を開ければ、左右にずらりと並ぶ禪院家の皆の姿が目に入る。吾輩は彼らが見つめる中、その中央を歩いていく。
そして、その果てで畏って座る甚壱殿の前に立つ。
「座れ、一樹。」
「うむ。」
当主の任命というだけあって厳かな空気である。全員が緊張感に満ちた表情で吾輩を見ている。
「当主になる覚悟は決まったか。」
「……ああ。本当にとんでもない時に当主になったものであるが、それでも、この時代の荒波すら乗りこなして、吾輩は禪院家の当主として恥じない生き方をすると誓おう。」
感極まって啜り泣く声が聞こえる。これは親父殿であるな。
「というわけでな、お前が新当主に就任するのを祝って、俺たちから酒を贈る。だが、今は時勢が時勢だ。今飲んでいいのは1合までだ。」
「さ、酒を飲んでもいいのか!?」
「……1合までだぞ。」
正直、吾輩はこれまでのやらかしもあって、こういう祝いの場ですら酒を飲むことが許されるとは思っていなかった。特に、甚壱殿はお堅い御仁であるし、たびたび吾輩に「禁酒しろ」と小言を言ってきただけに、そんな甚壱殿が飲んでも良いと許してくれるなんて……感激であるな。
「……。」
とはいえ、だ。
「──甚壱殿、何を企んでおる?」
酒関連になると頭が弱くなる吾輩でも、これだけの威圧感を周囲から向けられては流石に気づく。
「流石に気づくか。」
「何を、企んでおる。」
この禪院家において、吾輩が女になる前と以前とで対応が変わっておらぬのは直哉殿ぐらいなものだ。それ以外は殆ど皆、表面上は同じように振る舞っているものでさえ、対応が変わっている。
侮蔑が目に混じった者、恐怖心に濁った目を向ける者、吾輩の尻や胸を目で追う者、目を合わせなくなった者。其奴らが吾輩をよく思っていないことはよくわかっている。
そして、禪院甚壱という男は禪院家における男の象徴であり、偶像である。吾輩を嫌う彼らが担ぎ上げるとすれば、この男だ。
「よもや、酒に毒を盛ったのでは──」
「ネガティブチェックだ。」
「んえ?」
「お前は酒での失敗が多すぎる上、自制が利かない。だから、酒を1合で我慢できるかどうかを量ろうとした。」
「わ、吾輩でも自制ぐらい利くがぁ〜??」
……どうやら、女になったとかは関係なく、吾輩は酒癖のせいで信用がないらしい。どうしてであるか、こんなにも真面目だと言うのに。
「正直に言うなら、今のお前より禪院家の当主に相応しい人間はいない。いるとすれば、男のまま今のお前と同じぐらい成長したお前ぐらいだろう。」
「で、ではなぜこのような試す真似を……」
「お前、自分が女になった理由は覚えてるな?」
「……。」
そういえば酒に酔った状態で真人の急襲に遭い、玉を取られたのだったな。すっかり遠い記憶のようである。
「そのようなことが今後あっても困る。当主という立場である都合上、他家やオモテの社会の政治家やら利害関係者との会合などで、酒に酔わされて取り返しのつかない失敗をされると困るんだよ。」
「……それは、正論であるな。」
「だから、このネガティブチェックを行うことにした。作戦名はヤシオリ作戦だ。だが安心しろ、酒には毒は入っていない。1合程度なら、あまり酔うこともないだろう。」
「……。」
甚壱殿の目を見た。真剣な目だ。
「初めから禁酒をすると縛りを結べれば安心なんだが、それではあまりにも可哀想だと思ってな。1合までで止められる自制心があることを証明すればそれでいいということにした。これでも譲歩してるんだ。」
「……う、ぐぐ。」
たしかに禁酒の縛りよりはマシである。マシである、が。
「わ、吾輩は……1合で止められる自信が、ない。飲み始めたら、止まる気がしないのだ……。」
「なら禁酒の縛りを結ぶか?今、ここで。」
「嫌である!それも嫌なのだ!」
禪院家の全員が、緊張した面持ちで吾輩を見守る。
「……っ!ええい!吾輩の自制心を見せてやるのだ!甚壱殿!飲むぞ!」
「──頼むから、俺たちの杞憂で終わらせてくれ。」
視点:禪院甚壱
「くかー……」
今目の前でだらしない寝顔を浮かべている
「蘭太、こいつどれくらい飲んだ?」
「1升程度です。」
「アホなのか?」
まさかここまでだとは思わなかった。何がここまでコイツを酒へと駆り立てるというんだ。
「当主の資格なし、だな。」
「ですね。」
「……判断が早いんじゃないかな?」
寝ていたはずの一樹が口を開いた。その顔からは、先ほどまであった赤みが消えていた。
「……反転術式。」
「正解っ!」
アルコールも毒物ではある。反転術式で除去することは、高度な技術が求められるが、不可能ではない。が、酒酔いはそもそも脳に麻痺が起こる。反転術式の行使は難しいはずだ。
「いやぁ、でも時間がかかっちゃったなぁ。脳へのデバフがかかった状態だと反転術式を回すのは困難ってことかな。」
「蘭太、コイツが飲み始めてから回復するまでの時間は?」
「およそ30分です。酔い始めてからに絞るなら20分で、泥酔してからは12分、昏睡状態からは1分で復帰しています。」
酒への執着で反転術式の精度をここまで高めるとは、本当に意味のわからない奴だ。
「一樹、今からいくつか質問をする。酔ってないなら答えろ。」
「は〜い!」
「酔ってますよね、これ。甚壱さん。」
質問にはどれも整然と答えた。口調以外、おかしな要素はない。そこで、口調についても問いただしてみることにした。
「で、その口調は?酔っ払った時のものだろう。」
「……ああ、またであるか。悟殿との鍛錬以降、素面でも表出することが増えてな。」
「フム……。」
嘘を言っているようには見えない。さて、これで思考能力のチェックは完了。
「お前の狙いはわかった。反転術式で対応できるのだから、飲酒量の制限をなくせ、と言いたいんだろう?」
「うむ。」
「……。」
多分今俺は、とても嫌そうな顔をしていると思う。一樹が目を逸らしたから、そう予測できる。
「……ではこうしよう。」
とはいえ、コイツは意地でも諦めようとしない。最終的には俺たちが諦めることになる。
ならせめて、安心を得たい。
「ヤシオリ作戦に同調した炳と灯、それから躯倶留隊全員でお前に挑む。酔ってないなら全員を退けてみろ。」
「え、マジであるか?」
酒を飲んだ後でも、俺たち全員を容易に蹴散らせるというのであれば、こちらもコイツの酒癖の悪さに諦めがつく。
「……わ、吾輩まだ領域展開後で術式が焼き切れておってな?」
「3、2──」
「わ、わかった!!わかったのである!」
一樹が立ち上がり、深く深呼吸をすると腰を落とす。
「──かかって来るが良い!貴殿ら全員、術式が回復したら覚えておれよ!」
視点:禪院一樹
「負けるかと思った……」
結論から言うと、勝った。
そもそも反転術式を使えない者の中でも練度の低い者は、初手の墨の呪力で前後不覚となり戦闘脱落。躯倶留隊と大多数の灯は信朗殿を除きここで全滅した。炳も数人落ちた。此奴らは流石に猛省したほうがいい。あと、何も見えないふりをして抱きついてきた躯倶留隊の坊主も蹴飛ばした。吾輩は男だぞ。
蘭太は術式が危険なので真っ先に狙い、目に直接墨の呪力を流し込んだので無力化した。非常に痛そうだったのであとで謝らねば。
甚壱殿も広域殲滅能力の高い術式であるが、屋敷内から出なければ術式は使えない。呪力を乗せた拳を連続で叩き込んで倒した。黒閃も出た。
信朗殿は非常に厄介であった。原作の記憶では弱かったはずなのに、異様に強い。刀を振る速度も、剣技も故扇殿を凌駕しているようにも思えた。彼の攻撃は【落花の情】のオートカウンターで対応し、なんとか撃破した。
蘭太の次に警戒していた長寿郎殿はそもそも吾輩派だったようで、戦闘には参加していなかった。「儂の孫か?」と聞かれたので「違うのだよ」と答えておいた。
仮に殺す、となればお互いこうは容易くいかなかっただろう(特に甚壱殿)。だが、此度の戦いはあくまでも戯れだ。お互い殺意もなく、ただ向かってくる者たちを無力化していくだけの作業であった。
「……術式も使用可能になったな。」
途中甚壱殿に炸裂した黒閃のおかげか、術式も回帰した。とはいえ、もう使う相手もいない。
「……。」
大広間は吾輩の墨で真っ黒になっていた。倒れた躯倶留隊その他たちをひょいひょいと避けつつ、吾輩は樽酒の元へ戻る。
「──まだ半分ほど残っておるな!」
吾輩は酒を再び飲み始めた。せっかくだから長寿郎殿と、親父殿と一緒に。
これが過ちだった。
適度に反転術式でアルコールを都度分解しながら残りの酒を飲み終えた時、それができずに酔い潰れた親父殿と長寿郎殿を介抱していると、背後から声がかかった。
「やあ、ここが禪院家の当主の座と禪院一樹の夫の座を賭けた祭りの会場かい?」
振り向くと、そこには袈裟を着た黒い髪で額に縫い目のある男──羂索が立っていた。
「たしか、"禪院家の人間であること"……なんて条件はなかった。軽率だねぇ。というわけで、私も参加したいんだけど構わないよね?」
「禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ……。」
半ば諦観に満ちた声で、吾輩は/わたしは笑った。
【空想是識】
無数の顔を塗りつぶされた女の絵画が積み上がったオブジェクトを中心とした領域で、それを中心に足元には血のような墨が広がっている。
領域内に取り込まれた術師と呪霊はまず、この領域内のルールを領域に付与された術式によって伝えられた上で、【鳥獣戯画法術】以外の生得術式が使用不能になる。(呪具に付与された術式は使用可能。)
そして、領域内にいる間は巻き込まれた者の呪力特性が墨に変化するほか、【鳥獣戯画法術】が使用可能になる。この時、術式の使用方法も大まかには理解できるものとする。しかし、絵を描く能力は本人の実力に依存する。
領域内では、禪院一樹の呪力出力と式神の出力が格段に上昇し、通常の3倍程度になる。
この領域は外郭を持たず、逃走を許可する縛りで成り立っている。その上、領域自体には殺傷能力がないため押し合いには非常に強い。この領域と押し合いをした時点で、領域の崩壊と術式の焼き切れは(一部の天井を除いて)不可避である。
ただし、領域の押し合いが行われなかった場合はガン逃げされて術式が焼き切れたところをボコボコにされて終わる。
本編では、直哉が領域展開に乗ってくることに賭けたが故の勝利。
究極の初見殺し。禪院一樹が直哉に勝つために編み出した、最弱の領域。
次回
櫛名田-昏-