呪術廻戦 晴明の子孫   作:たけのこの里

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――縫い目の男羂索との二度目の邂逅

後日。

 

羂索は、偶然を装って再び安倍家を訪れた。

 

屋敷の門をくぐる理由は、いくつも用意してある。古い文献の照会どれも嘘ではない。だが、真実でもない。

 

当主は、最初から警戒を解いていなかった。客人として迎え入れはするが、距離は測る。視線の端で、常に相手の動きを追っている。

 

それでも拒絶しないのは、羂索が正しい距離で話しているからだった。

 

見下さない。持ち上げない。

 

安倍家を特別だとも言わない。歴史に敬意は払うが、神格化はしない

 

羂索は、当主の前に座ると、茶を一口含み、静かに問う。

 

「――あなたは、何を成そうとしているのですか」

 

それだけだった。

 

当主は、すぐには答えなかった。視線を、卓の上に落とす。組んだ指に、無意識に力が入る。

 

――この場では、どう語るべきか。

 

長年、安倍家当主として身につけた癖が、先に立ち上がる。

 

理念。伝統。責任。

 

そう言えば、誰もが納得する。誰もが「正しい」と頷く。当主は、まずその言葉を口にしかける。

 

「安倍家は、代々――」

 

そこで、言葉が止まる。“代々”の後に続く文章が、頭の中で空転した。

 

守ってきたもの。受け継いできたもの。支えてきた呪術界。

 

どれも、言えなくはない。だが、それらは借り物の言葉だった。

 

父の代でも、祖父の代でも、さらにその前の代でも、同じように語られてきた“正解”。

 

当主は、ふと気づく。――それを語ったところで、自分の話ではない。

 

羂索は、黙って待っている。急かさず、期待もせず、ただ視線を向けている。

 

その沈黙が、当主から“建前”を剥がしていく。

 

「……家の理念や責任を語れば、それらしく聞こえるでしょう」

 

当主は、低く言った。

 

「ですが、それは私の言葉ではない」

 

一度、息を吐く。

 

「私が何を成そうとしているか――」

「それを、安倍家の言葉で包むつもりはありません」

 

この時点で、当主は自覚していない。だが、すでに彼は自分の欲望を語る準備に入っていた。

 

「……私は、父の代で何も残せなかった」

 

声は低い。

悔恨ではない。

胸の奥で燻る、乾いた怒りだった。

 

「安倍家は名門だ。そう言われてきた」

 

それは事実だ。

誰も否定しない。

 

「だが、それだけだ」

 

当主は、卓に置いた拳を、わずかに握る。

指の関節が、白くなる。

 

「“名がある”だけで、“力がある”とは誰も言わない」

 

それは、彼自身が何度も味わってきた空気だった。

 

会議の席で、発言は許される。

だが、決定権は回ってこない。

 

家格はある。

だが、切り札はない。

 

「私は、上に行けなかった」

 

当主は、そこで一度言葉を切る。

 

「……だが、それは、才能がなかったからではない」

 

ここで、彼の認識は歪む。

 

「安倍家の相伝は、式神操術と結果術」

「私の術式は式神操術、相伝の結界術ではないが帳などの結界術も扱えるだから私は、式神と結界術そのどちらも修めている」

 

事実ではある。だが、“修めている”と“使いこなしている”は違う。

 

当主は、式神を扱える。だが、突出してはいない。

 

術式の構築も、発動も、安定はしている。だが、二流の域を出ない。

 

しかし――本人にその自覚はない。

 

「判断が鈍かったわけでもない」

 

彼は、結果術を“理解している”つもりでいる。

 

当主は、こう結論づける。

 

「私は、正しくやってきた」

 

それが、最大の誤認だった。

 

失敗した理由を、才能や判断に帰属させない。代わりに、

 

「時代」

「巡り合わせ」

「評価する側の目」

 

そうした外部要因に置き換える。

 

羂索は、その様子を静かに観測する。

 

(……己の限界を理解していると思っていたが、己の限界を、理解していない)

 

それは無能とは違う。半端な有能さが生んだ、最も厄介な自己評価だった。

 

「私は、上に立つ器だった」

「少なくとも、そう信じてきた」

 

当主は、そう言い切る。

 

根拠はない。

だが、信念はある。

 

それは、野心ですらない。

前提だ。

 

「だが、結果は違った」

 

語り口が、冷えていく。

 

会議の席で、名前は呼ばれない。重要な案件から、自然と外される。

 

会議の場は、静かだった。

 

総監部の一室畳敷きの広間に、低い卓が並べられている壁には結界符が張られ、外界の音は遮断されている。

 

当主は、定位置に座る。安倍家当主として、末席ではないだが、中央でもない。

 

――この位置は、昔から変わらない。

 

それ自体が、何かを意味していることを、当主は理解していた。

 

会議が始まる議題は複数ある。複数の一級呪霊案件の処理方針、特定地域への人員配分。

 

どれも、重要だどれも、本来なら“名門当主”が関わって然るべき話題だ。

 

最初の議題が提示される。

 

「では、この一級呪霊案件について――」

 

発言者の視線が、卓を一巡する当主は、自然に背筋を伸ばす。呼ばれると思った。いや、呼ばれるはずだった。

 

だが。

 

「加茂家当主、意見を」

 

別の名が、呼ばれる。一瞬、空気が止まる。当主は、動かない。表情も変えない。

 

(……今のは、順番だ)

 

そう、自分に言い聞かせる。

 

加茂家当主が話す。

 

「加茂家の特別一級術師二名を派遣し対応する」

 

無難な意見想定通りの結論。

 

議論は進む。現状の被害はどのくらいなのか、総監部の者から補足が入り、五条家の術師も派遣すると修正が入り、方針が固まる。

 

その間、安倍家当主の名前は、一度も出ない。

 

表向きは、“配慮”実際は、“評価の確定”。

 

誰も、露骨に否定はしない。だからこそ、修正もされない。

 

(二つ目の議題だ)

 

当主は、次に備える。今度こそだ。

 

だが――

 

「次は、この特定の地域の人員配置の案件について」

 

また、別の家の名が呼ばれる。禪院家だ理由は、分かっている。

 

「実務経験が豊富だから」

「術師が多い」

 

どれも、表向きは正しい。

 

だが当主は知っている自分が“不適任”だからではない。

 

ただ、

 

(……必要とされていない)

 

それだけだ。

 

発言の機会が、存在しない。

 

拒否されたわけではない遮られたわけでもない。そもそも、最初から“枠に入っていない”。

 

それが、何より残酷だった。

 

会議は、滞りなく進む。笑いもある。軽い雑談も交わされる。

 

誰も、当主を無視している意識はない。だからこそ、誰も気づかない。

 

安倍家当主だけが、一言も発していないことに。

 

一度、視線がこちらに向く当主は、わずかに頷く。

 

――大丈夫だ。

――聞いている。

 

その仕草が、“問題ない存在”として処理される。

 

会議の終盤。

 

「他に、何かありますか」

 

形式的な確認。

 

当主は、口を開きかける。だが、周囲の空気が告げている。

 

――今さら、何を?

 

今、何かを言えば。それは意見ではなく、割り込みになる。

 

当主は、黙る。

 

「では、以上で」

 

会議は終わる。

 

誰も、当主に声をかけない責められもしない。慰められもしない。

 

それが、“評価”だった。廊下を歩きながら、当主は理解する。

 

これは一度きりではない。今日だけの話でもない。

 

同じことが、何度も繰り返されてきた。そして、これからも続く。

 

露骨な排除は、起きないだから、抗議もできない。

 

だが確実に

 

「重要な場から外される」

「決定に関与できない」

「名前が、議事録に残らない」

 

その積み重ねが、当主という存在を、“無害な記号”に変えていく。

 

家は残る。

席もある。

立場も失わない。

 

だが――

 

(……私は、何も動かしていない)

 

その事実だけが、胸に沈殿する。

 

「無難な当主」

「波風を立てない男」

「家を維持するだけの存在」

 

それが、周囲の共通認識になっていく。当主は、それを敏感に感じ取っていた。

 

だからこそ、恐れる。

 

「……私は、このまま終わる」

 

声が、わずかに低くなる。

 

「安倍家を“衰退させた当主”として」

 

それは、理想を失う恐怖ではない。使命を果たせない焦りでもない。

 

名前に貼られる評価が、確定することへの恐怖だ。

 

「失敗した当主」

「可もなく不可もない当主」

「歴史に残らない当主」

 

それらは、取り消せない死んだ後も、語られる。

 

当主にとって、耐え難いのはそれだった。成功しなくてもいい。

 

 

だが

 

「“評価されないまま終わる”ことだけは、受け入れられない」

 

だから、創夜が必要になる。自分の代で、評価をひっくり返す証拠が。

 

それが、創夜だった。

 

羂索の目が、わずかに細まる。

 

「創夜は、私とは違う」

 

それは誇りではない。比較だ。

 

「才能がある」

 

男は、息子を数値で語る。

 

「私が届かなかった場所に、あいつなら届く」

 

羂索は、理解する。

 

(息子を使って“自分が届いたことにする証明”だ)

 

男は、続ける。

 

「安倍家は、本来、上にあるべきなんだ」

「いや……上に“戻る”べきなんだ」

 

過去の栄光ではない。未来の理想でもない。

 

今、評価されたい。

 

「私は、そのための準備をしている」

「息子は、その完成形だ」

 

羂索は、ここで初めて口を開く。

 

「……焦っておられる」

 

指摘ではない確認だ。

 

「時間がない」

 

それは、老いの自覚ではなかった。

 

創夜の父は、まだ四十代前半だ体は動く。呪力も衰えていない。若手と並んでも、見劣りする年齢ではない。

 

だが――呪術界において、“当主”という立場は違う。

 

当主として評価される時間は、やや短い。

 

就任して数年長くて十年。その間に

 

成果を出した当主

停滞させた当主

無難にやり過ごした当主

 

どれかに、分類される。そして一度貼られた評価は、覆らない。

 

創夜の父は、すでに気づいていた。

 

(……私は、もう“無難”に入れられている)

 

会議で名前が呼ばれない重要な決定から外される。責任のない仕事だけが、回ってくる。

 

それは「期待されていない」わけではない。

 

もう見極められたということだ。

 

ここから先、何をしても――評価は「予定調和」になる。

 

失敗しなければ問題なし。成功しても「想定内」。

 

それが、何より耐え難い。

 

(次の世代を待て?)

 

無理だ。

 

次の世代が育つ頃には、自分は「前当主」「過去の人間」になっている。

 

名前は残らない。

功績も残らない。

 

ただ

 

「特に問題を起こさなかった当主」として処理される。

 

それだけは、耐えられなかった。

 

だからこそ、

 

「完成を、待てない」

 

創夜は、呪術師としての才能は十分だ。

 

血も、素質も、環境も揃っている。

 

問題は、時間だけ。

 

育つのを待つには、自分の評価が先に固まってしまう。

 

ならば――

 

(完成を、早める)

 

歪んでもいい危険でもいい。結果さえ出れば、評価はひっくり返る。

 

創夜は、「息子」ではなく、最後の手札だった。

 

(この男は、息子を“育てている”つもりで、急いで壊す)

 

だが、当主自身は気づいていない。

 

己が、息子の可能性ではなく、己の権力と評価と戦っていることに。

 

羂索は、静かに思う。

 

(使える)

 

いや、正確には。

 

(“導いているつもり”にさせられる)

 

それが、最も安全で、最も効率がいい。

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