禪院家に強術式の男として生まれても詰むことあるんだ…… 作:ある日の残り香
禪院家仕草。
第八話【遺体のない葬儀】
視点:窓
禪院家から少し離れた路地裏で、私は呪霊に今日が決行日であることを伝えた。
「今日実行するんだ?応援してるよ、英雄さん。」
呪霊が私の肩をポンポンと叩く。穢らわしい。しかし、英雄という響きは心地よい。
私は、写真を持って葬儀場へと歩き出した。招待などされていない葬式へと。
「禪院家に、終止符を。」
視点:禪院真依
葬儀場には、禪院家の人間がほとんど出席していた。今日どうしても外せない任務がある一部の人間と、女中たちを除いて。
あと、真希も来ていない。聞けば、不参加の通知を出したとのことらしい。
「真希の奴、あんなに世話になっといて葬式にすら来ねえのか。恩知らずな奴だ。」
躯倶留隊の陰口が聞こえた。それに関して、私もそう思うので目を伏せた。
「その点、真依ちゃんは立派やね。ちゃんと恩義を感じて、学校休んでまで最期の別れに来てくれはった。」
「……直哉さん。」
「この葬儀場、男臭くて敵わんわ。一樹くんも渋い顔して生き返るんやないか?」
私は禪院直哉のことは嫌いであるが、彼の眼にたしかな哀悼の意を感じとった。つまり、この場においては心は同じということ。
「普通なら、真依ちゃんらに葬儀の案内なんて来やんのやが、生前の一樹くんが目ぇ掛けてた双子がおらんと可哀想やって話になって呼ばれたんや。まあ、真依ちゃんは手向けられた花みたいなもんや。やから、今日くらいは他の連中も多少は大目に見てくれるで、扇のおっちゃん以外は。」
直哉はただ、事実を述べただけだ。そこに私を気遣う意図はない。彼が言った通り、私は禪院家にとって禪院一樹を葬送するために手向けられた花でしかない。
それでも、式への参列が認められたのは変わらない。たとえ花という役割であっても、別れを告げることすらできないよりはマシだった。
「真依、大丈夫か?」
「お姉ちゃんが、私のことを置いてった。」
「……ああ、話は聞いておる。直毘人殿からな。」
思い出すのは、真希がセルフ勘当して禪院家を出たあの日のこと。
「私、京都の高専に通うことになるらしいわ。正直、不安だし怖い。」
「それは、術師になることがかの?それとも、外に出ることに対してであるか?」
「……両方よ。」
その頃、私は底知れない不安に苛まれていた。今までずっと、禪院家で雑用として生きて来た。呪霊は怖い。痛いのも怖い。だから術師になんてなりたくない。禪院家の外なんて知らない。怖くてたまらなかった。
「前者の方は怖がって当然であるな。むしろ、怖がっているくらいが長生きできよう。」
「……。」
「だが、後者の方はきっと楽しいぞ?」
「え?」
「考えてもみろ!同年代の者たちと、特段何のしがらみもなく、子どもらしく共に過ごせるのだぞ!まるで小説の中の出来事ではあるまいか!吾輩、正直羨ましいのだ。真依のことが。」
立ち上がって、手を大きく広げて舞うように笑う彼を見て、少し面食らっていると彼が言葉を続けた。
「吾輩には、共に競い合う禪院家の仲間たちはおったが、友達はおらんかった。外に出るのも任務の時だけであったしな。故に、友達というものに強い憧れがあるのだ。だからこそ、真依がそれを得られるというのは、自分ごとのように嬉しいのだ。」
「……私は、お姉ちゃんと一樹さんだけいてくれればそれでいい。」
「君のそれは……ぅ……。」
一瞬、彼は何かを言いかけると口元を押さえた。が、すぐにかぶりを振って言葉を紡いだ。
「──真依、吾輩は術師をやっておる。それも、特別一級術師に名を連ねておるのだ。いつ死ぬかわからぬ。であるから、吾輩と真希という少ない人脈に依存するのは危険であるぞ。」
「……死。」
「うむ、もしかすると、30代ぐらいでぽっくり行くやもしれぬな!だからこそ、友人というものは多ければ多いほど良い。辛い時人を支えられるのは、また人だけなのだ。」
そんな彼の言葉が、今私の胸の中でこだまする。
「……入学してからもこの部屋に来ていい?」
「構わんが、そんなことをしている暇があったら友達と遊ぶことを吾輩は勧めるぞ。青春は一度きりとよく言うであろう?」
実際、私は高専に入学してから掛け替えのない友達を得た。たくさんの思い出も。今、こうして気丈に振る舞えているのも、彼ら彼女らが私の喪失に寄り添い、慰めてくれたからである。
「なにが30代ぐらいでぽっくり、よ。10年以上早いじゃない……」
それでも、抑えきれないものはある。頬を伝う熱い涙が、彼がもうこの世にいないことを知らしめるかのように、心に彼の存在を焼き付けていく。
禪院甚壱が、弔辞を読み上げる。その目尻には僅かながら涙が溜まっていた。彼にとって、禪院一樹は蘭太と同じくらい可愛い後輩であったのだ。彼は、禪院家の術師たちにとって、ある者にとっては向上心がある可愛い弟分であり、ある者にとっては辛い時や苦しい時に道を示してくれる兄貴分であった。少しアホだし、口調も変だし、たまに問題も起こしていたし、酒癖も悪かったけど、それでもある程度慕われていたのだ。もし今後禪院家の人間の葬儀をしたとして、これだけの人が参列するのは禪院甚壱か、禪院蘭太の葬儀ぐらいなものだろう。
だからこそ、納得できない。真希がここに出席していないことが。
禪院甚壱の弔辞が終わり、一樹の父親が男泣きしている最中、式場に乱入者がやって来た。
「お伝えしたいことがあります!!」
全員が振り返る。そこに立っていたのは、女性だった。「あれ誰だ?」などと困惑や疑念にも似たざわめきが場を満たす。
「……一樹の任務を担当していた窓だな。今は葬儀中だ。そして、お前は葬儀には呼ばれていないはずだが。」
禪院甚壱の言葉に、皆の中で彼女の存在が繋がった。しかし、だからといって彼女は葬儀には招かれていない。追い出すかどうかなどを話し合っているうちに、彼女は何か一枚の紙……いや、写真を取り出してそれを禪院甚壱の前に突き出した。
「禪院一樹は生きています。」
その声に、式場全体が響めく。その写真を見ようと、全員が身を乗り出した。しかし、フンと鼻で笑った禪院甚壱が、場を鎮めた。
「一樹はお前にも優しかった。だから狂ったようだな。あいつが死んだことを受け入れられず、こんな"女"をあいつだと勘違いするまでになるとは。」
辛うじてその写真を見ることができた私の目に映ったのは、先の姉妹校交流会で五条悟の付き人をしていた女性の姿だった。
「いえ、甚壱様。これは正真正銘禪院一樹様です。ツギハギの呪霊によって、身体を女に作り替えられたがために禪院家から逃れているのです。」
「……これ以上死者を愚弄するなら、俺も手荒な真似をしなきゃいけなくなる。殴られなきゃ黙れないか?」
「まあまあ、待とうや。甚壱くん。少しばかりこの女の妄言に耳を傾けてもええんやないか?」
ぬっと直哉がその間に割り込み、写真を眺める。
「この写真、高専やんな。真依ちゃん、この写真の女見覚えある?」
「え、ええ。たしか、五条悟の付き人と名乗っていて……はじめは仮面をつけていました。それから、真希と共闘して特級呪霊を足止めし───」
「もうええで。じゃあ次の疑問点聞こか。」
直哉はタタッと地面を蹴り、禪院甚壱と挟む形で女の逃げ道を封じてから問いかけた。
「なんで、一樹くんより先に帰ったアンタが……呪霊の手で一樹くんが性別変えられたん知ってるんや?そもそも、その写真アンタどうやって手に入れたん?」
「それは──」
次の瞬間、女の姿がぐにぃとねじ曲がり、異形に変わった。
「チッ……!!口封じかいなっ…!!」
幸いにも、禪院甚壱と直哉がそれをすぐに始末。しかし、亡骸が消失しない。例のツギハギ呪霊の被害者の特徴に一致する。
「……決まりやね。この
「まさか犯人自ら出てくるとは、数日前の会議の時は想像もつかなかったがな。」
私は、これまでに起こったことを情報として処理できなかった。
「フン、驕り高ぶった絵描き童め。よもや、女の身に堕ちるとは。木端の倅の分際で当主の座など狙うから罰が当たったのだ。」
隣で何か呟いている父親の言葉もよく聞こえなかった。
視点:禪院直哉
数日前、禪院家の一角にて。
「やっぱおかしいやんな?呪霊の局所的な大量発生、群体的な行動、酔って帰った道にちょうどおる特級呪霊……嵌められた可能性高いで、これ。」
「怪しいのは窓だな。いつもは一樹の飲みに付き合っているというのに、この日に限っては飲みに付き合わずに真っ直ぐ帰ってきた。一樹から持たされた土産だけを持って、な。」
「でもあり得るん?他の術師ならまだしも、一樹くんやで?あの
「恩知らずの恥知らずであるという可能性もゼロじゃない。その上、それだけ自分にとって都合のいい人間でも嵌め殺す動機があるということだ。」
「たとえばなんや?」
「──禪院家の弱体化、あるいは崩壊じゃろうな。」
狭い室内には、俺、パパ、甚壱くんが正座して向かい合っていた。一つだけ空いている座布団は「くだらん」と吐き捨てて出てった扇のおっちゃんの座布団や。
「今後、同じ手口で直哉か俺か甚壱を狙う可能性もある。そうやって一人ずつ有力者を潰していけば、禪院家は潰れる。」
「だとしたらイカれとるわ。なんで禪院家滅ぼそうなんて発想に至るん?」
「それはわからねえな。何らかの恨みがあるかもしれないが、完全な逆恨みって線もある。」
「もしその推理が当たってたら、俺鼻からスパゲティでも食うたるわ。」
っていうのが、秘密の会議の大まかな内容や。
「ブワッハハハ!直哉、鼻からスパゲティだ。」
「アホくさ。」
パパ、俺、甚壱くんの中で禪院一樹生存の確信が持てたことにより、葬儀は解散となった。下の奴らは、一樹くんの現在の状況が受け止めきれずに狼狽えてたな。正直、俺もやけど。
「で、この女が一樹くんなん?正直信じたくないんやけど。」
「状況証拠的にそうだろうな。」
俺の中で、禪院一樹という存在が崩れていくのを感じた。
「にしても、よりによって悟くんの金魚のフンしとるん?女になった自覚ありすぎるんとちゃう?」
「……。」
俺との実力差を縮めようと努力を重ね、遂に俺と五分の実力にまで至ったあの一樹くんが、女になった途端弱気になって禪院から逃げて、しまいには五条悟の庇護下に、ねぇ。
「正直、信じたくないわ。もし事実なら失望どころの騒ぎやないで?」
「ブフッ……」
「パパ、何わろとんねん。」
「いや、昔一樹と話したことを思い出してな。」
「あぁ?」
パパの笑う顔を見て、その話がロクな話じゃないことはわかった。
「いやな、一樹が女だったら直哉の許嫁にしたかったって話をしたんだ。数年前にな!」
「冗談やろ?」
「直哉、貰ってやれ。元男なんて女、他所の家の男は婿入りしたがらないだろうし、お前なら丁度いい。両方相伝術式持ちでお似合いだ。ガキの術式も期待できる。」
「甚壱くんまでキショいこと言わへんでくれん?そもそもや、三歩後ろ歩けへん女とか、男の顔立てられん女は背中刺されて死んだらええって考えなんや俺。一樹くんがその辺弁えると思うか?」
冗談じゃない。俺にだって選ぶ権利はあるで。たしかに写真の通りならツラはええ。だが、胸は小さいし中身が一樹くんや。有り得へん。俺はホモやないねん。
まあ、もし俺が女やったら甚爾くんの嫁さんにならなっても良かったけどな。
「直哉なら女になった一樹が相手でも常に三歩先を歩けるだろ。」
「そりゃそうだ。常に努力を続けなきゃならん環境に身を置けるぞ、直哉!」
「ざけんなや。」
吐き気がしてきたそんな時、後ろから声がかかった。
「一樹さんは……生きてるん、ですか?」
真依ちゃんやった、何かに縋るような顔しとってムカついたけど答えるぐらいはしたるかと思って吐き捨てる。
「生きとるで、女になったらしいけど。もう当主は目指せへんな。」
「そう……ですか。よかった……生きてて、よかった……!」
「残酷やなぁ、真依ちゃん。一樹くん、夢叶わへんくなったんやで?それなのに、生きて生き恥晒すことを良かったって言うんか?」
「……それでも、生きていて良かったと思います。」
真依ちゃんは心の底から女やね。でも、一樹くんの顔立てられへんのは良くないと思うわ。いや、もう"一樹ちゃん"やから顔は立てへんくてええのか。ややこしいわ。
「直哉直哉、ちょいちょい。」
「なんやパパ?」
「まだ一樹が当主になる可能性が完全に消えたわけじゃないぞ?」
「は?」
「え?」
「どういうことだ。」
甚壱くんも驚いとるわ。ほんまにどういうことなんや?
「一樹との約束でな、"直哉に勝つ"、"魔虚羅かそれに類する奥の手を習得する"……この二点を満たした場合は当主にしてやると約束しておるんじゃよ。」
「で、でも今の一樹くんは女の子やで?当主には──」
「女に負けるような男が当主をするよりはいいだろう、直哉。それともなんだ?勝てないか?真希にも挑戦権自体は与えとるしな。」
「……パパも人が悪いで、ほんま。」
魔虚羅かそれに類する奥の手、そんなもの身につけたら流石に認めざるを得んが、流石に今の悟くんの金魚のフンをするようなメンタリティの一樹くんがんなモン習得できるわけがない。そして、それくらいのモンがなけりゃ俺が負けるわけない。さっきの写真を見る限り、筋肉もだいぶ落ちてそうやったからな。
「俺は誰にも負けへん。当主になるんは俺や。」
「それでこそ俺の息子だ。もし負けることがあれば、当主になった一樹に婿入りしろ。」
「ああええわ、負けるわけないんやもん。」
「はい縛り。」
「あー?まあええわ。」
売り言葉に買い言葉で、俺はそんなふざけた縛りを結んだ。
「で、真希ちゃんがこの葬儀に来やんかった理由もなんとなくわかったな。アイツ、知っとったんや。一樹くんが今女になっとること。くふっ、なんや。恩知らずかと思ったら、義理堅い女やないか。偽もんの分際でなぁ?」
一樹くん、俺の期待を裏切ったこと……後悔させたるからな。
「ちょっくら、一樹くんのこと笑ってくるわ。」
俺は、東京を目指して加速を開始した。一樹くんはそこにおるはずやから。
「直哉ーっ!鼻からスパゲティっ!!」
「うるさいで、パ──」
「……フリーズしたな。」
視点:羂索
「うーん、流石に禪院家も陰謀に気づかない馬鹿じゃないか。伊達に数百年続いてないね。」
「どうする夏油?」
「まあいいさ、どちらにせよ、禪院家の保守的な……悪く言えば古びた風土は変わらない。いつでも乗っ取るか、潰せるさ。」
禪院家自滅作戦は上手くいかなかった。それでも、そこそこ面白いものは見れそうだ。
「いやぁ、男だった人間が女になるだけでこれだけ面白いものが見られるなんてね。これは宿儺との再会も楽しみだね、裏梅!」
「殺すぞ。」
禪院家に聞く、あなたにとって禪院一樹とは?
(性転換判明後)
禪院直毘人
直哉の嫁にして、一緒に酒飲みたい。
直哉とは相性いいと思うぞ?丁度直哉の三歩後ろくらいを常にキープするぐらい走れそうだし。直哉も女に追い付かれたくない一心で鍛錬を続けて、儂を超えるやもしれん。
もしもこのまま一樹が当主になったら面白いだろうな。禪院家がまるっとひっくり返るぞ!
禪院直哉
あかんわ。性根まで女になっとる。
失望したわ、一樹くん。ムカつくから一旦わからせたるわ。
もういっそ真依ちゃんが【構築術式】で生やして一樹くん孕ませた方がお似合いなんちゃうか?真依ちゃんの方がタチ向いとると思うで。<直哉、それは流石にキモイぞ。<パパの言ってることの方がキモいで。
禪院真希
前話したよな?
相変わらずムカつく。
禪院真依
まだ正直受け止めきれてない。
禪院扇
女の身に堕ち、もはや当主にはなり得ない。これからは身の程を弁えて生きよ。
これもすべて、驕り高ぶった罰だ。
禪院甚壱
……前例が無さすぎる。もしこいつが当主になれば、家の女どもが調子付くんじゃないか?そうなれば、禪院家の統率と秩序が乱れかねない。何か手を打つべきか。直哉が負けるとは思えないが、念には念を押すべきだ。
本当に勿体無いな。あの窓の女が余計なことをしなければ……。そもそも、黒幕もまだ判明しておらん。並行して探さなければ。
現状についてだが、五条悟の元にいるのが意味がわからない。禪院家に帰らず、五条についた理由はなんだ?まさか、禪院家に叛意を……。
禪院蘭太
運命っていうのは、とても残酷ですよね。一樹はきっと、もう当主を目指すことはできないんですから。
まあそれでも、人望はありますからこれからも禪院家を陰ながら支えていってほしいですね。
とにかく今は、早く禪院家に帰って来て欲しいですね。掃除とか洗濯とか炊事とか覚えてもらわなきゃいけないことは沢山ありますし。
禪院長寿郎
儂の孫じゃ。<いい加減にせいよ。
伏黒恵
どちらかといえば助けたい人だけど、俺が手を貸す必要もないほど、一人で立てる人だった。
むしろ俺がこの人から教わるべきことの方が多い。
急転直下反転アンチ化する禪院家はあまりいない。ほとんどが困惑。実際に会ったわけじゃないから。
実際に会ったら?女として接するんじゃないですかね。禪院仕草で。