禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ……   作:ある日の残り香

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昏睡:酒酔いの最終段階。意識の喪失が発生するほか、代謝機能が制御不能になる。また、時折死亡することもある。










第二十四話【櫛名田-昏-】

 

「もしも生まれ変わったら、きっと……今度こそ君たちを救ってみせるから。」

 

「ちゃんと、生きてよ」

 

 

 

 

 

第二十四話【櫛名田-昏-】

 

 

 

 

 

 

 

視点:羂索

 

「少し、歩こうか。」

 

 警戒しつつもついてくる禪院一樹と共に、屋敷の外に出る。池に反射する私と一樹の姿が揺れていた。

 

 禪院一樹は、呪術師に向いていない。たしかに優れた才覚はあるし、術式にも恵まれている。だが、非常に軽率で、悪人の狡賢さをしらない。足を掬うのは容易だ。典型的な愚者だから。

 だがまさか、ここまで馬鹿だったとは。まるで……そう、ヤシオリの酒を飲まされて愚かにも素戔嗚尊(すさのおのみこと)に首を斬られた八岐大蛇のようだ。

 

 そんな馬鹿女に私が絡む理由は二つ。彼女の持つ情報の確認と、禪院家という集団を好き勝手動かされないようにするため。

 禪院一樹は、本人曰く天元から聞いたとのことだが、私のことについて知り過ぎている。私の名、術式、目的……あの引きこもりが、果たして何の目的もなく禪院家の一術師にここまでの情報を引き渡すだろうか。そうは思えない。

 

「なぜ、黙っておるのだ。」

「ごめんごめん、考え事してたんだよ。」

 

 できれば、殺さずに情報を聞きたい。天元から、果たして何を聞いたのか聞きたいし。あとは珍しい術式だから、胎としても興味がある。

 

「さて、これから君に呪術戦を申し込む。でも、私に絶対服従するという縛りを結ぶなら、殺さないであげようと思うんだけど……どうする?」

「貴殿に服従を誓えば、何をされるかわからん。呪胎九相図を作った人間であるぞ?死んだほうがマシな末路が見え透いておる。」

 

 強がってはいるけど身体は正直だ。僅かに声が震えているね。本当につくづく、術師に向いていない。私の忠告通り、山奥で絵でも描いて隠居してればよかったのに。

 これまでのことは全て見てきた。今の彼女は領域展開と度重なる反転術式の浪費、同格程度の術師との戦闘で呪力がだいぶ削られている。それでも【円鹿】を数体召喚することは出来るだろうから【呪霊操術】の物量で押し切るのは不可能だが、幸いなことに、私には【呪霊操術】以外にも手札がある。【反重力機構】もタネも割れてはいるし、対策はあるようだけど、今の呪力枯渇状態でソレが行えるのかはわからない。そもそも、術式を使わずとも、こんな貧弱な身体なら簡単に壊せるだろう。

 それに一番の懸念点だった魔虚羅も今は使用できないだろうしね。

 

「……【猿仏僧】ッ!」

「させないよ、極ノ番【うずまき】」

 

 【猿仏僧】、与幸吉の情報によるとこの式神の術式は厄介だ。馬鹿につける薬はないとは言うが、有能な教育者が側に控えているとなると話は別。禪院一樹の欠点を補うために用意されたと言われても信じるほどの式神だ。

 だからこそ、術式が発動する前に破壊するしかない。出し惜しみをせず、極小の【うずまき】を弾き飛ばして命中させた。

 

「やめてよね。私、猿は嫌いなんだ。」

「小細工は許さぬ、と。なら──」

 

 禪院一樹は、【穢筆】を手に取るとこちらへ向かってそれを振り下ろした。馬鹿正直に真正面から殺しに来たね。しかし、私の肉体はよく鍛えられていて、そんな攻撃は柄の部分を掴んで止められる。そうして生まれた隙を逃さず、鳩尾に蹴りを差し込み、後頭部に肘を叩き落とす。

 

「──っ!」

「言っておくけど、君じゃ私に勝てないよ。」

 

 おや、蹲ったまま動かない。諦めたのかな。思ったより早かったなと思いながら、どうやって情報を吐かせようかと拷問の手法を考え始めた頃、禪院一樹が何かを呟いていることに気づいた。

 

「……今がその時でしょ、禪院一樹。」

「?」

 

 突然、禪院一樹から呪力の起こりと、凶悪なまでの圧迫感が発せられる。その手には、一枚の呪符。

 

櫛名田比売(くしなだひめ)を欲さんとする者よ、八岐大蛇を打倒せよ。」

 

【鳥獣戯画法術】、極ノ番──

 

 

 

 

 

 

 

 

視点:禪院一樹

 

 身体が動かせない。主導権が吾輩から彼女に移ったのだ。まずい、このままでは殺される。早いうちに主導権を──

 

「……今がその時でしょ、禪院一樹。」

 

 彼女が、袖から一枚の呪符を取り出す。それは、【八岐大蛇】だ。

 

 

 

 

 

 ここへ向かうまでの間に、吾輩は【八岐大蛇】を運用可能にするために縛りを練っていた。というのも、魔虚羅の取り回しの悪さから、これを奥の手とするのはあまりにも現実的ではないと悟ったからである。

 なぜ、【十種影法術】の魔虚羅は奥の手足り得るのか。それは、どんな状況でも相打ちに持ち込めるからである。それは、調伏の儀という【十種影法術】における無理難題の縛りによって成立する事実上のバグ技だ。

 ならば、同じようなことをすれば良い。制御下におくためには、非常に強力な【八岐大蛇】の調伏を行わなければならないという無理難題の縛り。そこに加えて、自分以外の者に破壊された時のデメリットとして、草薙剣に相当する何かを相手が得ること。さらに、正式に運用できるようになったとしても、一度破壊されれば二度と召喚できぬようになるという縛りと重ねた。これらにより、【八岐大蛇】召喚の呪力消費は限りなくゼロに近づいた。しかし、制御不能なことには変わらないため、本家の魔虚羅と同じく、あくまで奥の手。格上相手の自爆技である。

 ついでにこれを【鳥獣戯画法術】の極ノ番に紐付けできるようにした。原典の鳥獣戯画は、蛇の襲来によって物語が完結する。この蛇を【八岐大蛇】と定義する。物語の完結、すなわち術者の死。相打ちに持ち込むためには、吾輩という"式神の弱点"がネックとなるが、極ノ番によってこの弱点をなくす。極ノ番【甲ノ巻末(いっかんのおわり)】の効果、それは絶命の縛りによる式神の強化と、式神本体が破壊されるまで術者本人の死後も式神が稼働し続けるというもの。

 

 この際失う"命"の定義は、定めていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば、吾輩は駅のホームにいた。男の姿で。

 

「思えば、わたしは余計なことばかりしたね。」

 

 ふと、横から出てきたのは女の吾輩……いや、儚い表情をしたこの女性は、田中静華だ。

 

「たぶん、お酒が好きなのもわたしの魂の影響なのかな。」

「……いや、それはわからぬ。」

 

 彼女はベンチに腰をかけると、ぽんぽんと、吾輩にも彼女の横に座るよう促した。吾輩はそれに従う。

 

「──わたしはさ、長い間ずっと微睡の中にいたんだ。そのせいか、ずっと朧げに影響を与えてはいたけれど、わたしは禪院一樹本人とはいえなかった。」

「だが、そのおかげで吾輩の自我が育ち、今日この時まで表に出続けたわけであるな。」

 

 この肉体は、彼女の前世での想い人の茂井何某とかいう者を模倣して作られた。彼の願いが積もり積もった器として。彼女たちを今度こそ救うために作られた、茂井の願望であり、贋作。

 

 まもなく、一番線を列車が通過します。

 

「さて、勝手で悪いけどわたし、そろそろ行かなくちゃ。」

「絶命の縛りなのだろう。ならば、吾輩も共に──」

「いや、その必要はないよ。」

 

 彼女だけが立ち上がる。そして、ゆっくりと離れていく。

 

「縛りとして差し出すのは、わたしの自我と記憶。」

「は?」

「大丈夫、魂は健在なはずだよ。肉体を通して、あなたの自我もしっかり、魂には刻み込まれているから。死ぬのは、わたしだけ。」

 

 状況が飲み込めない。

 

「待て、そんなの……ダメだ。吾輩は、だって……静華、君たちを救うために作られたのだろう?」

「たぶん、そこが間違ってるんだと思う。」

 

 彼女の黒い髪が、風で揺れる。

 

「わたしは、イレギュラー。茂井さんが一番救いたかった存在のまま、この世界に流れ着いてしまったんだ……本来、あなたが救うべき存在が既にあるこの世界で。」

「でも……」

「人の腕は二つしかないんだよ、"一樹くん"。あの双子の手を掴むには、わたしは邪魔なんだ。」

 

 彼女はクスッと笑う。

 

「それに、わたしはもう随分と救われたよ。微睡の中で、あなたが禪院真希と禪院真依を守っているのを見た。たしかに嫉妬もしたけれど、それでもかつてのわたしたちによく似た少女たちを、あなたが助けようとしている光景には、救われたんだ。」

「……静華。」

「あとね、わたしを待ってる人もいるんだよ。もう20年以上。そろそろ、抱きしめてあげなくちゃ……わたしの大切なお姉ちゃんのことを。」

 

 彼女は思い出したように振り向くと、吾輩のもとへ歩み寄る。

 

「最期に、ひとつだけ……ありがとう一樹くん。これからも、頑張って生きてね。真希と真依をよろしく。」

 

 彼女が吾輩を抱きしめ、口付けを落とすと吾輩の姿が少しずつ変化していく。それは、今の吾輩……女性の姿であった。

 

 想定外によって固まった吾輩をよそに彼女は走り出す。そして──

 

 

 

 

 

 

 

「……身体から、すっぽりと大切なモノが抜け落ちてしまったように思えるな。」

 

 田中静華の自我が、吾輩の中から消えた。彼女の記憶を新たに検索することもできなくな──いや、『呪術廻戦』の記憶だけは検索できるな。なるほど、彼女が吾輩に遺した櫛というわけか。

 だが彼女、田中静華という人物に関する記憶は検索できないどころか、少しずつ消え始めている。今も、だんだんと彼女の顔が朧げになっていく。

 

「へぇ、そんな奥の手があったんだ。」

「……本来は、相打ち覚悟のモノであったのだがな。」

 

 吾輩の正面には、【八岐大蛇】の後ろ姿。

 そして、吾輩の中にある自我と魂。"一樹くん(吾輩)"として定義された、元は肉体の自我という希薄な存在だった吾輩の存在。彼女の残した呪いであり、吾輩への祝福である。

 

「この式神は、吾輩の死後も稼働し続ける。貴殿だけは、ここで道連れにするぞ。救いある未来のために。」

「にしても、【八岐大蛇】か……ふふっ。御誂え向きだね。」

 

 羂索にはフィジカルと手数で負けている。当然、経験でも。ならば、吾輩にとってこの戦いで優位に働くものはなんだ。

 

 【円鹿】が使用可能である事実は、此奴の【呪霊操術】を封じている。そして、吾輩は羂索の実力の一端を検索できる。さらに、今の戦場には第三勢力の【八岐大蛇】がいる。

 

「【伏狼】」

 

 吾輩は影に潜る。こうなれば、【八岐大蛇】の攻撃対象は自然と羂索に向く。一度攻撃対象が決められてしまえば、こちらから【八岐大蛇】を攻撃しない限り、吾輩へ向くこともなかろう。

 

「懐かしいね、八岐大蛇なんて。といっても、私が知ってるのは平安の時に現れた仮想怨霊だけど。」

 

 吾輩は羂索が【八岐大蛇】と戦闘を開始したのを確認すると、少し離れたところで【蛙本尊】を召喚し、空気の面に【猿仏僧】を描いてこちらも召喚する。

 

 【蛙本尊】の術式効果は、日頃積んだ徳を吾輩の幸として還元するもの。出力としては重面春太の術式に近い。まあもっとも、吾輩の日頃の行いが良くなければ無力な式神ではあるのだが。なおアレとは違い、どれだけ徳を積んだか確認する方法はない。

 

 とりあえず、状況を打開するためにもしばらく羂索は【八岐大蛇】で抑え、吾輩は潜みつつ、【猿仏僧】の読経完了を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

視点:羂索

 

 八岐大蛇。古事記や日本書紀に登場する神話の化け物。平安の世では、仮想怨霊として出現したこともある。あの時は、宿儺が倒したんだっけな。

 

「とはいえ、かなり小さいね。」

 

 外見描写は大きさを除いて私の知る八岐大蛇と同じだ。だが、大きさに関しては1/1000程度だろう。全長は20メートル程度だ。

 

「たしか一度受けた攻撃には適応してしまうから、一撃で全ての首を落とすか、八つの殺害手段を用意しなければならないのだったか。」

 

 宿儺の場合は、一撃目に様子見の【解】で首を三本落として適応され、残りの首は領域展開後の【竈】で焼き尽くしたんだっけ。懐かしいなぁ。

 

 となれば、【呪霊操術】の手数で押し切るのが得策だ。しかし、禪院一樹がそれを何もせずに見ているとは思えない。私が呪霊を召喚した途端に【円鹿】を召喚してくるに違いない。

 

「待ってくれよ、今考えてるんだ。」

 

 当然のことながら【八岐大蛇】は私がそんなふうに作戦を練る時間に何もせず待っていてはくれない。絶えず攻撃を仕掛けてくる。特に、毒の息は厄介だ。流石の私でも、その毒を分解する前に多少のダメージが残ってしまうだろう。だから、動きを見て、毒の息が来そうだと思ったら回避に専念しなければならない。

 

 領域を展開して、一撃で潰すか。うん、アリだ。技量が足りない者なら、禪院一樹がどこにいるかわからない中でそんなことをすれば、禪院一樹ごと殺してしまいかねず、主目的である情報の獲得が失敗になるんだろうけど、私ほどの術師なら術式対象の選択を行えばこれも解決する。

 

「領域展開【胎蔵遍野(たいぞうへんや)】」

 

 

 

 

 

 

 

視点:禪院一樹

 

「貴様のような馬鹿にモノを教えるのは苦痛なのだが、それを理解して教えを乞いに来たのか。」

「うむ。どうすればこの状況を打開できるだろうか?」

「フーム……」

 

 羂索が【八岐大蛇】の攻略法を考えている間に、【猿仏僧】の読経が完了した。ここで羂索を退ける方法を得られるならばそれに越したことはないが、羂索を倒せるビジョンが吾輩には湧かない。故に、状況さえ打開できるのならば何でもよかった。

 

「【八岐大蛇】は貴様の式神ではない。貴様の中にいた女が存在を賭して遺した式神だ。貴様がいなくとも自律稼働する。そして、貴様はこの盤面において力不足極まりない。アルコールの分解などといったふざけたことに反転術式を回してさえいなければ、まだまだ他にも手はあっただろうに。」

「説教はやめてくれ。反省はしておるのだ。」

「いいや、貴様は反省などしない生き物だ。反省しておるのならば、あの時酒を飲まないという選択肢も取れたはずだろう。」

 

 何も言えぬ。

 

「都合が悪くなると黙り込む。嘆かわしいな。」

「それで、力不足な吾輩は逃げろとでも言うのか?」

「それも一つの解である。が、それは先延ばしでしかないな。いずれ捕まるか、あの双子を人質に取られるだろう。」

「うーむ……」

 

 ではどうしろと言うのか。

 

「自害しろ、禪院一樹。」

「……は?」

「これからのことを思えば、貴様がなんらかの方法で前世の記憶とやらを吐かされることの恐ろしさはよく理解できておろう。」

 

 よもや式神に自害を勧められるなんてなぁ。

 

「ふむ、確かに道理であるな。吾輩の脳さえ破壊してしまえば、彼奴はどんな呪霊や呪術を用いようと、吾輩の記憶は閲覧できなくなる。それこそ、吾輩の身体を乗っ取れば話は別であるが、彼奴には夏油傑の肉体、【呪霊操術】がまだ必要なはずであるが故、それも警戒には及ばない。」

「ああ、そうだ。」

 

 ……。

 

「──だがな、猿よ。吾輩は生きろと言われたのだ。彼女から。」

 

 田中静華の最期の願い、それは吾輩がこれからも生きることと、禪院真希と真依……あの双子を吾輩が守り続けることだ。

 

「吾輩は、ここで死ぬわけにはいかぬ。彼奴に、勝たねばならぬのだ。真希と真依の為にも。」

 

 【猿仏僧】は、静かにこちらを見据える。それから、ふぅと息を吐くと口を開く。

 

「方法がないわけではない。」

「まことか!?」

 

 吾輩は食い気味に身を乗り出す。【猿仏僧】は呆れたような顔をしながら、厳かな声で語る。

 

「領域展開が唯一の勝ち筋だ。貴様の領域は、あの者……羂索にとっては必殺の領域となる。故はわかるな?」

「……生得術式の封印!」

「うむ。」

「で、あるが吾輩はもう領域展開は出来ぬぞ?呪力の残量的にもそうであるし、そもそも一日に二度も領域を展開できるわけが……」

「いいや、方法はある。貴様の脳には多大な負担がかかるだろうが、一か八か。やらねば詰みの修羅場なのだから、試す価値はあろう。」

「……"一か八か"、なるほど。」

 

 【猿仏僧】は、答えを教えることはない。

 

「理解したようだな。」

「うむ。」

 

 しかし、その一言で吾輩は答えを得た。

 

「決行タイミングは、奴が領域を展開した後が良いだろう。貴様を殺すつもりはないだろうから、奴の術式が焼き切れたタイミングを狙え。」

「世話になった、【猿仏僧】。」

 

 ふと、時間が流れ始める。

 

「──術式反転。」

 

 【猿仏僧】と【蛙本尊】を呪力に変換して回収する。これからの策を実行する中で、呪力はあるに越したことはない。

 

 

 

 

 

 

 羂索の領域が解除されていく。領域の中心では、彼女が遺した式神が消滅していく姿が見えた。そして、その亡骸の中から呪具を拾う羂索の姿も。

 

 今がチャンスである。渋谷で真人が行ったように。

 

 一か八か、0.2秒の領域展開──

 

 掌印を構え、呪力を流す。目と鼻から血が吹き出すが、工程は中止しない。刹那にも近い時間で領域を組み立てる。

 

 ここで羂索を討ち、真希と真依……二人揃った未来を、二人が幸せになる未来を掴んでみせる。だからここで、全てを尽くせ。

 

 描け、吾輩の理想のためにっ!!

 

「領域展──」

 

 次の瞬間、吾輩の腹を何かが貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

視点:羂索

 

 【八岐大蛇】討伐後、背後に感じた強力な呪力の起こり。見れば、禪院一樹が領域を展開しようとしていた。あらゆるプロセスを圧縮したそれは、私が対応するより先に領域が展開されるだろう──はずだった。

 禪院一樹の領域展開は、彼女の腹を貫いたソレによって不発に終わったのだから。

 

「……遅かったじゃないか。」

「──液体…金属?まさか、羂索……縛りを?」

 

 困惑と、僅かな怒りに満ちた目が私を貫く。その姿がおかしくて、つい笑いが溢れてしまう。

 

「いいや、私は縛りをきちんと果たしたよ。伏黒津美紀は今頃、伏黒恵と感動の再会を果たしているはずさ。」

「じゃあ何故……!!」

「──ていうか、万のことまで知ってるんだね。普通、ソレを見たら別の術師のことを思い浮かべるんじゃないかな?」

「は……?」

「ほら、いるだろう?君のそばにも、【構築術式】を使える子が。」

 

 彼女の顔から、血の気が引いていく。胸を貫かれ、動くのも辛いだろうに首を後ろに向けた彼女は、万と目があった。

 

「……ま、い?」

「あなたが一樹?器の子の記憶は随分と脚色されていたのね。」

「……ぁ、あ゛ぁあああああっ!!」

 

 上がったのは、悲痛な声。

 

「何故なのだ、なぜ……っ!なぜ真依に……!?」

「ほんっとに馬鹿だね。縛りは慎重に結ぶべきだったんだよ。他の誰かに受肉させるなとか、そういう条件を一切指定しなかった君の落ち度だ。」

「……羂索、貴様ぁ゛ッ!」

「声を張り上げない方がいい、死ぬよ。」

 

 万が術式を解く。致命傷は避けてはいるが、しっかりと風穴は空いている。こりゃ、話を聞くためにも少しは治してやらないと。

 

「万……私ね、この子には聞きたいことがあるの。な〜んでこんなしっかりと致命傷を負わせちゃうかなぁ?」

「あら?私の助けがなければ死んでいただろうにその態度?」

 

 実際それは否定できないね。でも、それを認めるのは癪だ。

 

「受肉してみてどうだった?」

「この身体、貧弱すぎてびっくりしたわ。こんなのでも生きていられるって、現代ってぬるま湯ね。」

「ふふっ、ごめんね。受肉先を突然変えたのはこっちの都合もあるから、そこは申し訳なく思うよ。」

 

 さて、と。

 

「禪院一樹、見てわかる通りだ。禪院真依を伏黒津美紀の代わりに器にした。どうかな、君の望んだ結果だ。」

「ふ、ざけるな……吾輩は……っ!」

「思えば、君との関わりもそこそこ深くなって来たね。最初は、ちょっと謀殺しよっかなって程度の存在だった君が、今では私が直接赴いてこうして"おしゃべり"をしにくるようになった。」

 

 反転術式で傷を塞ぐが、すぐに低級呪霊を使って主要な呪力の通り道を貫いて潰しておく。土壇場でまた領域展開をされても面倒だからね。この呪霊は弱いけれど、麻痺毒も持ってるから、これで彼女は動けない。

 

「う、ぐ……呪力が練れぬ……この外道が……」

「私はこれでも、君に興味があってね。禪院家という勢力を取り込みたいのもあるけど、君個人も欲しいんだ。」

 

 私は跪き、這いつくばっていた彼女の顎を掴んで持ち上げる。

 

「八岐大蛇を討った素戔嗚尊は、櫛名田比売を娶ったという。この戦いは私の勝ちだ。これで私は禪院家の次代当主で、君は私の妻ということになる。」

「……最悪であるな。死んだ方がマシだ。」

 

 身体が麻痺しているせいか、彼女は悪態をつきつつも、何も抵抗する様子はない。

 

「さてと……君が知っていること全て、私に教えてくれないか?天元から何を聞いたのか、どこまで知っているのか。」

「──殺せ。」

「……君が従順なうちは、禪院真希には危害を加えないと縛りを結んでもいいけれど、どうする?それとも、禪院真依と同じように失ってみるかい?」

「はっ……貴様は、最低な人間であるな。」

「褒め言葉として受け取っておくよ。」

 

 彼女の目は、まるで死んだ魚のように闇に沈んでいた。声も平坦で、絶望に塗りつぶされている。

 

「……すまぬ、真依。吾輩が馬鹿なばっかりに、守れなかった。吾輩が、余計なことをしたせいで。」

 

 彼女は万の方を見ながら、赦しを乞うように痛々しく呟く。本当に愚かしくて、涙が出そうになる。万はその姿が癇に障ったのか「オエー」というハンドサインをするとどこかへ飛んでいってしまった。

 

「それで、どうするの。縛りは結ぶ?」

「……羂索。吾輩は全てを知っておる。」

「へぇ?全てって?」

「天元から話を聞いたというのは嘘っぱちである。吾輩は、死滅回游の果てまで、全てを知っておるのだよ。」

 

 死滅回游の果てまで、か。ハッタリ……ではなさそうだ。まあ、あの引きこもりが話をしたというよりは、未来のことを知っている一個人だという方が納得感がある。だってこの子、馬鹿だもん。天元が秘密を話すような相手には思えない。

 

「……なるほどね。君が私に交渉を持ちかけたのは、ささやかにでも未来を変えられるんじゃないかっていう実験か何かだったのかな?」

「ああ、結果として吾輩は最も大切なものを失うこととなった。」

 

 しかし、こうも容易く全てを話すつもりになるなんて。本当にこの女にとってあの双子は弱点でしかないんだね。弱い人間相手に絆を結ぶと碌なことにならないね。

 

「さて──」

「続けて?」

「いや、話はここで終わりである。」

 

 彼女は、自分の舌を強く噛み切った。

 

「なんのつもり?」

はなひのふふひをひひはひのなら(話の続きを聞きたいのなら)ひほふへはっへおふほ(地獄で待っておるぞ)。」

 

 そのまま彼女は笑うと、麻痺が残る身体で池の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点:禪院一樹

 

 疲れたのだ。もう、疲れたのだ。

 

 羂索に匂わせをしたのは、嫌がらせである。これから死ぬまで、吾輩の言葉が脳内に残り、残尿感にも似た不快感を抱き続ければいい。

 

 吾輩にそうしなかったように、羂索が吾輩に口を割らず術を持っている可能性は低い。吾輩の身体を乗っ取って記憶を読むこともなかろう。天元を取り込むためには、【呪霊操術】は手放せまい。

 

 真希は、多分大丈夫だろう。九十九殿と伏黒坊がそばにいるし、しばらくすれば、乙骨殿も駆けつける。

 

 それに、吾輩が死んだとなれば流石の禪院家も黙ってはおらぬ。余所者が当主をやることなぞ認めないだろうから、原作同様に謀反を起こして、全滅はするだろうが少なからず羂索の足止めくらいはしてくれるだろう。その隙に乙骨坊が真希のそばについてくれれば真希の身柄の安全は保証されるだろう。

 

 あとは直哉殿もああ見えて、吾輩のことが大好きであるから、仇討ちぐらいならしてくれるやもしれぬ。

 

 

 

 静華、すまないな。二つも約束を破ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次第に楽になってくる。

 

 苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。

 

 水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然としない。

 

 どこにどうしていても差支えはない。

 

 ただ楽である。否、楽そのものすらも感じ得ない。

 

 日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。

 

 吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。

 

 太平は死ななければ得られぬ。

 

 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

 

 ありがたいありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点:禪院直哉

 

 静かやな。夜なんか?

 

 目を覚ますと、俺は俺の部屋の布団で寝てた。誰かがご丁寧に布団までかけてくれたみたいやな。

 匂いからして一樹くんやな。墨とお日様が混じったような匂いが僅かに残っとる。

 

 半纏を羽織って、廊下に出る。空には月が浮かんどった。庭を見れば、いくらかクレーターが出来とる。俺以外で一樹くんに食らいついた奴がおるみたいやな。

 んな実力者、禪院家におったっけ。甚壱くんやないやろうし。

 

 心地よい夜風を浴びながら、ゆっくりと歩を進める。向かう先は、一樹くんの部屋。

 

「……血生臭いな。」

 

 自然と、歩みが早くなる。一樹くんの部屋に近づけば近づくほど、その悪臭は酷くなった。

 

 

 

 

 

 

「一樹くんっ!!」

 

 俺は勢いよく襖を開ける。部屋の中央には、四体の【円鹿】を優しく撫でる一樹くんが立っとった。一樹くんは俺に気づくと、ゆっくりとこちらを向く。

 

「おや、おはよう。直哉殿。ダメではないか、こんな夜更けに女の部屋に来るなんて。」

 

 その足元には、男の……夏油傑の遺体が転がっていた。

 

「一樹、くん……なんか?」

「直哉殿、これからの話をしよう。大事な話であるぞ。」

 

 一樹くんは、クスクスと笑いながら話を始めた。

 

「27代当主、吾輩の……ふふっ、くはっ!」

 

 何かツボに入ったのか、一樹くんがしばらく笑って話が止まる。

 

「──ひ〜……いや失礼。吾輩の夫である憲倫は死んだ。それから28代当主は此奴が遺した遺書に従い、吾輩となった。」

「……負けたんか、一樹くん。」

「ああ、それはもう無様に。酒なんかに溺れた馬鹿の末路としては妥当であるな。」

 

 自嘲。心の底からの嫌悪、軽蔑がその口からは漏れ続けていた。

 

「笑うのやめろや。話に集中できへん。」

「ああ、悪かったな。」

 

 俺は一樹くんの額を見て、眉を顰めた

 

「あとその縫い目、趣味が悪くてかなわんわ。」

「ふふっ……直哉殿ならそう言うであろうと思ったよ。」

「……そか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪術総監部より通達

 

一、夏油傑の死亡を確認。遺体は、呪術総監部が管理するものとする。

二、禪院家を襲撃し、当主の座を一時奪った夏油傑が加茂憲倫を名乗ったことから、禪院家は加茂家への責任を呪術総監部を通じて求めた。総監はこれを保留としている。

三、五条悟の封印されている【獄門疆】の所有権を禪院一樹が主張したが、両人の関係性を鑑みるに、封印の解除が懸念される為これを棄却。【獄門疆】の大気圏外放出が決定された。大気圏放出の実施日は12月24日とし、それまでは総監部で預かるものとする。

 

 

 

 

 





【八岐大蛇(やまたのおろち)】
消費呪力:非常に軽微(縛り込み)
 八つの首を持ち、それぞれの首が受けた攻撃をそれ以降無効化する。倒すには、全ての首を同時に落とすか、八つの殺害手段が必要。制御には、調伏が必要。調伏完了時、特級呪具「贋作・草薙剣」を落とす。

禪院一樹レビュー
 あの子が遺してくれた式神である。10.0点。

羂索レビュー
 術者の使い所が悪かったね。ポテンシャルは高いと思うよ。9.0点。



【蛙本尊(かえるほんぞん)】
消費呪力:非常に軽微
 術者の日頃の行いに応じて幸運を呼び寄せる式神。積んだ徳によっては、死すらも回避させてくれる。

禪院一樹レビュー
 日頃の行いが良くないと力を貸してくれぬ。4.5点。

羂索レビュー
 悪くはないけれど、私好みじゃないね。2.0点。




禪院一樹

田中静華レビュー
 本当に迷惑かけてごめん……。顔はあまり似てないのに、「茂井さんだ!」って感じがしてすごく安心感があった。女の子になってからは親近感を覚えることの方が多くて、そのせいかわたしがちょくちょく表に出ちゃったのは反省点かなぁ。今までありがとね、一樹くん。これからも、長生きして。10.0点。

万レビュー
 器の記憶からして美男だと思ってたのに女で残念。それでも羂索を追い詰めるなんて、なかなか見どころはあるわね。それより宿儺はどこ?5.0点。

羂索レビュー
 才能があっても、マインドがこれじゃあね。それでも、生きてるだけで私にとっては面倒だったから死んでくれてよかったよ。来世では、孤高ってやつを目指した方がいい。ふぅ……。それじゃ、(脳を)入れるね。4.0点。

禪院直哉
 なんともまあ、縫い目がアカンわ。2.5点。
 縫い目なかったら?そやなぁ、術師としては9.0点やろ。まさに俺の自慢の弟分やからな。んで、女としては0点や。胸もないし、男を立てられへん。一樹くんは男やから関係ないけど。 





↓24話到達記念イラスト↓

【挿絵表示】



一樹くん未亡人になっちゃった……。


次回から死滅回游編。
しばらく一樹くん視点はおやすみです。
あと6,7話くらいで完結すると思う。大体の展開は固まってます。
エタらないように、ちゃんとスパッと終わります!
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